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Coat of Stigmachina  作者: 驚愕彩帽
第一章 聖紋機兵
5/10

第二話 《そうして、今の私は始まった》1/3

今回は説明回になりますた。


 ◆◆◆


 そこは、何も見えず、何も聞こえず、何も無い場所だった。

 暗いとは思わない。

 静かだとも思わない。

 その静寂と闇の中こそが、私の世界の全てだった。

 只――孤独だった。


 ……ふと、不思議に思った。


 誰も居ないその場所で、何故私は、空虚な“孤独”を感じていたのか。

 誰も居ないこの場所で、何故私は、“他者”の存在を知っていたのか。

 誰も居ないあの場所で、何故私は、自分が“一人”だと気付いたのか。


 正確には解らない。

 だが何時の頃からか、私はそんな事ばかりを考える様に成っていた。

 やがてその“問い”は、幾千万の自問の末、“解”を求めるための“問い”ではなく、ただ“問う”ためだけの“問い”へと成り果てていった。


 ……何故……何故……何故……何故……


 長い時間、解の無い問いに囚われ、いつしか自分自身がその問に塗り潰され、己の存在をも手放しそうに成った頃――

 何とも唐突に、私の視界は白い光に満たされた。

 今まで闇の中に居た私には、その光は些か暴力に過ぎたが、意識が少しずつ光に慣れるにしたがって、その光は三つの色に分かれると、ゆっくりと互いの身を紡ぎ合い重なり合い、私の視界の内に明確な像を結び始めた。

 そして、今まで何も無かった筈の私の世界に――朱に彩られた巨大な瞳が現れた。


「う~ん…これで良い筈なんだけど…」

 闇と共に静寂すらも祓われたのか、目前の巨大な瞳からその様な台詞が放たれると、瞳は数度の瞬きを繰り返した後、私の傍から離れて行った。

 瞳との距離が開いて気が付いたが、どうやら先程まで私が見ていた代物は“巨大な瞳”などではなく、ただ単に私の視界を覗き見る様に近付いていた、一人の人間の片瞳だと言う事が解った。

