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エキストラ! ~緑楠学園サイキック事件録  作者: 潮見若真
第2部 果たしてそれらの事件の鍵を握るのは
40/88

40.キョウ、江戸川のパイロに声を掛け、フジは火の玉を叩き消す

「水島理恵子――?」


 突然目の前に踊り出た人物に驚いた様子も見せず、それでも水島は足を止めた。無表情にキョウに目をやり、それからタイマに視線を移す。

 タイマが水島の能力に、小さく反応するのを感じる。白刃が、かすかに輝きを増す。しかし、微力だ。


(まただ――)


 器に合わない能力。高熱の炎を発現できるような能力は、水島理恵子にはない。

 こうなっていなければタイマを出すほどもなく、自分でも自分がサイだと認識していない程度の潜在的なサイだったのだろう。

 シバタと同様、「DVDを見て」能力を開発した。哲也とも同じ、無理な能力だ。


 シバタの例があるので、見た目は微力でも油断はできない。対峙しつつ、水島の背後にいるフジに油断するなと視線を送る。水島から十メートルほど離れた後方で、フジはなんらかの動きに備えてわずかに姿勢を低くし身構えた。


「公園で火遊びしてたパイロだよな?」

「……パイロ?」


 ふわふわとした口調で、表情を動かさずに水島が聞き返す。


「頭で思っただけで、火をつける能力を持ってる」

「私が――?」


 わけが分からない、というように、ぎこちなく首を捻る。キョウは頷いた。


「そう。ちょっと話が聞きたいんだけど……」

「なんの話?」

「公園の放火事件のことと、あんたの能力の――」


 突然、タイマが輝きを増す。すっと、水島理恵子の体が薄い気体に包まれる。サイのエネルギーだ。タイマを掲げて一歩、歩み寄る。瞬間――


 柄を握った手に重い手ごたえを感じ、顔をしかめる。刀の前で火花が飛び散った。

 自分の発した能力に驚いたように、水島が愕然と目を見開く。体を包む気が、わずかに濃度を増す。


「――違うの……私じゃないの……」ゆるゆると、水島は首を横に振る。「違うの……」


 瞬間、水島の体から発したエネルギーが、いくつかの小さな炎となって四方に飛散した。向かってくる炎をタイマで受け止めると同時に、キョウは叫ぶ。


「フジ!」

「あいよ!」


 フジは跳躍すると、四散した炎の塊の行方を確認し、住宅のほうへ向かう火の玉を追って飛びつき殴るような動作で叩き消した。

 手はいくつかの炎の塊に触れたはずだが、熱く感じている様子もなく。


「ほいっ、鎮火完了ー」

 緊張感のない口調で言ってフジが着地する間に、キョウは水島にもう一歩踏み寄る。


 水島理恵子の体を包むエネルギーは膨張を続ける。

「違う、違う、私じゃない……」

 焦点の定まらない瞳でぼんやりと言う水島理恵子。揺らめいて体を離れたエネルギーが、小さな炎となって飛び散った。


「うわっまたっ? ちょい、話違くね?」

 フジが慌てた声を上げた。住宅に飛び火しそうな拳の大きさくらいの炎を、両手で虫でも捕まえるようにパチッと叩いて消して、

「一回火つけたら正気に戻るんでなかったっけ」


「んー、新宿のシバタも、途中で能力でかくなったんだよな」

「なんじゃそりゃあ」

「さあ。分かんねえけど……」


 タイマを掲げたまま詰め寄る。先ほど受け止めたような手ごたえは、感じない。もう少し――。


 さらに小さな炎が彼女の体の周囲から断続的に発現し、霧散する。

 何かを燃やしてしまいそうな強さは、既にその炎からは感じられなかった。フジはその行方を冷静に見つめ、危険な方向に向かいそうなものだけを叩き消してぼやき声を上げた。


「なんか、もぐら叩きでもやってるような気分なんっすけどー」


