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Coat of Stigmachina  作者: 驚愕彩帽
第一章 聖紋機兵
6/10

第二話 《そうして、今の私は始まった》2/3

むぉ!? こ、こんな作品をお気に入りにしてくれた人が二人もおる!

ありがたや~ありがたや~拝んとくべ~。


 “霊卵石エッグストーン”――それは、機兵を動かすためには欠かせない、最も重要な部品パーツの一つだ。

 大人の親指ほどの大きさで、無色透明の球状の中に無数の光の粒を閉じ込めているこの石は、機兵の全身にエネルギーを供給する事、そのエネルギーの出力を調節する事、バランスを取って姿勢を保つ事、手足や身体のあちこちを動かす事等、その全てを制御する――いうなれば、人間の“頭脳”に相当する部分なんだ。

「頭脳…“脳みそ”ってことね」

「うん、そう言う事。正しく機兵の“脳みそ”だね」

 だけど、“頭脳”に当たるこの“霊卵石”と、“身体”に当たる“躯体”の二つ揃った処で、直ぐに機兵が動くように成るかと言えば、残念ながらそうじゃない。

 その前に、ある一つの課題をクリアする必要がある。


「“課題”? そんなの有るんだ」

「えっと、イーベルトレイトの時も有った筈だよ、シーネェ覚えてない?」

「え? イベルの時? う~ん…」

「ほら、これが証拠」

 そう言って、僕は手に持っていた一冊のノートをシーネェに差し出した。

「これって、父さんのノート?」

 それは、我が家にある紙で出来た唯一の本――“イーベルトレイト育成日記”

「その中には、父さんが初めどんなふうにイーベルトレイトと接してきたのかが書いてあるんだ。メモ書きみたいに成ってるからちょっと読み難いけど」

「ふ~ん…」

 渡されたノートをパラパラと軽く捲ってから、直ぐに僕にノートを返すシーネェ。どうも詳しく見てみる気はなさそうだ。

 強制なんてするつもりもないから、僕も直ぐにノートを受け取る。

「“育成日記”ねぇ、つまりネイの言う課題っていうのは――霊卵石の“育成”ってこと?」

 お、流石シーネェ。深く考えるのは苦手なくせに、何故かいつも察しだけは良い。

「そう、霊卵石を“育てる”事なんだよ」


 霊卵石には高度な“思考回路”――つまり“意識”が存在しているという事が、長い間の専門家たちによる研究で証明されてる。

 だけど、幾ら人間に近い意識や思考能力があろうと、何も知らない状態じゃなんの役にも立たない。

 そして、通常拾われたばかりの霊卵石はその殆どが、そういう“何も知らない”状態だ。何故なら人に拾われる前の彼等には、目も耳も口も存在しないからだ。

 何も見えないし、何も聞こえないし、何も喋れない。だから当然、彼等は何も知らない。

 自分達の外側に、知らない世界が広がっている事実を、彼等はそれまで感じる事すら出来ない。


「だから、拾われてから人間に目と耳と口を与えられたばかりの霊卵石は、人間の赤ん坊と殆ど違いがないんだよ」

「フムフム、だから“育成”しないといけないのね、人間の子供と同じように」

「そう言う事」

 そしてその過程で、霊卵石を育てている人は彼等に対し“自分が君の主人マスターだ”と言う事を覚え込ませなきゃならない。

 そうする事で、機兵はその人の言う事――つまりは命令に、ちゃんと従うようになってくれる。

「へー、それだけ聞くと何だか簡単そうね。そんな事でなんでも言う事聞いてくれるなんて」

 ありゃ、説明が悪かったかな?

「いやいやシーネェ、流石に“なんでも”は無理だよ。言ったでしょ、彼等にも“意思”が在るって、それに余りに反する様な内容だったら、幾ら彼等だって聞いちゃくれないよ」

