第十二話「スピカのネタ探し」
「もっちーだか、るーちゃんだか知らんが、何だあのアホは」
「まあ落ち着きたまえ。椛島君。アホはアホだ」
「何が言いたい?」
「アホは不治の病などではない。彼女のアイデンティティなんだよ。受け入れなければ」
「そんなことよりどうするのよ、裕翔の死体? は」
「スピカ、それはまだ死体と決まったわけじゃないよ。僕は彼を眠らせただけに過ぎない」
「そしたらさっさと起こしなさいよ!」
「彼はイセカイスリープに成功したんだよ」
「何を根拠に言ってるのよ」
スピカは裕翔の身体を隠していたクローゼットを開けた。彼女は蝋人形のように固まり、暫くしてから
「イセカイスリープって、身体ごと……?」
ルクスは彼女に近寄りながら
「イセカイスリープはこの世界に身体を残すが、それがどうしたのかね」
と言い、クローゼットの中を覗いた。
クローゼットの中には、裕翔の姿はなかった。
……。
「そうか、椛島君、もっちー君はただのアホではなかったようだね」
スピカとケンジはルクスの虹彩の線を数えた。
「もっちー君は恐らく、いや、確実に小野寺君の身体を盗むことに成功したというわけだ」
「どういうことだよ」
「もっちーが裕翔の身体を盗む時間なんてどこにもなかったじゃない」
「彼女はイセカイスリープのエキスパートだからね。それを考えると一番怪しいのは、彼女がスピカに金縛りの術をかけた時だ」
「もっちーがイセカイスリープのエキスパート?」
スピカは心のどこかで、こっそりともっちーのことを見下していたが、これを聞いて、彼女自身が見下されているという感覚に陥った。少し悔しかった。
「俺にはもう何が何だかわからん。勝手にやっててくれ」
ケンジはその場を離れようとしたがスピカに止められた。
「ねえ、一緒にもっちーを探しましょう」
「無茶だろ」
ケンジは否定から入った。
「私を信じなさいよ」
「嗅覚でも良いのか?」
ルクスは割って入った。
「まあ落ち着きなさい、ここは僕の家だよ。もっちーは何か目的があって盗み出したに違いない。椛島君はそれを知りたくないかね? 君の友達に関わることだよ」
ケンジは負けた、という顔をして承知した。
スピカは自信ありげな顔をして言う。
「ネタの匂いがしてくるわ!」
*
まとまって行動することになった。と言うのも、スピカは一応女子だ。もしものことがあったら大変だ。そして、ルクス。こいつは夜に歩いていたら、小学生と間違われて「お巡りさん」に補導されてしまうだろう。ケンジは新聞の一面に顔写真付きで載った男だ。見つかれば彼に未来はない。
「手がかりはあるのか?」
ケンジは自信満々なスピカの横顔に問いかける。
「勘よ」
スピカは即答した。
「(こいつよく自信ありげな顔でそんなこと言えるな)」
「でも、私の勘を舐めて掛かられちゃあ困るねぇ」
スピカは胸ポケットから手帳を取り出した。
「これが今までの成果ね」
手帳には細かい文字でネタや取材の記録がされてあった。
「ネタ探しのために、人間の行動パターンや物理法則、微分積分エトセトラについて勉強したんだから!」
「最後の方適当だろ」
「とにかく行くわよ、もう行く場所は決まってるわ」
スピカの家に着いた。
「じゃ、今日はもう日が暮れるので、また明日」
スピカはそのまま玄関の扉を閉めてしまった。
「おい、裕翔はどうするんだよ、おい、開けろよ!」
「椛島君、無駄だよ。彼女はそう言う人間なんだ。受け入れねば」