第三話 《彼の作業は、順調だった》2/3
はいはい。説明回ですよ説明回。
しかし我ながら華が無いですなぁ~。ロボットは戦ってなんぼだと思われ~…。
「……」
今目の前で起こった事態に唖然としつつ、口を開けたままゆっくりと上を見上げてみると――そこには天井に開いた大きな穴と、そこから覗く青い空が見えた。
「……あ…鳥だ……」
ついでに鳥も良く見えた。
何度も羽ばたきながら、高い所を旋回している。今日は、余り風が無いのかもしれない。
……なんて現実逃避も束の間。
「って、ええエエエエエエーーーーー!!!」
『……申し訳ありません』
「ちょ、なに! なになに!? 一体何が起こったの!?」
『〈自己経歴〉〈動作履歴〉より――どうやら、エネルギー供給量の調節に失敗したようです』
彼が言うには、さっきの件もあって、肘関節の聖紋に少し多めのアストラルエネルギーを供給してみたそうだ。
ただ、その際にエネルギー量の調節に失敗してしまったらしく、予想よりも随分と多目のエネルギーを聖紋に送ってしまったらしい。
大量のエネルギーを受け取った聖紋は、もの凄い勢いでその肘関節を折り曲げると、その直後に同じ勢いで伸ばされた腕は、自分を縛り付けるテーブルの固定具なんかものともせず、まるで草食動物の後ろ足の様に真上に向けて“跳ね上がった”。
その結果、飛んで行った彼の腕は天井を突き破って、この作業場を風通しが良く、また天井からも日の光が入る粋な空間に産まれ変らせた――なんて考えてる場合じゃない!
「た、大変だ! 早く回収しに行かないと!」
天井に穴が開いたのも問題だけど、大人の腕よりも大きい機兵の――しかも金属性の腕が飛んで行ったんだ。
腕が壊れる壊れない以前に、あんな物が上から降ってきて、もしもその下に人が居たりなんかしたら大怪我どころの話じゃない。
何処に飛んで行ったのか分からないけど、とにかく一刻も早く落下地点を確認しなくちゃ!
バンッ!!
僕は大慌てで立ち上がると、急いでドアを開けて外に飛び出した。
すると其処には――
「うっ!!」
空から落ちてきた大きな腕、それを受け止めた水の入ったタライ、そして――そのタライから跳ねた水を盛大に被ったであろう、びしょ濡れに成った母さんの姿が在った。
「……」
瞬間――僕の中で時間が止まる。
この時間、どうして母さんが家に居るだろうなんて思ったけど、確か今日は加工場が休みの日だ。朝の麗らかな日差しに誘われて、洗濯物でもしていたんだろう。
見ると、タライの中には落ちてきた機兵の腕の他に、シーツか服か、今まさに洗っていたであろう布地の幾つかが見える。
あんな大きくて重たい腕が落ちてもタライが壊れていないのは、この村で採れる材料が良いからか、それとも、それを加工する皆の腕が良いからなのか、はたまたその両方か。
「か……かあさん?」
「……」
呟く様に僕がそう声を掛けると、顔にかかった前髪から幾つも雫を滴らせつつ、母さんはまるで生きた死体の様にユラリとその場に立ち上がり――その両目に怒りの炎を宿らせて、僕の方に振り向いた。
「ネ~~イ~~セ~~ン~~…」
「ヒィッ!」
こ、怖い! 思わず腰が引けて後ずさる程に怖い!!
「アンタァッ!! いったい何やってんだい!!」
「ち、違うんだ母さん! こ、これは――」
「もんどぉ~…無用ーッ!!」
ゴイィィ~ンッ!!
