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エキストラ! ~緑楠学園サイキック事件録  作者: 潮見若真
第2部 果たしてそれらの事件の鍵を握るのは
55/88

55.二人の刑事、予想の斜め上を行く証言に困惑する

「だって、見ました(、、、、)から」

「……見た?」


 どこかぽかんとした口調で、白塚が繰り返す。

 はい、と伊織は頷いた。


 愕然とした表情で伊織を見つめている楠見を一瞥して、白塚は伊織にゆっくりと確認する。

「きみは……きみはその、『犯行現場』を、見たのかい?」


「はい」

 もうひとつ頷いて、伊織は楠見を振り返った。

「楠見さん、黙っていてすみません。あの時、あそこで、俺……」


「伊織くん……」

 困惑気味に先を言いよどんだ伊織に、楠見は掛ける言葉を見つけられずにいるようだ。


 常に強気に出て優位を譲らなかった楠見の顔が、初めて色を失った。

 それを見て白塚が内心で狂喜しているのが、山崎にはひしひしと伝わってきた。押さえきれずに口の端を吊り上げ、白塚は、勝利を確信している。

 副理事長が――この小生意気な若造が、背後に庇っていた小僧の造反に遭って慌てふためいている。ざまあ見ろ。分も知らずに弁護士の連中の真似みたいなことをするからこんな目に遭うんだ――白塚の表情ははっきりとそう語っていた。


「相原くん、よく話してくれたね」

 とろけるような優しい声色を作って、白塚が伊織に笑いかけた。


 もしもこれから署で詳しく取調べを――となれば、このような笑顔と口調で接することは二度とないだろう。別人になりかわって地獄の門番のごとく責め立てるに違いないが、今はそういう心境ではないらしい。


「哲也くんは、どうしてテレビを壊したりしたのかな。その後で火をつけたのは? なぜ?」

「よく、分かりません。でも、伯父と伯母は、従兄弟のことを心配していたみたいですよ。従兄弟も最初は、伯父たちに相談するつもりで行ったんです、たぶん。だから……『殺意があった』って言うのは違うかな」


 伊織はそこで、やはりぼんやりと首を捻った。

「感情を抑えられなかったんだと思います。それで、火がついちゃったんだ」


 火がついちゃった? 妙な表現に白塚も同じ引っかかりを感じたらしく、笑顔を少々小さくする。


「どうやって火をつけたんだね?」

「さあ。従兄弟が怒ったら、突然火が燃え上がったんです」

「……だけど。……どうやって」

「超能力、なんじゃないですか?」


 伊織はまたひとつ首を傾げて白塚に言い、それから楠見に視線を移した。


「テレビを壊したのも、火をつけたのも。だって……従兄弟にはそういう能力(、、、、、、)があったんでしょう?」


 楠見は伊織の視線を受け、しばらく対峙させていたが、やがて悄然とした面持ちで沈痛そうにため息をついた。

 白塚としてはまさに楠見にそのような表情をさせたかったのだろうが、さすがにここで「してやった」と喜び出すほど空気の読めない刑事でもない。どういう表情を取ったらいいのか分からなくなったというような、中途半端な顔を山崎に向ける。「雲行きがおかしいぞ」とその目が言っている。柄に合わないとろけるような笑みは完全に姿を消した。


「超……能力?」


 伊織の告白を引き出そうとは思っていたが、出てきた証言は予想の斜め上を行くもの。「何を言っているんだ」と叱るには、伊織の瞳は真剣で、しかし弱々しく揺れている。正気のようには思えない。

 無関係である可能性が高い高校生に、衝撃的な質問を重ねて心の病を引き起こしてしまったとしたら。しかもその失態を責め立てるのは、この得体の知れない、ただ者ではない、楠見副理事長だ。


(いったいどうするつもりですか!)

 非難を込めて白塚を睨むと、白塚は気まずげに目を逸らした。


「――すみませんが、今日は一旦引き取っていただけませんか? 少し、彼と話がしたい」

 楠見が目を伏せて、低く提案する。


「ああ、……そうさせてもらったほうがいいですかな」


 白塚は、粘るどころかむしろ救われたようにそう言って、さっと立ち上がった。楠見が一度、伊織の肩に手を置き、それから立ち上がり二人の刑事を見送る体勢をとる。

 これ以上何かを言われないうちに、と思っているのだろう、白塚は逃げるようにドアに向かい、「また来るかもしれませんが……」と言葉を残して小さく一礼しドアを出る。山崎もそれを追って、「失礼します」と頭を下げ理事長室を後にした。









