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イセカイスリープ  作者: かなかな
第一章 裕翔
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第一話「俺は今日、寝落ちの怖さを知りました」

 小野寺裕翔、二十三歳。

 趣味、ゲーム。

 会社員。


 今日は友人らとワイワイやってきた。少々食べ過ぎた……。(反省はしている……)

 今から帰宅するところだが。


 …………。


 腹痛い。


 駅の改札を入った時、腹部に激痛が走った。

 刺さるような痛さだ。尋常でない。

 朦朧とした意識の中、駅のトイレに駆け込んだ。


 正直、駅のトイレは汚いというイメージを持っていたので、入りたくなかった。


 入った。


 ——意外と綺麗じゃん。


 便座に座った。

 数分間、ヤツと戦っていた。

 腸に硬い物が刺さっているような感じだ。


 あんなに食べなければよかった……。


 やはり後悔もした。


 少し落ち着いてきた。

 余裕ができた。が、まだ油断はできない。

 ずっと便座に座っているのが虚しかったのでスマホを見た。


 23:58


「(終電間に合わねえじゃんッ!)」

 一体全体何分格闘していただろうか。


 …………。


 明日、会社休みでよかった……。

 適当に今日はマンガ喫茶とかで……。


 …………。


 それは突然やってきた。そう、彼は寝てしまったのだ。駅のトイレの個室の中で、便座に座ったままゆっくりと深い闇の中に引き寄せられていった。


 …………。


 …………。


 彼は、駅のトイレで寝落ちした、なんてことは忘れてしまった。

 ——なんてことだ。


 *


「お前、もしかして!」

 俺は確信した。こいつは、中学の頃にラグビー部で、俺と一年間同じクラスだった健太……椛島健太だ!


「裕翔……なのか……?」

 男は俺より先にそう言った。


 俺は大きく頷いた。

 ようやくこの孤独感から解放された気分だ。

 そう、俺は今、まさにこの絶望の淵から這い上がろうとしている!


「まさか、こんなところで会えるとは! 健太!」

 俺がそう言うと、男は表情を変え、またその鋭い眼差しから大量の棘を俺に浴びせた。


「(まさか、別人……⁉︎)」

 俺は再び生命の危機を感じた。


 男は俺の瞳を覗き込んだ。考えていること全てが見透されている気がしないでもない。


 思い出した。

「(健太って俺の好きなマンガのキャラじゃん!)」


 思い出せない。

 この男の名前が………。


「ケンジ、だよ!」

 男はそう囁いた。

 男の目は呆れに変わった。


「ケンジ……ねぇ……」

 こんな名前のやつ居たっけ?まあいいや。


 *


「お前にこんなところで会えるとは思っていなかったぞ!」

 ケンジさん嬉しそう。


 俺は尋ねた。

「何故お前がここにいるんだよ!」


「今はそんなこと話している暇などない! とにかくここから脱出するぞ!」

 ケンジはこう言ったと思うと、何故か彼は牢獄の鍵を持っていたので聞いた。

「ケンジ、お前何者だよ!」


 健児はこの牢獄に勤めるものだと言った。

 俺は彼に連れられてあっという間に檻の外へ出た。


 外だ。空気がおいしい。

 そしてタバコの匂いがする。


 何だろう。


 振り向くとそこにはタバコをふかす見張りがいた。

 完全にバレた。


「逃げろッ!」

 ケンジはそう言うと俺を担いで走った。

 見張りが追いかけてきた。

「待ちやがれッ。裏切ったなこの野郎!!」

 見張りは声を荒らげ、タバコをケンジに向かって投げつけた。

 ケンジは有刺鉄線の外へ俺を放り投げて、彼も鉄線を越えた。

「(超痛ェ……)」


 俺とケンジは刑務所と完全におさらばした。

 晴れて俺は自由の身となった。たぶん……。


 牢獄を出てきたはいいが、これからどうしよう。

 いずれ俺とケンジは指名手配で行き場ナシになるだろう。

 町に出るのもこのままだと危険だ。取り敢えず建物の隙間に身を潜めることにした。


 俺はもう一度尋ねることにした。

「で、なんでお前がここにいるんだよ」

「知らねえよ。階段から落ちたと思ったらこれだよ。最初は夢かと思ったけど、やっぱ違った」


 俺は今の言葉でここが夢だと思っていたことを思い出した。

 しかし次第にここが夢ではなく、いわゆる異世界であるということを自覚した。

 そして俺は続けて問うた。

「で、なんでお前があの牢獄にいたんだよ!」


「知らねえよ。この世界に来た時、俺は既にあの牢獄に勤めてたんだよ」


「この世界は一体どうなってるんだよ!」


「俺もよくわからないが、この世界と現実世界は表裏一体で、恐らく俺がここに来る前も俺がここにいることになってるんだよ」


 この男は何を言っているのだ。


「意味わかんねえよ!」

「だから、俺という人間は、現実世界とこの世界の両方で存在してるってことなんだよ。もしかしたらお前もそうなんだよ」


「じゃあ、俺が現実世界で仲間とワイワイやっている間に、こっちの世界の俺はとんでもないことをやらかしてたって訳か?」

「そうだよ。俺もこの異世界で知らない間になんだかよくわからんことをしてたんだ」


 …………。


 夜だ。気候は日本とあまり変わらないようでよかった。

 上瞼と下瞼が仲良くなろうとしていたその時、俺は何かを感じた。ケンジは既に寝ていた。


 だんだん騒がしくなって来たその時、頬に触れる何かを感じた。


 雨だ。


「おい! ケンジ起きろよ! 雨だぞ」


 雨は次第に勢いを増していく。

 建物の隙間にいたため、屋根から流れてくる水が直撃する。

 ——寒いィ!


