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エキストラ! ~緑楠学園サイキック事件録  作者: 潮見若真
第2部 果たしてそれらの事件の鍵を握るのは
33/88

33.もしも超能力事件だと世の中に知れたら、とハルは思う

(リストの件と、パイロキネシスの連続放火は繋がっているのか――?)


 ハルは書類をめくりながら考えていた。

 武蔵野の事件の犯人アキヤマが、緑楠出身だったという報告はない。相原哲也がパイロキネシスだったからと言って、あの謎のリストの件と結びつけるのは早計に過ぎるだろうか――?

 隣ではキョウが、先ほど隣室でモニターを見ていたときと同じ格好でソファに埋まっている。楠見は執務机でパソコンを見つめて考え事をしている。


 伊織が理事長室を出て行ってから、三者三様に押し黙ったまま十分以上が過ぎただろうか。


『今日は休んだら?』


 アルバイトに行くという伊織にそう勧めたのだが、初日から休むとも言いづらいし、何かに没頭していたほうが気が紛れるから――そう言って、気丈に出勤していった。

 さすがに仕事に没頭するのは無理なのではないだろうか、とは思うが、やっとのことで見つけたアルバイトも大切なのだろう。


「キョウ――」

 パソコンを操作しながら楠見が、視線だけキョウに向けてつぶやくように呼んだ。

 キョウも目だけ上げる。


「お前に責任はないよ」

 楠見はそう言って、また視線を落とした。キョウの返事はない。


「伊織くんに言った通り、俺の責任だ」

 淡々と、楠見は言葉を繋ぐ。

「リストの件の緊急性を読み誤った。彼らの両親の家まで気を配っておく必要があったな。――後手に回ったツケがきた。俺の判断が甘かったよ」


 先週の水曜日深夜に届いた謎のリスト。当初は実在するのかも不明な人物の名前に、楠見だけでなくハルもキョウも、それほどの緊急性を感じてはいなかった。

 月曜日にそれが六年前の生徒なのだと分かり、具体的な捜索が始まったが、彼らの現在の居場所も、何から「保護」すればいいのかさえもまだ把握できていない。


 両親の家が分かっている相原哲也だけでも注意を払っておけばよかったと、しかしこれは、こうなってから思うことである。ほかの問題も同時進行で抱えた中で、時間も人手も足りなかった――それでもやはり、これは楠見にしてみれば言い訳にしかならないだろう。

 キョウが、謎のパイロキネシスの能力を奪っておくべきだったと後悔しているのと同じように、楠見にも後悔があるのだ。


 そして、ハルにも――。この写真を見ておくだけでよかった……。そう思いつつ、一通り目を通し終わった書類を隣に座っているキョウに渡す。キョウは無言で受け取って、それを眺め始めた。

 リストに載っている「元」生徒たちの資料だ。先に相原哲也の写真を見ていれば、キョウはその場で彼を取り押さえていただろう。見せなかったのは楠見の「判断ミス」だが、見せろとも言わなかったのは自分の怠慢だ。必要だと言えば、楠見は見せただろう。それをしなかったのは、どこか危機意識が薄かったのだとしか言いようがない。


 同じことを考えているのか、キョウは資料の最初のページの哲也の写真を凝視して固まった。ハルは手を伸ばしてページをめくる。

 キョウはなんの反応も示さずに、されるがままに次のページに目を落とし、無表情に眺めている。ハルは頭の中で考え事を巡らせつつ、キョウの手元の資料を見るともなしに見ていたが、そのうちに楠見がパソコンを広げたまま手に持って席を立ち、ソファに戻ってきた。

 テーブルに、ハルとキョウから見えるようにパソコンを置く。インターネット配信されているニュースだ。


「あったよ。第一報は今朝六時。続報にも詳しい情報はないな。午前十一時のこれが少し詳しいが、『分かったこと』はほとんどない」


 刑事から聞いた経緯のほうが詳しいくらいで、何もかもが「調査中」と曖昧にぼかされたニュースだった。報道の時点でまだ発表がなかったのか、近所で目撃された男のことにも触れられていない。