「えっとぉ…うん、配線はこれで良し。聖紋へのアストラル供給も問題無いから…これで見聞きだけなら出来てる筈」

 そう言って、手元の大きな図面に目を向けたその人間は、随分と歳若く小柄な姿をしていた――つまりは子供であった。

 少なくとも一般的な成人の容姿とは、とても結びつかない。


「おーい、見えてるー?」

 手袋のはまった手を振り――恐らくは私にだろう――視界の有無を確認してくる子供。

 初めの頃はただ強烈なだけだった光の刺激も今は無く、現在の視界は何ら問題なくその子やその周囲の様子を視認する事が出来ていた。

『……』

 ――だが、その旨をその子に伝え様とするも、私は上手く己の声を発する事が出来なかった。

「…と言っても、今はまだ答えられないよね」

 発声機関は……問題ない、存在している。配線も……繋がっている様だ。

 どうやら現状、外部からの情報を得る事は出来ても、内部からの情報を発信するには、まだ多少の時間が必要らしい。

 私は言葉を発する事を諦めると、今は先ず発声機関の調整に注力する事にした。


「問題はココからなんだよねぇ…あれ? どこ置いたっけ?」

 何かを呟きながら、その子は室内の一角に有る棚の物色を始める。

 発声機関の調整を進めながら、他にする事の無い私は、その子の様子をただ黙って観察する。

「コッチだったかなぁ?」

 その子は、足場と成る台を引き摺っては昇り、降りては引き摺りを繰り返し、何度も位置を変え棚の上段を覗き込んでいる。

 小柄な体躯に中性的な顔立ちと声色。身に着けた作業着は油に塗れており、随分と使い古されているのか、所々で継ぎ接ぎばかりが目立つ。

 そして何故か、赤の濃い栗色の頭髪は濡れており、本来ならば柔らかく揺らぐであろうその子の髪は、力無く頭皮に張り付いていた。

「有った! コレコレこれだよ~、父さんの“イーベルトレイト育成日記”!」

 漸く目的の物を見付ける事が出来たのか、その子は一冊の小さなノートを手に、床の上に降り立った。

「えっと何々~…」

 早速近くの椅子に腰を下ろし、ノートの内容を読み始める。


「……」

 その子がノートを読んでいる間、そのまま暫くは静寂が続いた。

 ――いや、先程まで私の居た世界に比べれば、その瞬間はとても“静寂”などと呼べる代物ではなかった。

 サラサラと風が木葉を揺らす音。木々の間を飛び交う小鳥の羽音や囀り。ノートの頁がめくられる音。

 窓から室内に差し込む日差しすら、私にはサンサンと音を立てているかの様に感じられる。

 とても“静寂”とは言えない、“雑音”に満ちた世界。

 だがその時の私は、不思議と先程まで居た本当の“静寂”の中よりも、今聞こえてくる“雑音”の方に、深い安らぎと何とも言えない心地良さを覚えていた。


 ……何故だろうか。


 暗闇は光に祓われ、世界は極彩色に染まり形を成した。

 静寂は音に払われ、世界は多種多様な雑音に満ちた。

 闇と静寂のみのだった私の世界は無数の境界で隔たれ、世界は細分化され、膨大にして複雑な情報と言う形に分割された。

 なのに何故、私はその大量の情報に翻弄されず、寧ろその世界の中に在ってこんなにも安らぎを感じているのか?

 何故、こんなにもこの世界を――


 “美しい”と、感じているのか。


「…成る程ね。最初はとにかく話しかけて反応を見るしかないのかぁ」

 私がそんな思考に耽っていると、いつの間にかノートの内容を読み終えたらしいその子は、再び私の傍に近付いて来た。

「よし、それじゃあ……何て話しかければ良いんだろう?」

 すると、今度は顎に手を当て何かを考え始める。

 何を始めようとしているのかは分からないが、別段焦る必要の無い私は、その子の行動をただ黙って見詰めていた。

「……やっぱり自己紹介が先だよね。よし、それじゃあ改めて…オホン」

 咳払いを一つした後――

「こんにちは、僕の名前はネイセン・ルーワンです。今日から君のマスターに成ります。宜しくお願いします」

 その子はそう私に挨拶をすると、丁寧に頭を下げてきた。

 ――本来、之から主に成ろうとする者が、その相手に向けて頭を下げるなど、正直褒められた行為ではないのだが、それがこのネイセン・ルーワンという子の誠意である事は、十二分に伝わってきた。

 若輩故の無知であるのなら、その誠意に好感を抱かずにいるのは難しい。


 ――丁度良い。


 発声機関の調整も漸く済んだ処だ。テストも兼ね、此方も挨拶を返させてもらおう。

『此方こそ、宜しくお願い致します。ネイセン・ルーワン殿』

「…………へ?」

 備え付けられていた発声機関を利用し、私がそう声を発すると、何故かネイセン・ルーワンと名乗ったその子は目を見開き、その表情を固めたまま私を凝視してきた。

「え…あれ…何、で?」

 途切れがちに呟やかれる言葉。

 どうも何かに驚いているらしいが……何か驚かせる様な事を言っただろうか?

 私は普通に挨拶を返しただけだ。それとも、発声機関の調整がまだ上手く出来ておらず、発言に何かおかしな処が有ったのだろうか?

 単語と文法は、これで間違えてはいない筈なのだが……。


『申し訳ありません。どうやら、発声機関の聖紋調整がまだ上手くいっていない様です。此方の言葉は通じているでしょうか?』

「え? う、うん、大丈夫、通じてるけど…」

 どうやら、発声機関と使用言語には問題は無いらしい。言葉での情報交換は他者との意思疎通の要だ、疎かにする訳にはいかない。

『そうですか、良かった。何かおかしな箇所が有ればご指摘下さい。随時修正しますので』

「わ、分かった……って! いやそうじゃなくて!」

 言語の伝達には問題は無かったらしいが、ネイセン・ルーワン殿にはまだ何か納得の行かない所が在るらしい。

「な、何で君もう“喋れる”のさ!?」

『ム?』

 何故、私が“喋れる”のか……?

