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エキストラ! ~緑楠学園サイキック事件録  作者: 潮見若真
第3部 その一歩を踏み出すためには
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59.ハルはあおいの「勘」を重く見る。一方伊織はあたふたと

 緑楠中学・高校弓道場の入り口に、あおいの姿を見つけ、中で新入部員の徒手練習に付き合っていたハルは目を丸くして駆け寄った。


「どうしたの、お嬢。伊織くんは?」

「補習に出ているもの。それよりちょっとハルに用事があったのよ」


 あおいは悪びれずに言って、ハルを頭の先から足元まで眺め回した。

「ハルの道着袴姿って、久しぶりに見た。相変わらず絵になるわねえ」


 いいお天気ねえ、くらいの調子であおいは言う。


「子供の頃からこんな格好してるんだものね。そりゃ、着慣れてるか」

「袴のこと? 昔はそんなにしょっちゅう着てたわけじゃないよ。それで用事って? 俺、ご覧の通り、部活動中なんだけど」

「ごめんね。最近いつも伊織くんが一緒でしょ。なかなかハルやキョウとだけじっくり話ができる時間がなくて」


 ハルは軽くため息をついて、

「俺のほうは今、『お嬢とじっくり話ができる時間』ではないんだけどね……」

 ほかの部員たちが練習している弓道場内を目で示しながら言うが、あおいは構わない。


「あら。ハルともあろう人が、練習抜け出して何してたって、誰にももう文句なんか言われないんじゃないの?」

「そうも行かないよ。俺、一応『新入生』なんだよ? 中学からの先輩はともかく、高校から入ってきた二、三年生にはよく知らない人も多いしさ」

「でも実力と実績では負けないじゃない」


 中にまで届くような大きな声ではないが、あおいがきっぱると言い切るので、ハルは少々背後が心配になった。仕方なくあおいを押しやって、弓道場の外に移動し、

「それで?」と再度聞く。


「ね、伊織くんのあのビラ事件。犯人、上野だったって言ったでしょ?」

「うん」

「そのこと、伊織くんには話さないの? 内緒にしてるの?」


 ハルはわずかに眉を顰める。


「キョウが言いたくないって言うんだよな。どっちがいいか分かんないけど、たしかにこの先一年、お互い気まずいだろうなってのもあるし。上野のほうから打ち明けて謝るとかすれば別だけどさ」

「ふうん……だけどなんだか、腹立たしいわねえ」


 つま先を地面に蹴り出して、あおいは不満げに口を尖らせる。そのまま弓道場の壁を蹴り破ったりしないように、注意する必要があるとハルは思った。


「まあ、ね。けどさ、言ったらこちらの気持ちは多少すっきりするかもって……そう思うと、話すのって俺たちの満足のためだよね。黙ってさりげなく上野を見張るほうが伊織くんのためだろうってキョウの気持ちも、分からないでもない」


「うぅん……」

 あおいはますます不満げに眉を寄せたが、言い返す言葉は思いつかないようだ。


「話って、それ?」

「ああ、あのね……」


 問い掛けると、あおいは不満を顔から消して、少々声を潜めた。


「あのビラを撒いたの、本当に上野一人でやったことなのかなって思ったの」

「……誰かに頼まれたって聞いてるけど?」


「それじゃなくて。ビラを、コピーしたり学校内に配ったりする作業よ。月曜の朝と、火曜の昼。どちらも最初からいきなり、かなり大量に、広範囲だったでしょ? 上野一人でできることかしら」


 ハルは、腕を組んで動きを止めた。犯人が早々に分かったので大して気に留めてもいなかったが、たしかにあれだけの大掛かりな作業を一人だけでこなすのは難しい。


「協力者がいるのかな」

「もしかしたらね」

「琴子のテレパスにも引っ掛からなかったし、キョウにも言わなかったくらいだから、協力者っていうほどの立場かどうか分からないけれど……でも、誰が……」


 そして、そのことに重要性はあるだろうか。

 たとえば新聞部の友人が、面白がって配るのを手伝っただけ、という程度であれば、問題はそれほど重要なこととは思えない。が、伊織に対して害意を持ち積極的に手を貸す人物がほかにもいるのだとしたら――?