「キュゥ~…」
「事故なんだ」なんて言い訳をする暇もなく、母さんのゲンコツは振り下ろされていた。
……何故だろう。まだ朝だって言うのに、目の前には沢山の星が見えた――気がした。
――その後、母さんの小言をたっぷりと貰った僕は、その変わりに昼食を抜かれ、洗濯物の続きと屋根に開いた穴の修理で、その日の作業は終了と成った。
初めは、この調子なら作業が早く済む――なんて思ってたけど……完全に油断してた。
実際には、こうしてとんでもない大回をする羽目に成った。次からは、もっと注意して作業を進めよう。
教訓――機兵の整備中に気を抜いてはいけない。本当に、予想外の出来事が次々と起こるなぁ…。
――次の日。
――ガチャ
「ただい――わっ!?」
『御帰りなさいませシールー殿』
「あ、お帰り~シーネェ」
「う、うん、ただいま……何、やってるの?」
「ちょっと配線をね~、弄ってたんだ」
油の匂いが充満する作業場のドアを開けたまま、シーネェが中に入らず立ち尽くしている――いや、“入らず”じゃなくて“入れず”かな。
何故なら、今この作業場には人が立って入れる空間がないからだ。
天井の梁から吊してある機兵の胴体はそのままだけど、それ以外の両腕、両脚、頭の部分は、今は取り外されて床やテーブルの上にバラバラにして置いてある。
「何か凄いわね……分解しちゃったの?」
「うん、この方がやり易いんだ。少し待っててね、今スペース作るから」
かく言う僕は、今は床に開いた小さなスペースに直接腰を下ろして作業中。
テーブルより床の方が広いからね、こっちの方が作業がはかどる。
「それでここを通して、っと……よし出来た。後は胴体と繋げちゃえば――」
手元の工具をカチャカチャと鳴らしながら、手早くばらされた手足を胴体へと繋いでいく。
今までは霊卵石が無かったから、ちゃんと機兵を動かした事はなかったけど、メンテナンスだけはずっと続けてきたんだ。
躯体の分解も組み立ても、今じゃ目を瞑ったままする事が出来る……は、少し言い過ぎか。
「よし、こんなもんかな。入って良いよシーネェ」
「はいはい」
――と、そんな事を考えているうちに作業は一段落。
片付けて広くなった空間にシーネェを招き入れる。
機兵の四肢を右脚、左脚、左腕の順番で組み立ててから、それぞれを胴体に無事繋げ終わった。
別の事を考えながらでも、僕の手は何時も通りちゃんと動いてくれたらしい。
うーん……やった事ないけど、今度分解と組み立てのタイムでも計ってみようかな、技術向上の一環で。
でもこの村じゃ、僕以外に機兵を弄れる人が居ないから、自分以外にタイムを比べられる人が居ないんだよねぇ。
……あ、いや、“一人だけ”居るな。
「ネイ。もうお昼に成るから、先に手を洗ってきなさい」
「あれ? もうそんな時間か。じゃあシーネェは準備しといてよ」
「分かったわ。気を付けてね」
「いや、気を付けてって…井戸は直ぐそこだから大丈夫だよ」
「昔みたいに井戸に落ちないように」
「落ちないよ!」
それ、もう三年も前の話じゃないか!
――カラーン――カラーン
教会の鐘の音を聞きながら、今日は少し早めの昼食を二人で食べていた。
「それでどうなの? 作業の調子」
「むぐ? むん、うんほーふぁお。ふぁふにふぉっほぉうんほ――」
「はい、お水」
「んぐんぐんぐ――ぷはぁ……うん、順調だよ」
渡されたコップの水を飲み干してから答える。
「逆にちょっと順調すぎるぐらいかな」
「あら、そうなの?」
「まぁ、嬉しい誤算なんだけどね」
昨日、母さんからコブと小言を貰って、その代わりに昼食を抜かれたあの事件から一日。もう二度と、あんな悲劇は繰り返さないと硬く心に誓った僕だった。
そうして、朝から細心の注意を払いつつ、聖紋機の調整作業を再開した訳なんだけど――そんな僕の決意とは裏腹に、この日の作業では一つも問題が見付からず、調整作業は順調かつトントン拍子に進んでしまった。
どうも昨日の一件で、霊卵石の彼もエネルギー調整のコツが掴めたらしく、その結果、初めに僕が考えていた半分以下の時間で作業を終了する事が出来た。
