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16.救出、脱出、そして公園の乱闘

 二〇三号室のチャイムを鳴らして、キョウは静かに中の様子を窺う。予想通り、中の相手の反応はすぐにはない。

 やっぱり怪しい会社だろうか?


(だったら、ちょっとくらい壊しても文句言われないか?)


 よし、十秒待って応答がなかったら強行突破。と心の中でカウントダウンを始め、腕を組んで待つ。

 あと三秒まで数えたところで、ゆっくりとドアが開いた。ドアチェーンによって全開は阻まれるが、わずかな隙間からスーツ姿の男が確認できる。


 瞬間。キョウは、意外な場所で旧知の人物に会ったかのように、目を見張った。


「あれっ? あんた、こないだの街灯倒したサイじゃん!」

「――っ!」


 男が一歩飛びずさるとともに玄関のドアを閉めようとしたのをすかさず掴み、ドアチェーンを握ると蜘蛛の巣を払うように無造作に引き千切って中に体を入れる。


「き、さま……」

「なあ、仲間のサイはどうした? 能力がなくなって失業してないか心配してんだけど」

「貴様、『タイマ』の……?」

「そう。一応忠告したんだけど、引かないみたいだったから。会ったらゴメンって言っといて」

「……」

「そんで。今ここに、相原伊織ってヤツが来てると思うんだけど……」


 じわじわと後退していた男がふっと気配を変えたのを、キョウは見逃さない。


 バッと両者の間に見えない火花が散る。

 男のぶつけてきたエネルギーを、キョウの力が片手で迎え撃つ。空間がひずむ。


 一瞬の拮抗の後、男は押し返されるように後ろに弾かれ、閉ざされていたリビングのドアに派手な音を立てて背中をぶつけた。すかさず迫り、ネクタイごと襟首を掴んで倒れ掛かった男を引き留めその背後にあるドアを蹴る。

 衝撃でネジの緩んでいたらしいドアは、軽い蹴りで簡単に倒れた。ドアが床に当たった音はフロア中に響いたかもしれないが、この際気にしない。


 少々上背の勝る男の襟を引っ張って横の壁に押し付け、タイマを発現させると喉元に突きつける。


「あんたが、スガワラ?」

「……なに」


 唐突に名前を呼ばれて、男が一瞬怯む。


「『取引』ってことにしてやってもいいんだけど」

「……なっ……?」


 男は、キョウに襟を掴まれたまま、苦しげに睨み返す。


「相原伊織を返せ。それで、見逃してやる」

「……」


 冷ややかに男の目を見返しながらそう言ったところで、音を聞きつけたのか奥の部屋のドアがそろりと開く。


「伊織! 来い!」


 叫ぶと、扉の隙間からこちらを覗いた影がビクっと跳ねたような気配がし、扉が大きく開け放たれた。


「え! キョウ……?」

「早く、荷物全部持って外出ろ!」


 男を絞り上げ刀を突きつけたまま鋭い目を向け怒鳴ると、伊織は弾かれたように一旦室内へ戻り、カバンを抱えて慌てふためきつんのめりながら飛び出してきた。


「履歴書なんか置いてくんじゃねえぞ」


 すれ違いざまに声をかけ伊織が玄関から外に出たのを視界の端で確認すると、男の襟を掴んで引きずったまま室内を縦断し、ベランダに出る窓を開けて男を突き出す。そこで、タイマを首筋に引き付けたまま、問う。


「おい、目的はなんだ。なんであいつを付け狙ってる?」


 男は答えない。そうだろう。こいつはおそらく組織の人間で、訓練されているサイだ。拷問されようが口は割らない。逆の立場ならキョウだって言わない。分かっているが、もうひとつ尋ねる。


「あんたのボスは誰だ?」


 やはり答えはない。が、それで構わない。キョウは油断なく刀を男から離し、低く耳元で囁く。


「次はねえぞ」

 そう宣言し、男の上半身がベランダの手すりから乗り出す場所まで押し出した。


「な、なにをすっ……」


 絞り出すように声を上げる男をそのまま放置し――ベランダの下、向かいのマンションの駐輪場の陰に隠れるようにしてこちらを見ているはずの琴子の気配を確認して、キョウは室内に戻る。窓に鍵をかけて室内を一度ぐるりと見渡し、玄関に向かった。






 何がなんだか分からない――自分で動いてカバンを掴み、こけつまろびつながらも自らの足で玄関から出てきたはずなのだが、伊織はマンションの暗い廊下に出た瞬間に我に返って「なんだったんだ?」と目を見開いていた。


(――キョウが、どうしてここに?)


