雨の日はあなたに会いたい。
私は雨が好きだ。
「雨音が好きだ」「土の匂いが好きだ」。そういう人もそれなりにいると思う。
だが私が好きなのは音でも匂いでもない。雨が降っている平日が好きなのだ。
そこは雨の日に必ず寄るコンビニ。もしかしたらあちらは晴れの日にも寄っているのかも知れないが、私は晴れの日にはこのコンビニの姿はまず見ない。なのでそれは私には分かり得ないことだ。
だが、私は一つだけ確実に分かっていることがある。
それは、雨の日にはそのコンビニで彼に会えるということだ。
初めて彼を見たのはもう半年も前の事だ。黒を基調とした全体像から暗いなと咄嗟に思ってしまったが、視線を上にあげると胸が高鳴った。
滑らかな曲線を描く肌色。そこに、傘を閉じた時に一瞬早く潜り込んでしまった水滴が滑り落ちた。
私は水滴が見えなくなっても、その肌色から目が離せなくなってしまった。
暫く惚けてしまっていたが、我に返った私は慌てて意識を逸らした。幸いにも彼は私の視線には気づいていないようだ。
その事に安心したような少し残念なような。そんな複雑な想いを抱いたことを覚えている。
今考えれば何を期待しているんだかと自分で自分に呆れてしまう。
初対面なのだから意識する方が可笑しいのだ。
それから会社に向かう道で傘に当たる雨を感じながら、1人妄想に想いを馳せた。
次に彼に会ったのは10日後の雨の日だった。同じ時間に同じコンビニだ。まあ会ったと言っても私が一方的に見ているだけなので彼の方にはカウントされないだろう。
その日も彼は黒かった。まあ当たり前だ。
前回は意識しすぎるあまりきちんと見ていなかったが、今回は気付かれないようにそっと、でもじっくりと観察した。
黒い黒いと思っていたが、よく見ると黒の中にさりげなくワンポイントがある。ちょっとしたオシャレがポイント高い。大人っぽくていいな。
対して私は白と水色のストライプだ。可愛い柄で気に入っているが少し幼い気がする。
背は高めで、他と比べても頭一つ分出ている。だから私も最初は真っ暗だと思ってしまった。今でも暗いとは思うが、渋かっこいいとも思う辺り自分はそうとう現金な性格のようだ。
そうやってストーカーじみた目で見ていたが、時間は有限。そうこうしているうちに買い物も終わり、また会社へと向かう。歩道の上を進みながら、また会える(見れる)かなとぼんやり考えていた。
それから何度も彼と遭遇(?)した。会えるのは決まって雨の日。平日。朝の8時。1度寝坊してしまって会えないかなと思った日もあったが、彼はまだそこにいた。
思わずほっとして、苦笑した。約束した訳でもないのに変なの。いつも私が先に店を出るのだから、居ても全然可笑しなことではない。
だけど私が彼を確認した時、カタン、と彼がこちらを見た気がしたのは私の気のせいかな。
私が彼を見たということは彼も私を見れたということ。もしかして、もしかして彼も私の存在を意識してくれているのではないか。
いつもより早く終わらせた買い物の後、後ろから視線を感じた気がした。
その日から今日まで私は悶々としている。冷静に「そんな訳がない!妄想乙!夢見すぎ!!」と、大声で叫ぶ理性と。「もしかして…私は彼が…彼も私を…?」と囁く乙女心が競い合っている。あれから2度程雨があったが、彼の態度は変わらない。今までと全く一緒。
やっぱり私の気のせいと理性が勝利しそうな私の元に街頭テレビの声が聞こえてきた。
《2位は〜座!恋愛運が最高です!片思いの方は今日思い切って告白してみたらいかがですか?当たって砕けろ!ネバーギブアップですよ!時間は有限。未来は無数です!やらないよりやって後悔!頑張ってください!
次は3位〜》
…時間は有限…やって後悔…
…よし!もうこうなれば当たって砕ける!それだけだ。
いつものコンビニまであと100m。よし、やるぞやるぞ。鼓動を抑えてすーはーすーはー。よし、よし!
傘を払って傘立てに。彼がいる。いつもの黒と肌色だ。
姿を見るだけでドキッとするが、落ち着け。落ち着け自分。
どきどき。そわそわ。震えそうになる体を抑えて、思い切る。
カタン
思い切って私は彼の方に取っ手を向けて近づいた。
彼の取っ手は横を向いている。喋れない私には精一杯の告白だ。そのままじっと彼の方を見る。
黒の布部分はしっとりと湿っているが、ところどころが乾いている。良い素材だ。取っ手は通常のフック型よりも浅めでスタイリッシュだ。材質も本格的な木目で高級感がある。
私の取っ手はプラスチックだ。布もそんなに良いものではない。やはり500円の私といかにも高級そうな彼では釣り合わないのではないか、と早くも後悔しそうになってきた。
ドキドキしていた心臓が張り裂ける一歩手前で萎み出そうとしている。
その瞬間だった。
カタカタン
彼が私の方に取っ手を傾けながら肩を寄せてきた。
風はない。人もいない。外的要素はない。つまり…つまり…!
彼は応えてくれた。私の心に応えてくれた。言葉を言えない私たち。頑張っても数センチした動けない私たち。移動するにはご主人様達人間に運んでもらうしかない。そんな限られた生活の中で私と彼は出会い、結ばれる事が出来た。
ああ。何て幸せな気持ちなんだろうか。安物の生地の筈なのに水滴が乾いてしまいそうだ。
傍目から見ればただ単に傘立てに傘が置いてあるだけだ。その内の二本が寄り添っているように並んでいるだけだ。だけどそれで良い。それだけで良い。だって彼と肩を並べて、視線と視線が合うだけでこんなにも幸せなんだから。
やっと出来た愛しい相手。ずっとあなたといたい。それが無理な事だとは分かっている。分かっているけど、せめてそれまでは。いつか来るお別れまではあなたとまた雨の日に会いたい。
傘子の初恋でした。
視線て…目何処?動けるの?肩何処だよ。とかはスルーして貰えると嬉しいです。なんかそういう世界です。