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Coat of Stigmachina  作者: 驚愕彩帽
第一章 聖紋機兵
4/10

第一話 《それが、私と彼の出会いであった》3/3

ようやくメインの二人が出会うよ。


 ――翌朝。


 いつも通りに朝食を済ませた僕に、母さんが今日の予定を聞いてきた。

「今日はマッヂスさんの所に行くよ」

「おや、マッヂスの所かい? アンタついこの間までアイツの所に通い詰めだったじゃないか」

「うん、でも最近ようやく焼けた鉄を打たせてもらえるようになったんだ。その感触を忘れたくなくて」

「……アンタ、いったい将来何になる積もりだい?」

 マッヂスさんって人は、この村で唯一の鍛冶屋を営んでいる人だ――といっても一から金属製品を創り出してる訳じゃなく、専門は主に村の金物の修理だ。

 鍋の穴を塞いだり、農具や加工に使う金具を直したりしている。

 でも、僕には――寧ろそっちの方が有り難かった。


 僕が目指しているものはあくまで技師だ。

 幾ら知識を頭に詰め込んでも、それを実際に生かすことが出来なきゃ意味が無いし、壊れた物を直すためには修理だってしなくちゃならない。

 それなら、一から剣や鎧を打ち出す技術よりは、穴を塞いだり折れた物を繋げる技術を学んだ方が、僕としては効率が良い。

 なので、前にマッヂスさんに無理を言って、なんとか見習い――と、いうか手伝いをさせて貰うことになった。

 以来、教会にも行っているから毎日じゃないけど、もう二年近くはマッヂスさんの所に通っている。

 最初の頃は、仕事の様子を見るだけでも勉強になると思って、道具の掃除やら鍛冶場の整理なんかを続けていたんだけど――つい先日、村の人たちからの金物修理の依頼が、いっぺんに幾つも重なるという事態が発生した。

 その際、マッヂスさんは流石にこの量は時間が掛かると判断して、僕を初めて本格的な作業に参加させてくれた。

 僕も、最初はこれ幸いと作業を手伝っていたんだけど――やっぱり見るのと実際にやるのとでは大違いで、情けない事に直ぐに槌を振るう腕が動かなくなった。

 それでもマッヂスさん曰く「いないよりマシ」らしかったので、へとへとになりながらも作業を手伝わせてもらい、なんとか三日後には全部の修理が完了した。

 本当なら四日くらい掛かるはずの仕事が三日で終わったから、多少はマッヂスさんの役には立てた……と、思うけど。


「さて、じゃあそろそろ支度しな」

「はーい」


 ――コンコン


 母さんに言われ、出かける準備を始めようとした処で家のドアがノックされた。

「おや? 誰だろうね」

「あ、いいわよ母さん。私出るから」

 丁度近くに居たシーネェがドアへと向かう。

 誰だろう? こんな早い時間に来客なんて珍しいけど……。

「はーい…あら、ハイスくん」

「ハイス?」

 どうやら来客はハイスらしい。

「おはようございますお姉さん」

「おはよう、どうしたの?」

「突然すみません、ネイセン居ますか」

 僕に用が在るみたいだ。

 なにか急用だろうか?