 楠見は出て行く刑事を見送り、ソファの肘掛に腰を下ろした。腕組みをして、それから少し押し黙って考える。


「あの……」

 伊織が声を掛けてくる。

 視線を向けると、叱られたような顔でこちらを見ている伊織と目が合った。


「あの、すみません。俺……余計なこと言いました……」

「いや――」


 伊織の目を見て、そうつぶやく。

 刑事たちは伊織がおかしくなったのだと、こちらにとっては都合よく解釈したようで、慌てて帰っていった。が、楠見の戸惑いはもちろん別のところにある。


「きみは……見た(、、)んだね?」

 腕を組んだまま伊織の目を真っ直ぐに見て、そう聞く。


 伊織はやはり気まずそうに、視線を伏せた。

「見た……んでしょうか?」よく分からない、というように、首を傾げて。「刑事さんたちの言っていた言葉に聞き覚えがあったんで……でも、たぶん夢……ですよね。ここ何日か、同じ夢を見るんです。その夢に出てきた言葉とぴったり同じだったから、つい……」


 そう言って、また首を傾げ、曖昧な笑顔を作った。

「どうしちゃったんだろう。俺。あんなこと言っちゃって……どうしよう」


「焼け跡を見に行ってからかい?」

「……え?」

 伊織が顔を上げる。


「その夢を見るようになったのは。あの焼け跡で、それを見た(、、)のかい?」

「えっと……よく分からないんですけど、たぶん……」

「どんな夢? ほかに覚えていることはあるかな」


 ほんの少しだけ、伊織は何か迷うように視線をうろつかせたが、

「……よく、分かりません……」

 ゆっくりと言ってまた目を逸らす。


 しばらく見守っていると、伊織は額に手を当てた。

「あの……本当です。思い出そうとすると、なんだか頭が痛くって……」


「そうか」

 楠見は小さく息をつき、立ち上がると本棚の間のドアへと歩いていきドアを開けた。

 理事長室と似たような位置に置かれた応接セットのソファで、ハルとキョウが難しい顔をしてこちらを見ている。


「ちょっと来てくれ」

 そう声を掛けると、二人は同時に頷いて立ち上がった。


 キョウは理事長室に足を踏み入れるなり、伊織を見てわずかに目を見張った。ハルも同時に足を止めて伊織の顔を凝視する。


「キョウ……?」

「楠見……封印が解けかかってる」


 呆然と伊織に目をやりながら、キョウは小声で楠見に告げる。


「……なんだって?」


「見えたよ。二重の能力。……ここが」言いながら、キョウは自分の額に手を当てた。「封じてる能力。すごく弱くなってる」


「俺にも今なら分かる。本当だね、見たことのない能力だ」

 同意して、ハルは伊織の元へと歩み寄った。

「伊織くん、大丈夫?」


「あ、うん……」

 伊織はハルの言葉で我に返ったように視線を動かし、ハルの気遣いに対して力なく笑う。


 ハルとキョウは一度目を合わせ、伊織の向かいの長いソファに腰掛けた。楠見も先ほどまで座っていた伊織の隣に腰を下ろす。しばらく重い沈黙が流れたが、楠見はそれを振りきるようにして伊織に体を向けた。


「伊織くん……きみがどういうことになっているのか、……説明できると思う。……まだ推測の段階だけれどね」

「……はあ」

 伊織は困ったように目を上げた。


「楠見」

 キョウが声を上げる。


 止めたいのだろう。伊織を元の世界に戻すために。こちらの世界にこれ以上踏み込ませないために。

 だが、伊織の不安な状態を解消するためには、いずれ言わなければならないこと。伊織は知った上で、自分でどうするかを決めなければならない。


「伊織くん、『サイコメトリー』って聞いたことあるかな」


 初めて出てきた言葉に、伊織だけでなくハルとキョウも驚いたように目を見張った。


「……えっと?」


「人の思考や記憶を読む、『テレパシー』っていうのがある。『サイコメトリー』は人ではなくて、物や場所から、その物や場所が持っている記憶を読む……一般的にそういう能力だと言われている――」

「……はい?」


 伊織は戸惑ったように、一応、という感じで相槌を打つ。どうしてそんな話になったのか分からないといった面持ちではあるが。


「占い師や霊媒という仕事をしている人たちの中には、そういう能力の者もいるって聞いたことはあるけれど、誘導に頼らない純然たるサイコメトリーというのを俺は見たことはない。実在しないかもしれないと思っていた。とても、希少な能力なんだと思う」


「……はあ……それで」


「きみがその種類の能力を持っているんじゃないかと思う。伊織くん、きみはサイだ」


 伊織は楠見の視線を真っ直ぐに受け止め、目を見開いた。


「きみは伯父さんの家の焼け跡で、あの場所の過去の出来事を見た(、、)のかもしれない」

「え……っと。ちょっと待ってください、あの……俺、そんな、超能力なんて……その、サイコ……?」

「サイコメトリーだよ。思い当たることはないかい? これまでに似たような経験はなかった?」

「えっと……」


 楠見と視線を合わせたまま、伊織は固まった。少しして、

「ない、と思うんですけど……」


 目を逸らし、弱々しく紡がれた否定の言葉。それが本心でないことは、テレパスなどに頼らずとも明らかだった。


「そうか――」楠見はだが、そこで追及を保留する。「サイの中には、特に超感覚(ESP)系のサイには、能力を発現していても自分で気づかない者もいる。それが『特殊能力』による『超常現象』とは気づかないような種類のものもあるんだ。それに」