 それは少々おかしな物言いだ。ルーワン殿のその問いは、まるで私が言葉を発している現状が、“異常”であると言っている様なものである。

 果たして、言葉を喋る事の何が異常であるのか?

 言葉と言うものは、喋れて不都合な事など無い。この国の言語など、私はずっと以前から使用して……。


 ――“以前”?


 “以前”とは――果たして“何時”の事だったのだろうか?

 私は、“何時”からこの言語を使用し、“何時”この国の言語を習得したのだろうか?

 ……何だ? 何かがおかしい。

 いや、そもそも……そもそもの話、“以前”などと言う“過去”の疑問よりも、“現在”の私は……“私”はいったい……。

『“何なのだ”……?』

「え?」


 バターンッ!!


「うわっ!!」

 突然、奥にある扉が勢い良く開け放たれると、その向こう側から片腕にカゴを、もう片方の腕には短剣を持った一人の女性が、息を切らせて立っていた。

「ネイッ!?」

 そしてネイセン・ルーワン殿の姿を確認すると、盛大な靴音を鳴らしながら接近し――

「ちょっ! シーネェどうしたの!? そんなに慌ンムゥ――!?」

 ルーワン殿を、その両腕に抱き締めた。

「バカ! バカネイッ! お姉ちゃん心配したんだから!!」

「ムー!? ムムゥーー!」

「アンタにお弁当渡すの忘れちゃって、どうせなら一緒にお昼食べようと思ってマッヂスさんの所に行って、そしたらネイはまだ来てないって言うし!」

「ンムン! ンムーンムーー!!」

「おかしいと思って来た道戻ると、川縁にアンタがハイス君から預かった剣が置きっぱなしに成ってたし!」

「ンムー! ンムゥー! ム゛ーーー!!」

「お姉ちゃん、てっきりネイが川で溺れちゃったのかと思ったんだからーーー!!」

「……」

 そう言って、力強くネイセン・ルーワン殿を掻き抱くその女性の目には、うっすらと涙が滲んでいる。

 台詞の内容から察するに、この女性はネイセン・ルーワン殿の姉上なのだろう。詳しい事情までは解らないが、どうやら随分とネイセン・ルーワン殿を心配していたらしい。


 ……それはそうと。


『失礼、ネイセン・ルーワン殿の姉上とお見受け致しますが』

「グス……? 誰か居るの?」

 その女性は、声の主が私とは気が付かず、辺りに視線をさ迷わせている。無論、未だその胸にネイセン・ルーワン殿を抱き締めたまま。

『此方です。今貴女の目の前にいます』

 そう言うと、私の存在に気が付いた彼女は、漸くその視線を私に定めた。

「もしかして…イベル?」

 ――“イベル”?

「アナタ、また喋れる様になったの?」

『…いえ、私は“イベル”ではありません』

「あら、そうなの?」

『はい…ところで、貴女はネイセン・ルーワン殿の姉上でしょうか?』

「え? ええそうよ。私はこの子のお姉ちゃんよ」

『そうですか。実は、そのネイセン・ルーワン殿についてなのですが…』

「この子? この子がどうしたの?」

『…そろそろ、お放しに成られた方が宜しいかと』

「え?」

 私にそう指摘され、自らの腕の中にいるネイセン・ルーワン殿を見下ろす姉上。其処には――

「……」

 両手両足をダラリと垂らし、全身から力の抜け落ちたネイセン・ルーワン殿の姿が在った。

 ――恐らく、意識は既に無いだろう。

「き、きゃーー!? ネイしっかりーー!!」

 胴体ごと両腕を拘束され、抱える様に両足を地面から離されては、抵抗らしい抵抗など出来る筈も無い。

 顔に押し付けられた姉上の豊満な乳房は、確実にネイセン・ルーワン殿の抗議と呼吸を封じ込めた。

「いったい誰!? 私のネイにこんな酷い事をしたのは!」

『……』


 ――数分後。


 一時気を失っていたネイセン・ルーワン殿は、その後無事に意識を取り戻した。

「あー……死ぬかと思った…」

「ごめんね、ネイ…」

「良いよもう、勝手に一人で家に帰っちゃった僕も悪かったし。君もありがとね、シーネェを止めてくれて」

『…いえ』

 律儀にも私に感謝を述べるネイセン・ルーワン殿。

 今しがた生命活動を停止しかけた割に、対応が随分とアッサリしている様に思えるのは、私の気のせいだろうか?