「どうしたのハイス?」

「おお、悪いなネイセン。こんな早くに」

「それは良いけど、何か用?」

 呼ばれる前に二人の所に行く。

 シーネェは準備があるからと、僕と入れ替わりで家の中に戻って行った。

「お前、今日は教会に行くのか?」

「ううん、今日はマッヂスさんの所に行く予定だけど」

「そうか、そりゃ丁度良いや。実はネイセンに頼みたいことがあってな」

「ん、なに?」

「コレなんだけど…」

 そう言って差し出された物は、ハイスがいつも腰に備えている例の短剣だった。

「え、まさか……折れちゃったとか?」

「バカ! 騎士目指す俺が、自分の命の次に大事な剣を折るわけないだろうが! そうじゃなくて、ココだよココ」

 皮鞘に収められたままの短剣を持って、ハイスがその柄の部分を指差す。よく見ると、木製の“握り”部分に亀裂が入っていた。

 亀裂は一目見ただけで分かるほど深く、たぶん中心部まで届いてる。下手をすれば、数回振っただけで刀身が柄からすっぽ抜けてしまうかもしれない。

「ありゃ~…酷いねこれは」

「だろ、どうやら昨日の一件でやらかしたらしんだけど、気が付かなくてよ」

「ああ、“アレ”ね…」

 昨日の衝撃的な光景が脳裏によみがえる。

 なんせ、こんな短剣一本で立ち木を斬り倒したんだ。詳しい原理は解らないけど、そりゃ短剣に掛かる負担だって大きいだろう。

「で…これ、直せるか?」

「……うん、握りの部分を取り替えれば良いだけだから、すぐに直せると思うよ。今日鍛冶屋に行ったら早速マッヂスさんに頼んで――」

「いや、ネイセン」

「ん?」

「“お前が”直してくれ」

「………へ?」


 一瞬――その言葉の意味が分からなかった。

 僕はあくまで鍛冶の手伝いをしているだけで、本格的な仕事だってついこの間の数日手伝っただけだ。

 マッヂスさんの仕事を見学していたから修理の手順は分かるけど、実際にやったことはほぼ皆無に等しい。

 この短剣が自分の命の次に大事な物だと言うのなら、素人の僕よりプロのマッヂスさんに頼んだ方が確実だと思うけど……。


「出来るか? ネイセン」

「ハイス…」

 見ると、ハイスの顔は真剣だった。有無を言わせぬ迫力と、そしてなにより――僕に対する強い信頼の気持ちが伝わってきた。

 聞き違いなんかじゃない。ハイスは間違いなく――“僕”に短剣の修理を頼んでるんだ。

「……分ったよ」

 なら、断る理由なんて僕には無い。

 正直不安は有るけれど、僕は僕の出来る限りの全力で、ハイスの期待に応えるだけだ。

 差し出された短剣を両手で受け取ると、その手にズシリとした重さが加わる。

 前に一度、ハイスに頼んで持たせてもらったことが在ったけど、今回はその時よりもずっと重く感じられた。


「おう、頼んだ……いや~急だったから断られるかと思ったぜ!」

「何言ってんの、そんな真剣な顔で頼まれて、僕が断れる筈ないじゃないか…でも、何でこんな朝早く来たの?」

 いつもなら、僕が朝出かける準備をして家を出ると、僕たちは決まってそこで鉢合わせする。

 時間がずれ、相手と合流するためにどちらか片方が僕の家の前で待ってる時もあるけど、こんな時間にハイスが僕の家に来るのは珍しい。

「ああ実はな、今日はこれから親父の手伝いで、すぐに山の方に行かなきゃいけなくてな」

 おじさんの手伝いか……じゃあ今日はハイスも教会へは行かないんだな。

「しかも、今日は切った木を麓の町まで持って行くらしくてよ、俺までそれについて来いって言うんだ」

「え! じゃあハイスもしかして〈セリーム〉の町に行くの!?」

「まぁそういう事になるな」

「うわ良いなそれー!」


 〈セリーム〉の町とは――いうなればこの〈マハロ〉の村の“お得意さま”だ。

 この村を流れてる川の下流に在る大きな港町で、この村なんかよりもずっと規模が大きい。

 港町だけあって遠くの方から来る人も大勢集まるし、人が多ければ当然お店の数も多い。

 中には珍しい物を扱っているお店も在って、僕たち子供にとってはそれらを見て周るだけでも凄く楽しい。

 ごく稀にだけど、霊卵石が店頭に並ぶことだってある――勿論、僕たちの手が出る金額なんかじゃない訳だけど……。

 その〈セリーム〉にある造船所で、ここで採れた木が使われている。

 僕たちの村で採れる木は、目が詰まっていて硬く水にも強い。だから船造りには最適で、建材に加工しても“反り”が少ないから結構いい値で売れてるんだ。

 まさに、この村の屋台骨を支えている訳だね……建材だけに。


「あれ、でも…それじゃあハイスも暫くは村に戻って来れないね」

「そうなんだよ。その間は稽古が出来なくてな~…」

 〈マハロ〉から〈セリーム〉までは割りと距離がある。

 普通に行って帰って来るだけなら三日位で済むけど、採れた木の運搬や町に着いてからの商談、村に必要な物の買出し等の用事を済ませてから帰ると、最低でも五日から六日は村に戻ってくる事が出来ない。

