第十四話「俺の胸に飛び込め」
「スピカ、スピカ君」
ルクスの声が階段を昇って近づいてくる。
「ルクス! こっちよ!」
スピカは扉の奥から囁く。
「言われなくてもわかるよ、そのガムテープを見ればね。小野寺君の件なんだが……」
「部屋から出して……! お願い!」
「そうだね、わかったよ、では、この本棚を……」
扉の向こうから聞こえる本棚から本を抜く音。バタン、バタンと派手な音を立てて少しずつ本棚が軽くなっていく。
「ふう、次は扉のガムテープか」
へばったルクスの声の後ろから高い声が聞こえる。
「ルクスさん何してるの?」
フローラの声だった。
スピカは思わず「あっ」と声を発してしまった。
「あ……まあ、書物を読み漁りたいという衝動に駆られたもんでね……つい……」
スピカはルクスに詰め寄る。
「その部屋、何の部屋か知ってる?」
「んー、書物庫かね」
「ある意味書物庫ね。でも、そこにはお姉ちゃんがいるのよ。お姉ちゃんに用があるのならそのくらい知ってて当然よね?」
「まあね……だが、それとこれとでは話が別だ」
「でもとりあえず本は戻しておいてね。私はずっとここに立ってるから」
「書物庫に入らせてはくれないか」
「それなら図書館に行ってください」
「はい……」
スピカは扉の奥からルクスを責める。
「んもう! 何やってんのよ!」
「やっぱり、フローラ君には負けるよ」
「ったく、使えないわね!」
「やれやれ、僕は道具ではないのだが……」
「それでは僕は帰ります。さよならー」
「クソが」
*
その後もしばらく窓の外を眺めていた。
二人の男の姿が見えた。
ルクスとケンジだ。今度は何よ。冷やかしに来たの?
何やら黒い文字が書かれた白い紙をケンジが持っている。
「(俺の胸に飛び込め……?)」
ケンジが「来いよ」と言わんばかりにアピールをしている。
スピカが部屋の窓から飛び降りてケンジが支えるという作戦だ。
スピカは原稿用紙に返答を書いた。
『ムリ、死にたいの?』
ケンジはルクスに耳打ちされ、ページをめくって再び何か書いている。
『お前は軽いから、大丈夫』
「やだぁ、もう。そう言われたらここから飛び降りるしかないわ。はッ、私って単純だわ……!」
窓の外を見ると、ケンジが得意げにニヤリとしていて気持ち悪い。
「わかったわ、飛び込めばいいんでしょ、飛び込めば!」
スピカは窓を開けて足をかけた。
「(やっぱり恐い……。でも、フローラには悪いけど……)」
スピカは思い切って飛び降りた。
「きゃっ!」
目を開けると、スピカはしっかりケンジに支えられていた。
「よかったぁ、生きてた……!」
「どうだ、俺の胸は……」
ケンジの息が顔にかかる。腐卵臭。
スピカは冗談まじりで言った。
「好き……になりそう……」
「え、マジで?」
「(男って単純ね)」
「ねぇねぇ、スピカちゃん、今何て?」
スピカはケンジの顔面にグーをお見舞いした。
「ッ!」
「本当に男ってバカね! バカじゃなかったら、カバだわ!」