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15.伊織、面接に来たことを後悔する

(やっぱり、不味かったかな……)


 ビルの二階の一室に招き入れられて椅子に座り、担当者を待っている。

 待ちながら、伊織はここに来たことを少なからず後悔していた。


 はっきりとした理由があるわけではないが、どうも嫌な予感がしていた。


 オフィスビルというよりはマンションのような建物。入り口の入居者案内には個人名とオフィス名が半々くらいの割合で並び、しかし目指す二〇三号室は空欄になっていた。

 果たしてここでいいのだろうかと首を傾げながら薄暗い階段を上り、二〇三号室のチャイムを鳴らす。

 少しの間があってドアを開け出迎えたのは、三十前後の男性だった。スーツを着てはいるが、なんとなく着慣れていないような、いまひとつ似合わないような、微妙な感覚。


 名前と用件を告げると、どうぞと招き入れられる。やはり普通のマンションのような造りで、キッチンとリビングのような空間――ただし余計なものはなく、生活感は皆無だが――を通りすぎ、次の部屋のドアを開けて中に通された。

 部屋の中央にテーブルと椅子。正面にある窓には分厚いカーテン。壁際には何やらよく分からない機材のようなものが積み上げられている。全体として殺風景で、即席で荷物だけ押し込んでおいたような印象を受けた。


「担当の者が戻るまで少しお待ちください」

 と、案内をしてくれた男はドアを閉めてリビングへ出ていった。


 ぐるりと部屋を見回して、やはり来るべきではなかったか……とため息をつく。

 危険を感じているわけではない。どちらかと言えば、ここで働くということの想像ができず、そのことに不安になったのだ。先ほどの男が上司になるのだろうか? どうもあんまり感じのいい人ではなかったな……と思う。


 衣川あおいとは偶然(、、)》、駅まで一緒の行程となり、駅で別れた。これから面接に向かうアルバイトのことを話し、なんの会社なのかよく分からないことを言うと、あおいは不安な顔をした。


『大丈夫? やめておいたほうがいいんじゃないの?』


 あの時やはり、その言葉に従っておけば良かったかもしれない。

 が、面接をすっぽかすということは考えられず、まあ無理そうならこちらから断ればいいのだという程度にしか考えていなかったのである。……それ以前に、先方が採用を考えてくれるかどうかもまだ分からないのだし。


(それにしても、遅いなあ……)


 やってきてから、数十分が経過している。担当者という人の到着が遅れているのであろうか?

 手持ち無沙汰に部屋の中を見回す。壁際に積まれた機材のほとんどは、上から薄い布が掛けられ、なんだかよく分からない。布が掛かっていなかったところで、伊織にはなんだか分からないだろうが、こういう機械を使うような仕事なのか。機械に強いほうではない。扱えるだろうか……。


 そろそろ不安の絶頂に達しようかというところで、軽くドアをノックする音がして、先ほどと違う男が入って来た。

 三十代後半と言ったところだろうか。やはりスーツ姿だが、先ほどの男よりはだいぶ決まって、手にはパソコンケースのようなバッグを持っている。


「相原伊織くんですね、お待たせして申し訳ない」


 言われてその男が「担当者」であることを察し、椅子を立つ。


「いえ、よろしくお願いします」


 頭を下げると、男は片手で椅子を示し「掛けてください」と言ってテーブルの脇に立ち、バッグからノートパソコンを取り出しながら伊織と向かい合う。


「採用担当のスガワラと言います」

「あ、相原伊織です」


 言って再び頭を下げながら、そうだ、履歴書を……と思い出しカバンに手をかける。が、それよりも先にスガワラはテーブルを離れ、壁際に積まれた機材の中からいくつか取り出しながら、

「まず、少々適正検査をさせてもらいます」


「て、適正検査ですか……」

「当社の仕事をこなしてもらえるかどうか、一定の基準があります」

「はあ……あの、ちなみにお仕事というのは……」


 伊織としては話の流れで自然に聞いたものだったが、スガワラは機材を扱っていた一瞬手を止め、伊織を横目で睨んだ。咎められたような気がして、伊織は口ごもる。


「あ、いやその……」


(え、聞いちゃいけなかった……? いや、だって俺、未だに仕事内容も聞かされていないし……)


 スガワラはそのまま目を逸らすと、胸辺りまでの高さのある機材の山を、キャスターを転がしてテーブルの横に据えた。そして、テーブル上のパソコンに目的のソフトを立ち上げ、パソコンごと伊織に向ける。伊織はその画面を見て小さく首を捻った。


(これが、適性検査?)