「だから、俺が村に戻ってくるまでにソレ直してもらいたいんだ」

「うん、それぐらい時間が在れば大丈夫、僕でも直せるよ。ついでに砥ぎも済ませてピッカピカにしとくから」

「悪いな…じゃ、俺はそろそろ行くぜ。金が無いから、修理代の支払いは土産話になると思うけどな」

「いいよそれでも。でも、面白くなかったら追加料貰うからね」

「おっと、言うじゃないかネイセン。分かったよ、せいぜい良いネタ仕入れて来るから、お前も手抜きなんかするなよな」

「ご心配なく。こっちは任せてよ」

「おう、任せた。じゃあな!」

「うん、気をつけてねハイスー!」

 そう言って、僕たちはお互いに手を振って別れた。

 剣の訓練が出来ないなんて文句言ってたけど、やっぱりハイスも〈セリーム〉に行くこと自体は楽しみなんだろう。

 僕が見送ったハイスの足取りは、なんだかとっても軽快だった。


「へ~、ハイスくん〈セリーム〉に行くんだ」

「うん」

 出かける支度が終わって、マッヂスさんの鍛冶場へ向かって歩いている途中、僕は隣を歩く母さんとシーネェに、さっきまでのハイスとのやり取りを掻い摘んで説明した。

「で、ネイはハイスくんが帰って来るまでに短剣の修理を頼まれた。と」

「そういうこと」

 マッヂスさんの鍛冶場は石橋を渡った先に在るから、加工場を目指す母さんとシーネェとは途中までなら一緒に行ける。

「成る程ねぇ、それなら今回はハイスにとって初めての川下りに成るんじゃないかい?」

「あ、そうか!」

 母さんにそう言われて初めて気が着いた。確かに、今回はハイスにとって初めての“川下り”の筈だ。

 一応別れ際に「気をつけて」と声は掛けたけど、僕にとっては短剣の一件の方が印象的ですっかり忘れてた。


 〈マハロ〉から〈セリーム〉に行くには、普通なら途中の山を一つ越えなきゃならない。でも、村で採った大木を何本も荷台に積んで山越えをするには、余りにも危険で効率が悪い――実際、昔はそれで何人も怪我人が出たらしい。

 そこで、このままじゃ駄目だと出された改善案が、村を流れる川に切った大木を浮かべ、その流れに乗せて〈セリーム〉まで運ぼう。という案――“川下り”だった。

 この村では山で木を切り倒し、その“川下り”までを一人でちゃんと出来て、初めて一人前と認められるんだ。


「……お守りの一つでも渡しておけば良かったかね」

「大丈夫よ母さん、普通お守りなんて家族が用意しているものなんだから」

「そうかい? でもハイスは昔から無茶ばかりしてたからねぇ…なんだか心配だよ」

「最近のハイスはそうでもないよ。それに、ハイスのおじさんも目を光らせてる筈だから、そうそう無茶なんか出来ないよ」

「…そうだと良いんだけどねぇ」

 尚も心配そうにする母さんを僕とシーネェでなだめつつ歩いていると、やがて僕たち三人は大きな石橋のたもとに辿り着いた。

 川のせせらぎが引っ切り無しに聞こえてきて、この辺りはいつも少し涼しく感じる。

 村の北から南へ流れてるこの川の幅は広くて、対岸までは割りと距離があるけど、数年前に架けられたこの石橋は長くて広くて頑丈だ――お陰で、対岸まで渡るのが昔と比べて随分と楽に成った。


