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エキストラ! ~緑楠学園サイキック事件録  作者: 潮見若真
第2部 果たしてそれらの事件の鍵を握るのは
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39.謎のリストとパイロキネシス。繋がる事件

 自動車専用道に乗り、車のスピードが上がったところで、キョウはポケットに入れたスマートフォンの振動を感じ首を傾げた。


「ん、……電話」

 サンドイッチを口にくわえて電話を取り出し、画面を確認する。

「フジだ……」


「江戸川か?」

 楠見が短く反応する。


「ああ……、動きあったかな」

 通話ボタンを押して耳に当てた瞬間――。


『おーい! キョウ? いま江戸川の犯人候補んち来てんだけどな』

『やっほー、キョンキチ久しぶりー。クスクスもいんの? ハルキチも?』


 通話口の向こうから聞こえてきた大声。しかもひとつは予期せぬ人物からのものに、キョウは残りのサンドイッチを口に押し込んで携帯を一旦耳から離し、三秒ほど見つめ――


「そういうヤツはいねえ」

 通話を切った。


 その行動に、運転席の楠見がハンドルを握ったままサッと横を向く。

「おい馬鹿! なに切ってんだ、緊急事態かもしれないだろうが!」


「あ――」


 スマートフォンをしまおうとするのを止めて、楠見が「掛けなおせ」と命じる。

 が、その前に再度の着信があり、渋々通話ボタンを押した。最初から耳には当てないことにする。


『おーい、キョウ? もしもーし』

 フジこと、藤倉ふじくらすぐるの声が通話口から車内に流れる。


そして、もうひとりの予期せぬ人物の声――。

『キョンキチよぉ、高校生になったんだってなあ。おめでとー!』


『おっさんは黙ってろってば……あ、ちょっ取るなってぇ――』

『なんだよフジ坊、俺だってみんなと話してえんだ』

『いいからちょっと――キョウ? 聞いてっか?』

『楠見ちゃんもハルも一緒だろ?』

『あのなぁ……』

『みんなー元気ー?』


 離していてもうるさい通話口。


『おーい、おーいってば、キョウ?』


 フジの呼びかけに、仕方なく携帯を耳に当て、言葉を返す。

「……フジ。なんか雑音が多いんだけど」


『あのな、俺ら今な、江戸川の犯人に張り付いてんよぉ』

『フジ坊ー、俺にも話させろよー』

『したらよぉ、突如その現場に、意外な人物が現れてよぉ』

『俺だよ、おれおれー』


 面倒になったので、キョウはグローブボックスに手を伸ばしマイクとコードを取り出すと、車に据え付けてあるスピーカーにコードをつないで携帯を素早くセットする。


 スピーカーから『俺だよおれおれー』『おっさん、うっせー』という言葉が聞こえてきた。キョウはマイクをダッシュボードの上に置き、目線で楠見に対応を振る。


「あーっと……古市ふるいちさん……」

 諦めたように対応を代わった楠見が、進行方向に視線を向けハンドルを握りながらマイクに声を掛けた。


『うぉう楠見ちゃん! 会いたかったぜい!』

「……きのう電話で話したばかりだったと思いますけど……」

『毎日でも話したいのさァ!』

「……そりゃどうも……」

『おっさんは黙れってば……あのな、江戸川の犯人を追ってたら』

『ぬあぁんと、ふなっつぁんご一行と鉢合わせたわけさー』

『古市さんが、なんでかいるんだわ』

『なんでかとは失礼な。俺は仕事中だ。見りゃ分かんだろうが』


 楠見もは絶句した。ハルも不可解そうに眉を寄せ、身を乗り出す。


「……フジ」キョウはマイクに呼びかける。「順番に話聞くから、ちょっとそこのおっさんを黙らせろ」


『順番に話すからよ、ちょっと黙っててよおっさん』

『なんだよぉ、俺だって話があるんだよぉ』

『次代わるから! 一旦話を進めさせろ!』

『しゃーねえなぁ、さっさと代われよ?』


「……そんで?」

 電話の向こうが若干静かになったので、キョウは先を促す。


『ああ、琴子と船津さんとな、江戸川のパイロキネシスを突き止めたんだ。いま家の近くにいる』

「ん。そんで?」

『すぐに犯行に移る気配はない、と。琴子診断。だけど、よく分かんねえんだ。どうも犯人、あんまり自覚しないで火をつけてるっぽくってさ』