 淡々としたニュース。

 伊織や哲也にとって、そして自分たちにとっても大きな衝撃と影響を与えるこの事件は、しかし毎日起きるいくつもの事件の中のひとつに過ぎない。


 もしもこれが、超能力者による念力発火が原因であるなどと世の中に知られたら、どうなるのだろう――。

 それはハルが生まれてこの方、何度も自分の中でしてきた問いかけだった。


 そういうことにはならない。警察も、マスコミも、世の中も、もしかしたら事件の当事者たちも――自分たち以外の誰も、正しく事件の全容を知り理解することはできない。ハルやキョウや楠見が扱うのは、そういった事件である。

 犯罪が正常な社会の裏側で行われることだとしたら、自分たちは裏側のさらに隠れた隅の部分にひっそりと身を置いている存在だ。それでいいと、ハルは思っている。

 しかし、巻き込まれている伊織は、自分たちと同じ次元にいる人間ではない。


 ハルは小さく息をついて、頭の中からそんな考えを追い出すと、楠見に目を向けた。


「警察は、本当に哲也くんを犯人だと思っているのかな」

「失火の可能性が出てこなけりゃ、そう思うだろうな」

「たとえば相原夫妻の自殺って可能性は?」

「視野には入れてるだろうさ。けど、薄いな」


 楠見はノートパソコンの画面に目を向けたまま眉を寄せて答えたが、これ以上の情報はネット上にはないと判断したのか静かにパソコンを閉じた。


「――発火の原因は特定不可能だろう。八王子はちおうじ青梅おうめの空き家への放火も似たような現象だったよ。船津さんから詳細を聞いたんだが……」

「やっぱり、哲也くんがやったのかな」

「……状況はほぼ同じだな」


 立ち上がると、楠見は執務机の上にあった資料を手に取り、ハルに渡した。刑事たちが来なければこれから現地に行くはずだったために用意していた、三件の空き家全焼事件に関するものだ。


「八王子は通行人が、今回の相原家の火災のときと似たような証言をしている。爆発音がして、見たら家全体が火に包まれていた――とな」


 ハルは内容にざっと目を通しながら紙をめくる。

「『家全体が突然燃えだす』なんて、警察や消防署は本気にしないだろうね」


「ああ。内部や隠れた場所で何かが燃えだして、その火が何かに引火してフラッシュオーバーとなり、家全体が突然燃え上がったように見えた――そんな解釈だろうな」


 しかし、そうなると引っかかりを覚える。楠見に目を戻すと、楠見はその疑問を察したように頷いた。


「都内の三件は空き家だ。たしかに中で何かが燃えていたってしばらくは誰も気づかないかもしれないが、じゃあ誰がどうやって、何に火をつけたんだ? ってことになるな。発火促進剤はなし。フラッシュオーバーを引き起こすようなものがあったかどうかも微妙なところだ。しかも、八王子は雨上がり、と」


「そして、今回の相原家は、中に人がいた――」


「そうだ。内部で火が燃えていたのなら、誰かが気づいたはずだ。消火も通報もせずにギリギリまで言い争いをしていたなんて、考えにくい」

「中で何が起きていたのか……」

「ああ、そこで――」

「唯一の手がかりは、現場からいなくなった哲也くん……か」


 刑事たちがここへ来た目的のひとつは、哲也の写真を手に入れることだった。学校には証明写真も卒業アルバムの写真も保管されている。これから目撃者にその写真を見せて、「ぶつかったのはこの男だったか?」という質問がなされるのだろう。そして答えは、おそらくイエスだ。


「火をつけたという証拠が出なかったとしても、通報も消火活動もせずに両親を置いて火災現場から逃げたってのは、間違いないだろうしな」

「だけど、何をいったい話していたんだろうね」

「朝の四時に、両親を叩き起こして話す内容か……」


 先ほど伊織が刑事に話した相原夫妻の生活パターンから考えると、その時間では相原夫妻もまだ起きてはいなかっただろう。朝になるのを待たずに移動して、両親を起こして話す。そしてそれが、両親を焼き殺そうと思うような内容だったのか、あるいは激昂して能力のコントロールを失ったのか――そんなレベルの言い争いに発展したのだ。


