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エキストラ! ~緑楠学園サイキック事件録  作者: 潮見若真
第3部 その一歩を踏み出すためには
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62.「北風と太陽」作戦

「キョウ、お前なぁ――」


 多摩東部の緑楠学園に向けて車を走らせながら、楠見は横目でちらりと助手席のキョウを見た。


「ん?」

「あのな、他人にいきなりタイマを突きつけて脅すとかな、あれ、いつもやってんのか」


 キョウは呼ばれて楠見に目を向けたが、用件が分かると顔を逸らした。


「あのなあ……まあ、今回に関しては、あれが良かった」

 前方に視線を向けつつ言うと、キョウは不思議そうにまた楠見に目を戻す。


「……良かった?」

「ああ。あそこで竦み上がらせちまったのが、怪我の功名ってヤツだな。峰尾くんには申し訳ないが……」

「なんだ、それ?」


 小言を食らうと思ったのだろう。キョウは拍子抜けしたように首を傾げる。


「北風と太陽ってやつだ」

「きたかぜとたいよう?」


 初めて耳にした単語みたいな調子で、キョウは繰り返して、また首を傾げた。


 恐ろしい思いをした後で優しい言葉を掛けられたことは、結果的に峰尾裕介の口を割らせるには功を奏したようだ。

 ハルあたりに「太陽」役を任せれば、今後スムーズに進む仕事もあるかもしれないが、高校一年生に習得させる方法としては少々難があるか――そんなことを思いながら窺い見ると、キョウは難しそうに眉を顰めていた。


 結論から言えば、峰尾裕介はおそらく彼の知っていることを全て楠見に話した。が、相原哲也の現在の居所を知ることはできなかった。

 予想通り、哲也はテレポーテーションの能力を使って直接裕介の部屋に現れていたらしい。目的は休息を取ることだけだ。裕介の部屋という安全な場所で休み、居所を知らせずにまた出かけていく。裕介からも哲也に連絡を取ることはできないという。哲也からすれば、これ以上の迷惑を裕介にかけないための配慮なのかもしれなかった。


 だが、それでも峰尾裕介への接触は成功だった。哲也の置かれている状況は、裕介が哲也から聞いた話と楠見の知識を合わせればかなりのところ掴めてきたと言っていい。そう、ジグソーパズルは、いくつか足りないピースがあるものの、大まかな絵が見えてきたところだ。


『哲也さんとは、小学校の時からずっと通っていた学習塾で知り合いました』


 引き止めたものの何からどう話していいのか分からない様子でしばらく考え込んでいた裕介の告白は、そんな言葉から始まった。


『学習塾?』

 聞き返しながらも、楠見の脳裏で何かがカチリと嵌ったような音がした。


『創湘学館、っていいます。そんなに大きな塾じゃないけど、ここら辺じゃいくつか教室があって……』


 裕介は簡単に補足する。楠見は二、三の質問を重ね、それから先を促した。


『それで、相原くんも、中学校時代はその塾に通っていたんだね』

『はい。そうみたいです。俺が哲也さんと会ったのは、塾の先生の紹介でした。……あの、俺、小学校の高学年くらいから、ちょっと不思議な能力が使えるようになって……』


 そうして言いよどみながらも、裕介は自分の能力を説明した。


 裕介は、それほど難なくその能力をコントロールする方法を身につけた。通っていた学習塾の講師に、裕介の能力を理解し指導してくれる人がいたのだという。

 中学三年の時に、その塾講師に相原哲也を紹介された。同じような能力を持っている人だから、相談に乗ってもらうといい――。そんな風にして、知り合った――引き合わされた。

 裕介は、哲也から緑楠学園を受験するように勧められたというが、伊織の件も考え合わせるに、哲也の役割は「スカウト」だったと楠見は想像する。本人に知らせずに、サイを緑楠高校に入学させたのだ。


 裕介は、前夜に哲也から聞かされたという組織の話、能力開発プログラムの話をおそらくかなり正確に楠見に伝えた。


『哲也さんは、どうなるんですか?』裕介は、最後にそう聞いてきた。『俺……哲也さんのこと、正直困っているけど……でも、嫌いじゃないんです』


 泣き出しそうに顔を歪めて。

『世話にもなったし、憧れてもいたし……だから、早く問題を解決して、元の哲也さんに戻って欲しいんです』


 そう言う裕介に、楠見は哲也を救うことを約束し、公園を後にした。


 学習塾――サイ組織――能力開発プログラム――

 頭の中で言葉を転がす。


「だいぶ、ピースが揃ってきたな――」


 前の車のテールランプにぼんやり目をやりながら、楠見は独り言のようにつぶやく。しかし、まだ足りない。全体像が描けても、足りないピースにそれを覆すような重要な情報が描かれてないとは限らないのだ。