 ここまで来ると人通りも大分増えてくる。

 その殆どが女の人たちで、皆母さんやシーネェ同様に加工場を目指している。

「おはようございます」

「おはよう」

「おや、もう足は良いのかい?」

「ええ、お陰さまで」

 早速、知り合い同士の朝の挨拶と雑談が交わされ始める。

 こんな時いつも思うのが、女の人同士の話の盛り上がり方は凄いということだ。本当に、なんでそんなどうでも良い話で盛り上がれるの? ……なんて思うことが多々有る。

 どうせなら、もっと有意義な内容の話し合いをすれば良いのに。

 例えば――機兵の格駆動部への効率的なアストラルエネルギー伝達の考察――とか……。

「おはようシールー。今日はネイセンも一緒ね」

「おはようテネリー」

「おはようございます、テネリーさん」

 何人かと挨拶を交わしていると、シーネェと同い年のテネリーさんが近付いてきた。

「はいおはよう、ネイセンは礼儀正しいわね、ウチの弟とは大違いだわ」

「いくらテネリーでも、私のネイは上げないわよ」

「…僕は別にシーネェのものじゃないよ」

「え、じゃあネイ……もうお姉ちゃん以外の誰かのものになっちゃったの!?」

「何でそうなるの!? 僕誰のものにも成ってないよ!」

「アハハ! アナタたちって相変わらず仲良いわね」

 ああ、またシーネェのせいで笑われちゃったよ……。

 因みに――大人の男の人たちはもっと早い時間に家を出て山へと向かってしまう。今朝、ハイスが早い時間に家に来たのはそれが理由だ。


 ――カーーン――カーーン


 丁度石橋の真ん中にまで来た頃、遠くから僕の耳に、川の上流にある山の方から木を切る音が響いて来た。

 歩きながら、僕は川の上流に目を向ける。

「……」

「ん? どうしたのネイセン、ハイスくんでも見える?」

「いやいや、流石に見えないよシーネェ。川下りの出発にだってまだ時間在るし…」

 山で切った木を川の流れに乗せて運搬する際、切り倒した木の何本かを縄でくくりつけ、簡単ないかだを作る。

 そして、それに乗って川を下るんだ。

 今日の川の流れは穏やかで、絶好の川下り日和に感じるけど、ここより下流にある渓谷の辺りでは、川幅が狭くて流れが急になっている場所もあるらしい。

 ハイスのお父さんはこの村一番の川下り名人だし、ハイス自身も泳ぎはとっても上手だ。

 大人の人も沢山居るし、もし川に投げ出されても大丈夫だと思うんだけど……やっぱり、僕も少しハイスのことが心配だった。

 川下りをする時、今僕たちが歩いているこの橋の真下をくぐることになるから、知り合いが川下りをする人は、よくこの石橋からいかだの見送りをしてる。

 なので……よし、今日は僕もハイスの見送りに来よう。

 マッヂスさんも、よっぽど仕事が忙しくない限り、少しくらいなら鍛冶場を抜け出すのを許可してくれると思う。


 ――石橋を渡りきった所で母さんたちと別れる。

「良いかいネイ、くれぐれもマッヂスの仕事の邪魔するんじゃないよ」

「分かってるよ母さん」

「ネイ、お姉ちゃん鍛冶場まで付いていってあげようか?」

「直ぐそこなんだから別にいいよ…それとシーネェ」

「ん、なになに?」

「迎えに来なくても良いからね」

「え~、お迎えぐらい良いじゃなのよ~」

「あーあー、別に抱き付こうとしなくてもいーから!」

 そう言って、腕を広げ近寄ってくるシーネェをするりと避ける――閉じられたシーネェの両腕が、虚しく空をきった。

「……けちだ」

「けちじゃないよ」

「お姉ちゃんにギュッてさせてくれないなんて、最近のネイは本当にけち成った!」

「けちじゃないってば! 恥ずかしいの!」

「なにが恥ずかしいのよ! こうなった力尽くで――」

 あ、まずい! シーネェの目が本気になった!