 それに、霊卵石の育成が簡単だと言うのも大きな間違いだ。下手をすると、人間の赤ん坊を育てるよりも困難――いや“難解”と言うべきかもしれない。


 霊卵石は、基本的に物を覚えるという事にとてつもなく優れている。“記憶”するなんてもんじゃない、それはもう“記録”と言っても差し支えない程だ。

 なので基本的な知識や常識、身体の動かし方や喋り方などを覚えるまでの期間は、人間の子供なんかより遥かに早く短い。

 父さんのノートや他の資料なんかを見てみると、霊卵石の育成期間は半年も在れば十分らしい。

 人間の子供の場合だと、まだ寝返りをしたりする段階だから、その成長の速度がどれほど異常かが良く分かる。


「? そんなに早く育成が済むなら、やっぱり簡単なんじゃないの?」

「いや、寧ろ逆なんだよシーネェ。“早く済む”から難しいんだ」

 霊卵石はものを覚えるのは得意だけど、その反面ものを“忘れる”事は苦手だ。

 だからもし、一番肝心な最初の部分で間違った内容や矛盾した事を教えたりすると、霊卵石の“個性”の形成にとんでもない悪影響を与える事に成りかねない。

 教えた事は直ぐに覚えるかもしれないけど、同時に間違えた基礎を修正する事はとっても難しい。

 もの覚えが良すぎるから、人間の子供の様に“少しづつ”教える事ができない。

 そのため機兵の主人マスターは、この時期の霊卵石との接し方に、細心の注意を払う必要がある。


「シーネェも経験ない? 自分の周りの何かがイキナリ変わっちゃって、でも直ぐにはそれを受け入れられない――なんて事」

「…ああ、あるある。夕飯の献立に出る筈だったお魚が、何時まで経っても届かなかったりすると、私もお母さんも流石に戸惑うわねぇ」

「う、う~ん。まぁそんな感じのようなぁ~、違うようなぁ~……ごめんなさい」

 思わずシーネェに頭を下げてしまう僕。

 ――と言うか、あれは正直ハイスに原因が在ると思う。釣りに誘った本人が、真っ先に釣竿放り出して剣の稽古始めるんだもん。そりゃ臆病な川魚なんか皆逃げ出すよ。

 決して僕の釣りの腕前が悪い訳じゃない……と、思う。


「なるほど、つまりイベルもそうやってお父さんに育てられてた訳ね」

「だと思うけど…シーネェ本当に覚えてないの?」

「覚えてないわよ~。だって私がもの心ついた時にはもうイベルは家に居て、普通に私と遊んでいたもの」

 ああそうか、そう言えばイーベルトレイトを父さんが拾ったのは、シーネェが赤ちゃんの頃だったんだっけ。そりゃ覚えてないのも無理ないかな。

 ――もっとも、果たしてアレが“遊び”なんて代物だったのかどうかは、疑問の余地があると思うけど……。


『……少々、宜しいでしょうか』

「わッ!!」

 び、ビックリしたぁ~!!

『…失礼しました』

「い、いやいや、こっちこそゴメン。今迄ずっと黙ってたのにイキナリ話し掛けられたから、ちょっと驚いた……えっと何だろう、何か僕に聞きたい事?」

 いけないいけない、シーネェとの会話に集中しすぎて彼の存在をスッカリ忘れてた。話のメインだって言うのに。

『一つ、お伺いしたいのですが』

「うん?」

 何だろう? 今の説明で何か分からない処でも有ったのかな?

『先程からお二人が仰っている“イベル”とは、一体何なのでしょうか?』

 あ、その事か。てっきり霊卵石についてもっと詳しい説明を聞かれるのかと思った。

「“イベル”って言うのは、今君の乗っている躯体の前の持ち主だよ。正しくは“イーベルトレイト”、昔僕の父さんの……父さんが主人だった“聖紋機兵スティグマキナ”に使われていた霊卵石の名前だよ」