「あのね、それで。どうしてこういうことを考えたのかって言うと――」


 つま先あたりに視線をやって、言い出しにくそうに慎重な声を上げたあおい。ハルは目を見張った。


「お嬢、協力者に心当たりがあるの? っていうか、知ってるの?」

「……ハルってほんと、話が早いわよね……」


 若干の恨めしげなニュアンスはこの際無視して続きを促すと、また少し言いにくそうにしながらあおいは口を開いた。


「中西くん、知ってるでしょ?」

「新入生の?」


 同じクラスの、大人しそうな外部進学生だ。たしか、上野たちとよく一緒に行動している。弱々しい印象であまり意見を言わないタイプなので、上野にいいように振り回されていないか委員長としては少々気になったことがある。


「そ。昨日、上野と二人でこそこそ話してるの見ちゃったのよね。校舎の影に隠れるみたいな感じで」

「……話してたってだけ? 内容は?」

「聞こえなかったわ。でもあの二人、二人だけで仲良くしてるとこなんか見たことないでしょ。上野が中心のグループがあって、その外周で中西くんがうろうろしてる感じっていうか……なんとなく、『二人きりで対等に話す』って関係に見えないから、なんだろうなって思ったの」

「……そう」


 全く決め手に欠けるが、たしかに不自然な感じはしないでもない。


「それからね」

「まだあるの?」

「うん、それで思い出したんだけどね、中西くん」

「中西くんが?」

「先週ね、ちょうど伊織くんの伯父さんたちの事件があった日。ほら、刑事がお昼から会いに来た――」

「うん?」

「その日の昼休みとね、それに昨日の放課後、上野と別れた後。高校校舎の外で、女の人と話しているところを見たの」

「……女の人?」

「うん。遠くてよく見えなかったけれど、この学校の先生っぽい感じじゃなかった」

「……ふうん。それで?」

「それだけよ」


 自信たっぷりの様子で力強く締めくくったあおいに、ハルはため息をついた。


「それだけって……それだけじゃ……何を話していたのかとかさ、せめて、どういう関係の人らしいとか……」

「そんなの分からないわ。話の内容までは聞こえなかったもの」

「それが、上野のやったことに関係があるっていうの?」

「関係があるのかどうかも分からないわ」


 漠然としすぎの報告に、しかしふと思い当たることがあって、

「上野に『アルバイト』を持ち掛けた人間……あれはたしか、三十代ぐらいの女性って言ってたね。この学校の人じゃない」


「やっぱり、怪しいと思う?」

 難しそうに眉を寄せ、考え顔のハルを覗きこむあおい。

 ハルは軽く握った拳を顎に当てて、あおいと目を合わせた。


「その女性が上野にビラを撒かせた人間だって言いたいの? でも、会話の相手は二回とも中西くんなんだろ?」

「そうなのよねえ……だけど休み時間に外で人と話すなんて不自然でしょう? だから……」

「なんだか気になったんだ?」

「うん。妙な雰囲気だなって」


 この情報だけで何かしら事件と関係があると思うには、無理がある。しかし、ESPの能力を持っているわけでもないのだが、あおいのこの手の勘はけっこう馬鹿にできないのだ。


「一応……気をつけてみようか。本人には認識ないと思うけど、上野は伊織くんを追っている人間と繋がっているかもしれないんだ。その筋の人間は意外と近くにいるのかもしれない。中西くんはさすがに、まさかって思うけれど……」

「うん。あたしもちょっと注意してみるわ」

「頼むよ」


 顎に拳を当てたまま、考える。学校内に伊織を狙っている人間、あるいはその関係者がいる可能性は高いと、ハルは思っている。上野と伊織が少なくとも表面上は親しくしていることや、上野が新聞部に所属していることをも知り得る距離に。組織の人間か、それとも内通者か――。


(その女性か……それに中西くんが、事件に関与しているとしたら……? どちらにしても――)


 校内も安全ではない、ということか――。


 考えて、ハルは顔を上げた。

「お嬢!」


「え! なに?」

「戻って、伊織くんの近くにいてよ。伊織くん終わるの何時だっけ?」

「えっと……二コマって言ってたから、五時過ぎね」

「そう。終わった後、伊織くんと少し待っていてくれない? キョウが楠見と出かけてるから家には誰もいないんだ。一緒に帰ろう」

「分かった。教室かどっかにいるわ。連絡ちょうだい」

「うん、頼む。念のため、学校内でも気をつけて」


 校舎のほうに駆けていくあおいの後姿を見送りながら、ハルはしばらくそのままの体勢で考える。上野と中西。中西と見知らぬ女性。この二つの組み合わせに、繋がりはあるのだろうか。そして事件との関連は――?

