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エキストラ! ~緑楠学園サイキック事件録  作者: 潮見若真
第2部 果たしてそれらの事件の鍵を握るのは
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50.「超能力事件」、シュレッダー、ホットココア

 火曜日の午前中は、何事もなく平和に過ぎた。

 伊織は例によって自分には少々難しい授業を、あまり集中できないまま四時限目まで受けた。


 昨日配られたビラの件は、表向きはだいぶ下火になっているが、休み時間やちょっとした合間にクラスメイトから向けられる視線はやはり好奇と侮蔑に満ちているように感じられる。

 そもそもどんな種類の視線であれ、こんなことでもなければ他人から視線を向けられる――興味を持たれるなどということがほとんどなかったのだから、あながち勘違いや被害妄想でもないだろう。

 目の合った相手を睨み返すほどの度胸はなく、伊織はなるべく教室内の余計な場所に目をやらないようにして、ホワイトボードだけを見て過ごすことにした。


 一度だけ振り返ったのは、休み時間に後ろの席の上野にシャープペンの頭で背中を突かれた時だ。


「相原、聞いたぜ、アルバイトのこと。大変だな」

 同情を浮かべながらそう言う上野に、伊織はなるべく平気な素振りで答えた。


「あ、うん……話が早いね」


 軽く肩を竦めると、上野は眉を寄せる。


「おお。新聞部でさ、あそこの商店街の取材してるって言っただろ? 噂んなってんぜ?」

「そうなんだ……」


 暗く沈みかけた気持ちをどうにか表に出さないように努め、軽い口調で相槌を打った。


「あのコンビニの店長、客たちにお前のこと聞かれて、いろいろ言ってたぜ。『最初っから何かありそうにに見えた』とか、『こんなことに巻き込まれて迷惑だ』とか」

「……へえ……」

「お前が辞めたのだってさ、『自分は引き止めたんだけど、どうしてもって言うから』って。本当か?」

「え? あ、いや……」

「『せっかく仕事教えたのに、大して使えもしねえうちに辞めちまうなんて、若いモンは無責任だ』って言ってたぜ」


 重石でも詰め込まれたみたいに、胸のあたりがずっしりと重くなった。どうしよう。泣きそうだ。

 伊織は、笑おうとした途中で何か別の用事を思い出したとでもいうような、微妙な表情を作ったまま固まった。


「……そう」

 辛うじてそれだけ絞り出す。少し声が震えていたかもしれない。


 それを見て、上野はかすかに雰囲気を変える。頭のどこか片隅で、伊織はその違和感に気づいたが、今の伊織に上野の心に去来している感情の正体を探る余裕は全くない。

 自分の情けない胸の内を隠すことしか考えられず、慌てて前に向き直ろうとしているところに、


「元気出せよ? なんか力になれることあったら言えよな」


 そんな励ましの言葉をもらって、「ありがとう」とつぶやく。笑顔を作ってでもいないと本当に涙が出そうで、無理やり口の端を上げて、上野の視線を振りきって前を向いた。




 だがその昼休み、どうにかギリギリで水平に保っていた伊織の精神を、さらに揺るがす事件が起きた。

 持ってきたのは上野だった。一枚の紙を、伊織の顔の前に見せ付けるように掲げる。


「おい、今度はこんなもんが外で配られてんぜ?」


 伊織にだけ言って聞かせるような口ぶりだが、声ははっきりと、教室内のほかの生徒にも聞こえるような大きさだった。周りの何人かが伊織に注目し、さらにその輪がクラス中に広がる。

 伊織はしかし、そんなクラス内の様子に気を配る余裕もなく、目の前の紙に呆然と見入っていた。








『神奈川・放火殺人事件特集2

 ――「両親焼殺」の犯人・相原哲也の中学時代の素顔』


■ のどかな海沿いの街の眠りを叩き起こし、近隣の住民を恐怖に陥れた「放火殺人」事件。その犯人、相原哲也とは一体どんな人間だったのか。取材班は、彼の中学時代の同級生数名との接触を試み、その心の闇を探った。


■ 同級生Aは、相原哲也と中学三年の時に同じクラスだった。現在は都内の大学に通うAに、相原哲也の中学時代の様子を聞いてみた。


 突然の事件で、びっくりしているでしょうね

同級生A「はい。中学卒業後一度も会ってなくて、どうしてるかって思ってたけど、まさかこんなことに――」


 彼は中学校を卒業した後で、東京の高校に進学したんだけれど、その後の噂は聞かなかった?

