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エキストラ! ~緑楠学園サイキック事件録  作者: 潮見若真
第2部 果たしてそれらの事件の鍵を握るのは
31/88

31.楠見、刑事の質問に怒る。ハルは塩を用意する

 白塚は、伯父夫婦の日ごろの生活や最近の様子について伊織にいくつか質問した。


 質問の答えから、二人の刑事はいくつかの結論を出したようだった。それが具体的になんであるのかは知らせてはもらえなかったが、焼け跡から発見されたのが相原夫妻と見て不自然な点はないこと、放火だとしても、少なくとも伊織には犯人に心当たりはないということ――そういったことだろうと、楠見は推測した。


 そこで白塚は、少し間を置いて話題を変えるように息をつく。

「次に――相原哲也くんのことについて聞きたいんだが――」


「はい……」

「率直に聞くが、きみは哲也くんの居所を本当に知らないかね?」

「……知りません」

「勤め先やなんかは?」

「いえ……知りません」

「哲也くんと最後に会ったのはいつ?」

「……お、お正月、だったと思います……」

「彼が年末年始に帰省したのかね?」

「え、えっと……たしか、年が明けてから」


 伊織は視線をうろうろとさまよわせ、必死で思い出しているようだった。

「二日か、三日くらいに帰ってきたと思います。一泊だけ……」


「その時に、何か話はしたかね」

「えっと……あの、……普通に挨拶とか……最近どうだとか、そのくらいは多分……」

 刑事たちが、無言で先を促すと、伊織はさらに少し考え込んだが、やがてまた小さな声で続けた。

「お、……僕は、受験勉強であまり部屋から出なかったので……そんなにたくさんは……」


 最後のほうは口ごもる感じになっていたが、それでも二人の刑事は力強く頷いた。

 伊織の正面に座る山崎が、メモ帳とペンを手に質問を引き継ぐ。


「『最近どうだ』って会話は、きみから?」

「え? ええっと……従兄弟のほうから、かな。受験勉強の進み具合とか……」

「哲也くんの近況は聞かなかった?」

「聞いていないと思います……えっと、聞いたかもしれないけれど、よくは覚えてないっていうか……」

「重要なことなんだ。もう少し思い出せないかな」


 伊織は目を伏せて考えている様子だったが、当惑気味に首を捻った。

「えっと、やっぱり……そんなに具体的なことじゃなかったと思います……『元気でやってる』とか、その程度の……あ、あとは、この学校の話を。部活のこととか、修学旅行とか……」


「へえ、この学校の話?」

「あ、はい、受験を控えてたんで、励ますため、かな……? 元々この学校を勧めてくれたのが、従兄弟だったんで……」

「……そう。きみは、哲也くんの勤め先を知らないと言っていたけれど、職業は知っている?」

「フリーターみたいなものって、聞いたと思うんですけど……」

「たとえばどういう種類の仕事についているとかは?」

「……分かりません……」


 伊織は口の中で小さく「すみません」とつぶやいて、俯いてしまった。


「どうも、不思議だねえ」そこで白塚が、大仰にため息をつきながら。「従兄弟が――それも、世話になってる家の息子が、どういう生活をしているのかって、気にならないもんかい?」


「……えっと?」伊織は叱られでもしたかのように、ますます縮こまって上目遣いに白塚を見る。


「いやね、ちょっとでも聞いてみたことないのかなと思ってね。全く知らないってのは、ねえ」

「その……あんまり、話す機会がなくて……」

「知りたいと思ったことはないの?」

「……ちょっとは、まあ……でも、なんとなく……」

「聞いてみなかったのかね?」

「……はあ」

「引っ越した後どこに住むとかも、聞かなかったの? 住所とは言わないまでも、どのあたりとか、何駅とか」


 何気ない口ぶりではあるが、執拗に繰り返す様子は伊織を責め立てているように感じられる。白塚はそこで、思い立ったようにぐっと身を乗り出した。

「もしかするときみ、伯父さん、伯母さんとや哲也くんとあんまり仲が良くなかったのかい?」


「刑事さん、それは事件と関係のある質問ですか?」


 腕組みのまま楠見は割り込んだ。白塚は大げさに目を丸くする。


「もちろんですよ。哲也くんや相原夫妻のことを、彼がどの程度知っているのか、判断せにゃなりませんからな」

「それなら先ほどから『あまり交流がなかった』と申し上げていますよ。『仲』云々まで気にされる必要はないのでは?」


「ああ、言い方が気に障ったのなら謝りますわ。ただ、不自然だと思ったものでね」

 白塚は、全く謝る口調でもなく言って、疑うような目線で付け加えた。

「知らないもんかねえ……」


「別に不自然ではないでしょう。僕も従兄弟どころか、離れて暮らしている兄弟たちとだってほとんど音信不通ですよ。何年も前に転職や引越しをしていたとしても分かりませんね」