『…この躯体の“前任者”、と言う事ですか』

「うん…まぁそんな感じかな」

 そう、前任者だ……。

 幾ら躯体が当時のイーベルトレイトと同じ物でも、その中身が違えば、それはもう全く別の機兵だ。

 見た目が同じでも、彼はイベルじゃない――父さんの聖紋機兵とは、違うんだ……。


「他に質問は? 何か有る?」

『……いいえ』

「そう、それじゃあ一通りの説明は済んだけど、シーネェは? 何か解らない事ない?」

「……ねえネイ」

 椅子に座ってるシーネェが小さく手を上げた。

「ん? 質問?」

「うん。あ、霊卵石については大体分かったわよ。質問はそれ以外の事なんだけど…」

 あれで“大体”なのか、もっと詳しい説明をしたら、いったいシーネェの頭の中はどう成ってしまうんだろうか……。


「それ以外の質問って?」

「あのね…アンタ今朝、川の中でその子のこと見付けたのよね?」

 シーネェが、霊卵石の納まってる機兵の頭部を指差す。

「うん、そうだよ」

「それで、その霊卵石って言うのは、最初は人間の赤ちゃんみたいな状態なのよね? 少なくとも半年位の間は」

「うん」

 なんだ、随分と大雑把な説明だったから不安だったけど、どうやらシーネェはちゃんと理解してくれたらしい。

 まぁその辺りの事を知っておいてくれれば、今の処は問題ない。

「それじゃあ、ど~してその子喋れてるの?」

「……そこなんだよねぇ~」

 吐き出すようにそう呟いた僕は、再び頭を抱えて近くの椅子に座り込んだ。

「正にそれが、今の僕の一番の悩みの種なんだよ…」

 これまでの説明で、流石のシーネェも現時点の問題点に気が付いたらしい。


 さっきも言ったように、最初の頃――拾われたばかりの霊卵石は、基本人間の赤ん坊と大差なんてなく、生まれたばかりの状態だと言って良い。

 それでも今僕らの目の前に居る霊卵石かれは、実際にこうして何の問題もなく、僕たちと同じ言葉で会話を交わしている。

 それはつまり、彼には以前“言葉を教えてくれる主人が居た”ということを示している。

「生まれたばかりの赤ん坊が、誰にも教わらずに言葉を話すことなんて有り得ないからね」

「言われてみれば確かにそうよね。でも良かったんじゃないの? それならわざわざネイがこの子に言葉を教える必要が無くなったじゃない」

「いや、そう言う問題じゃないんだよシーネェ。言葉を教えた主人が居るって言う事は、彼の所有権はその主人に有る。って事なんだ」


 霊卵石を見つけた際、その所有権は見つけた土地の所有者と言うことに成っているけど、その証明はとても難しい。

 下手をすると、複数の人間が一つの霊卵石の所有権を主張する。なんてことにも成りかねない。

 そこで、一つの証明法として確立されたのが、霊卵石その物に自分の所有者――主人を証言させる。と言うものだ。

 これなら証言が食い違う心配も無い。なんと言っても本人自らが直接自分の所有者を証明するのだから。


 因みに――聖紋機兵は教えられたこと以外では“絶対”に嘘を吐かない。

 もし聖紋機兵が事実と異なった情報を相手に開示した場合、元から与えられた情報に誤りがあるか、もしくは、そう言う様に主人に指示されているかのどちらかしかない。

 もっとも後者の場合、よっぽど入念に指示をしておかなれば、あっと言う間にそれが嘘であると言う事がばれてしまう。

 なので、もしその機兵の主人が聞かれては困るような情報がある場合には、“嘘”ではなく“沈黙”を指示するのが一般的だ。

 ――人の口には戸が立てられなくても、機兵の口には立てられる。


「え、じゃあネイはこれからこの子をどうするの?」

「どうするも何も…そりゃ出来るなら元の持ち主の所に返すさ」

 彼に所有権が居ると判った以上、このまま彼を僕の物として扱えば、それはもう立派な犯罪行為だ。

 とっても……本当にとっても残念だけど、捕まって牢屋に入りたくなければ、そうする以外に道はない。

 全く持って、本当にとっても残念だけど…………ザンネンだけどさぁ!


「持ち主に返すって、どうやって?」

「うう…取り合えず聞ける事は全部聞いて、それを纏めてから村の警備隊の人にでも引き渡すよ。こればかりは僕一人の力じゃどうしようも無いからね」

 少なくともこの〈マハロ〉の村には、僕の家以外で機兵を持っている家はないし、最近になって機兵と一緒にこの村にやって来た様な人も居ない。

 となると彼の持ち主は、“広くてこの村の外側”“狭くてこの国の内側”くらいには居るだろう。

 ……いや、川から見付けた事も考慮すれば、恐らくは川の上流の方だろうけど、それでも流石に捜索範囲が広すぎる。僕一人で彼の主人を探し出すことなんか、出来なくはないが不可能に近い。