「ほらほら、仕事に遅れるからもう行くよ」

「え! テネリー!?」

「ネイ、夕飯までには帰ってくるんだよ」

「ん、分かったー」

「ちょっ! 母さんまで~!?」

 一瞬身の危険を感じたけど、その元凶は母さんとテネリーさんによって加工場の方へと引きずられて行った。

「あ~ん! ネイ~!」

 ズルズルと引かれていく姉の姿は哀れにも見えたが……もはや何も言うまい。軽く手くらいは振っておくことにする。

「さて、と」

 そのまま村の中心へと向かう母さんたちを見送ってから、僕は川沿いに南――川の下流――へと向かう。


 この時間、こっちの道には人通りが殆ど無い。

 それでも一応辺りを確認して、僕はハイスから預かった短剣を皮鞘から引き抜いた。

 きらりと朝日を跳ね返す金属の刃を見ると、それだけでハイスがこの短剣をどれだけ大切にしているかが良く分かる。

 ハイスがこの短剣をプレゼントして貰ってもう一年。いつも訓練に使っている筈なのに、その刀身には歪みや刃こぼれなんかは一切見えなかった。

 ハイスの場合、服とか靴とかは直ぐにボロボロにするくせに、気に入った物に対する愛着は人一倍強い。

 きっとこの短剣も、僕が倉庫の機兵を整備しているように、毎日の手入れを欠かしてないんだろう。

 道具という物は、大切に使ってやれば絶対長持ちしてくれる。つまり、持ち主の道具に対する想いこそが、道具の寿命を決めるんだ――なんてことをマッヂスさんが、そして……昔に父さんが僕に教えてくれた。


「……」

 抜き身の短剣を持ちながら歩いていると、なんだか無性に振り回してみたい衝動に駆られる。

 僕の脳裏に、昨日一瞬で木を切断したハイスの姿が思い浮かぶ――凄く、格好良かった。

 ハイスみたいな動きは無理だけど、この短剣で何かを斬ったりすれば、僕だって少しは格好良く見えるんじゃないのかな?

「……ちょっとだけ」

 何か、試し斬りが出来そうなものでもないかと辺りを見回すと、川縁に丁度良い感じの小枝が流れ着いていた。

 その小枝を拾い上げて、早速試し斬りに挑戦――どうせだから、上に投げて落ちてきた所を斬ってみよう。

「よし……ほっ!」

 上に投げた小枝はくるくる回りながら空に上がって、またくるくる回りながら下に落ちてくる。

 短剣を右手に構へ、その枝が落ちてくるタイミングを見計らって、振った僕の一撃は――

「えい!」


 ――スカ


 ……モノの見事に空振りに終わった。

「………ま、まぁ、今のは僕にはちょっと、上級すぎた…かな?」

 うん、なにも投げることないよね。短剣の試し斬りするだけだし、手で持ってれば良いんだよ、うん。

 落ちた枝をもう一度拾い上げ、今度は左手で枝を地面と水平に固定する――これなら目標を外す事はないだろう。

 右手を振り上げる。後はこのまま短剣を振り下ろせば、枝は見事に真っ二つになる――筈、なんだけど……これ、自分の手に当たったりしないよね?

 振り下ろした拍子に手元が狂って、枝じゃなくて枝を持ってる手の方を切った――なんてことに……成らないよね?

「……」

 なんだか心配になってきたので、極限まで枝の端っこを持つ――というより“摘まむ”ことにした。

 うう、でも親指と人差し指だけだと流石に辛い。持ってる枝がプルプルする。

「よ、よし、よーく狙ってぇ………えいっ!」

 恐る恐る、でも勢い良く振り下ろした短剣の一撃は、僕の手に当たることもなく、無事手に持った小枝を二つに斬り分けることに成功する。

「お、おお…本当に斬れた」

 手元に残った枝の切断面を確認して、僕なんかにも斬れるんだなと変に感心した。

 もっとも、枝を斬った時の僕の姿が、ハイスみたいに格好良かったかと言うと――まぁ、疑問の余地くらいは有ると思う……“余地”くらいなら有るよね?

「あ、やば…」

 さっきから振り回してたせいか、気が付くと亀裂が入っている短剣の柄がグラグラしてきた。これ以上続けると、本当に刀身がすっぽ抜けるかもしれない。

 これでもし川に落としたりなんかしたら、きっとハイスに無茶苦茶怒られる。

 流石にそれは御免こうむりたいので、僕は慌てて短剣を皮鞘に収めた。


 ――と、その時。

「ん?」

 ……何だろう?

 今一瞬、川の底で何かが何かが光った気がした。最初は、ただ単に水面に太陽の光が反射しただけだと思ったけど、何故だがその時の僕には、ソレが妙に気に成ったんだ。

 なので歩く足を止め、暫く立ったままその光った部分を注視していると――

「あ、また…」

 間違いない。

 何かは分からないけど、川底に何かキラリと光る物が有る。

 今度は川縁にまで近付いてしゃがみ込み、水面ぎりぎりにまで顔を寄せて覗き込む。川なので、水面が常にゆらゆらしてて分かり辛いけど……。

「ん~~…?」

 分かり辛いんだけど……。

「ん~~~~~……うん!?」

 分かり――

「んんんんんーーーーー!!!!」

 え!? ちょ、ちょ、ちょっと! ちょっと待って!! もしかして“アレ”って! いや、もしかしなくても!?