……どうやら、昨日僕を襲った空腹とコブの痛みは、無駄な犠牲に成らずに済んだらしい。
だから今日はこうして、少し早めの昼食を食べる事が出来ている訳なんだけど……余りに作業が順調だったから、流石に途中からちょっと不安に成った。
「ふ~ん、そうなんだ。お姉ちゃんはネイが無事ならそれで良いんだけど……無茶だけはしないでね」
「それは気を付けてるよ。もう昨日みたいのはゴメンだからね」
昨日は久しぶりに母さんから、ゲンコツ、小言、飯抜きの三段攻撃を受ける羽目になった。あれは肉体だけじゃなく、精神的にも“こたえる”ものが在る。
やっぱり母さんは怒らせると怖い――って事を、再認識させられた出来事だった。
……もう二度と、あんな目には会いたくない。
でもまぁ、叱られたのも仕方ない。機兵の片腕が空から降ってきて、もしそれに人が当たっていたら怪我人だって出たかも知れないんだ。
自分を含め、誰も怪我をしなくて本当に良かったと思う。
「そう、それなら良いわ。それにしても……なんだか、随分と寒そうな格好してるわね」
「……へ?」
「あなた、寒くないの?」
『お気遣い無く。そもそも私には、人の様に暑さ寒さを感じ取る機関は存在しておりませんので』
「あら、そうなの? でも、それは少し良いかも知れないわね。私寒いの苦手だし」
「あ、ああ。なんだ“コッチ”の事か……」
何時も通りの作業着を着ている筈なのに、シーネェに「寒そう」なんて言われて一瞬困惑したけど、どうやら会話の対象は僕じゃなく彼の方だったみたいだ。
僕も彼に目を向けて、改めてその姿を確認してみる。
各部関節はもう動かせる様に成ってるけど、まだ自立させたりはせず、今は天井の梁の滑車から伸びるロープに釣られている状態だ。
その姿は……確かに、少し風通しの良い格好ではある。
聖紋機兵の躯体は、その構造を大きく二つに別ける事が出来る。
一つは、躯体その物を内側から支える“内部骨格”と、もう一つは、その内装骨格やその他様々な機関を外部の衝撃から保護する“外部装甲”だ。
“内部骨格”とは――その名前の通り機兵の骨に当たる部分。
機兵はその殆どが金属部品で出来ているから、こういった“骨組み”で支えてあげないと、重過ぎて自力では立つ事が出来ない。
各関節部には躯体を動かすための〈転の聖紋〉を利用した聖紋機や、その他様々な効果を発動する聖紋が幾つも内装されていて、それに付随する複雑で繊細な機構もまた数多く備え付けられている。
さらにその周りには、躯体の各箇所に在る聖紋と、頭部の霊卵石とを繋ぐ銀糸線が何本も張り巡らされていて、その一本いっぽんがまるで人の血管の様にも見える。
“外部装甲”とは――此方も名前の通り、機兵の装甲に当たる部分だ。
今説明した通り、内部骨格には機兵にとっての重要な機関が幾つも存在してる。本来戦闘用として創られた機兵が、そんな重要機関が剥き出しに成ったままの状態で戦場に出される訳がない。
当然、それら重要機関を守る為の装甲――“鎧”が必要に成ってくる。
そしてこの“鎧”にも、実は色々な機能が備わっているんだけど……まぁ、それは今は置いておこう。
今の彼の姿は、その外部装甲が剥がされた状態――内部骨格が剥き出しに成っている状態だ。
さっきまで僕は、躯体中の聖紋機と頭部にある霊卵石とを銀糸線で繋ぐ作業をしてた。その際に外部装甲は邪魔に成るだけだから、銀糸線を繋げる時は外部装甲を全部引っぺがすのが一般的だ。
その見た目はスカスカで、確かにシーネェの言う様に寒そうに見えるけど……今彼が言った通り、彼ら機兵は寒さ熱さを感じない。
それに仮に寒さを感じたとしても、ここ最近はもう暖かいからね。装甲が無い程度じゃどうって事は無いと思う。
……そういう問題じゃないかな? まぁいいや。
外された外部装甲は、今は部屋の隅にまとめて置いてある。昼食を食べ終わった後、早速躯体に取り付けてしまおう。
それが終われば調整作業は一段落、漸く次の段階に移る事ができる――筈、だったんだけど。
残念な事に……昨日の“事件”の一件で、ちょっと予想外の問題が発生してしまった事に、今朝の作業再開直後に気が付いた。
「う~ん……」