 落し物は、村の警備隊に届けることにしよう。


 ――ただ。


 ただ僕には一つだけ、彼に対して気に成ることが有った。

「気に成る事?」

「うん、彼の“名前”の事なんだけど」

 霊卵石を育てる際、自分の事を主人だと教え込む事は重要だけど、それと同じ位重要なのが、その霊卵石に“名前”を付ける事だ。

 名前なんて、その固体を識別するための呼称でしかない――なんて事も言われているけど、逆に言えば名前って言うのは、個を確立する上でとても有効な手段だとも言える。

「だから、彼がまともな教育を受けているなら当然名前も付けられてると思ってたんだけど…まさか“名無し”なんて答えが返って来るなんて…」

 正直、考えてもみなかった――と言うか、どう考えても有り得ない。

 此処までちゃんと会話が出来るよう育てられているのに、そんな機兵に対して名前を付けない主人が居るなんて……。

 今まで教会で読んできた書物や、父さんの残した資料の中にも、そんな事例は一つも無かった。

 ――まぁ、世界は広いし、僕の知らない事なんかまだまだいっぱい有るから、そう言う事も決して無い訳じゃ無いのかもしれないけど、それにしたって……。


「忘れちゃったんじゃない? 自分の名前」

「ええぇ~…」

 シーネェの何とも軽い台詞を聞いて一気に身体の力が抜けた僕。危うくその場に崩れ落ちそうに成った。

 やっぱりさっきの説明じゃあ、シーネェには理解できなかったのかな……。

「もう、さっきも言ったでしょシーネェ。霊卵石は記憶力がとっても優れてるんだって。一度覚えた事はまず忘れないし、それが自分の名前とも成れば尚更――」


 ――いや……まてよ?


 話の途中で唐突に黙り、椅子から立ち上がった僕は、顎に手を当てたままテーブルの周りをグルグルと回り始める。

「ネイ?」

「……シーネェの言う通りかも」

「え?」

 “自分の名前を忘れる”――本来なら機兵には有り得ない筈のそんな現象を招く要因に、僕には一つだけ心当たりが有った。

「ねえ君」

『はい』

 今はまだ、動く事の出来ない大きな鎧の頭部に向けて話し掛ける。

「これから僕が幾つか質問するから、分かる事だけ答えてくれるかな。分からなかったら分からないって言ってくれれば良いから」

『分かりました』

 心当たりは有っても、とにかく確認してみなきゃ始まらない。


「じゃあ聞くよ。今僕らが話してるのは何語?」

『〈言語〉〈発音〉〈単語〉〈文法〉より――該当言語一。〈タルスワ語〉です』

「う、うん正解」

「何だか変わった答え方するわね」

 確かに、シーネェの言うように変わった答え方だ。

 僕も実物の機兵をそんなに沢山知っている訳じゃないけど、少なくても父さんのイーベルトレイトはこんな喋り方はしなかった。

「えと、じゃあ今居るこの国の名前は?」

『〈国家〉〈タルスワ語〉より――該当国一。〈アーデラーズ王国〉です』

 ああ成る程。関連する情報に結び付けて答えを出してるのか。

 考えてみれば当然か、僕が川で彼を拾うまでは何も見えないし何も聞こえない状態だったんだ。

 自分の知らない間に知らない場所に連れて来られたら、ここが何処かなんて分かる筈ない。

 ――あれ? もしかして……いや、もしかしなくても彼、凄く頭が良いんじゃないか!?

「君が喋れるように成ったのは何時ごろ?」

『〈自己経歴〉〈習得履歴〉より――該当経歴なし。分かりません』

 おっと、ここで“分からない”か。


「この国のお金の単位は?」

『〈アーデラーズ王国〉〈主流通貨〉より――該当単位一。〈ルセン〉です』

「機兵として体を動かした経験は?」

『〈自己経歴〉〈動作履歴〉より――該当経歴なし。分かりません』

「日が昇るのは西? それとも東?」

『〈天体〉〈太陽〉より――該当方位一。〈東〉です』

「君に話し方を教えてくれたのは誰?」

『〈自己経歴〉〈習得履歴〉より――該当者なし。分かりません』

 あれ……?