A「そうなんですか? 知らなかったなぁ。まあ、地元の高校には進学しにくかったと思いますけどね」


 というと?

A「いや、ぶっちゃけ中二の時の事件みんな知ってるし……ちょっと気味悪がられてたの、本人も分かってたと思うし」


 中二の時の事件って?

A「超能力事件ですよ。俺は……見たわけじゃないんだけど、消しゴムとかシャープペンとか黒板のチョークとか? そんなのを動かしたって聞いてますよ」


 それは、本当の話?

A「まさか。そんなことできるわけないでしょ? 見たヤツもいるって話だけど、なんかトリック使ったって噂もあって。でも本人は本当だって言い張って。それでみんな、ちょっと引いちゃって」


 相原哲也は、どんな中学生でしたか?

A「大人しくて、あんまり目立たないヤツでしたよ。友達もいなかったかも」


 その彼が、「事件」で一躍有名人になった

A「ええ。だから単に、目立ちたかったんじゃないの? ってみんな言ってましたよ。ああいう地味なヤツってさ、そんなちょっとアレなことしないと注目集められないでしょ? で、注目されたらいい気分になって、引っ込みもつかなくなっちゃった、みたいな?」




■ 相原哲也の起こした「超能力事件」。その詳細を知る者を探し、取材班は二年の時に彼と同じクラスだった生徒を探し当てた。実家の商店で働く同級生Bの話。


「テレビで超能力番組をやっててね、翌日、何人かのクラスメイトとそんな話してたんですよ。で、冗談でですよ、『やってみようぜ』みたいな話になって。消しゴムとかそんなのをね、囲んで試してたんですよ。

 本気かって? だから、冗談ですよ。あるでしょ、そんなノリ。

 そしたら、通りかかった相原がね、『俺はできる』とか真面目な顔で言い出して。それまでみんな相原と口きいたこともないヤツらばっかりで、ちょっと引いたんですけどね、『じゃあやってみろよ』ってなって。もちろんノリですよ、誰も本気にしちゃいない。

 けどね、本当にちょっと動いたように見えたんですよね、そん時は。いや、見えたってだけですよ。だってまさか、そんなわけないでしょ。後から冷静に考えれば。何かトリックがあったんじゃないですか?

 そん時の相原? 得意そうでしたよ。俺、相原の笑ってる顔、あの時初めて見ました。ちょっと不気味だったな」




■ 同じく、短大卒業後、現在は調理専門学校に通う、同級生Cの話。


「私は事件のあった頃、相原くんの隣の席だったんだけど、最初は何人かの男子の間で盛り上がってたのがそのうちほかのクラスにも広がって。

 やってるとこ? 見た見た。ボールペンだったかな、それがね、ほんの数ミリ動いたみたいに見えたの。『調子が良ければもっと動かすことができる。ひとりの時は離れた場所にあるものを引き寄せたりしている』とかって言ってたな。

 で、そのうち男子から『じゃあなんで今はできないんだ』みたいな感じで責められて、喧嘩になっちゃって。山田(仮名)って、魚屋の息子がね、その男子グループのリーダーみたいな感じだったんだけど、結構ハデな喧嘩しちゃったみたいで――って言っても、多分、山田たちが一方的にやったんだと思うんだけど。相原くん、顔にアザ作ってたし。

 で、親とか呼び出されて。暴力振るったのは山田たちなのに、『息子さんが変なことを言うから、クラスの雰囲気が乱れて暴力事件が起こった』なんて言われててさ。なんだか可哀相だったなあ」