「ピース?」


 キョウが楠見の言葉を拾いとめて、聞き返してきた。


「ああ。――それよりな、いきなり人にタイマを突きつけるのは、やめろ。今回たまたまいいほうに転んだだけだからな。次は駄目だぞ」

「ん。分かった」


 大して分かった様子でもない口調で、キョウは頷いた。

 やれやれ、と思いつつ、楠見はキョウに携帯電話を放る。


「影山さんに繋いでくれ」


 キョウは手早くマイクとスピーカーをセットし、影山の番号を呼び出した。コール一回で影山が応答する。


「影山さん、お願いがあります。『創湘学館』という学習塾について、概要を調べてもらえますか? 経営母体と規模。――少なくとも南関東一円に、教室を複数持っていると思うんですが、その一覧が欲しい」

『かしこまりました』

「それと、カリキュラムやメソッドに変わった点があれば、それを知りたい」

『かしこまりました。ご用意しておきます』

「よろしくお願いします」


 それだけで、通話を終える。影山はこの程度の依頼でも、学校に帰るころには頼んだ以上のことを調べ上げておいてくれるだろう。

 日の落ちた多摩川を渡ろうとしたときだった。通話を終えた携帯電話が、新たな電話の着信を告げる。

 マイクを外そうとしていたキョウが、手を止めた。


「船津さんからだよ」


 通話が繋がるや、船津刑事の緊張がスピーカーを伝って車内にこぼれ出した。


『楠見さん、船津です。今、いいですか?』

「ええ、こちらは車で移動中で。キョウが一緒ですが……どうされました?」

『キョウくんも? ちょうど良かった……新宿の放火事件の犯人のシバタが、見つかりました』


 キョウがさっと楠見に目を向ける。それに小さく視線で応じて、

「見つかったって……彼は無事ですか? 警察が彼を見つけて捕まえたんですか?」


『……それが……いえ、無事は無事なんですが、ちょっとした事件がありまして……』


 船津が困惑気味に語った「事件」により、楠見は緑楠学園に向かっていた車の進路変更を余儀なくされた。


「このまま川崎に向かおう。いいな?」

「ん」


 キョウは神妙な面持ちで頷いた。






「あっはっはっ、みんな元気だよねえー。取っ組み合いの喧嘩なんて俺やったことないよ」


 伊織の手当てをしながら喧嘩の模様を聞いていた牧田は、ガーゼに消毒薬を染みこませて、伊織の口の脇の小さな傷に当て朗らかに笑った。


「痛ててて……」

 伊織は傷に染みる消毒に顔をしかめつつ、バツの悪い思いで苦笑いを浮かべる。


「よしっ、これでいいよ。大したことなくて良かった。お大事にね」

「あ、ありがとうございます。診療時間外にすみません……」


 診療所に牧田がいてくれて、助かった。診察時間を終えて書類仕事をしていた牧田は、ハルとあおいに連れられて入ってきた伊織を見て目を丸くし、快く手当てしてくれた。体のあちこちが痛んだが、ほとんどは軽い打ち身と、慣れない動きをしたための筋肉痛だろうというから少々情けない。


 頬を腫らした伊織を最初は心配そうな目で見ていた牧田だが、怪我が大したことないこと、その原因が取っ組み合いの喧嘩であることを知ると、楽しげに笑い出したのである。


「いいよいいよ。それにしたって、やるねえ。掴み合いの喧嘩かあ。はははっ」

「笑い事じゃないよ、マキ……」

「ほんとほんと。なんなのかしらね、中西くんといい、あの女といい……」


 腕を組んで立っているハルと、スツールに座って手当ての様子を心配そうに見ていたあおいが、声を上げた。


「悪い悪い」

 牧田は全く悪いとは思っていなさそうな、楽しげな口調で言う。

「『中西くん』ってのは、伊織くんの喧嘩相手だよね? 『あの女』っていうのは?」


「創湘学館の、辻本センセイ。……中西くんの、中学時代に通っていた塾の先生なんだって。新入生の伊織くんになら、この学校の先生だって名乗ってもバレないと思ったのかもしれないけどさ――」


 ハルは腕組みのまま歩きながらそう言って、ベッドの足のほうに腰掛けた。


「手引きした人間がいるのか、もともとこの学校のことよく知っているのか分からないけど、部外者がひょいひょい校内に入ってこられるなんて問題だよね。後で楠見に抗議しなくっちゃ」


 憤然と言って、小さくため息をつく。


「ふうん……」牧田は消毒薬やガーゼを片付けながら、考えるように、「それで……その塾の先生が、伊織くんを追っている連中の一味だったってこと?」


「どうも、そのようだね」

 ハルは眉間にシワを寄せ、今度は顔を伊織に向けて、

「伊織くん、辻本センセイに何を言われたの?」


「えっ、えっと……」彼らのやりとりを耳に入れながらぼんやりと考え事を続けていた伊織は、突然話を振られて少々戸惑う。「その。これからどうするつもりかって聞かれて、それから……」