 関係者はハルたちにごく近い場所にいる。とすれば。


(厄介ではあるけれど、上手く運べば身近なところでヒントが得られるかもしれないってことか)


 複雑な思いでため息をついて、ハルは弓道場へと戻った。










 二時間近くの補習を終えて、伊織は疲れた頭をゆっくりと振った。最初の五十分はガイダンス。休憩を挟み、担当教師が交代して、数学の授業。かなりみっちりと、集中力の要求される授業だった……。

 これが週二回。気が重くなるが、逆に言えば、これを乗り切れば通常の授業も楽になるのかもしれない。


(通常の授業を受け続けることができれば、だけどな――)


 しつこくそんなことを考えながらのろのろと仕度をしている間に、教室内には伊織と隣の席の中西を除き、誰もいなくなっていた。

 教室に戻ろうと席を立つと、中西が声を掛けてきた。


「相原、一緒に帰ろうよ」


 先ほどと同じく、口を歪めるような笑い方で、帰りじたくを整えて伊織を待っている。


「あ、ゴメン、俺ちょっと、約束があって……」

 おそらく待っていてくれているであろう、あおいを想像しながらそう言うと、中西は笑いを引っ込めてわずかに顎を引いた。


「もしかして、神月くんとか衣川さんとかと?」

「えっ? ええっとぉ……」


 どう答えたらいいのかと一瞬言葉に詰まっていると、中西は面白くなさそうに目を細める。


「相原さ、いつの間に神月くんとか衣川さんとかと仲良くなったの?」

「え? えっと、仲良いっていうか、なんて言うか……」

「上野のグループに入ったんじゃないの?」

「……え、グループ?」


 当たり前のように聞かれて、少々違和感を抱く。伊織の思っている友人関係と、中西の言っている「グループに入った」という言葉の意味するところには、少々ズレがあるような気がする。


「ふうん……」

 戸惑っている伊織に、中西は、何かに納得したようにつぶやいた。

「良くないよね、二股」


「えっと、……二股って? 俺、グループとかそういう感覚は、なんていうか……」


 中西の目は、じわじわと侮蔑の色を帯びてくる。伊織は慌てて弁解する。


「だって、友達だよ? みんなと仲良くしたいし……えっと、こういうのって、二股って言わない……よね?」


「相原さあ、友達いなかっただろ」

 軽蔑しきった口調で、中西が断言した。


「え、えっと……?」


 困惑する伊織に畳み掛けるように、

「マナーを知らないもんね。友達付き合いの。上野のグループに片足突っ込んどいて、神月くんたちと付き合ってんだ。神月くんは委員長だし、衣川さんもカワイイし、付き合ってれば何かとオイシイよね。けどさ、それじゃ上野の立場ないよ。せっかく仲間に入れてくれたのにさ」


「いや、あの……」

「相原、友達いないしどこのグループにも入れてもらえないみたいだから、上野は同情して誘ってくれたんだよ? それをさ、後ろ足で砂をかけるみたいにさ」


 中西は、彼の思い込みの中でだけは絶妙に適切な慣用表現を使った。よく、伝わってきた。

 無論、伊織にはそんな気持ちはこれっぽっちもない。上野が声を掛けてきてくれたことは純粋に嬉しかったし、仲間になりたいとは思った。


 けれど――言われてみれば自分はここのところ少々、上野を蔑ろにしていただろうか? 次々と身に降りかかってくる問題に追われて、周囲に気を配るのを忘れていただろうか。

 ハルやあおいたちといる時間は長くなって、上野といる時間も減った。事情が事情だけに、付き合えない理由を上野に説明してはいない。

 それは中西の言うとおり「マナー」に反することなのだろうか。こういう場合、上野に「グループ参加一時停止」の願い出をしなければならないものだったのだろうか? 伊織がこれまでろくに友達付き合いらしいものをしたことがなかったから、弁えていないだけで?


「えっと……不愉快にさせていたら、ゴメンね……」


 一応、謝っておく。きっと、要領が悪く不器用な伊織の言動の何かが、彼らに不快感を与えたのだろう。


「あの、グループに入ったとか、俺そういうもんだって思わなくて……」

「グループに入ったわけでもないのに、上野を利用していたってこと?」

「ええっ? 全然そんなつもりないよ」


 どうしよう。困ったな。あたふたと手を振って、伊織は言い訳めいた言葉を継ぐ。


「あのさ、ちょっと俺、認識が違ってたみたいで。上野とも友達になりたいし、本当だよ、だけどほかの人とだって仲良くしたいし……」

「八方美人」


 中西はまた、言いたいことがよく伝わってくる四字熟語をセレクトした。当然、伊織にはそんなつもりは毛頭もない。

 仕方なく、伊織は曖昧に首を捻った。


「なんか、ともかく……俺の行動が気に障ったなら謝るよ。上野にも、謝る」

「もう遅いよ!」


 突然、中西が声を荒げた。大声にびっくりして、伊織は目を見張る。


「え? ええっと……?」

「上野は怒ってるよ。きっと許さない。だから、あんな目に遭うんだよ」


 そう言って、唇を曲げて――ニヤリと笑う。


「『神奈川の放火殺人事件、犯人はコイツ』」

「……?」

「ふふふ。傑作だったよね、あの記事。あれを作ったヤツが後ろの席に座っているのに気づかない相原も、ケッサク」

「――え?」


 可笑しそうに唇を歪める中西を、呆然と見つめ、伊織は立ち尽くしていた。

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