 そういえば、「監視」してくれているって言ってた……本当だったんだ? 疑っていたわけでもないが、なんとなく現実味がなく深く考えていなかった。こう再三危ないときに現れて助けてくれるとなると、本当に――いや、一回目は偶然なのだろうが――少なくとも月曜日と今回は危険がないか見守ってくれていたのだろうか?

 それにしても……。


(助かった――んだよな?)


 恐る恐る背後を振り返って自分がひとりで外にいることを確認し、安堵しかけた伊織だが、続いて二〇三号室のドアを出てきたキョウを見て、竦み上がった。


(も、ものすごく怒ってます――!?)


 キョウは不機嫌そうに伊織を睨みつけて「行くぞ」と低い声を掛けてきた。そのまま肩を押されるようにして出口を向かされ、背中を押されて階段を降り表へ出る。外はだいぶ薄暗くなっていた。


 マンションから離れて少し歩き、児童公園のような場所に連れてこられたところで、背中を押していたキョウの手はやっと離れた。

 高い建物に囲まれた薄暗い公園はひと気もなく静まり、両側のビルほどの高さのある木が頭の上でざわざわと風に葉を鳴らしている。


 カバンを両手で胸の前に抱き、体ごとキョウを振り返る。腕を組んで立っているキョウの冷たい視線とぶつかって――


「あ、あの……なんか……あ、ありが……」


 どもりつつ言いかけるのと、キョウが息を吸い込んだのが同時だった。

「こんの……馬鹿! 間抜け! 何やってんだお前は!」


「ごごごごごごめんなさい! すみません!」


 キョウの怒声から、カバンをかざして身をガードする。正直どの部分を叱られているのか判断に迷うが、怖いからとりあえず謝っておく。


「お前、自分の立場分かってんのか? 誰かに狙われてんだぞ? 相手の目的も分かんねえんだぞ? 捕まったらどうなると思ってんの? 楽しくおしゃべりしてお茶飲んでドーナツ食べて『じゃあまたね』ってなるとでも思ってんの?」


 うかうかと怪しげな場所に自分からやってきたことを怒られているのだ、ということは分かった。でも、こんなに罵倒されるほどのことか……?

 アルバイトが見つからなくて焦ってて、まさかそんなに危険なことがあるなんて思ってなくて。

「狙われている」なんて言われても現実感は持てないし、今回は襲われたわけでもなくて自分の意思で、しかもアルバイトの面接にやってきただけだ。それが危ない場所だなんて、思うはずないじゃないか。


「っとにもうー! 緊張感がねえんだよっ。真面目に用心しろよ、自分でもぉっ」


 額を押さえて呆れ果てたように言うキョウの言葉に、伊織は泣きたい気持ちになる。


「だって……」と口を開きかけた時。


「――俺みたいな平凡な人間が、事件に巻き込まれたりなんかするわけないじゃないか」


 言おうと思った言葉が、耳から入ってきた。しかも、少女の声で。

 声のするほう。公園の入り口へと目をやって、伊織は驚きに目を見開く。


(え、武井たけい、さん――?)


 一度見たら忘れない、美しく冷たい顔。昨日の放課後、見かけた。上野が名前を教えてくれた、笑わない美少女。

 彼女は伊織に歩み寄りながら表情をまったく動かさずに、伊織がたった今――いや、以前から思っていたことを口に出した。


「……って、思ってる」

「は、はあ……あの?」

「能天気で間抜けで、お気楽な人間」


 自分のことなのだろうか? どうして初めて話す同級生の女の子に、こんな罵詈雑言を浴びせられているんだろう。

 なんだか今日は、悪い夢でも見ているみたいだ。そんなことを考えて固まってしまった伊織を、正面から冷たい視線で彼女が見据える。そして――信じられない気持ちで、伊織はその顔を見返していた。


