第十三話「女神様の腐卵臭スープ」
「お姉ちゃん、おはよう。今日は探しに行くんでしょ? お母さんを」
フローラが、原稿に埋もれて寝ているスピカの耳元で囁く。
「んあ……。ふぁーあ……。ああ、そうね。うん」
スピカはそう答えると既に寝ていた。
「ねえ! お姉ちゃん! そもそもお母さんなんて探してどうするの? くれぐれも『川』は渡っちゃダメだよ?」
スピカは片目を開けて応える。
「お母さん? もうお母さんがいないことなんてわかってるわよ。さすがの私だって」
フローラはスピカの顔を覗き込む。
「じゃあ誰を探すの?」
「裕翔」
……。
「ねえ、ちょっと……! え、これなんで開かないの? ふぅちゃん、出して!」
スピカの部屋の前には本棚が横に置かれ、扉はガムテープで完全に閉ざされてしまった。
*
玄関先ではケンジがげっそりとしていた。一晩を野宿で明かしたらしい。耐えられない空腹感に駆られスピカの家の扉をノックした。
「朝ごはんを恵んでくれ……もう我慢できん」
フローラは扉を開けた。
「ご飯だけですよ?」
「女神様!」
*
出されたのはたまごスープだった。
ケンジはあからさまに嫌な顔をした。いや、してしまった。顔が自然とそうなってしまったのだ。くどいようだが、これに建前は通用しなかった。
「これは本当はお姉ちゃんの分だったのだけれど、良かったら食べて」
「スピカさんはどうしたんだ?」
「裕翔を探すとか言ってたから閉じ込めたわ」
「ええと、裕翔を探すことの何が問題なんだ?」
フローラはケンジのたまごスープを取り上げた。
「本当に鈍感ね! それともバカなだけ?」
フローラの口調が一変したと思うと、少しずつケンジに近づいた。
「いきなりなんだよ……悪かった、俺が悪かったから!」
フローラはため息をつい言った。
「もう、私の前で裕翔の話をしないで!」
*
結局、ケンジはたまごスープを完食したが、とにかく腐卵臭がえげつない。口臭が気になるところである。
「ごちそうさまでした」
「はい、じゃあもう出てってね」
「スピカと話だけでもいいからさせてくれないか?」
「裕翔の話以外なら」
「わかりました。さようなら」
ケンジはスピカの家を出てしまった。
*
スピカは彼女の部屋の窓からケンジが出て行くのを見ていた。
「(はぁ、私のネタが……)」
しばらくの間窓の外を眺めていたら、ルクスが歩いて来た。
*
ルクスはドアをノックして
「ラピスの山のアシンメトリーの者です」
フローラが扉を開けた。
「ルクスさん、もうその変な合言葉(?)やめたら?」
「スピカに用があって来たんだが」
「裕翔?」
「裕翔って、誰のことかな?」
フローラはルクスを中に入れた。
*
スピカは静かに喜びの舞を踊った。
「ルクス、ナイス! ナイス、ルクス!!」