■ 二年、三年と同じクラスだったDは、相原哲也の「将来の夢」を聞いていた。


「あいつは、本当に自分は超能力者だって信じてたみたいでしたよ。三年になってからだったかな、『今はまだ未熟だけれど、訓練すればもっと大きな能力を使いこなすことができるようになる』みたいなこと言ってて。

 で、訓練してその能力を役立てるような仕事に就きたいって。どういう仕事だよって聞いたら、『それはまだ言えないけど、そういう人間を集めているところがあるんだ』って。

 いやあ正直、ここまで妄想入っちゃってるとヤバイなーって。マンガじゃないんだし。なんかもう引くに引けなくなっちゃって、こういうキャラで押し通そうとしてんのかなって思ったんだけど。

 大人になって目を覚ましててくれればいいなって思ってたけど、まさかこういう事件を起こすとはねえ……あーやっちゃったかーって感じです」



――





「気分悪い。破っていい? 燃やしていい?」


 ハルがローテーブルを半眼で睨みながら、ドスの効いた声で言う。ハルのこんな表情と声を見聞きしたら、伊織あたりは卒倒しそうだ。正直、楠見でも怖い。


「どうぞ。いっぱいある」


 ハルたちが半日かけて掻き集めた紙の束を、生贄よろしく差し出す。楠見とて、怒りもし、悲しくも思うが、ハルたちの怒りには比べるべくもないだろう。


 朝、七時前に学校に来て校内を巡回したのだという。もちろん昨日と同じようなことが起きているのではないかと警戒してのことだ。何もなくてひとまず安心していたところに、事件が起きた。

 昼休みだ。第一弾は、高校校舎の屋上から大量にばら撒かれたらしい。生徒たちがそれに気を取られているうちに、第二弾として何者かが近くにいた生徒に紙の束を渡した。束の状態で手にした者は、口を揃えて「回ってきた」と言う。最初に「回し」始めた者を見た生徒はいない。


 そうして結果、何百枚もの新たな中傷ビラが撒かれることとなった。

 出し抜かれる形となったハルの怒りは並大抵のものではない。


「……それで、犯人は分かってるって言ってたな」

「うちのクラスの上野ってヤツ。キョウが追ってるよ」

「そうか。伊織くんは?」

「とりあえず、マキのとこ」

「……そうか」


 牧田に預けておけば、上手い具合に慰めてくれるだろうか。

 それよりも。

 あくまでこの記事を信じるならば、起きている事件に関するいくつかの手がかりがここに示唆されている。


 まず、相原哲也がサイ組織に勧誘されたのだという楠見たちの想像は、間違いのないものになったと見ていいだろう。

「そういう人間を集めているところ」――おそらくは、楠見家の「本店」。

 緑楠学園をサイ組織の訓練校にするという計画が進行していた頃に、哲也はリストにあったほかの十三名と共に、スカウトされて緑楠高校に入学した。ただし彼は、真の事情を聞かされずに入学しそのまま卒業した生徒たちとは違い、入学前からはっきりと組織の存在を認識していた。

 そして「組織にいた」とキョウに語った言葉から察するに、卒業後も組織の一員として働いていた。


 「本店」はしかし、本来サイ犯罪を阻止するべく動いている組織だ。哲也がその能力を使って実家を焼き両親を殺したならば、彼は狩られる立場となってしまうのだ。

 能力の制御を失い一般社会に危害をもたらすサイを、「本店」がどう処理(、、)するか。楠見はよく知っている。

 警察だけでなく、「本店」よりも先に哲也を見つけ出さなければならない。だが彼は、果たしてまだ無事でいるのだろうか?


 そして。このビラ事件を起こしたのは、本当に伊織のクラスの一生徒なのか――。単なる個人的な嫌がらせとしてやったことなのだろうか? そうでないとすれば、裏で糸を引く者の狙いとは?