「私じゃないの……」

 水島は脅えるように繰り返す。その体を包んでいたエネルギーが、弱々しいものとなり、火が消えていくように小さくなる。


「私――」

「分かってる」


 キョウは静かに言って水島の瞳を覗き込む。

 震えているのが分かった。


「大丈夫だ。話聞いて、どうにかしてくれるヤツいるから」

「どうにか……?」

「ん。俺たち、あんたのこと助けられる」

「あなたたち、高校生?」

「うん。似たような能力持ってる。あと、詳しいヤツもいる」

「私のことが、分かるの?」

「分かる」

「私――」

「大丈夫。一緒に来て、お茶飲んでしゃべるだけだから」

「私――怖い。……助けてくれるの?」


 頷いた瞬間に、崩れるように水島が膝を折った。


「……っと」

 キョウはその肩を支え、一緒に地面に片膝を付く。

 小刻みに震えている肩をあやすようにそっと叩くと、水島が目を上げた。その瞳は弱々しいものの、しっかりとキョウに焦点を結ぶ。先ほどまでの放心した様子はないのを確認して、キョウはフジに声を掛けた。


「大丈夫っぽい」

「うお! キョウ、ナンパ成功じゃん!」

「……これ、ナンパか?」

「おうよ。やるじゃんか」

「マジか? そっか……」

「ちきしょう、ちょっと顔がいいとコレだよ。クソッ」

「フジ、楠見呼んできて」


 まだ少し震える水島の肩を叩きながらフジに言うと、「分かったぜ、ちきしょうちきしょう」とつぶやきながらフジは来た道を引き返していった。


「な、DVD見たか?」

 できるだけ静かな声で聞いたが、水島はその言葉にまた肩を震わせた。


「あの……DVD……?」

「家にある?」

「……ある」

「そっか。あのDVDが全部悪りいんだ。処分してやるから貸して」


 瞳を覗き込んでそう聞くと、水島はかすかにホッとしたような顔をした。







「おかえり」

 理事長室の応接セットでノートパソコンを開いていたハルが、声を上げる。


「ああ、ただいま」

 楠見も短く答えて、後ろを歩いてきた水島理恵子をいざない部屋に入れる。

「少し、座って待っていてください――ハル」


 水島は小さく頷いて、ソファに向かった。ハルがその水島を一瞥して、入れ違いで部屋の外に出る。


「なんだか思っていたよりもずっと華奢きゃしゃな感じの人だね。能力も……現場を見て感じたのより全然小さい……」

「やっぱり、変な『開発』をされた結果だろうか――」


(新宿のシバタや相原哲也と同じパターンか? すると、いよいよ相原哲也もあのDVDに関わっているということか――)


 目を細め考えていると、ハルは楠見の後からやってきたキョウに笑いかけた。


「キョウ、おかえり、お疲れさま」

「ハル、俺、ナンパができるようになったんだ」

「……ん? ……そうなんだ、良かったね」


 ハルがにっこり笑って応じる。キョウは満足そうな顔をして、廊下を引き返し左手の秘書室のドアをノックした。

「影山さん、戻ったよー」


 影山がドアの向こうで答える声を背に受けつつ、楠見はハルの鋭い視線を感じて思考を中断した。


「……どうした?」

「――だあれ? キョウに『ナンパ』なんて、そんな品のないことを教えたのは……」


 背筋に冷やりとするものを感じる。


「いや、あれは多分そういうものでは……おそらく言葉のアヤだ……」

「ふうん――まさか楠見が言ったんじゃないよね?」

「ち、違う。まさか」

「……まあいいや」


 小さくつぶやいてハルは顔から険しい色を消し、戻ってきたキョウににっこり笑いかけた。


「と、ともかく」楠見は軽く咳払いをして、「話を聞こう。キョウは俺のほうにつけ。隣で琴子に『チェック』をしてもらうから、ハルは『ガイド』を頼む。深くまで入らなくていい」