「夢なんかじゃない。これが現実よ、バーカ」


 少女は笑っていたのだ。しかし、その微笑は、伊織を見下すように冷たく暗く、怒ったような目で見つめられたとき以上に伊織は凍りついた。


「こーとーこ。お前、そりゃ言いすぎだぞ。やめろ」

 キョウは、先ほどの自分の罵倒は棚に上げて彼女を一睨みし、腕組みのまままた正面から伊織を見る。伊織は一瞬身を硬くしたが、キョウの目に先ほどの不機嫌な様子はもうない。


「伊織、悪い。気にすんな。こいつ、ちょっと人見知りで警戒心が強いんだ」

 親指で軽く示して、キョウは仕方なさそうに言う。言われた美少女はふいっと顔を逸らした。


「え! はあ、……」


(いまの、『人見知り』っていう種類の反応だったんだろうか……?)


 曖昧に頷き返しながら内心で首を捻る伊織だが、キョウの態度から察すると敵ではないのだろう。

 相手を「見知る」前に叩き潰してしまうのでは、と思うのだが、防御よりも先制攻撃に力を入れるタイプなんだろう、うん、きっとそうだ。個性だ。だってこの人も、――キョウと一緒に助けに来てくれた……んだよな……?

 そう自分を納得させる伊織を、キョウが窺うような視線で見つめていた。


「……そんで。何もされなかったか?」

「……あ、あっと、うん」

「そっか」


 キョウが軽く息をつき振り返った瞬間、スーパー袋を提げたもう一人の少女が小走りに公園に入ってきた。伊織はまたも驚愕する。


「え! 衣川さん?」


 衣川きぬかわあおいはビニール袋から缶コーヒーを取り出して、伊織に一本差し出しながら、

「相原くん、大丈夫だった?」

 と、府中ふちゅう駅で別れたときそのままの笑顔で首を傾げた。


「は、はい……」

「うふふ、よかった。はい、これでも飲んで、落ち着いて」


 面接先で怖い思いをし、それ以上にキョウの叱責と美少女の罵詈雑言に縮み上がった後の伊織の心に、あおいの笑顔が温かい……が……?


 コーヒーを受け取りながら、三人の顔を順に見比べる。その視線に気づき、キョウが隣の二人を順に指差して、

「ああ……『お嬢』と『琴子』」

 と、ものすごく雑に紹介し、「お嬢」から缶コーヒーを受け取る。


「えっと……つまり?」

「ん? ああ、『お嬢』から、お前が怪しい会社に面接に行ったって連絡来たから、琴子連れてきた」


 ぜんぜんワケが分からない説明に、しかしこれ以上の解説は加えられそうな様子はなく、「そ、そうですか……」と口の中でつぶやいた。

「お嬢」と呼ばれた衣川きぬかわあおいが、伊織に向かって可愛らしく笑う。


「そういうワケなの。キョウに頼まれて。内緒でつけたりしてゴメンなさい」


 いろんな説明をすっ飛ばしているような気がしないでもないが、胸の前で手を合わせて謝罪の格好をするあおいについ、

「いや、ぜんぜん」

 と、たぶん不自然な笑顔で首を横に振っていた。


「で、琴子、あの男のこと、なんか分かったか?」

 缶コーヒーを開けながら、キョウが琴子に目を向ける。


「『ロック』されてる。けっこう頑丈。だから読めなかった」

「……やっぱな。かなり訓練されてるサイってことか。スガワラねえ……」


 キョウは考えるように視線を斜め下に向けながら、コーヒーを一口飲んだ。


「とりあえず……学校戻って楠見に報告すっかな。伊織、この後まだ時間あるか?」

「は? はい、俺はいつでも……」

「悪いけど付き合って。さっきのこと、楠見に説明する」

「う、うん……」

「スクールバス、もうねえかなあ」


 そう言って先に立って歩き出そうとしたところで、キョウはふと足を止める。

 あおいと琴子が、同時に公園の外を振り返った。


「っとに……しつこいヤツらだな……」

「……へ?」


 何を言われたのか分からずに聞き返そうとしたが、状況に置いていかれている伊織を無視して三人が一歩ずつ前に体を進めた。


「しょうがねえなあ」

 キョウは缶コーヒーを飲み干して缶を地面に置き、本当に仕方なさそうに緊張感のないため息をついた。

「琴子、伊織を頼む。お嬢、そっちよろしくな」


「分かった」

「任せて」


 短く言葉を交わすのと同時に、公園に向かってくる数人の足音が聞こえてきた。


「サイじゃないのね……」

 そう言ってあおいはゆっくり辺りを見回す。


「サイの人材切れかな? それともサイだと能力斬られちまうからって、一般人よこしたのかな」


 言いながらキョウが視線を向けた先。十人はいようかというガタイのいい男たちが、公園の狭い入り口から殺到する。


(――え!)