――と、唸ってみる僕だったが、実はその問題の解決法は既に判明している。そしてその為には、この村の“ある場所”に行かなきゃいけない。
まぁ、僕も近いうちにそこには行かなきゃいけないと思ってたから、ある意味渡りに船なんだけど……今はちょ~っと事情が立て込んでるんだよなぁ。
出来る事なら、“あそこ”には当分お世話に成りたくない――って言うのが今の僕の本音だ。
本当に……どうしよう……。
そうして、今後の事に頭を悩ませながらの昼食が終了。
食後の休憩もそこそこに、早速外部装甲の取り付け作業を開始する。
「んを、っとと…」
『ネイセン殿』
「大丈夫? お姉ちゃんも手伝おうか?」
「だ、だいじょう…ぶ、っとぉと!」
「あーはいはい、ほら無理しないの」
『お気を付け下さい』
「うう…ありがとう二人とも」
機兵の大きさは、大体が普通の大人より頭一つか二つ分大きい。だから当然、彼らが身に着ける鎧である装甲もまた、普通の人間の物より大きくて重たい物になる。
なので、僕みたいに機兵の身長の半分程しかない体の大きさじゃ、装甲を一つ取り付けるにもけっこう時間と体力を使う。
外す時はロープで装甲を吊りながら作業をするから、まだ割りと簡単なんだけど……せめて、もうちょっと身長と筋肉があれば――と、思わずにはいられない僕だった。
「グッグッ……と良し。こんなもんかな」
内部骨格の上に外部装甲を取り付けて、固定用ボルトを工具で締め上げる。シーネェが手伝ってくれたお陰で早目に終わった。
一応確認のため、取り付けた肩の装甲を押したり引っぱたりしてみるけど……うん、きちんと固定されてる。問題ないね。
これで、内部骨格の組み立てと外部装甲の取り付けは無事完了した。
……一部を除いて。
「ねぇネイ。ちょっと聞いて良い?」
「なに、シーネェ」
取り付け作業が終了して、少し遠目から機兵の姿を眺める僕にシーネェが一言。
「……何で“右腕”が付いてないの?」
「……」
そう、シーネェが言う様に、今の彼にはまだ“右腕”が付けられていない。
別に右腕を無くしたり壊したりした訳じゃない。彼の右腕は、昨日から壁際に在る作業台の上に乗せられたままに成っている。
そして、この右腕をちゃんと付けない限り、彼を立たせて歩かせる為の工程に移る事は、決して出来ない。
それじゃあ、何で未だに彼に右腕を取り付けないのかと言うと……実はそれが、今朝発覚した“予想外の問題”のせいだったりする。
「あー…ほら、話したでしょ、昨日の一件」
「ネイが母さんに叱られた話?」
「それじゃなくて! ほら、アレだよアレ」
「あれ?」
そう言って、立てた人差し指を上に向ける僕。
つられてシーネェが視線を上げると、其処には天井が在り、その一角には他の古い部分とは色合いの異なる、真新しい木材で補強された箇所が在った。
それは昨日、彼の右腕が突き破って出来た穴を、僕が修理して塞いだ跡だ。
「あー“アレ”ね……雨漏りとかしないと良いわね」
「うん、僕もそれがちょっと心配――って、だからそうじゃなくて!」
「違うの?」
「今は天井の話じゃなくて彼の話だよ!」
「……い、いやね~冗談よ、ジョウダン」
なんて笑いながら、手をヒラヒラと振るシーネェ。
「もう……それで昨日、あの穴から彼の右腕が飛び出して行っちゃった訳なんだけど」
「そうみたいね」
「その際にね……“切れちゃった”んだよ」
「“切れた”? 何が?」
「……“銀糸線”が」
「ギンシセン?……ああ、あの機兵の血管みたいなやつね」
「そう」
昨日の事件が起こった時、彼の腕と頭部は銀糸線で繋がっていた。そして銀糸線の長さは、どれもがギリギリの長さ――つまり、長くても彼の指先から頭頂部までの長さ程しかない。
だから、頭部を残して腕だけがこの部屋から飛び出してしまえば、当然銀糸線はその途中から断線、もしくは接合部から抜けることに成ってしまう。
まぁ、すっぽ抜ける程度ならまだ良かったんだけど、今回は運悪くその時使っていた全部の線が切れてしまったんだ。
「でも確か、予備の分が幾つか在ったわよね」
「在るには在るけど、数が全然足らないんだよ」