「……ここに来る前何処に居たが判る?」

『〈自己経歴〉〈位置履歴〉より――該当箇所なし。分かりません』

「そもそも、何で川の中に居たのかは?」

『〈自己経歴〉〈行動履歴〉より――該当経歴なし。分かりません』

「……ねぇ、もしかして……自分の主人マスターの名前まで忘れてるなんて事、無いよね?」

 恐る恐る聞いてみる。

『〈自己経歴〉〈所有者登録〉より――該当登録者は〈ネイセン・ルーワン〉です』

「い、いやいや違うよ! 僕の前、君の“元”の主人の事だよ!」

『現在の登録者はネイセン殿のみ。それ以前の登録者は、記録に在りません』

「ほ…本当に?」

『はい』

「はぁ~~…」

 一通りの質問をした後、僕は息を吐いて近くの椅子に腰かけた。

 色々聞いてみたけど、これはもう疑う余地がない。彼は――


 “記憶を失っている”


「えっと…つまり、どう言うこと…?」

 そうシーネェが聞いてくるけど、一体なんて答えたら良いのやら……。

「…シーネェの言った通りだよ。彼、どうやら本当に記憶が無いみたいだ」

「な~んだ。やっぱりそうなんじゃない」

「…でもねシーネェ。普通自分の名前なんて忘れる?」

「そりゃ~……忘れないわね」

「自分の親の名前や生まれた場所のことも、やっぱり忘れないよね?」

「もちろんよ。父さんや母さんの事もこの村のことも、私は一生忘れないわよ。当然ネイのこともね」

「…ありがとシーネェ」

 そう、普通なら忘れない。

 自分の名前や親の事――機兵の場合なら主人の事、自分の創られた場所やその経緯。そんなの、霊卵石じゃなくったって普通は忘れることなんか無い。

 でも、今僕が彼に質問した限りじゃ、彼は間違いなく記憶の一部を失っている。主に――“自分自身”の事を。


「? 自分のことだけ忘れてるの?」

「今の質問。取り合えず普通なら知っていそうなことを中心に聞いたんだけど、その中の彼自身についての内容だけ、ちゃんと答えが返って来なかったんだ」

「そう…だっけ?」

 この国の一般的な常識には答えていたけど、自分についての質問には全く答えられなかった。

 もしかしたら、他にもまだ忘れていることや本当に知らない事、逆に覚えている事も有るかもしれないけど、今の処判明した事実はそれだけだ。

 本来なら忘れる筈の無い記憶を忘れる――前に本で読んだ事が有るけど、もしかしたらこれは……。


『私は“記憶喪失”なのでしょうか?』

「え……?」

 不意に、彼が僕に話しかけてきた。

「君、知ってるの?」

『はい、記録に有ります』

「そっか、君いろんなことを教わったんだね」

 どうやら、彼も僕と同じ結論に辿り着いたらしい。

 彼の主人か教育係は、随分と熱心に彼を育成したんだろう。でなきゃ、機兵技術には殆ど関係のない人間の医学知識なんて、まず教える事なんかない筈だ。

 ――本当に、何でそんな大切に育てられた霊卵石が、あんな川の底に在ったんだろうか……。


「“きおくそうしつ”?」

 普段聞きなれない単語を、シーネェが首を傾げながら聞いてくる。

 まぁ、流石にシーネェは知らないだろう。

「記憶喪失って言うのは、普通ならまず忘れないようなことを突然忘れてしまう病気みたいな物。かな? 症状として分かりやすいのは、さっき言ったみたいに“自分の名前を忘れる”なんて言うのも在れば、“自分の居る場所が分からなくなる”なんて言うのも在るんだ」

 更に、この病気の症状は記憶の“喪失”――つまり忘れた事を思い出せなくなる。

 ただの“ど忘れ”程度なら大して問題は無いけど、こうなると日常生活にだって支障をきたす場合もある。

 しかも、この病気の恐ろしい処は発症する条件が未だに解っていない処だ。

 本で読んだ限りだと、頭に強い衝撃を与える事が症状を引き起こす有力候補らしいけど……その“強い衝撃”で気を失ったりすれば、当然その間の記憶なんか残る筈がない。――いったい、どんな確認の仕方したんだ?