 いろいろと飽和状態で、何から取りだしたらいいものか。懸命に順を追って思い出しながら言葉を継いだ。

「この学校にいにくいだろうから、転校して。……自分たちの仕事を手伝わないか、みたいな? そうしたら生活の心配はいらないとかって……それから、その……」


 思い出すとまた身震いがこみ上げてきそうで、伊織は慌てて思考を止める。

 哲也さんのことを……けれど言葉が続かない。


 片付けの手を動かしつつ、牧田が眉を顰める。


「ってことは、あれかい? 伊織くんが次々問題に巻き込まれて弱ってるところに、助け船を出してくるって作戦かい? つまり、あのビラを撒いたのは、伊織くんが学校に居づらくなって転校したいって思わせるように?」


「どうも、そのようだね」

 ハルは視線を窓のほうに向けて、抑揚のない声で繰り返した。

「この学校にいたんじゃ伊織くんに接触するのは難しいと見て、方針を変えたのかな」


 半分独り言のような口調でそう言うと、ハルは体ごと伊織に向き直った。


「伊織くん、バレちゃったみたいだから言っちゃうけどね、あの中傷ビラ、中西くんの言うとおり犯人は上野だったんだ」


 伊織は一連のビラと、中西の発言を思い出して、また心が暗くなるのを感じた。それを見てとって、ハルは気遣わしげに言葉を続ける。


「黙っててゴメン。こちらも『真犯人』にたどり着けてなかったってのもあってさ。さっき中西くんからちょっと事情を聞いたんだけど、あの辻本センセイが中西くんに話を持ちかけて、中西くんが上野を紹介して、それで上野が……ってことらしい。辻本センセイは、たぶん入学直後からきみのことを追いかけている連中の仲間なんだと思う。まだ確証はないけれど」


「ちょっと待ってよ?」と、戸惑い気味の牧田。「それじゃ、中西くんってのは? 彼もその連中と関係があるのかい?」


「それは、分からないけれど――」

 ハルは首を横に振る。

「少なくとも本人はその自覚はないと思う。中西くんからはサイの気配は感じられないし、詳しい事情はほとんど知らないようだった。ただ顔見知りの塾の先生に、頼まれたからって。どうしてそんなこと頼まれるのか不思議に思ったけれど、その……」


 言いにくそうに言葉を切って。

「単に、面白そうだからって……」


 一瞬の沈黙。ハルやあおいや牧田の気遣いが痛くて、「俺は全然平気」とアピールしようとして、でも何を言い出していいのか分からずに伊織は固まった。

 と。


「それにしても!」

 明るい声色で沈黙を破ったのは、あおいだった。

「伊織くんがあんな喧嘩するなんて、意外!」


 それは、変にフォローを入れて無理やり空気をかき混ぜようとするような口調ではなくて、本当に驚いたというような楽しげな声で、伊織はわずかに肩の力を抜く。


「はあ、俺も我ながら意外です……」


 実際、自分でも自分の行動に驚いたのだ。

 本当に、生まれてこのかた他人と喧嘩などしたことなかったのに。


「しかも、結構強いのよ。相手の中西なんて、半べそだったんだから」

「へえ、そうなんだ」


 あおいの言葉に、牧田が笑う。


「だけど」とあおいは大きな瞳を伊織に向けた。「どうして殴りかかったりしたの?」


「はあ、それは……」


 言葉をためらったものの、理由は自覚していた。

 自分が何を言われても、たぶん平気だったのだ。目を伏せて、曖昧な笑顔を作って、小さく頭を下げて。ごめんね、不快な思いをさせて――そう言って。やり過ごせた。そうしてきた。たぶん、今まで。


 けれども。


 ハルやキョウたちに対する侮辱は、それは許せなかったから――。

 体が動いた。


(ああ――)

 伊織は自分の気持ちをようやく認める。

(俺、この人たちのことが好きなんだ)


 彼らの話を信じられるとか信じられないとか、その前に。信じられるから好きになれるのだとか、信じられないからついていけないのだとか、そういうことではなくて。

 今、ハルがいて、あおいがいて、牧田がいて。笑ったり怒ったり困ったりしている、その場所に、俺はいたいんだと。その場所に、「客」として守られ優しくされるだけの存在ではなくて――彼らの仕事に少し関わって、そして離れていく存在ではなくて、彼らの問題を共有し、それを解決に導く一員でありたいのだと。


 どう伝えたらいいのかは分からなくて、口ごもる。

 いや。どう言ったって、それはまだ伊織の我がままでしかない。彼らの中にいられる人間では、伊織は、ない。


――住んでいる世界が違うんだよ。


 腹が立ったのは、そう言われた自分に対してなのかもしれない。伊織自身が誰よりも強くそう思っているから……。


 自分に何かできないだろうか。彼らと同じ世界に立つために。その輪の中に、対等に入っていくために。


――きみには、彼を捜し出すことができるかもしれない。


 三階の小さな教室で、敵ともしれない謎の女性の口から出た言葉が、伊織の脳裏にこびりついていた。

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