「予備は幾つ?」
「二本だけ」
「切れちゃったのは?」
「……十一本」
「あらら……直せないの? ネイ得意なんでしょ、そういうの」
「う~ん、出来ない事はないんだけどぉ……」
――と言う訳で現在、僕らは予備を含めて合計九本も銀糸線が足りない、深刻な“銀糸線不足”に陥っている。
こんな状況じゃあ、どうやったって彼の右腕を動かす事は出来ない。
幸いと言うか、切れてしまった銀糸線を“繋げる”事くらいなら僕にも出来る。断線してしまった部分の“ヨリ”を解いて、互いに“編み合わ”せをすれば良い。
でもそれをすると、どうしたって元の長さより銀糸線が短く成ってしまうし、強度にだって不安が残る。
只でさえギリギリの長さで調整してあるんだ。下手をしたら長さが足らず、弱くて短い使えない銀糸線が出来上がるだけかもしれない。
「じゃあどうするの。片腕は外したまま?」
「ううん、仮に動かないとしても右腕は付けるよ。じゃないと自立や歩行の際、重心のバランスが狂っちゃうからね」
「それじゃあ動かせないままくっ付けるの?」
「いや、どうせなら全部をちゃんと動かせる状態にしておきたいんだ」
「でも、ネイじゃ直せないんでしょ」
「うん、僕じゃ直せない」
「新しいの買うとか?」
「幾ら量が少ないからって素材は“銀”だよ、僕じゃどう頑張っても手が出ないよ」
「じゃ~どうするのよ~」
シーネェの僕を見る目が少し呆れたものに成ってる。うん、まぁ気持ちは分からなくもない。
コッチを立てればアッチが立たず。シーネェの目に映ってる今の僕は、無い物ねだりをして駄々をこねてる子供と大して変わらないだろう。
でもねシーネェ……僕だって、何時までもそんな子供のままじゃないんだよ。
今の発言だって、ちゃんと僕なりに考えが在っての事だなんだから。
「シーネェ、なにも新しい銀糸線を用意する必要はないんだよ」
「……どう言うこと?」
「多少手間と時間は掛かるけど、この断線した銀糸線をいったん熔かして、それを元にまた同じ長さの銀糸線を作れば良いんだよ」
「つまり…作り直すの?」
「そう言うこと」
「でも熔かすってそんなの……あ。それじゃあもしかして」
「うん。言ったでしょ、“僕”じゃ直せないって」
ここまで言えば、流石にシーネェでも気が付いたらしい。
幾らこの作業部屋に機兵関係の道具が溢れていたって、金属を溶かして一から部品を作れる様な設備は流石にない。
でも、そんな事の出来る設備が、この〈マハロ〉の村には一箇所だけ存在する。
そこは一昨日、僕が向かおうとしてた場所。途中川の中で彼を――霊卵石を見付けてしまってから、まだ一度も足を運んでいない場所。
その場所とは――
「分かった! マッヂスさんの所ね」
「当たり」
そう、マッヂスさんの“鍛冶場”なら、銀を熔かすことも新しく銀糸線を作り出すことも出来る。
「そっかそっかぁ~、マッヂスさんの所かぁ~」
「ただなぁ~……」
――と、ここで僕はまたもや頭を悩ませる。
何だろう……最近悩み事が極端に多く成った気がする。この処の数日間なんだか悩んでばっかりだ。
「どうしたの? 難しい顔しちゃって」
「…ちょっと、ね」
「なに? マッヂスさんの所に行きたくないとか?」
「………うん」
「……え?」
僕のその返事を聞いて、シーネェが凄く意外そうな顔をする。うん、これも気持ちは分かる。
「何で? いつもならアンタ、毎回嬉しそうにマッヂスさんの所に行くじゃない」
「いや、別に今回だって嬉しくない訳じゃないよ」
「じゃあどうしてよ」
「……事情がね、在るんだよ」
「“事情”?」
ああ駄目だ。シーネェってば完全に忘れてる……いや、覚えてないだけかな。
せめて自分が言い出した事くらいは覚えておいて貰いたかったけど……しかたないか、シーネェだし。
「……ねぇネイ。今なにか失礼な事考えなかった」
「考えてないよ」
「……なら良いけど……で、一体どんな事情があるのよ」
「シーネェ。一昨日の僕との会話、覚えてる?」
「一昨日……?」
「僕言ったよね。持ち主の居る霊卵石を勝手に使うのはいけない事だって」
「…お、覚えてるわよ。もちろん」
……本当か?