 ハルは本当に束に火でもつけそうな怒りようだったが、平和的かつ安全に、シュレッダーにかけることにしたらしい。卓上サイズのシュレッダーにせっせと紙を食べさせているハルを横目に見つつ、楠見は執務机の椅子で腕組みをして背を反らした。








「伊織くん、開けていい?」


 カーテンの向こうから、牧田が遠慮がちに声を掛ける。伊織はベッドの端に座って、「はい」と小さく答えた。


「ちょっとは落ち着いた?」

 カーテンが開き、柔らかい微笑みを浮かべた牧田が顔を覗かせる。牧田は伊織の隣に座って、手に持っていたマグカップを差し出した。


「俺のホットココア、美味しいって定評があるんだよ」

「……ありがとうございます」


 カップを口もとに持っていくと、湯気が鼻先と頬に当たって温かい。ミルクの香りのするココアは、本当に美味しかった。


 昼休み。呆然と立ち尽くしているところにハルが駆けつけてきて、抱きかかえられるようにして診療所に連れてこられた。ひとまず伊織をベッドに座らせ、ハルは牧田と会話を交して出て行った。

 それから牧田にいくつか質問をされたような気がするが、なんと答えたのか覚えていない。会話にならないと判断したのか、牧田は「ここで休んでいなよ」と微笑んで、伊織を一人にしてくれた。

 カーテンの向こうの壁掛け時計を見れば、時刻は午後四時近い。三時間近くも放心していたのだろうか。

 気長に待ってくれた牧田に、思わず頭を下げた。


「美味しいです。ありがとうございます」

「口に合って良かったよ。火傷しないようにね」


 メガネの奥で目を細めて牧田が笑う。優しい。温かいココアだけでなく、腹の底に染みるものがあって、伊織はカップに隠れて顔を伏せた。


「キョウがねえ……」不意に、牧田が声を掛ける。「ハルとキョウは、小学校の五年生からこの学校にいるんだけどね」

 どこか懐かしそうに、窓の外に目をやって言う。


「キョウはなかなか学校に慣れなくさ。教室にいて辛くなると、よくここに逃げてきてたよ」

「……辛くなる?」

「うん、あいつはあんまり辛いのを顔に出さないからねえ。言わないけど、結構大変だったと思うよ」

「あの、あの記事にあったみたいに……従兄弟みたいな問題で?」


 思い出すと胸にトゲが刺さっているみたいにチクチク痛むのを堪えて、上目遣いに聞いてみる。牧田はベッドに腰掛けたまま腕を組んで、伊織に視線を向けた。


「ハルやキョウは、子供の頃からサイの世界にいるからね。そういう問題はなかったと思うな。また別の苦労がいっぱいあったけどね。キョウの場合は、単純に『人がたくさんいる空間』ってのがキツかったみたいだね」

「……」

「それでね、我慢なんかしなくていいから、辛いときはここにおいでって言ってね、俺のいないときでも勝手に入ってていいよって、ここの鍵をあげたんだ。そしたら不思議と、次第にあんまり来なくなってねえ」


 そう言って、牧田はクスクスと笑う。


「『いつでも逃げられる場所』っていうのがひとつできると、気持ちが楽になるんだよね。まあ慣れたってのもあるだろうけど、ここに来ればいいって安心したら、教室も平気になったみたいだ。今もしょっちゅう遊びに来るけど、『逃げてくる』ことはなくなったね」


 だから、と牧田は再び伊織に向き直る。

「きみも、教室がキツい時はここにおいで。俺はだいたいいつもいるから。話し相手になってもいいし、一人でぼんやりしててもいい」


 そう言ってまた、目を細めて笑う。


「だけど、この間といい今日といい、大変な時ばっかり会うね。次は楽しくおしゃべりに来なよ。コーヒー淹れて待ってるからさ」


 言いながら立ちあがってカーテンに手を掛け、机に戻っていく。椅子の軋む音がして、それから「ああ、好きなだけ休んでっていいからね」とカーテンの外から声が掛かった。

 伊織はカップを口に当てたまま、言葉を発することができずに牧田のほうに向かって頭を下げた。言葉の代わりに、堪えきれなくなって涙が一粒こぼれ落ちた。

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