「自覚しないで……?」


 再び楠見に目をやる。楠見は少し眉を顰めた。後ろを向くと、ハルも話の内容に当惑しているように複雑な視線を返す。


『んだ。でもってな、バイト先から自宅に戻って、動きがあるまでしばらく張ろうってなったとこで、古市のおっさん登場なんだよ』

「……おっさんはそこで、何してんの?」


 一瞬の間があって、古市が通話権を奪い取った。


『だーかーらぁ、仕事だって言ってんでしょ。楠見ちゃんに頼まれた仕事、やってますよぉちゃんと。えぇっと? リストに名前のあった、水島みずしま理恵子りえこ――』


『そう! そうなんだよ!』大声を上げてフジが電話を奪い戻した。『江戸川の放火事件の犯人、それが『水島理恵子』っつー、――二十二、三歳? くらいの、まあ可愛い感じの女性だ――』


 キョウは、楠見に鋭く視線を向ける。前方に意識をやりながら、楠見が一瞬視線に応じた。後部座席で、ハルも姿勢を正す。

――リストにあった名前だ。水島理恵子。――それが、江戸川の連続放火の犯人?


「繋がった……のか?」

 呆然と吐き出したキョウの言葉に、ハルが反応した。


「繋がっちゃった、ね……また」

「『2-3』、水島理恵子?」

「……江東区のマンションに住んでいた、水島さん……?」


 電話の向こうで、『江東区の水島さん?』とフジの声が聞こえ、また古市が電話を奪い取る。


『楠見ちゃんからもらったリストじゃ、江東区の住所になってたね。もう一年以上前に家族丸ごと引っ越して、今は江戸川区に住んでるよ。職業はアルバイト店員。ここに越してからは駅前のハンバーガーショップだ』


 リストに名前のあった水島理恵子が、江戸川区の公園内に火をつけて回っているパイロキネシス。

 同じリストに載っていた相原哲也は、家を一軒丸ごと燃やせる能力を持ったパイロキネシス。

 それではあのリストは――?


「フジ、ちょっと待て? ――楠見。これから行くか?」

「……そうだな」

「このまま行く? 伊織くんはどうする?」


 伊織は車の細かい振動に合わせて、徐々にハルの肩にもたれるように体を傾げながら眠っている。


「とりあえず、一度学校に寄って、伊織くんを下ろすか……今日中に動くとしても『いつもの犯行時刻』まではまだ間があるし、本人もすぐ動く気がないってことなら。ハルは伊織くんについていてくれ」

「俺も行かなくて大丈夫?」


 ハルが楠見とキョウに等分に目をやりながら聞く。


「フジもいるし、大丈夫だろ?」

 キョウは答えて、マイクに向かう。

「フジ、こっちもちょっと問題発生でさ、いま学校に向かってる。一旦学校寄って、すぐ行く」

『おうよ』

「二時間くらいで行く。それまで張ってて、動いたらまた知らせて。手は出さなくていい」

『わーった』

「琴子いる?」

『ほい――琴子――』


 電話を代わる少しの間があって、琴子が出る。


『なに』

「琴子、一昨日シバタ連れて逃げのは、相原哲也だった。詳しいこと後で話す」


 琴子は息を呑んだようだ。


「そっちの、水島……? も、なんか変なパターンの能力なのかも」

『――水島は、火をつけている意識が薄い。次の計画も考えてない。でも、もしかしたら――』


 琴子が水島理恵子の意識から読み取った内容を、簡単に説明する。聞きながら、楠見が視線を険しくするのが分かった。


「『アルプス一万尺』――最近どこかで聞いたな……」ハルが目を上げて考え込んでいる。


「気をつけろ。なんかあったら電話くれ」

『分かった』


「あ!」

 ハルが突然、後部座席で声を上げた。


「ハルどうした?」

「移動販売の車だ。たぶん。江戸川に行ったとき、何度か音を聞いた」

「移動販売――?」

「『アルプス一万尺』の曲を流しながら走っていて、客を集めるんだ。パンとか牛乳とか売ってたかな。水島さんのそれが関係あるのかどうかは分からないけど……」

「……琴子」

『……分かった。気をつけてみる』


 通話を切ると、身を乗り出していたハルがどっさりと背もたれにもたれかかった。

「どういうことだ? あのリストは、パイロキネシスのリストだったってこと?」


「もしかしたらと思ったんだが、少なくともアキヤマは緑楠の出身ではないよ。船津さんから公立高校の出身らしいと聞いていたから、念のため影山さんに調べてもらったんだが――」