「うそ! ホントに!?」

 何で“アレ”があんな所に!?


 ――ザブン!


 行こう! と思う前に既に身体が動いてた。

 靴とかズボンとか服とか一つも脱がないで、水の冷たさなんか一切気にしないで、身体がずぶ濡れになるのもお構い無しに、歩きながら転びながら泳ぎながら、僕は川の中を一直線に“ソレ”に向かって進んで行く。

「スーー…ンッ!」

 そこに到着すると同時に水中に潜ると、“ソレ”は直ぐに見付かった。

 水中で歪む視界や、ゴーゴーと耳に響く水音なんか意にも返さず、なんの躊躇も迷いも無く一瞬で“ソレ”を掴み取って水面に戻る。

「ッブハ! ハァーハァー」

 川の深さは僕の腰程までしかないけど、流れに負けないようにしっかりとその場に立つ。

 そして、今川底で拾った物の正体を確認するため、僕は握り締めた右手を、その中身を落とさないようにそっと開く。


 そこには、川底で一緒に掴んでしまった砂利に混ざって、一つだけ、他の石とは明らかに違う――丸くて、透明で、大人の親指位の大きさで、何よりその内側に幾つもの輝く光の粒を宿しているのが特徴的な、綺麗な石が有った。

「…………やった」

 それが、“ソレ”こそが、この三年間僕とハイスが心から待ち望んでいた物。


 ――“霊卵石エッグストーン”だった。


「やった……ぃやっっったああぁぁーーーー!!!!」

 自分の感情が爆発した瞬間だった。

 今の自分になら何だって出来るし、不可能なんて何も無いような気分になった。

 こうしちゃいられないと水を掻き分け、急いで岸へと戻り、びしょ濡れのまま家に向かって来た道を駆け戻る。

「やったー! やったぞーー!! これで! これで僕たちの機兵が動かせる!!」

 興奮の余り、なんだか色々なことを叫びながら走っていたから、周りの人たちにはきっと変な目で見られちゃっただろうけど、今の僕には知ったこっちゃ無い。

 そもそも、途中でどれ位の人と擦れ違ったかどうかすら覚えちゃいない。

 とにかく僕は脇目も降らず、家に――家の作業部屋に向かって、全速力で走って行った。


「父さんの!! “聖紋機兵スティグマキナ”が動かせるんだーーーー!!!」


 ◆◆◆


 ――それが、私と彼の出会いであった。


 無論、この頃の私には未だ周囲を知覚する手段すべが無く、この時の状況を実際に見聞きしていた訳ではない。全ては、後に彼が私に教えてくれた事だ。

 彼と私の出会いまでの前置きが、多少長くなってしまったかもしれない。

 だが、それは私と彼の――彼等の今後を語る上で、どうしても必要な事であると理解して貰いたい。

 彼等がこの先、どの様な想いを胸に秘め、果たしてどの様に生きる道を決めて行くのか。それを知る為に、どうしても必要な内容であるのだと……理解して貰いたい。


 彼等は、進む為の歩みを止める事は無かったが、その道は、決して平坦な物ではなかった。

 苦しみが在り、不条理が在り、そして悲劇が在った……。

 しかし、それだけではなかったからこそ――この様な日常が在ったからこそ、彼等はその足を前へ進め続ける事が出来たのだと……私は、今も信じて疑ってはいない。


 さて――この後、彼の家の倉庫にまで運ばれた私は、そこでネイ殿との正式な対面を果す事に成るのだが……果して、この時の出会いが正しいモノで有ったのかどうか、私には未だに分からない。

 だが、少なくともこの時、彼が私と出会ってさえいなければ――


 彼は、その小さな背中に、罪と言う名の大きな十字架を、背負うことはなかった筈なのだ。

これで一話終了。

はぁーこの時点でもう疲れた…。

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