「そりゃあ、楠見副理事長のところは大層なご家族でしょうからなあ。ほら、昔の高貴なお家の人は、生まれた時から別々に育てられて、兄弟だってろくに会ったことがなかったって言うじゃないですか」


 妙な例を引き合いに出されて、楠見は鼻白んだ。

「ともかく、伊織くんは哲也くんの近況については一切知らない、と言っています。先に進んでください」


「ああ、そうさせてもらいますわ……それじゃ、ま、会ったのは正月が最後ってことで……」

 白塚刑事は再び伊織に体を向ける。

「現在、きみが住んでいる家は、哲也くんがつい先日まで住んでいた部屋で間違いないね?」


「……は、はい」

「引き渡しに当たっても、哲也くんとは会っていない、と?」

「はい……従兄弟が出て行ってから、お、……僕が入ったので……」

「哲也くんが出たのは、いつかな?」

「四月の……はじめの頃だと思いますが、……何日かは……聞いたと思うんですけど、わ、忘れちゃって」

「ふうむ。きみが入ったのは?」

「先週の水曜日です」

「哲也くんが出て行ってからきみが入るまでに、数日空いているわけだ」

「二、三日だと思います……」

「鍵やなんかはどうやって?」

「従兄弟が一旦、不動産屋さんに預けて、僕が取りに行きました。その……住人が変わるっていう手続きも必要だったんで……」

「ふむ。哲也くんは、室内のものを全て持って出たのかな」

「いえ……大きな家具やなんかはそのままです」


 ふうん、と言って、白塚刑事は少々考え込む気配を見せた。何を考えているのか――楠見は油断なく白塚の表情を見つめ、思考を追おうとする。


 哲也がアパートを出たのは、伊織に住処を引き渡すためだけだったのか? 卒業から三年、彼は何をしていたのか。その生活に、四月を境に何かしらの変化があったのか。それに――。


(この半月、哲也はどこに住んでいるのか……?)


 それこそは楠見も知りたいことだった。家具を置いていった――伊織によれば家電製品などもそのままだ――というのは、一通りのものが揃っている、寮のような場所に引っ越したのか。あるいは誰かの家に転がり込んだのか?

 いや、予備知識なしに順当に考えれば、実家に帰るつもりだったと想像するだろう。

 けれど彼は両親に「引っ越し先」を告げ、実家には戻らなかった。そしてその、彼が告げていた住所は、別人のものだった。


(待てよ――)


 ふと楠見は、大変な可能性に思い当たる。彼の「新居」の住所。それはいい加減なものではなく、実在する住所だった。

 他人の住所を適当に答えたのだと判断したのは、哲也とそこに実際に住んでいた人間の接点が見つからなかったからだが、本当にそうなのだろうか。高校卒業後の三年間、哲也がどのように暮らしていたのか誰にも分からないのであれば、どんな意外な接点があったって、不思議ではないなずだ。


(もういっぺん詳しく調べてみる必要があるな――いや、警察が既に調べているだろうか……)


 そう考えて、また疑問が沸いてくる。

 哲也は「新居」を、両親以外に教えていただろうか?

 もしもほかに誰にも伝えていなかったとすれば、両親が亡くなり家が燃えてしまった今、知っているのは楠見たちだけという可能性もあるのではないだろうか。


 これは、本格的に調べてみる必要がある――しかし、不用意には動けない――白塚の表情を窺いつつ、そんな算段を立てていた楠見だが、その思考を遮るように白塚の表情が動いた。

 考えていたのは数十秒程度のことだっただろう。ふっと顔を上げ伊織を真っ直ぐに見つつ、さっきまでの質問のついでといったさり気ない口調で言う。


「一度、きみの部屋を見せてもらえると有り難いんだがねえ……」


 鋭い眼光を残しつつ冗談めかして言う白塚を、楠見はこちらも刑事に負けない険しい視線で睨む。

「刑事さん――」

 内心に怒りを押し込めつつ、口調は冷たいものになった。


「彼の家で何をお調べになるつもりですか? 許可状はお持ちいただけるんでしょうね。哲也くんがどういう立場かは知りませんが、今は伊織くんの家です。無理に調べようと仰るなら、こちらも対応を考えなければ――」


「白塚さん……」

 楠見の冷ややかな口調に戸惑ったように、山崎が白塚の袖を引く。さすがに不味いと思ったのだろう。


「ああ、ちょっと言ってみただけですよ。副理事長も、そう、おっかない顔しないで……」

 いなすような白塚の口調に、怒りを抑えた声で楠見は答えた。


「『ちょっと言ってみる』くらいの質問しかもうないようでしたら、そろそろ彼を解放してあげてもいいですかね。ショックな話を聞いたし、混乱している。続きは日を改めて、そちらもまともな質問ができるくらいに捜査が進展してからにしてもらったほうが、お互い無駄が少なくていいんじゃないですか?」