「でも、まさかハイスに預かった剣を置いてきちゃうなんて…濡らさない様に岸に置いておいたのが失敗だったか」

 そう言って、テーブルの上に置いて在る短剣に手を置くネイセン・ルーワン殿。

 先程、姉上が室内に入って来た時に持っていた物だ。

 良く見ると、握り手の部分に大きなひびが入っている。大分使い込まれているのだろう。

「あの時点で此処に帰ってくる事しか考えてなかったからなぁ、ありがとうシーネェ、わざわざ持ってきてくれて」

「で、でしょう? お姉ちゃんってば気が利くんだから!」

 何とも誇らしげに胸を張る姉上。

「…でも、ちゃんと反省もすること」

「………はい」

 何とも申し訳なさそうに俯く姉上。

 どうも、感情のふり幅が大きいお方の様だ。


「さて、と…ちょっと予想外の事態に成っちゃったけど、改めて自己紹介しようかな。初めまして、僕の名前はネイセン・ルーワン。そしてこっちが僕の姉さんで――」

「……シールー・ルーワンです。ネイのお姉ちゃんしてます」

「もう、何時までもしょげてないでよシーネェ」

 隣に立ち、俯いている姉上を励ますネイセン・ルーワン殿。そんな様子から、二人の仲の良さが伺える。

『お二人とも、ルーワンが性なのですか?』

「え? ああうん、そうだよ。ネイセンとシールーが名前」

 ――成る程。

 つまり先程から二人が呼び合っている“ネイ”と“シーネェ”とは、彼等の呼称――愛称の類なのだろう。

『宜しくお願い致します。ネイセン・ルーワン殿。シールー・ルーワン殿』

「ああ、僕の事はネイセンで良いよ」

「…私も、シールーで良いわ」

『了解しました。ネイセン殿。シールー殿』


 ◇◇◇


 よし、これで取り合えず僕とシーネェの紹介は済んだ。なので次は――

「えっと、それじゃあ次は君の事を教えて貰えるかな?」

『私の事…ですか?』

「うん」

『私の何をお教えすれば宜しいですか?』

「え? そうだなぁ…」

 そうか、失敗した。

 今僕の目の前に立っているこの“鋼の鎧”は、形こそ人の姿をしているけれど、その中身は人なんかじゃない。

 「君の事を教えて」なんてアヤフヤな内容なんかじゃなく、ちゃんと“彼”の“何”を教えて貰いたいのかを言わないと、正しい会話にならない。


 それじゃあ先ずは――

「やっぱり初めは名前かな。お互い初対面なんだし」

 うん、やっぱり会話の始まりは、お互い相手の名前を知る処からだと思う。

『名前…ですか』

「うん、有るでしょ? 君にも立派な名前が」

『……』

 ……あ、あれ?

 何だろう、急に会話が途切れた。

 僕もシーネェも彼からの台詞を待っているから何も喋らないけど、何時まで待っても彼の側から返事が返ってこない。

 ただ名前を聞いただけだから、すんなりと答えてくれると思ったんだけど……。

『……』

「…あの~」

 その沈黙に耐え切れなく成った僕が、どうかしたのかと彼に尋ねてみようとした処で――

『――該当なし。真に申し訳在りませんが、どうやらその問いに対する回答を、私は持ち合わせていない様です』

 彼は、僕たちにそう告げた。


「“回答を持ち合わせていない”って、つまり君……名前が無いってこと!?」

『その様です』

「そんな! 在り得ないよ!」

 まさか、そんな答が返って来るなんて思ってもみなかった。

 でも彼等“霊卵石エッグストーン”が、僕たち人間に対してウソを吐くなんてことは考えにくい。

 だとしたら彼は、本当に名前が無いんだろうか?

