時は過ぎて 1
風太郎を捨て、それから少し経ったある日。
モモに明らかに落ち着きが無くなった。
外に出せば、いつもより外に居る時間が長いし、外に出して欲しい時に出す鳴き声のトーンが明らかに
違っていた。
矢張りモモは、母である風太郎が姿を現さないので、その異変に気づき、あちこち探すようになった
みたいだ。
これが、5日は続いたのだが、それから先は諦めた様だった。
そして、母親代わりというのか。
モモは良く餌をくれる母に馴染み、僕に馴染まなくなったのだ。
それに、風太郎が居なくなってからモモは、喉をゴロゴロと鳴らす事は無くなった。
これが、モモに起きた最大の変化だ。
また、モモは外に出ようという気が徐々に薄れたのか、家の中で寝ることが多く、徐々に自分の縄張りを
狭めてしまった様であったのだ。
風太郎と離れてから数年の間で、他の猫と遭遇して喧嘩になった時は、そのほとんどが負け
だった様で、よく身体に傷を作って帰ってきた。
しかし、その喧嘩した中でも、生死に関わる傷を負った事が1度だけあった。
それは、喧嘩の際、何かに引っかかるかなにかしたのだろうか?
通常の猫同士での喧嘩では有り得ない傷を負っていた。
喧嘩をしたであろうその日の夜。右後ろ足の部分がざっくりと長く傷つき、足を引きずって帰ってきた。
そして、モモは家に着くなり、自分の舌で懸命に傷を舐める。
その痛々しい光景を目にした僕は、脱脂綿とオキシフルを取り出し、父にこれを使う事を提案した。
「ねえ。お父さん。このオキシフルで傷を拭いてやるのはダメ?」
「いいけど、その後直ぐに舐めたりしてだめじゃないか?・・・包帯を巻けばいいか」
父は包帯を取り出した。
「じゃあひかる。お前はモモをしっかり押さえてろ。俺がオキシフル塗って包帯巻くから」
「うん」
と、そういう事になって。
僕は、先ずモモの頭をおさえた。そうすると、傷を負ってるモモは体力を消耗しているせいか、意外に
大人しくなった。
その隙に父が、オキシフルを染み込ませた脱脂綿をモモの足に塗る。
するとモモが
「ウギャオー!」
と声を上げて暴れる。
そこで僕は力一杯に、頭だけでなく身体も押さえる。
そしてものの1分位でオキシフルを塗り、包帯を巻いて処置は完了。
その後でモモは、包帯の上から自分の脚を舐めていた。
そして、少し時間が過ぎて、舐めるのを止めたと思ったら、いきなり嗚咽をして吐いたのだ。
「こりゃ、あした病院に連れて行くしかないな。明日が土曜日で会社休みだから良かったよ」
と、父が言う。
そして、次の日の朝。
モモを見たら、呼吸が凄く荒くて、まずい状態にあった。
「こりゃあ、急がなきゃ!」
と、父が言う。
「ねえ、お父さん。僕も着いて行っていい?」
「ああ、頼む。車の中でモモの事を見てやってくれ」
そう言ってくれたので、僕はモモを抱きかかえて後部座席に乗った。
ダンボールとかも用意しないまま。
「モモ、大丈夫。きっと助かる!」
僕はそう言って、後部座席の横で横たわっているモモの頭やお腹を擦りながら励ます。
そして十数分後。
動物病院に着いたら、たまたま前の人がおらず、直ぐに診て貰えたのだ。
その、診察の立会いでは父も僕もいて、モモの脚に掛かった包帯を取った先生は、
「脚から膿が出て化膿しかかってる不味いな。この子、足細いですねー。場合によっては脚を切断するかも知れませんが、覚悟は
いいですか?勿論、最善は尽くしますが」
先生は確かにこう言った。
「それは・・・ええ、お願いします」
「えっ?モモの片足無くなるかも知れないのッ!?」
僕は心配になって慌てふためいた。
「ひかる。落ち着けよ。先生は最善を尽くすと言ってるんだから任せるしかない」
そう言って僕を宥める。
そして先生がいう。
「これから手術するので、約1時間したらまた来てください。結果を報告出来ると思いますんで」
「そうですか。ではまた1時間後に」
父と僕は病院を後にする。
「さあて。1時間、どうやって潰そうかちょっとこの辺歩くか」
そういって歩き出す。
そして歩いた先にはラーメン屋と、純喫茶があった。
「お。喫茶店だ。ここに入ってみるか」
当時、中学1年だった僕は、ある漫画で喫茶店はどんなものか知ってはいたが、実際に入るとなると
少しドキドキした。
店に入ると、落ち着いたムードのその店にはカウンターの他に、ゲームのテーブル筐体が3台あり、
その一つは新日○企画(S○K)の「オズマウォーズ」とタ○トーの「インベーダー」。
これが両方ともカラーではあるのだが、白黒にカラーフィルムを張ったタイプで、当時としても古いもの。
そしてもう3つ目はTOW○PURANがだした(あの、シューティングの○ーアではない)マージャン
ゲームだった。
父はマージャンが得意だったため、やろうとしたが、僕の様なのが居る手前、脱衣マージャンだったそれを
やる訳にはいかず、代わりに僕に「オズマウォーズ」をやらせてくれた。
やがてゲームオーバーになり、そのタイミングでその店のマスターが注文を取りにきた。
そして父はコーヒーとサンドイッチ。僕はコーラを注文した。
それから。店の隅には新聞と漫画が置いてあり、それらを読んで時間を潰した。
やがて1時間を過ぎ、喫茶店を出て再び病院へ。
そして先生を訪ねると。
「手術は上手くいきました。脚は切断せずに済みましたが、膿を綺麗に掻き出すのが大変でしたよ。
あと、手術の際に全身麻酔を使ったので、良く寝てますし経過観察もしますので。
明日また引き取りに来てください。今回は治療費だけで、宿泊費は無料にしておきます」
そう言われて父は治療費を払い、父と僕は動物病院を後にした。
僕は、モモが元気になっているのを願った。モモが1日居ないだけで何か淋しい。
そして翌日。
父と一緒に引き取りに行った時、引取りの対応をしたのはこの動物病院の実習生の人だった。
「モモちゃん、元気に回復しましたよ。身体検査をしたら、犬歯の一本がぐらついていたので取らせて頂き
ました」
「え?あなたがやったの?」
父がいう。
「はい。万が一喉に詰まらせてはヤバイし、実習を兼ねて取らせてもらいました。これは、無料にしておきます」
実習生はこう言った。
しかし、この、犬歯を抜いた事がモモにちょっとした悲劇を起こす事になる。