冬の一日
「ねえ、蓮太郎」
「ん-?」
すっかり寒くなり、太陽が沈むのが早くなったとある冬の一日。
ひとりのクラスメイトと僕は過ごしていた。
「今日は外を歩かない?」
「なんでまた・・・・・・ミナミは僕が寒がりだって知ってるだろ」
そう、僕は寒いのが苦手だ。得意な人がいるかって聞かれたら答えられないけれど。それでも僕は苦手なのだ。
「私が冬が好きなのも知っているでしょ?」
「冬を味わうなら室内でいいじゃないか」
「私は外を見たいの。冷たくて澄んだ空気、儚げな町並み。それを味わうには外に行くしかないでしょう」
教室にある学習机に肘をつきながら、ミナミは言う。
「なら、ミナミだけ行ってきなよ。僕はここで丸まってるからさ」
わざわざ暖かい教室を出る理由もないし。
なにより寒い外には行きたくない。
「私は、蓮太郎と一緒に行きたいのだけれど」
かすかに頬を赤らめながら呟く。
「卑怯じゃないか」
「これも女の武器よ」
そう言って笑う彼女。優れた容姿も合わさって、その光景は一枚の絵画のようだ。
「さあ、日がもうすぐ沈むわ。早くいきましょう」
「はいはい・・・・・・マフラーくらいは借りてもいいよね?」
「ええ、どうぞ。なんなら二人で使ってもいいのよ」
「・・・・・・僕はどっちでもいいよ」
「ふふ、冗談よ」
またからかわれた。こういったやりとりを何回も繰り返しているのに、毎回引っかかってしまう僕。男としてなんとも情けない。
ふと窓の外を見ると、既に空は赤らんでいた。もうすぐ日が沈み、辺りは暗闇に包まれるのだろう。彼女の期待に応えるためには、 早くいかなくちゃならない。
・・・・・・寒いのは苦手なんだけど。
「それじゃあ、行こうか」
「さ、寒い。これは予想以上だ」
冷たい空気。冬だから寒いのは勿論なんだけど、寒い。
手袋、コートなどの冬装備は済ませてあるけど、それを貫通して吹き込んでくる風が僕を攻撃する。
「確かに寒いけれど、そんなに震えるほどではないでしょう」
「ミナミはそうかもしれないけど、僕はやばい」
事実体の震えが止まらない。芯まで冷え切っているのがわかる。
「で、どこに行くの?」
「希望丘。あそこなら近いし、いい景色が見れるもの」
学校から徒歩15分程度の場所にある場所だ。僕たちの住む町の観光名所でもある。ただし、冬はあまり人がこない。見るものないしね。
「希望丘なんて夏ぶりじゃないかな」
並びながら歩き出す。僕より少し背が低い彼女と目線が合う。
白い息を吐きながら、ミナミは口を開いた。
「あのときは花火だったかしら。人が多かったのは覚えているわ」
並ぶ出店に、良い席を取ろうとするお客さん達。僕たちもできるだけ空いていて、花火がよく見える位置を必死に探したっけ。
「冬に行くのは初めてなんだよね」
僕、基本的に冬は外に出ないし。部屋の炬燵で寝っ転がりながら漫画読むのが日常なんだ。あ、蜜柑もはずせない。なんで冬に食べるとおいしいんだろうね?
「私と行くのが初めてなのね。いいわ、記念に写真でも撮りましょう」
「いいって。・・・・・・恥ずかしいしさ」
「照れないでいいのよ。私が撮りたいのだから、付き合いなさい」
「・・・・・・仕方ないなあ」
ミナミの頼みは結局断れない。というか、断れた例しがない。
「はっくしょん!」
寒さからか、くしゃみが出てしまう。もう五分は歩いたからなあ。体もさらに冷えてしまう。寒がりな僕ならきっと普通の人の二倍くらい冷えてるはず。
「寒いなら、手でも繋ぎましょうか」
「・・・・・・でも」
「今更恥ずかしがることでもないでしょう?」
「そう、だね」
普段から人前で彼女と手を繋いだり、後ろから抱きつかれたりしている。さすがに慣れることではないけど、少し抵抗は減った。周りのみんなももう何事もないように対応するようになったしね。最初は大騒ぎだったのにさ。
手袋を外し、ミナミの手を握る。暖かくて、柔らかい手。僕より一回り以上小さい手を握りながら、僕たちはまた歩き出す。
「ふう、やっと着いたね」
「ええ、……丁度いい時間ね」
太陽が沈む。空気が澄んでいて、丘の上からの光景ははっきりと見える。
「これは……」
「綺麗でしょう? これがあなたに見せたかったもの」
「ああ、これは来てよかったかもしれないな。――それにほら」
空を舞う白い破片。
「雪だ」
そう、雪だ。いつもならば冷たいこいつを僕は嫌がるけれど、今日ばかりはそう思うことはない。
黄昏色に染まる雪に、白くなっていく町並み。幻想的な光景を、僕たちは黙って見つめていた。
「くしゅん!」
「っと、綺麗だけれど長居は良くないかな。ミナミ、そろそろ帰ろう」
可愛くくしゃみをするミナミ。若干頬を染めながら、鼻をすすっている彼女に、僕は帰ろうと促す。風邪をひいても大変だしね。
「寒いから、蓮太郎が暖めてくれる?」
「……仰せのままに」
体を寄せ合う。ミナミの暖かい体温が僕の体に伝わる。冷え切った体も、いつしか暖かくなっていた。
「来年も来ましょう」
「そうだね。また、これたらいいな」
「必ず来るのよ。さあ、行きましょう?」
手を向け、促すミナミ。夕焼けを背景としたミナミは、言葉では表せないほど美しかった。
雪が降り続き、地面が白色に埋め尽くされる。
僕たちはまたこの冬を乗り越え、あたらしい季節に移ろうのだろう。
その先の光景に、僕と彼女は一緒に移っているかはわからない。
だけど、今日この瞬間彼女と僕が供に過ごしていたことは変わらない。
この思い出を胸に焼き付けて――彼女とのまぶしい記憶を忘れぬよう、歩んでいこう。例え離れ離れになっても、この瞬間は嘘ではなかったのだから。
高校生活の中のたったの一日。僕はこの一日を、忘れない。