「緊急の用事だったのか、哲也くんの自由になる時間がそこしかなかったのか」

「ああ……その可能性もあるね。……ってゆーか、楠見は自分が忙しいからそういう発想になるんだろうなあ……」


 繁忙期は分刻みで予定を入れている楠見のスケジュールを思い出し、膝に頬杖をついて視線を斜め下にずらしてハルはまた独り言のように言った。その言葉に楠見は目を上げる。


「そうか?」

「そうだよ。ほかの時間が空いてないからって、普通朝の四時に人と話す予定を入れたりしないよね」

「俺だって、他人を訪ねるときは時間くらい考慮するぞ」

「朝の四時まで他人の家にいた人の言うことかな……」

「お前が引きとめたんだろうがっ」


「……何してたんだ?」

 ふと、それまで黙って資料に目を落としていたキョウが、楠見に目をやってぽつりとつぶやいた。


「ん? 帰ろうと思ったら、ハルが謎のハーブティを勧めて飲まないと帰さないって顔してるから――」

「お前の話なんかしてねえよ。哲也だよ」


 キョウの疑問は分かったが、その言い方に楠見は少々傷ついたように眉を顰めた。

 が、キョウは構う様子もなく楠見とハルを交互に見ながら問いかける。


「新宿で消えたのが……あれ、二時過ぎだよな。火事が四時だろ? その間、何してたんだろ」


 考え込むように言う。哲也が新宿から神奈川の家に、テレポーテーションで移動したのは間違いないだろう。電車も動いていない時刻。車やタクシーを使ってもその時間で移動するのは難しい。が……たしかに、テレポーテーションだとするならば、そこに空白の時間ができる。


「……すぐに移動して、ずっと話し込んでたのかなあ」

「二時過ぎなら、まだ起きてるかもな。そこに哲也くんが帰って話し始めて、四時になっちまったのかな」

「だからさあ……それ、楠見基準だからね? そりゃ夜更かしの人は起きてるかもしれないけど、大抵の人は寝てるよね?」

「……そうか?」


「違う」


 またキョウがぽつりと声を落とす。楠見とハルの視線が同時にキョウに集中した。

 キョウは手に持っていた資料をローテーブルに投げ出して、わずかに身を乗り出す。


「シバタはどこに行ったんだ?」


 ハルは楠見と顔を見合わせた。直前にキョウの前から姿を消したとき、哲也はシバタを連れていたはずなのだ。


「……神奈川の事件では、シバタの存在は浮上していないな」

 楠見は考え込むように顎に手を当てて目を伏せた。同時にハルは顔をしかめる。


「ねえ、そもそもシバタのところに現れたのは、どうして? 待ち合わせでもしてた?」

「や……どうかな……シバタは約束してる感じじゃなかったけどな。琴子も読んでねえし」

「――とすると……哲也くんは、『場所』でなく『人』を目印にテレポーテーションできるってことか?」


 楠見が声を落として言う。三人は一様に言葉を切り、顔を見合わせた。


「だとしたら、ものすごい能力だな……」

「だね。どこかから新宿に、しかも『シバタ目当て』で飛んできて。そのあと新宿からどこに『飛んだ』のかは分からないけれど、シバタをどこかに置いて、それからまた神奈川に移動――か」


 一晩で、かなりの長距離移動を重ねた上に、パイロキネシスの能力も何度も使っている。しかも、それはキョウによれば「器に合っていない」無理な能力の使い方なのだ。


「……まずいな。相当の無茶をしているかもしれない。早く見つけないと――」

 そう言って楠見は立ち上がると、時計を確認して執務机に向かいながらハルとキョウに言葉を掛けた。


「やっぱりこれから八王子と青梅だけでも行ってこよう。収穫があるかどうかは分からんが、明日に回すよりも、できることから先にやっちまいたい。――キョウ?」

「いいよ」


 キョウも答えて立ち上がる。

 楠見はパソコンをしまい、資料をかき集めて出かける準備をする。


「伊織くんのアルバイトの終わりは、何時って言ってたかな」

「十時だよ。お嬢に近くで待機してもらってる」

「じゃあそれまでに帰るから、ハルも一緒に来てくれ。道々いろいろ打ち合わせたい」

「分かった」


 ハルも頷き、楠見とキョウに続いて理事長室を後にした。

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