「へぇ~…?」

「……」

 明らかに適当な相槌を打っているシーネェ。間違いなく分かってない。

 まぁ、この辺りの説明は詳しくすると時間が掛かるし、これ以上続ければシーネェの脳が思考停止に陥る。適当な処で切り上げておこう。

「でも、その“きおくそーしつ”? そんな病気お姉ちゃん聞いたことないけど」

「ん、まぁ余り有名じゃないしね。でも大戦中や大戦後暫くは、そんな人達が結構沢山居たらしいよ」

「ふ~ん…つまりネイは、この子がその“きおくそーしつ”だと思ってる訳ね?」

「う~ん、ちょ~っと違うかなぁ…」

 確かに、彼の今の現状は記憶喪失に症状が良く似てる。でも僕には、これがただの記憶喪失とは思えなかった。

『記憶喪失。ではないのですか?』

「あくまでも僕の考えなんだけど――」

 と、これから僕の推論を発表しようと思ったその矢先に――

「ねえネイ…」

 何故かシーネェが割り込んできた。


「ん? なにシーネェ?」

「ゴメン。お姉ちゃんそろそろ限界。頭破裂しそう」

 何て事を、普段なら絶対見せない様な疲れ切った顔付きで言ってきた。どうやら本当に限界らしい。

 これ以上難しい話を続けたら、知恵熱出してぶっ倒れるかもしれない――なんて顔をしている。

 お、思ったより深刻そうだ。そんなに難しかったかな……?

「わ、分かったよ。じゃあホントに手短に要点だけ言うから」

「うん、お願い…」

「で、でもそう難しい話でもないよ。川で拾った時には興奮して気が付かなかったんだけど、実は彼の霊卵石は、その時点で少し“欠けて”たんだよ」

『“欠けて”いた』

「うん、と言ってもほんの少し、小指の先くらいだったけどね。これ位」

 そう言いながら、僕は親指と人差し指の間に、丁度小指が挟めるくらいの隙間を作って見せる。

「…それって痛くないの?」

「え? いや~どうだろうなぁ~…? 痛いの?」

 霊卵石が欠けるなんて今迄聞いた事がないから分からないけど、少なくとも機兵が人みたいに痛みを感じたなんて話は知らない――どうなんだろう?

『現状、意識レベルには特に問題有りません』

 ――だ、そうだ。

 分かり辛いけど、問題がないなら痛くもないんだろう。記憶が無いって言う問題は未だに有るけど。


「最初に言ったように、霊卵石って言うのは機兵の“頭脳”に当たるんだよ。だから君の記憶が無いのは、その欠けた部分に問題が有るからじゃないのかな」

『つまり、その欠けた部分に私の失った記憶が有る、と?』

 ……凄いな。やっぱり相当頭が良いみたいだ。さっきから明らかに自分で考えて発言してる。

「うん。だから僕が思うに、正しくは記憶の“喪失”じゃなくて、記憶の“欠損”かもしれない」

『…成る程』

「お姉ちゃんも、良く分かんないけど分かったわ」

 それはどっちシーネェ。

「要は、この子は自分の事を忘れちゃった迷子ってことでしょ?」

「う、うん。大まかに言えばまぁそんな感じ…」

 ま、まぁあれだけ長く説明して、その事が分かるだけまだましな方かな。シーネェにしてみれば……。


「ンクンク…」

 漸く話が一区切り着いて、シーネェが手元にあるコップの水を飲み干す。

 僕も飲もう、流石に少し喋り疲れた。

「ふぅ~…ねぇネイ」

「なにシーネェ?」

 あ、コップが空だ……。

 水筒を振ると、まだチャプチャプと音がする。良かった。無かったら外の井戸までわざわざ水を汲みに行かなきゃ成らなかった。

「アンタさっき言ってたわよね、この子を警備隊に持って行くって」

「あ~うん、それは残念だけど仕方ないよ」

 なんせ彼をこのまま家に置いておいて、もしそれが警備隊に知られたら大事だ。今の霊卵石はただでさえ高額で、他人の物を勝手に持っていたら泥棒と思われても仕方が無い。

 そうなる前に申し出て、早めに保護して貰うに限る。

 ――本当に、残念だけど……。

「それでお姉ちゃん思ったんだけどぉ」

「うん」

 水筒の水をコップに移すと、丁度そこで水筒が空になった。結構喋って喉が渇いてるので、早速コップに口を着ける。

「このままアンタが主人マスターに成っても良いんじゃない?」


 ブーーーッッ!!


 シーネェのその台詞に、僕はせっかく含んだ水を盛大に壁にぶちまけてしまった。

「ゴホゴホッ! オッホ! ゴホッ!」

『ネイセン殿!』

「ちょっ! 大丈夫ネイ!?」

 慌てて僕の背中を擦ってくれるシーネェ。

「だ、大丈ッ、ッゴホ!」

 大丈夫と言おうとしたけど、咽たまま喋っても言葉になんかならなかった。


 うお~、鼻からも大量の水が~~!

こんな亀更新の作品に付き合って頂き、真にありがとうごぜーますだ。

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