「もしそれがばれたら、警備隊に捕まっちゃうかもしれないんだよ」
「ちょ、ちょっと待って。でもその問題はもう解決したじゃない。今はネイの物だって証明は、この子自身がしてくれるんでしょう?」
『はい、現在私の所有者はネイセン・ルーワン殿です』
「ほら見なさい。それに“きおくそうしつ”……だっけ? それのお陰でネイ以外の主人が居るなんて事、私達以外誰も知らないんだから、問題なんてな~んにも無いわよ」
――なんて、したり顔で胸を張るシーネェ。
自信満々で語る説明には、いつものシーネェにしては珍しく説得力が在った。普段なら、僕だって素直に頷ける位の内容だ。
でも――それでも僕は、自分の中の不安を拭い切る事が出来なかった。
「そりゃね、問題は無いかもしれないよ……“ばれなきゃ”」
「も~、ネイは心配性ねぇ。ばれる訳ないじゃない」
「…そう思う?」
「大丈夫、大丈夫」
「……相手が“マッヂスさん”でも?」
「大じょ――……」
「大丈夫」と言いかけて、シーネェの動きが止まった。
そして初めは楽観的だった表情が、時間が経つにつれて徐々に難しいものに変化していく。
うん、さっきの僕と同じ。あれは悩んでいる顔だ。
「――うぶ……じゃない。かもしれないわね」
「でしょう? だから悩んでたんだよ」
「う~ん…」
『……御二方。少々宜しいでしょうか』
「うん? なに」
そうして今度は二人揃って頭を抱えていると、そんな僕らの様子を見ていた彼が声を掛けてきた。
『そのマッヂスと言う方は、どの様な御方なのですか?』
「ああ、そういえばまだ言ってなかったね」
今迄の作業の合間に色々なことを話してたけど、マッヂスさんについてはまだ話していなかった。
「マッヂスさんは鍛冶師よ。この村唯一の鍛冶屋さん」
『鍛冶師ですか』
「うん。本名はマッヂス・セーレグ。一応僕の師匠…て感じかな」
『マッヂス・セーレグ。ネイセン殿の師匠……ネイセン殿は鍛冶師に成るのですか?』
「いやいや、僕が目指してるのはあくまで技師だよ」
「鍛冶師の技術も技師に役立つからって、ネイはよくマッヂスさんの所にお手伝いに行くのよ……お姉ちゃんを置いてね」
「それは仕方ないでしょ! シーネェは加工場で自分の仕事が在るじゃないか」
「お姉ちゃんはネイと何時も一緒に居たい!」
「お断りします」
「けち」
「けちじゃないよ」
『……成る程』
どうやら納得してくれたらしい――どの部分かは敢えて聞かないけど……。
『それで、そのマッヂス・セーレグ殿に会うのに、何か問題が?』
「えっと、なんと言うかマッヂスさんはね……一言で言うと“凄い人”なんだよ」
『凄い?』
「と言うかぁ、あの人は色々出来ちゃう人なのよ。と同時に、色々知っている人でもあるの」
『……造詣が深い。と』
「ぞーけい…?」
「そうなんだよ。下手をすると、マッヂスさんには君の事情がばれちゃうかもしれないんだ。だから、今はあんまり行きたくないんだよねぇ」
それでも、ハイスから預かった短剣を直さないといけないから、どうやったって近いうちにはマッヂスさんの所に行かなきゃならない。
“僕が直す”って約束しちゃったからね。何時までもこうして行くのを避け続けていたら、ハイスが村に帰って来るまでに短剣の修理が終わらない。
『……その御方は聖紋機、または聖紋機兵の技術にも精通しておられるのですか?』
「え? えっとぉ……どうなのネイ?」
「うええ! ちょ、ちょっとシーネェ!? 幾らなんでもそれ位は判るでしょ!?」
「あ、あら? そうなの? 私、何か間違えた…?」
「はぁ……マッヂスさんも機兵に関する技術は持ってるよ。なんたってマッヂスさんは――」
まったくシーネェってば、まさかこんな大事なことまで忘れてるなんて。コレは流石に予想してなかったよ。
「君の躯体を創った、“製作者の一人”なんだから」
優しいだけが母ちゃんやないんや。
母ちゃんはな、おっかない存在なんや。