「分かりましたよ、じゃ、あと二、三だけ――簡単な確認事項です」


 不敵な笑みを取り戻した白塚をもう一度睨んで、楠見は憤然とソファの背にもたれる。

 隣の伊織は、白い顔をして俯き、刑事たちの簡単な質問に淡々と答えていた。






 狭い部屋で二台のモニターを見ながら、ハルはクスクスと小さく笑い声を上げた。


「怒ってる怒ってる。フフフ……そろそろおしまいだね。もっと楠見節が炸裂するかと思ったんだけど。楠見も大人になったってことかなあ――けど、伊織くんが置いてけぼりで可哀そう」


 ハルは笑いを控えめにして、隣でソファに沈み込んでいるキョウに目を向けた。

「キョウ、『塩撒け!』が来るよ。塩、用意しとこうか?」


「ん……」

 キョウの反応は薄い。モニター越しに刑事と楠見、伊織のやり取りを見ている間も、目に見えた反応はなかった。ハルは空気を変えるように、また笑顔を作る。


「楠見もさ、元は研究者のクセに『塩撒け』とかナンセンスだよね。だいたいああいう人はさ、塩を撒いたって、撒菱まきびしに毒を塗って撒いといたって、どうせ踏み散らしてまた来るのにね」


 モニターに目を移して、ハルは言いながらさらに笑った。


「いや、あの怒りっぷりじゃ、本当に撒菱を用意しろとか言い出しかねないね。面倒だなぁ。付き合うなら、やけ食いくらいにして欲しいけど……ね、キョウ?」


 また笑顔でキョウに振り向くが、食べる話にすらキョウは乗ってこない。

 ハルは笑顔を引っ込めた。


「キョウー、元気出しなよ」

 ソファにもたれ、キョウの肩に腕を回す。


「仕方ないよ。これだけの情報で、あの状況でどうにかしろってほうが無理だよ」

「ん。分かってる」


 分かっているけれど、それでもどうにかできたはずだ、と思ってしまう。その気持ちはハルにもよく分かる。


 昼過ぎに理事長室に集まってこれからの行動を段取りをしているところに、刑事が訪ねてきた。伊織の友人であり彼を心配していることを主張しその場に残ったが、話が進むにつれて次第に事情が見えてきたハルは、ここに残ったことを後悔しだした。


 とどめは相原哲也の写真だった。


 刑事たちから求められて、影山が手配してきたものだ。目に入った瞬間にキョウの顔色が変わったのを、ハルは見逃さなかった。ハルは、――おそらく楠見も、確信した。


 昨夜、キョウに怪我を負わせシバタを連れ去った謎のパイロキネシスは、相原哲也だ。


 神奈川の相原邸を焼き払ったのは、哲也のパイロキネシスの能力だろう。自宅を焼き払い、両親を焼殺するほどの何があったのかは分からない。だが、哲也の能力は「不安定」だった。直前に言い争っている声がしたという証言から考えると、気持ちの昂りで暴発したのかもしれない。


 あの時あの男を取り押さえて能力を奪っておけば、相原夫妻はまだ生きていた。相原哲也は殺人を犯すことはなかった。キョウがそう思うのは仕方ない。

 それでも、やはり無理だったとハルは思う。ひとりの人間の、「特殊能力」を奪うことになるのだ。説明もなく、「なんとなく危険だと感じた」くらいの理由で有無を言わさずというわけにはいかない。


 でも、こうなってしまった以上、全ては言い訳や慰めだ――。無理だった道理をひとつひとつ話したところで、気持ちの晴れるはずはない。キョウは言い訳なんかしないし、ハルも無駄な慰めなどしたくない。


(やっぱり、昨日一緒に行けば良かった)


 ハルはそう思う。謎のパイロキネシスの能力を奪うにしろ見逃すにしろ、その判断に自分も加わっておけば、キョウにだけ負担を負わせることはなかった。責任を共有できた。

 そんな気持ちで、キョウの肩に回した右腕を持ち上げて、軽く頭を撫でてやる。


「警察よりも前に、哲也くんを探し出そう」


 強大な能力を持ったパイロキネシス。その能力はおそらく不安定で、哲也本人にもコントロールができず、自身をも傷つける恐れがある。

 警察が首尾よく彼を探し出すことができたとして、その後で何が起きるか分からない。捕まったところで、哲也はそこから消え失せる能力まで持っているのだ。

 都内で起きた事件ならば、船津を通じて注意を促し、警察に先んじてこちらで手を打つこともできるかもしれないが、相手が神奈川県警ではおそらく話は通じない。


「次の犯行を起こしてしまう前に。哲也くんが無事でいるうちに、見つけて助けてあげようよ」

 ハルは、キョウの頭を撫でるようにポンポンと叩いた。

「俺たちにしか、できないよ。ね?」


「うん……」


 キョウがこくんと頷いたのを見て、ハルは手を外す。

 モニターの向こうでは、刑事二人が確認のような細かい質問を伊織に向けている。それを確認して、ハルは席を立つ。


 ドアを開けて外に出て、ポケットから電話を取り出し、給湯室のほうへと向かいながら船津に電話を掛けた。

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