「シバタもなあ……」

 キョウは、一昨日のことを思い出す。

「高校を中退したって琴子が読んだんだよな。緑楠にいたなら、そん時に分かりそうだけどな」


「ああ。ただ」楠見は前方を睨みながら、「アキヤマも、シバタと同じ例のDVDとやらを見ている可能性があるんだ。船津さんに確認してもらった。船津さんが預かってきたから、あとで受け取ることになっている」


 ハルは傾いている伊織の体を支えながら、つぶやくようにしてまとめる。

「四件の連続放火事件のうち、DVDを見たらしいのが、武蔵野のアキヤマと、新宿のシバタ。江戸川は、これから確認するとして――シバタの事情を知っている哲也くんも、見ている可能性はあるね……けれどリストに名前が載っていたのは二人。あとの二人は別の学校……」


「ああ」前方を睨んだままで、楠見が頷いた。「あのリストとパイロキネシスの件は、完全にイコールではないな。けれど、二人繋がったというのは、偶然とも考えにくい……」


 そう言って、楠見は目を細めた。


「まずは一件――江戸川の放火事件を解決させよう。それで何か見えてくるかもしれない」







 音楽が、聞こえてくる。どこで習ったのか分からないくらいに幼い頃から知っている、聞き慣れたメロディ――軽快で、単純で――悪意も陰鬱さも欠片もない曲なのに――


(こわい――)


 あれが聞こえてくると。頭の中が真っ白になる。真っ白な思考の中に、炎が見える。体が熱くなる。留まっていられなくなる。足が勝手に動き出す。そして――


 気づくとどこか、知らない公園にいて。


 喧騒が、耳を突く。

 人々の視線が一箇所に集まっている。遠巻きに見ている、その先に。


 さっき頭の中に思い浮かべていたはずの、炎――


 どうして? どうして? 私の頭の中にあっただけのはずなのに、どうして出てきたの?

 私がやっているの?


 頭を抱えて枕に顔をうずめる。そう、このまま眠ってしまえばいい。眠っている間に、どうか。

 どうか、あの曲が聞こえてきませんように。

 どうか、このままここで――


 目が覚めたら、同じようにベッドの上で丸くなって頭を抱えている自分。あんなものは夢だ。夢に本気で脅えるなんて、子供じゃあるまいし――そう笑い飛ばして。でも――


(こわい、こわい、こわい――)


 あんなDVD見るんじゃなかった。見なければよかった。捨ててしまえば。


(こわい、こわい、こわい――)




「琴子、琴子!」


 両肩を掴まれて、琴子はハッと目を見開く。

 我に返ると、頭を抱えて蹲っている自分に気づく。


「おい、大丈夫か?」

「琴子ちゃん?」


 首筋を、冷たい汗が伝った。

 目を上げると、心配そうな顔で見ているフジと船津の顔があった。


「琴子ちゃん、顔色が悪いよ。向こうで少し休もうか」

「――大丈夫」


 水島理恵子の意識に引き込まれそうになった。


(深入りし過ぎた……)