「……それこそ在り得ないよ。ここまでちゃんと会話が出来てるのに名前を付けられてないなんて、そんな話聞いた事無い…」

 訳が分からなかった。

 予想外の事態が幾つも重なって、段々と頭の中がこんがらがって来た。いったい何処から手を着たら良いのやら……。


「うぅ~~ん…」

「……ねえ、ネイ」

「ん?」 

 両腕を組み、眉間に皺を寄せながら唸っている僕に、シーネェが声を掛けてきた。

「なにシーネェ? 何か、気に成る事でも有った?」

「考え中の処悪いんだけど~、そろそろお昼にしない」

「へ?」


 ――カラーン――カラーン


「あ…」

 正午を知らせる鐘の音が、村外れに在る丘の上から響いて来る。

『…あれは?』

「この村の教会の鐘の音よ。一日三回、朝昼夕に鳴らされるの。そして今鳴ってるのはお昼の鐘、つまり――“お昼ご飯”の鐘の音よ」

『成る程…教会ですか』

「それじゃあネイ、井戸で手洗ってきなさい」

 そう言うや否や、テーブルの上に置いて有る図面やら道具やらをテキパキと片付けたシーネェは、持って来たお弁当をテーブルの上に広げ始めた。

「わっ! 駄目だよシーネェ! 父さんの図面そんなふうに乱暴にしたら!」

「大丈夫よ、コレが大事な物だって事は私も知ってるし。それより早く手洗ってきなさい」

「で、でも~…」

 まだ考えなきゃいけない事、やらなきゃいけない事が山ほど有るんだけど……。

「い・い・か・ら。どうせ疲れてたりお腹減ってたりしたら頭なんて回んないんだから。一旦休憩、お昼ご飯タイムです!」

「むぅ……分かった」

 確かにシーネェの言う事にも一理ある。ここは大人しく従っておいた方が無難だろう。


 裏の井戸で手を洗ってから、シーネェと二人でお昼ご飯にする。

 作業場の中は正直油臭いけど、僕もシーネェも其れこそ赤ん坊の頃から嗅ぎ慣れた匂いだ。なので、ここでご飯を食べても何も問題は無い。

 ……ウチの母さんは少し苦手だけどね。

「……ところでネイ」

 さっき戸棚の中で見つけた父さんの、“イーベルトレイト育成日記”を読みながらお弁当を食べていると、シーネェが僕に話しかけてきた。

「んむ? んぐんぐ……なに、シーネェ?」

 口の中に入っていた分を飲み込んで応える。

「結局アンタ、何で家に帰ってきたの? マッヂスさんの所に行くんじゃなかった?」

「あ~、そう言えばまだ話してなかったね」

 シーネェに、母さん達と別れた後のことを掻い摘んで説明した。


「え!? じゃあアンタ川で泳いだの!!」

「うん」

「「うん」じゃないわよ! だからさっき髪の毛濡れてたのね…大丈夫なの? カゼひいてない? そもそもあの川、ついこの前まで水かさが増してて危なかったのに」

 言われて見れば、確かにニ~三日前まではあの川は濁ってて流れも急だった。

 多分、上流の方で大量の雨でも降ったんだろうけど……もしかしたらあの霊卵石は、その濁流に乗って此処まで流されてきたのかもしれない。

「平気だよ。もう流れも落ち着いてて水も澄んでたし、服も直ぐに作業着に着替えたしね」

 まぁ、別に濡れてたから着替えた訳じゃなくて、早く作業に取り掛かりたかったから着替えただけなんだけど……。

「それに今日は暖かいし、髪の毛ももうかわいちゃったよ」

 それを証明するように、自分の髪を掴んで持ち上げてみる。

 うん大丈夫、もう濡れてない。何時もの僕の髪の毛だ。


「そう、それなら良いけど……でも、次からは一人で川になんか入らないでね。せめて他に人が居る時にして」

「あ~うん、それはごめん」

 あの川は、僕たち子供にとっては村一番の遊び場だ。

 今はまだ少し冷たいけど、あとひと月もすれば村中の子供たちがあの川で泳ぎだす。

 そうなれば一日中でも遊んでいられるけど、同時に村の子供は大人たちから川や水の怖さも教え込まされる。

 僕が生まれてからは一度も無いけど、昔あの川で実際に溺れて命を落とした子供も居るらしい。