「分かった」

「了解」

 キョウとハルが同時に答える。


「楠見さん、お待たせしました」

 後ろから、琴子を連れて車でやってきた船津が追いついた。


「例の移動販売車の連絡先、調べてきました。それと、二月以降あの付近を通った日付と」

「ありがとうございます」


 船津に隣室へのドアを示し、楠見はキョウを伴って水島の待つ理事長室のドアを開ける。

 水島は、三人掛けの広いソファーに縮こまって座っていた。楠見は奥のオットマンに腰掛ける。入り口のドアの脇、水島も楠見も目に入る位置にキョウが立った。


「水島さん、楽にしてください――」

 楠見は柔らかく水島に笑いかけた。水島は緊張したように身を硬くし、小さなハンドタオルを手に握り締めている。


「初めてお会いすると思いますが、僕はあなたの在校中からこの学校の理事をしています。この建物に入るのは初めてですか?」

「――はい」

 消え入るような声で、水島は答えた。


「そうですか。学校に来るのは、卒業以来?」


 楠見はにこやかに雑談を続ける。水島の答えは、「はい」「いいえ」の短いものだが、少しずつ反応は早く、はっきりとしたものになる。会話が成り立ってきたと見て、楠見は質問の形式を変えた。


「学生生活はどうでしたか?」






 理事長室を映す二つのモニターを、ハルはソファに腰掛けて無言で眺めていた。隣の琴子と、その向こうにパイプ椅子を置いて座っている船津も、画面と音声に集中している。

 楠見は水島理恵子の高校生活についての質問を続けている。


「――少し、落ち着いてきたみたいね」


 琴子がモニターを見つめたまま、ぽつりと声を落とす。視線はモニターに向けているが、意識は直接、隣室の水島の心に潜り込んでいるのだろう。

 楠見は「世間話」を続ける。質問に対する水島の答えが、徐々に、ほんの少しずつ楠見の質問よりも長くなる。

 世間話に紛れ込んで、なぜ緑楠高校に進学したのか、と言った質問が差し挟まれる。


『緑楠高校に、特待生として進学させてもらえるって言われたんです――』


 その言葉に、楠見が水島には気づかれない程度のほんのわずかな間を置いたのが分かった。


『――特待生、ですか……優秀なんですね』

『いえ……私、そんなに勉強もできるほうじゃなかったので、不思議に思ったんですが……』

『そう?』

『はい……中学生の時に、一度だけ作文で賞を取って、それが評価されたって……』


 そうですか、と楠見は何気ない調子で微笑んだ。


『大学には行かなかったんですね』

『はい……。あの……『特待』は高校だけだったので……』

『ああ――』

『元々それほど勉強は好きでもなくて……』


 かすかに水島の言葉が小さくなったのを受け、楠見は警戒させる前に話を逸らすことにしたようだ。卒業後の生活について、いくつか話す。

 琴子は険しい表情で、モニターを睨んでいた。


 楠見が目の前のカップを取り上げたのと同時に、水島が同じようにカップを手に取りお茶を口にした。

 本題に入るタイミングだ。ハルはわずかに姿勢を正す。


「琴子――?」

「うん」

 小さく答えて、琴子はハルと目を合わせ、それからまたモニターに視線を向けた。


『それで、例のDVDのことですが――』

 楠見がそれまでと変わらない調子で、本題を切り出す。水島から預かった一枚のDVDを手に持っていて、盤面を見せるようにわずかに持ち上げる。


『送ってきたのは誰なんでしょうね』

『さあ――』

『全く心当たりもない?』

『はい』


 本題に入ると、また水島の回答は短くなる。誰から送られてきたのかも分からないDVDを見てしまった自分の不用意さに、身を縮めているようだった。


『送られてきた日のことを覚えていますか?』

『……ええ――二月頃だったと……』


「琴子、どう?」

「うん。覚えてる。でも、さほど重要なことだとは思っていなかったみたいね。それからしばらく忘れていた程度」