「ゴメン、もう平気」

 まだ気遣わしげな表情をしている二人に「大丈夫」と声を掛け、立ち上がる。


 立ち上がった瞬間、遠くから音楽が聞こえてきた。誰もが耳にしたことのある、軽快なメロディ。アップテンポの機械的な音楽が、少しずつこちらに向かって近づいてくる。

 琴子は素早くフジと船津と顔を見合わせた。


 先ほどまで見つめていた建物の中で、水島理恵子の思念が不安定に揺らぐのを感じた。







 すぐ先の路地に、フジと琴子、そして船津。キョウが近づくと、フジが先に振り返る。船津も気づいて軽く手を上げた。

 琴子はまだ前方に視線を向けている。視線の先に、ふわふわとした足取りで歩く若い女性がいた。


「キョウ、お疲れ」

「フジ――あれが水島理恵子?」

「おお。見ての通り、放火以前に放心中。例の、あの音楽が聞こえてきてっからな。あんな感じでフラフラ家ぇ出てきて。こりゃ冗談じゃなしに、夢遊病かもしれねえぜ?」

「火はつけてねえな?」

「ああ。今んとこはな。でも、そのために出てきたんしょ?」


 フジは琴子に同意を求める。

 琴子は緩慢な動きで振り返った。顔色が悪い。深く入り込み過ぎたな、とキョウは察する。


「琴子、この先に楠見いる。お前はそっち行って、車で待ってろ」

「……でも、『モニター』したほうがいいでしょ」

「こっちはもういいよ。それよりな、楠見のヤツが、あの女の能力を斬らねえで学校に連れて帰って、話聞くって言ってんだ」


「マジですかい?」

 フジが大げさに目を見開いて声を上げた。


「マジだよ。なんか楠見の予想じゃ、『スイッチ』さえなければあの能力は危険じゃないって……」


「やっぱり、そういうアレなのか」

 船津は顎に手を置いて、小さく息を落とした。


「ん。だから琴子、後でもう一仕事あるかもしんねえから、ちょっと休んでろ。船津さん、連れてってやって」


 背に手を置いて船津のほうへと押しやると、琴子は不本意そうな視線を一度送ってきたが、「分かった」とつぶやく。そして、ふと顔を上げた。


「――ああ、そう。水島理恵子も『DVD』見てる」

「……シバタと同じかな」

「内容は分からないけど、《《これ》》はそのDVDが原因だって思ってる」

「それ、楠見にも伝えてくれ」


 もう一度「分かった」と小さく頷いて、琴子は歩き出した。船津が心配そうに続く。

 キョウは二人が路地を曲がるまで見送って、水島理恵子に視線を戻し、そのまま小声でフジに声を掛ける。


「あれ……あの状態、危ねえよな。眠らせて連れて行ければ早いんだけどな」

「得意だろうが、お前さんは」

「タイマはダメだ」

「タイマじゃなくても。こないだだって、お嬢とひと暴れしたんしょー? 俺も呼んでくれりゃいいのにさあ。プンプン」

「けど、女だし、なんか弱そうだ……。フジやれよ。こないだの分、今回譲るから」

「嫌だよ。おいら女子供にゃ手は上げねえの」


 抗議の視線を送るが、フジは眉を寄せて目を逸らす。


「そうだフジ、ナンパしろ」

「はあ?」

「得意だって、前、言ってたじゃんか」

「普通の意識の女なら、だ。あれが話通じるように見えっか?」

「嘘つけ! お前のナンパに乗る女が『普通の意識』なもんか!」

「ひでえ!」

「やってみろよ。一周回って正気に戻るかもしれねえ」

「お前、俺のことなんだと思ってんだっ」


 そうしている間にも、少しずつ進む。傍から見れば、考え事をしながらゆっくり歩いている程度にしか見えないだろう。しかし、小声とはいえ後方でやり取りをしながらついてくる人間の存在に気づかないほど思考に沈み込んでいる。


「とりあえずさぁ――」フジがさらに声を潜める。「一回火をつけさせればいいんでねえの?」


「そんで正気になんのか?」

「琴子の読んだ感じじゃ、それっぽかったですよ? 火をつけた後、我に返って……みたいな」

「ふうん……」


 しかし。火をつけさせるにしても、水島理恵子の「好み」は人の多い公園だ。前回は子供に怪我までさせている。「試しにやらせてみる」にはリスクが大き過ぎる。


「しょうがねえな……ここでやってみるか。発散しきらせればいいんだろ?」

「発火させんのか?」

「ん。どっか飛んだら消して」


 キョウは周囲を確認すると水島の前に出る。そして彼女の行く手を阻むように立ち、右手にタイマを発現させた。

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