 そこらへんの家に行って、入れてもらおうと思ったが、生憎私は脱獄犯だ。そういうわけにもいかない……。


 おまけにケンジは寝ぼけている。最悪だね。


 すると、遠くの方から光が見えた。


 ……こんな夜にどうしたんだ?


 激しい雨音の中に、かすかに足音が聞こえた。


 黄色い傘をさし、黒い猫を連れた少女だった。


 足音は俺らの前で止まった。


「どうされましたか?」

 少女はそう問いかけた。


 緊張した。それと同時に確信した。

 暗くてよく見えなかったが、彼女はきっと美少女だ。

 そして俺はというと、すっかり口籠もり、応答するのを躊躇った。つまりは緊張したわけだ。

 目も合わせられなかった。ただただ、道端で凍え鼻をすするしかなかった。


 結局俺らは彼女の家に泊めてもらうことになった。


 *


 彼女の家に到着した。木のぬくもりを感じる家で、始めて来たとは思えないくらい居心地がよかった。


「こんな俺らみたいな知らない人を泊めてしまってもいいん……ですか?」

 俺はそう問いかけた。すると彼女は微笑み、鳴きながら寄って来た黒猫を抱きかかえて小さく頷いた。

 綺麗な猫だ。初めて猫が可愛いと思った。


「クロアっていうの。よろしくね」

 クロアさんかぁ。可愛い人だなぁ。やっぱり。


「ほら、クロア。ご挨拶して」

「(——猫の名前かよ!)」


「ええと、猫がお好きなんですね」

 と俺は訊ねた。


 雷が鳴る。


 彼女の姿が消えた……!?


 そこにはクロアさんが一匹取り残されていた。

 ケンジはソファーで寝ている。


「ニャー」


 クロアが鳴いたので抱いてみた。


「(あれ? 思いの外重い——?!)(どうでもいいけど駄洒落だw)」

「バレちゃったかな?」

 猫が突然喋り始めた。


「何者だよ!お前……!」

「私、特殊体質で、雷が落ちると他の物体に魂が乗り移っちゃうの」


「お前、さっきの娘か……」

「うん……。家具とか壁に乗り移っちゃう時もあるから、クロアとは常に一緒に行動して、いざという時にはこの子に乗り移るようにしてるの」


 異世界はすごいな。


 *


 朝。

 俺はこうして異世界へと来てしまったようだが、何をすれば良いのか。

 さすがにずっとここでこの娘さんに養ってもらうわけにはいかないのだ(男のプライド的に)。

 いよいよ困った。


 異世界といったら……そうか!

 勇者? になってお金を稼いで……的な?


「そんなものはいねぇよ。RPGじゃあるまいし」

 早速ケンジに否定された。


「ハァ? そしたらこの世界は現実世界と殆ど変わんないじゃん! よくそれで異世界って言えるな!」

「いつまで夢見てんだよ。この世界はお前が思ってるほどファンタジックなメルヘン世界じゃないんだよ」

 失望した。面白い展開を期待していたが。しかし俺は見たのだ。あの娘が猫に乗り移ったところを! 俺はケンジに告げた。

「でも、あの娘は特殊体質とか言って猫になってたぞ!」


 ケンジの顔色が変わった。

「俺、この世界に来て数ヶ月経つが、そんなものは初めて聞いたぞ。そしたら——」

 するとそこに彼女が来た。


 思わず俺は彼女に聞いた。

「ねぇ、君はファンタジー世界の住民なのか?」

 さすがに不自然だと思った。何言ってんだ、俺。しかし俺は知りたかった。この世界を——。

 そして俺は続けた。

「なんで日本語通じるの?」

 …………。


 ケンジは焦った。俺も焦るべきだ。

 彼女はしばらく俯く。


 …………。


 彼女は応えた。

「聞いた人が私でよかったですね。他の人に聞いてたら、あなたは脳みそを吸われて存在を抹殺されてたかも。ここだけの話、私の母は異世界から来たんだって。あなた達も同じでしょ? でも母はその話をした後——恐らく亡くなったわ。私はこの世界に生まれたから、母のことが理解できなかった。でも、あなた達に出会えたことで母の気持ちがやっとわかった気がする。そこは感謝します。でも、あなた達が異世界から来たということは絶対に他人に話しちゃダメ、だと思います……」


 *


 体の震えが止まらなかった。

 そこには寒さだけでなく、恐怖と悲しみの旋律がひしめいていた。

 この世界のタブーは恐ろしい!

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