 そんな中で生まれた皆の共通意識が、“一人では絶対に泳がないし、泳がせない”と言うものだった。

 だから当然、この村の子供である僕もその事は知っていたんだけど――今回ばかりは興奮の方が勝ってしまった。


「でも、今回みたいな事は流石にもう無いと思うから、安心して」

「…約束よ」

「うん」

 幾ら興奮が勝ったからと言ったって、決まりを破ってシーネェを心配させたのは事実だ。

 流石に今回のような奇跡がそう何度も起こるとは思えないけど、次からはせめてもう少し考えてから行動しよう。

「よし、それじゃあこの件は母さんには報告しないでおいてあげる。特別にね」

「ありがとうシーネェ!!」

 嘘を吐くのは気が引けるから正直に話したけど、母さんに知られれば確実にゲンコツを喰らうであろう内容だ。

 あの威力を直に感じて知っている僕にとって、今のシーネェは希望の光だ。有り難や。


「――ごちそうさま」

「はい、おそまつさま」

 お弁当を食べ終わり、水筒の水を飲んで一息。

「でも良かったわね」

「ん~?」

「霊卵石の事よ。ネイ、欲しがってたんでしょ?」

「あ…あぁ~~」

 人間不思議なもので、お腹一杯にご飯を食べると悩みの一つや二つは簡単に脇に置いてくつろぐ事が出来るらしい。

 無論、結果的には何の解決にも成ってないから、思い出した瞬間にこうしてまた頭を抱える羽目に成るんだけど……。

「ちょ、ちょっと如何したの? 折角欲しいものが手に入ったんだから、此処は喜ぶ処でしょう?」

 そりゃ僕だって喜びたいのはやまやまだ。だけど――

「いや…残念だけどシーネェ、実は今そんな単純な状況じゃないんだよ」

「そうなの?」

「…うん」

 喜ぶ処か、その“喜び”の前に“ぬか”が付いてしまう可能性が有るんだ。


「シーネェも、霊卵石がどんな物か知ってるでしょ?」

 僕とシーネェの二人は、小さい頃からウチの父さんに“機兵マキナ”についての説明を聞かされてきた――それこそ耳にタコが出来るくらいに。

 だからこそ僕は“機兵”の事に興味を持ったし、自分で調べて詳しくも成った。将来的には、本格的な機兵の技師に成りたいとすら思うようにも成ったんだ。

 だから、当然シーネェも霊卵石がどんな物か知ってると思ってたんだけど――

「……」

 何故か、シーネェから返事が返ってこない。

 そんなシーネェの目を黙って見詰めると、数秒と経たないうちに気まずそうに僕から視線を逸らして、明後日の方を向いてしまった。

「……シーネェ、もしかして…」

「いやほら、だって…父さんの話って難しい上にいつも長かったでしょ? だからその~…お姉ちゃん殆ど聞いてなかったのよね~」

 アハハ、なんて笑いながら自分の髪を弄るシーネェ。

「そ、そうだったの? てっきりシーネェも僕みたいに聞いてたのかと思ってた」

「う~ん、たぶん父さんは私にも聞かせようと思ってたんだろうけど、何時も私よりネイの方がずっと熱心だったからねぇ、いつの間にかアンタたち二人だけの会話に成ちゃってたし…覚えてない?」

 ――言われてみれば。

 確かに父さんとの会話が中頃にまで差し掛かると、何故か父さんは僕にばかり向かって話していた気がする。

 考えてみると、あの頃は僕が父さんを独占している様な状態だったのかもしれない。

 ひょっとしたら、当時のシーネェは寂しい思いをしていたのかも……。

「そうやっていっつも父さんにネイを取られてたお姉ちゃんは、おかげでとても寂しい思いをしてました!」

 ああ、“僕が父さんを”じゃなくて“父さんが僕を”ね……半分当ってた。

「そ、そうなんだ。じゃあ改めて僕なりに霊卵石について説明するけど、良いかな?」

「え!?…う、うんうん。ネイが教えてくれるなら、お姉ちゃん頑張って聞く!」


 ……それはそれで、父さんが報われないよシーネェ。

まだまだ先に成りそうですが、早くバトルシーンが書きたいです^^;

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