 ふっと目の前からキョウが姿を消す。と思うとキョウは、公園の中ほどまで達しようとしていた男の背後へ降り立ちながら肘で男の後頭部を一撃。あっけなく倒すと同時にわずかに身を沈め、立ち上がりざまに次の男の顎に下から拳を突き上げる。

 掛かってくる三人目の男を背後から回し蹴りで吹っ飛ばすと続く四人目ががむしゃらに振るった拳を素早くかわし、かわされてつんのめった格好の男を膝で蹴り上げる。後ろからやってきた次の男がそれに躓いて――早すぎて動きを目で追うのに精一杯だ。


(え……めっちゃ強いんですけど……ってこれ、『超能力』じゃなくて普通に喧嘩だよな……?)


 目を丸くして呆然と見ている伊織の前で、琴子が入り口とは別の方向を気にしてわずかに身を硬くした。公園の入り口ではなく横手の垣根を乗り越えて、同じような風体の男が突進してくる。


 伊織が咄嗟に身じろいだ気配を察したように、琴子が伊織の目の前に片手を挙げた。

「下がってなさい」


 息を呑んだ瞬間、ひらりと軽やかな体が、琴子、伊織と男の間に割り込み――ふっと足を上げるとしなやかな回し蹴りで男を蹴り飛ばした。


(衣川……さん?)


 ますます目を丸くしている伊織に気づくとあおいは、「あら、やだ」と照れたような笑顔を作る。そうしながら、次の男の手が体に触れる直前で身を沈めてかわすや、バネのように立ち上がり拳を男の腹に叩き込む。さらに横から飛び掛ってこようとした大男の鳩尾みぞおちを一撃、膝蹴りで沈め、残心をとった体勢で再び伊織を振り返り――。


「相原くん、びっくりしちゃった?」


 爽やかに笑って跳躍すると、スカートであることも気にせず向かってくる男の顔に跳び蹴りを食らわせた。


 その間に入り口から来た十人弱の男をあらかた眠らせたキョウが、くるりとこちらを向いて、パンパンと手を払う。

「琴子ぉ、こいつらから何か読んで(、、、)くれ。これ何者だ?」


「……あんたねえ……これだけ完全に沈めちゃったら、読める(、、、)もんも『読めない』んだけど……」

「あ……」


 公園の中に、静けさが戻る。


「あら、もう終わっちゃったの? ほかの人はもう来ないの?」

「お嬢はまだ暴れ足りねえのか……」


 うんざりしたように言いながら、キョウは倒れている男たちの体を、しゃがみ込んで検分する。


「最初の日に伊織を追い掛け回してたヤツみたいな感じだな。いかにも金で雇われましたって雰囲気で、プロっぽくなくて大したことねえの。……お? おい、起きてっか?」


 声を掛けて男の服を掴んで体を引き起こし、「琴子、こっちこっち」と手招きする。


「おい、なんで襲ってきた?」

「……し、知らねえ……」

「知らねえってことねえだろ! 無意識に喧嘩売ってんじゃねえ!」

「……ち、違……頼……」

「頼まれた? 誰に? なんて?」

「知らねえ! 俺はホントに……」


 キョウは近づいてきていた琴子に目を向ける。と、琴子は頷いた。それを受け、会話の目的は果たしたと言うように、キョウは男から手を放す。男の体は地面にパタリと倒れた。


「じゃあ帰るか」

 何事もなかったかのように言って、キョウは先ほど地面に置いた缶コーヒーの缶を拾い、公園の外に向かって歩き出す。


「相原くん、人が来ちゃうと面倒だから、行きましょ」

 これまたごく普通に公園で缶コーヒーでも飲んでおしゃべりした帰りのような口調で、あおいが伊織を促した。

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