 パソコン画面いっぱいに、五枚のカードが並んでいる。一瞬トランプのエースのカードを連想したが、絵柄が違うし絵ももっと大きい。十字と星と、丸、四角……もうひとつは、波か? 簡単な記号のようだが、このような取り合わせには見覚えがない。


「まずは、この五種類のマークを覚えてください」

「はあ……」


(記憶力のテストだろうか……)


 パソコンの画面を見つめている伊織の隣で、スガワラは機材をセットし――。


(なんだ……これ!?)


 スガワラが取り出したものを見て、それがなにかを理解する前に、不安が先に立った。一見して特に危険な様子もない、病院や銭湯なんかで見かける血圧測定器のような機材だ。が、アルバイトの面接に来て、仕事内容を教えてもらえず詳しい話にも入っていないという状況で、そのようなものを取り付けられることに強い違和感を覚える。


(え……必要なのか、これ……てか、これ、適性検査なのか……?)


 健康診断か、あるいはまるで何かの実験道具にでもされてるような気分だ。


(……実験?)


 自分の連想に、伊織は泣き出したくなった。

 なんで来ちゃったんだろう……やっぱ俺は、空気の読めない大間抜けだ。いや、でも、これってもしかして普通のことなのかな。そうだよ、たかがアルバイトの面接に来たくらいで、そうそう妙なことが起こるわけが……。


 必死で自分を慰めてみるが、やはり怖い。うなじの辺りがなんとなくゾワゾワした。

 スガワラの視線がこちらに向かう。それまで多少無愛想ながらも特に害もなさそうな普通の社会人に見えていたスガワラの目が、伊織を鋭い眼光で睨み据えている。

 ごくりと大きく唾を飲み込んで。


(た、助けて……!)


 心の中で誰にともなく叫んでいた。








「琴子、中の様子が分かるか?」


 相原伊織の入っていったというマンションを見上げながら、キョウは隣に立つ琴子に声を掛けた。


「どの部屋よ」

 同じく目を凝らすようにしてマンションを見上げていた琴子が訊く。


 反対の隣に立っている衣川あおいへの問いかけなのだろうが、彼女が無反応なので、キョウは重ねて問う。

「お嬢、何号室か分かるか?」

「二〇三だったと思うわ。たぶん右から三番目の部屋」


 キョウは素早く二〇三の場所に目をやる。カーテンが掛かっていて、外からは中の様子がまったく窺えない。

 と、今度は琴子があおいの答えに無反応でいるのに気づき、仕方なくキョウは繰り返す。


「二〇三だ。二階の右から三番目」

「相原伊織のほかに誰がいるか分かる?」


 琴子がなぜかキョウに向けて問う。一緒に来たばかりのキョウが知っているはずないので、これもあおいに対する問いなのだろう。が、あおいは自分には関係のないことのように腕組みをしてむすっと黙っている。