『郵便で届きましたか?』

『はい。家に帰ったら、母から。ポストに入っていたって――』


「不審。――差出人は書いていなかった――友達の顔はいくつか思い浮かんだけれど――」


『すぐに開けてみましたか?』

『いえ――あ、ええ、開けてはみました。DVDが入っているのは確認しましたが……』

『見てみることはしなかった?』

『はい』

『文章や説明が同封されていませんでしたか?』

『ありませんでした』

『そうですか……DVDを見たのはいつ?』


 水島は少し考える様子を見せた。


『二、三週間くらい経ったころ……二月の終わりか、三月に入って。休日に部屋の掃除をしていて――』

『このDVDを手に取ったわけですか?』

『はい。届いたときのことを忘れていて、なんのDVDだろうって……』

『その日が何日だったか、正確に分かりますか?』

『……少し――待ってください』


 水島は、脇に置いていたバッグから手帳を取り出し、たどたどしい動きでめくり出した。そして、休日で一日中家にいた日付を三日ほど上げる。

『その、どれかだったと思います』


「移動販売車は、その時に通ったのかな」

「――よく覚えていない……少なくとも、意識はしてなかった」


『どんな内容でした?』

『よく分かりません。音楽と映像ばかりで、物語のような感じではなかったと――最初は、画面にどこかの海の映像が映っていたと思います。落ち着く感じの音楽が流れていて……しばらくすると、画面が切り替わって……幾何学模様のような……それから、また……風景……同じようなのを何度か繰り返して――なんだか気味が悪くて……』


 わずかに彼女の声が震える。楠見は慎重な上目遣いでその目を見つめた。


『気味が悪い?』

『……よく覚えていないんですけど……意味が分からないので、少し怖くなって』

『怖いと思うような映像や音楽があったのかな?』

『……そうでは――ないと思います。ただ、わけが分からないのが不気味で』


「記憶が曖昧だな……」

 琴子が、ぼんやりとした口調で言う。目を細め、意識を画面に集中させている様子に、ハルは声を掛けた。

「琴子。深くまで入り込まなくていい。DVDは押さえてあるから、内容は大丈夫だよ」


 琴子は小さく頷いた。それを見て、ハルはまた画面に目を戻す。


『その後は、どうなったのかな。続きを見た?』

『はい、ただ、よく覚えていなくて……』

『続きをよく覚えていない……?』


 楠見の口調が若干低いものに変わる。水島はしかし、それほど気にした様子はなく、――というよりも自分の思考に夢中になっている様子で続けた。


『はい……見たのだと思うんですけど……』

『途中で眠ってしまったのかな』

『……そうかもしれません。気づいたら、再生が終わって画面が暗くなっていました』

『時間にしてどのくらいか分かりますか?』


『それも、よく覚えていません。最初に見たときの所要時間は一時間くらいと出ていたような気がするんですが、終わっていることに気づいたときはもう暗くなっていて……なんだか……』

 水島の声がまた、かすかに震える。

『それからは、ずっと怖くて……見てはいけないものだったかったかもしれないって……』


 水島は、楠見の手にあるDVDに目をやり、言葉を選ぶように考えながらそこまで言うと、本当に鳥肌でも立ったかのように両腕をかき抱いた。楠見は少し間を置き、それから小さく息をつくと笑顔を作る。


『ありがとう。少し休憩しましょう。あと少しだけ、聞きたいことがあります』


 水島はほっとしたように目を上げたが、すぐにまた暗い表情になって。

『あの……私は……』


『大丈夫、心配いりません。少し待っていてください』

 そう言って、楠見は席を立った。


「ひとつだけ――」まだ画面をぼんやりと見つめながら、琴子がぽつりと言う。「嘘を言った」

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