 伊織に負けず劣らず困ったような顔をしているハルとキョウを、目で示して。

「この二人によると、きみのその能力は何かの力で封じられているってことだから、それできみは自分の能力に気づかなかったのかもしれない。二人が見ても、今まで分からなかったくらいだからね」


「えっと。もし……だったら、それじゃ……あの夢は」


 楠見は一度、深く頷く。

「きみの能力が本当に俺の想像する種類のものなら、それは実際に起きたことだろうね」


 伊織は絶句した。ゆっくりと瞬きをして、視線をキョウに向け、ハルに向け、それから楠見に戻す。


「じゃあ、……じゃあ、従兄弟は本当に、火を……伯父さんたちを? まさか……」


 伊織は不安を目にためて、縋るように楠見に尋ねる。

 それを確認するのが恐ろしくて、彼は「見た」ことを話せずにいたのだろう。


「火をつけたのは彼の能力だ。『パイロキネシス』という」楠見は労わりを込めて頷き返す。ただあの事件に関しては、俺は『事故』だったと思っている」


 ぼんやりと曖昧な目を向けている伊織から視線を逸らし、緊張気味の面持ちのハルとキョウを一瞥すると、楠見は自分の手へと目を落とした。そして。


「伊織くん、火事のあった日――木曜の深夜、いや、金曜の明け方だな。その直前に、キョウが哲也くんに会っているんだ」


 伊織は愕然と目を見張り、固まった。


「新宿でね。キョウは新宿で起きていた別の事件の犯人を捕まえに行った。そこで、哲也くんに会った。その時は哲也くんだとは分からなかった。顔も知らないし、名乗ったりもしなかったからね。そうだな、キョウ」


 視線を向けると、少しためらうような間を置いてキョウは頷いた。つられたように、伊織もキョウに目を向ける。


「その時に、キョウが哲也くんの能力を見ている。彼の同級生たちは信じなかったようだけれど、哲也くんはサイだ。ただ、おそらく――彼は、無理な能力開発によって、本来彼が持っている以上の能力を手に入れてしまったんだ。そうしてコントロールが難しい状態になっていると考えられる。さっききみが言った通り、それで、言い争いの末に激昂して能力を暴走させてしまった。実際に何が起きたのか、俺たちには分からないが――」


 楠見は言葉を止めて、伊織の顔を窺う。


「待って、ください」

 伊織は完全に混乱し切ったように、先ほどと同じ言葉を繰り返した。

 瞳が楠見へ、キョウへ、ハルへとさまよい、それから膝に置いた自分の左手へ――。


「従兄弟と……哲也さんと会っていた? 火事の原因も……それじゃ、ずっと前から知ってたんですか? 俺……俺だけ知らなくて……変な夢を見て……すごく怖くて……ええ?」

 独り言のように言いながら、額をこする。


「ずっと隠しておこうと思ったわけじゃないんだが……申し訳ない」

 楠見はソファーに腰かけたまま、両手を膝の上に置いて頭を下げた。

「哲也くんのことも。彼をもっと早くに探し出して、事件を防ぐことができなかったのは、力が足りなかった俺の責任だ」


「ちょっと……待ってください。俺、やっぱり信じられません」

 やはり額をこすりながら、伊織は戸惑うように声を上げた。

「超能力とか……そんなの。やっぱり……やっぱ有り得ないですよ」


 ほかにどんな表情を作ったらいいのか分からないというように、

「だって、そんな話、真面目にするなんて……みんな。おかしいですよ。そんな馬鹿な話」

 伊織は口もとに曖昧な笑みを浮かべて。

「それより俺、現実的に考えないといけないこといっぱいあって……」


 ゆっくりと、額から手を外す。

「これからの暮らしのこととか、学校のこととか、クラスのこととか。だから」


 三人の視線を集めて、その顔が、口もとに笑みのようなものを残したまま泣き出しそうな具合に歪んだ。

「だから……ちょっと困ってて……頭の中こんがらがってて……」


 楠見のほうへと顔を上げる。視線は合わせずに。


「すみません。ちょっと……」

 やはり目を見ることはできないというように、伊織は顔を伏せ気味にしたままハルとキョウのほうを一瞥して、

「少し考えたくて。一人にしてもらってもいいですか?」


 立ち上がると、三人の見守る中ふらふらとした足取りでドアへと向かう。

 楠見も立ち上がり、その後姿を見送る。


 静かにドアを開け、理事長室を出て行った伊織を心配そうに見やって、ハルはキョウの肩に手を置いて。

「俺が行くよ。離れて見てるから」

 そう言うと、伊織を追って出て行った。


 残された楠見は、立ったまま腕を組んで深くため息をつき。

「少し、話を急ぎすぎたかな」


 悄然とした面持ちで黙り込んでいるキョウの頭に手を置いて、執務机に向かった。

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