「おい、お嬢……? 伊織のほかに誰かいるか分かるか……?」

「あたしが知るわけないでしょ? 相原くんとは駅で別れて、後をつけてきただけよ」

「……お嬢が知るわけねえ。伊織とは駅で別れて後をつけてきたんだ」

「会社の名前は?」

「……会社の名前だと。分かるか?」

「エイチエル、とか何とかだったと思うわ」

「エイチエルだ」

「何の会社よ」

「……何の会社だ?」

「知るわけないって言ってるでしょ?」

「知るわけないってさ」

「使えないわね」

「使えねえ……じゃねえ! ……てかお前ら! 直接会話しろ!」


 キョウが声を荒げたのを見て、琴子がフンと軽く鼻を鳴らした。


「……使えないって、あたしのこと?」


 あおいがキョウを睨む。


「俺は言ってねえ! 琴子の……いや今それどころじゃない。琴子、早く調べろ」


 琴子は返事もせずに、二階の右から三番目の部屋に視線を集中する。

 少しの間、そうして二階に意識を向ける琴子を、キョウは黙って見守……


「ねえ! あたしのこと使えないって言ったの?」


 あおいの左手が、キョウの胸倉を掴んだ。右手には拳が握られている。


「うわちょ……っ……やめろ! 違う、もののハズミだろ?」

「でも言ったわよね!」

「悪かったって! やめろって!」

「ごめんなさいは?」

「ゴメンナサイ!」


「うるさい。集中できない」

 琴子がキョウとあおいを振り返って一喝すると、あおいの怒りの的は琴子に移った。


「何よ、あんたが『使えない』とか言い出すからでしょ!」

「『使えない』から『使えない』って言ったの。ちゃんと下調べしておきなさい」

「むっかあぁ! ちゃんと話は聞き出したわ!」


 怒り心頭のあおいに対して、琴子はあくまで冷たく返す。


「ちゃんと、ねぇ」これ見よがしにため息をついて。「ぜんぜん足りてないんだけど」


「そこから先を調べるのがあんたの仕事でしょ!」

「必要条件が足りてなきゃ、調べんのだって大変なの」

「あんたのほうが使えないじゃない!」


「待て待て待てー! てかお前ら直接話せるんじゃんか!」

 キョウは割って入る。

「いいから、お嬢はひとまず落ち着け。状況考えろ。で、琴子は二〇三に集中しろ」


 言うと、あおいと琴子は「フン!」と声をそろえてお互いに顔を背けた。キョウは大きなため息をつく。

 琴子は二階に向き直り、二〇三の窓を見つめながら、


「……キョウ、相原伊織は二〇三に確かにいる。中の様子は相原伊織の意識を通してしか分からない。少し状況が分かってくれば、中にいるほかの人間の意識も読めるかもしれないけれど」

「ん、分かった。ひとまずあいつは無事か?」

「今のところね……緊張してる。まずいところに来たかな……って思ってる……」

「……ったく……入る前に気づけよな……」


 キョウはがっくりと肩を落とす。

 琴子は集中し始めたようだ。視線は二〇三の窓に向けているが、その目はどこかぼんやりと焦点を失っている。


「入ってから、かなり待たされてる……中には男が一人、『担当者が来るまで待て』……機材がたくさん……機材……扱えるかな……担当者が遅い。もう三十分も……」

「――――琴子」


 琴子が目を閉じたのを見て、キョウは言葉を挟む。琴子はゆるりと目を開けた。


「伊織は今、一人か?」

「今は一人。担当者が来ると言われて、待っている」

「ほかに誰もいない?」

「ドアの外――たぶんリビングに男が一人。名前や役割りは分からない。ただ玄関から部屋に案内して、『待ってろ』って言われただけ。スーツ姿の三十前後の……だけどあまりスーツが似合ってない……感じもよくない……」

「伊織はここがどういう会社だか、まだ知らねえのか?」

「知らない。ヒントもあまりない。壁際にたくさんのよく分からない機械が積まれていて、何に使うんだろうって思ってる」

「機械……?」


 キョウは首を傾げ、二〇三を見上げる。


「ちゃんとした会社なのかな……救出したほうが良さそうか?」

「ちょっと待って」


 琴子はまた、二階に意識を集中させる。もう一人の男の意識を読むのに手間取っているのだろう。目の前にいれば別だが、見たこともない知らない人物の「意識に入る」のは難しいらしい。「テレパス」の感覚は、キョウにはよく分からない。


「捕まらないな……」琴子が小さくつぶやいた。「顔が見えればいいんだけれど……」


「分かった。それはいいや。けど――」キョウは軽く首を捻る。「これって『危険な状態』なのか?」


 伊織が何者かに狙われているのは確かだが、今回に関しては、攫われたり閉じ込められたりしているわけではなく、自分の意思でやってきて自分から中に入っていったのだ。これが罠だという可能性は考えられるか? だとすれば、ポストに入っていたというチラシからして伊織を追う連中が仕掛けたものということか?


「そこまでするかな」

 キョウは首を傾げつつ独りごちる。


――まあ、伊織本人がここに来たことを後悔していて帰りたいと思っているのなら、助けてやっても無駄にはならないだろうか。


「いちお、救出するか……」


「どうするキョウ、飛び込む?」

 あおいは怒りの色を消し去り、なぜだか嬉しそうに聞く。暴れたいのかな、こいつ……と、キョウは横目であおいを窺う。

 まっとうな会社なら、平和的に連れ帰ればいいだけなのだが。


 ――そう思った瞬間、琴子が顔をサッと曇らせた。


「中の男が替わった……スガワラ――――適正検査?」

「琴子……? なんだ、適正検査って……?」


 琴子は二階に集中している。


「適正検査なんて――――『なんだこれ……?』――――実験?」

「琴子?」


 不穏な表情と言葉に眉を顰めるキョウを、睨みつけるように、琴子が険しい視線を向けた。


「『助けて――!』」

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