第九話「平行世界の分裂者」
「君には、無理だね」
ルクスはケンジにそう言い放った。
「なんでだよ、俺が行っても意味ないのか?」
ルクスは首を振る。そして、ゆっくりと語り始める。
「僕は、『イセカイスリープ』の研究をしているのだが、やはり、君もそうだったのか。結論から言うと、君は『分裂』しかけているかもしれないのだよ。心理学のそれとはまた別だよ。『分裂』というのはね、異世界転移の際のバグだ。君の精神が二つに分かれてしまう、ということなんだけれど、それだけではない。裕翔が別の世界で生きているのだとしたら、君は、彼にその存在を疑われていることになるだろうね。そう、影まで薄くなるんだよ。さらに分裂が進行すると、君の人間らしいところまで半分に分かれてしまう。遂には、自分が自分でいられなくなるんだよ。そこまで来たら、『分裂』じゃなくて『乖離』だけどね」
ケンジは首を傾げる。
「つまりはどういうことなんだ?」
「君は、みんなから忘れられるってことだよ。孤独と闘うことになるんだ」
「そんな常識はずれなこと、信じないぞ! だいたいお前はさっきから根拠のないことをつらつらと……」
「助けてあげようと思ったのになぁ? 当人がこんなんじゃ、僕の存在意義ってものがねぇ、更々ないってことよ」
スピカが眉をひそめて言う。
「ルクス、性格悪っ……」
玄関の扉を叩く音がした。
「ラピスの山の……ん、ルクス、あ、間違えた、アン……トリ、おいでおいで狐さん」
ルクスはゆっくりと席を離れた。
ケンジとスピカは黙って待っていた。
ルクスは髪の白くて長い少女を連れて来た。彼女は着物のようなものを着ていた。
彼女はケンジらのいる部屋に入ると、部屋全体を見回した。
「こんにちゃーす、誰!」
ルクスは彼女の後ろから言う。
「彼女は、分裂した人の一人だ。片割れを探しているらしい」
ケンジとスピカには「アホの子が来た」という感じだ。
「もっちー、って呼んでねー。るーちゃんでもいいよぉ?」
スピカは思わず声が漏れてしまった。
「うざいな」
アホの子はショックを受けてしまったようだ。しばらく黙っていたが、そのうち、唇が小刻みに震え始めた。唇の震えはだんだん音になり、「くちあに、くちあに」と言っているようだった。
「何よこの子」
スピカは気味が悪いと思い、ルクスに問う。
しかし、ルクスから返答はない。彼女は、周りがやけに静かだと感じた。静けさが彼女を襲った。彼女は金縛りにあっているのだと思ったが、彼女の金縛りはすぐに解けた。
アホの子はハッと顔をした。
「私の『くちあーに大作戦』をいとも簡単に破るとは、お主もやるのぅ」
「(私、何かしたかな?)」
「うむ、認めてしんぜよう」
……。
ルクスはその場の雰囲気を打開せんとするように
「椛島君、先程は悪いことをしたよ。すまなかった」と言ったがこれはこれできまりが悪い。
しかしアホの子は持ち前のアホさでその場の雰囲気をアホ一色に染め上げてしまう。
「ルクスの顔見たから帰る。んじゃそゆことでー」と言って帰ってしまった。
押入れにしまってあった裕翔の亡骸は消えていた。
血の気がサッと引いたのはそれからだった。
*
「先生、今、健太君が何をしているかわかりますか?」
裕翔は担任の教科の授業が終了後すぐに、教壇の上の先生に尋ねた。
「どうしたんだよ、いきなり。偶に自宅を伺っているが、変わったところはなさそうだよ。むしろ何で学校に来られないのか不思議なくらいだね」
先生はそう言って次の授業の準備をしていたが、裕翔は教室から出ようとする先生のワイシャツの袖を掴んで言った。
「健太君に、会わせてはくれないでしょうか」
先生は眉間にしわを寄せ、惟ている様子であったが、すぐに「検討してみよう」と一言添えてその場を後にした。
放課後、裕翔は職員室に呼び出され、紙切れ一つ渡された。そこには健太の住所が書いてあった。
「私が行くより、君が行った方が良いから、一人で行きなさい」
次の日の放課後、俺は健太の家を訪ねた。
健太の母親に迎えられ、俺は一枚の木の板の前に立っていた。夕日はゆっくりと燃えながら沈んでいく。俺は遂にノックした。
廊下に木の叩く音が鳴り響くばかりで、中にいるはずの彼の返事はなかった。
「健太、開けろよ」
俺は扉の隙間から囁いた。
「裕翔だよ……な?」
扉の奥から声が聞こえた。
「覚えてるか?(俺は、忘れた)」
「昨日まで忘れてた」
「開けてもいいか?」
「今行く」
俺は触っていたドアノブが回ろうとしているのを感じた。俺はドアノブから手を離した。
扉が鳴きながら開いていく。
……………。
……。
「え」