モモ 避妊手術
モモが成長するにあたり、風太郎はしっかりと物事を段階的に教えているようだ。
ある日風太郎が、生きたままの小さなネズミを家に持ってきた時は騒ぎになった。
俗に言う「ドブネズミ」は、どんなバイ菌を持っているか分からない。
だからもし、逃げた時に人に近づいて噛まれたりでもしたら、大変な事に成るからだ。
風太郎の口から放たれたネズミはチューチュー鳴きながら逃げ回る。
けれど風太郎とモモの二匹に逃げ道を阻まれ、その場を右往左往する。
そして、意を決して前に出ようものなら、爪を立てた猫パンチで攻撃されるのだ。
風太郎は、僕たちの目の前で、モモに狩りの仕方を教えているのをわざわざみせているかの様だった。
そんな中、興味津々なモモは、目をギラつかせ、時にはお尻を振りながら、勢いをつけてネズミに飛び付く。
爪を鋭くたてて、ネズミの体に前足が当たった時は、ネズミの体が一瞬宙に浮くほどだ。
それらの攻撃を受けてネズミは徐々に弱っていく。
やがてネズミは横たわり、お腹を大きく動かしたあと、絶命した。
風太郎は、死んだのを確認しているみたいだった。
父も、ネズミが死んだのを確認して、新聞紙に包もうとしたその時。
風太郎は何故か、父の足に擦りよって甘えた様な声を出したのだ。
この行動は何だったのだろう?今思うと不思議でならない。
そんな事とかあってから、約7ヶ月が過ぎた。
モモはマイペースで、ひとりで遊んだり、遊び疲れては寝ての繰り返し。
時には風太郎のおっぱいを飲んだりもする。
モモが大人しくソファーに座っている時、抱き抱えて膝の・・・と言うよりは太ももの
所に乗せればそのまま落ち着くと言う位にまで成長した。
そして、前から決めていた避妊手術の日がやって来た。
当時、猫用のケージとかは買っておらず、大きめの段ボール箱に、小さな穴を開けたのを用意した。
モモに、その段ボール箱を見せると喜んで入ってきた。こちらの思うツボである。
モモが入った段ボールの蓋をすかさず閉めて、ガムテープで閉じる。
後は、病院につれて行くため、車の後部座席に母と僕が乗り、モモが入った段ボールを支えた。
モモは、箱の中で鳴きながら暴れる。
時には小さな穴から鼻をつきだしたりしていた。
そんな事がありながらもようやく病院に着く。
避妊手術をする病院が有ったのは、北習志野駅のすぐ近く。
小売り店型の商店が並ぶ一角に、その動物病院はあった。
その動物病院は、設備は貧弱に見えて、大丈夫かな?と思えたほど。
そしてモモを病院に預けたその日、風太郎に早速変化が表れた。
その日の夜、風太郎は普段は鳴かない鳴き方をしながら家の中をうろうろしていた。
突然居なくなったモモを、心配して探していたのだろう。
そんな風太郎の為にこの日、玄関の鍵は開けたままにした。
深夜、風太郎の夜鳴きは長時間続いていた。
そして二日目。
風太郎は僕たちの起きている間、側に寄って相手もしてくれるのだが、矢張りいつもよりは落ち着かない。
座っている時間は短くて、すぐにそわそわし出した。
そして、鍵の掛かっていない応接間のサッシを前足で開けて外へでて、探しに行ってしまった。
数時間後、風太郎は帰って来た。
しかし、帰るとどこかふて腐れた雰囲気があり、ソファーに座ると身体を丸めて間もなく寝てしまった。
それから、数日が過ぎて七日目。モモを動物病院から引き取りに行く。
受付を済ませ、お医者さんがケージごとモモを連れてくる。
モモには包帯が巻かれていた。
「お待ちしてました。子宮の摘出手術は成功です。
もう、大丈夫とは思いますので、包帯は取ってしまいますね。」
そういってモモに巻かれた包帯を取る。
「あー。縫合の跡、きれいになったねー。」
お医者さんが笑顔になる。
「あと、だいたい4日はお腹を触らない様にして下さいね。
激しくやると縫った跡がほどける場合がありますから。」
「えっ?でも、どうしても抱き抱える事があるでしょう?」
「もしかして、猫ちゃんの正しい抱き抱え方を知りませんか?」
「ええ、はい。」
父は本当に猫の抱え方を知らなかった。
ついでに僕も知らなかった。
それで、急遽教わる事になる。
「それじゃあですね。まず、前足全体を腕にのせたら、お腹は触らない様に後ろ足を関節の方から手のひらで持って、そのまま左腕に乗せればいいんです。
そうすると安定しますから」
と言いながら、モモを抱えて見せた。
モモの様子を見ると、小刻みに震えている。
それを見た父が
「あれ?モモが震えているけど、どうしたんですかね?」
と質問するとお医者さんは
「あー。何せこんな狭い所でしょ?スペースが無く、ケージを重ねたりするしか無くて、犬の隣に置くしかなかったんですよ。
大きな環境の変化と手術とで、臆病になってしまったかもですね。
すいません。それでなんですが、
頭を撫でるなり、声をかける等してご主人がケアをしてあげて下さい」
と、こう言われたのだ。
僕は震えているモモを見て
「モモー?手術は終わったんだぞ?安心しろ?モモー?」
と、声をかけるとモモが一際大きな鳴き声で
「ニャー!」
と鳴いた。
聞き覚えのある声と僕の姿を見て、側にいる事が分かり
安心してくれたのだろう。
この後もしきりに鳴いて、僕が手を差し出すと!頭と身体を何度も何度も擦り寄せて来たのだから。
そして、モモが落ち着いてから、また段ボールに入ってもらい、今度は車に乗せる時には段ボールの蓋を開けて、僕が何度も声をかけてモモをなだめながら、帰路についたのでした。