第一話 《それが、私と彼の出会いであった》1/3
最初は興味を持ってもらうため〈ガツン!〉――といきたかったのですが……なんだか違う意味で〈ガツン!〉――と成りました。
…どうしてこうなった?
◆◆◆
――其処は、寒々しく暗い室内。
やがて夜が明け空が白み始めると、朝の訪れに騒ぎ出す鳥たちの声と共に、窓から室内へゆっくりと日の光が差し込み始める。
――カラーン――カラーン
何処からか鳴り響く鐘の音と共に室内に差し込んだ日光は、空中を舞う埃の線を浮かび上がらせ、闇に染まっていた室内の輪郭を徐々に確かな物へと変えて行く。
周りを囲む板張りの壁や天井を支える柱は、その色合いから随分と年期が入っている様に見える。
だが、長年風雨に晒されてきた筈のそれらからは、一切のがたつきが感じられず。寧ろその経験を乗り越えてきたこの建材たちは、石壁にも引けを取らない重厚感すら醸し出していた。
そんな室内に有る物といえば、農具用の鋤や鍬や鎌、釣具にバケツ、斧にノコギリ等の雑貨が殆どで、それは此処が人が暮らすための住居ではなく、物置の類であるという事を暗に示している。
それらは皆乱雑に壁に立て掛けられ、室内は一見混沌としている様に見えるが、そんな室内の一番奥の一角に、他とは明らかに違う整理の行き届いた場所があった。
其処の壁には金属で出来た様々な工具が大きさ順に掛けられ、壁際の棚の格段には何か部品の様な物がその種類ごとに分類され置かれている。
中央の大きなテーブルの上には曲線や直線、様々な図形が描かれた広く大きな紙が何枚も広げられており、それと同じ様な用紙の筒がテーブルの隅で山積みと成っていた。
其処が他の場所と同じ只の物置でない事は、一目見ただけで理解できる。何より、その場に漂う濃密な機械油の匂いが、其処がある種の“作業場”であると訪れた者に強烈に訴え掛けていた。
――そんな、整理の行き届いた作業場の床の上に、一人の少年が倒れている。
「クカ~…」
……いや、正確には寝入っていた。
未だ幼く、男とも女とも取れない中性的な顔立ち。赤み掛かった栗毛の髪は短くボサボサだが、見た目に反して細く柔軟な髪質をしたその少年は、大きく開いた口から一筋の涎を零し、なんとも無防備な姿を晒している。
作業の途中だったのか、それとも終わった後なのか。眠っている少年の手には皮の手袋がはまったままに成っており、服装もとても寝間着とは思えない作業着姿のままであった。
そして、そのどちらもが油で黒く汚れ、少年自身の顔にも同じ汚れが付着している。
「…ンガ」
やがて、窓から差し込む日の光が徐々に高度を増し、仰向けに寝ている少年の顔にその光が当たり始めると、少年は無意識にその光から逃れる様に寝返りを打ち――
――ゴンッ
「ッテ…!」
直ぐ横に有ったテーブルの足に顔をぶつけ――
ガインッ!
「アダーーーッ!!」
その拍子にテーブルの上から落ちてきた工具の一撃を、横向きになった頭部に受けるという、時間差攻撃を受ける事になった。
……まぁ、それがこの少年――後に私の最後の主となるネイセン・ルーワンにとっての、何時も通りの平和な朝の一幕であった。
◇◇◇
「ツツツゥ! ッテ~~…」
寝ている最中、頭に突然の二段攻撃を受けた僕は、眠気の余韻なんか全く感じる事無く、文字通り強制的に叩き起こされた。
頭の痛い部分を摩りながら身体を起こすと、直ぐ傍の床に金槌が落ちていた。どうやら、コイツが襲撃の犯人らしい。
「っも~…」
また作業部屋で眠てしまった。
ここの最近、じっくりとメンテナンスする時間が無かったので、昨日は久しぶりに遅くまで作業を続けてしまった。
そのおかげでメンテナンスは無事終了したんだけど、そこから先の記憶が無い。たぶんその時点で気が抜けて、寝落ちしてしまったんだろう。
取り合えずもう朝だ。
いつまでも油で汚れた格好のままでは居たくないので、顔を洗って着替えることにしよう。
「うわ、顔もベタベタする…ん?」
金槌を拾い床から立ち上がろうとした処で、身体に毛布が掛けられている事に気が付いた。
作業台の上を見ると、昨夜使っていたランプの灯も消えている。油切れになっていないから、きっとまたシーネェが来て僕に毛布を掛けてから、ランプの灯を消していってくれたんだろう。
こりゃ朝食の準備くらいは手伝った方が良さそうだ。
毛布を椅子の背もたれに掛け、金槌をテーブルの上に……置こうとしてやっぱりきちんと工具箱の中に仕舞い直した。
顔を洗うため倉庫の裏口に向かい、ドアノブに手を掛けた所で、僕はその動きを止める。
「……」
そのまま無言で視線を横に向けると、その先には、昨日一晩掛けて作業を完了させた僕の成果があった。
ソレは朝の光を受け、少しくすんだ表面から淡い光沢を反射する“鋼の鎧”。
まだ背の低い僕はおろか、だいの大人だって思わず見上げてしまう人型の巨体を持つソレは、天井の梁から伸びる何本ものロープに支えられ、直立の姿勢を保っている。
今は動くことのないその金属の偉丈夫が、いつかきっと昔の様に動き出す事を信じて続けてきた整備と調整。
その姿は心なしか、整備前の昨日よりも少し上機嫌に見えた。
「おはよう…父さん」
そう言って、僕は目の前のドアを開く。
井戸はこの扉を出て直ぐだ。さっさとこの汚れた顔を洗って服を着替えて、母さんとシーネェの手伝いに行こう。
着替えてから食堂に向かうと、もう二人とも朝食の準備を始めていた。
遅ればせながら、僕も直ぐそこに参加する。
「あら、おはようネイ」
「おはよう母さん」
この人が僕の母さん、名前はネルシー・ルーワン。
大柄で、普段は優しくて明るい母さんだが、怒らせるとかなりおっかない。
あの太い腕から繰り出されるゲンコツに比べれば、今朝の金槌の一撃なんて何のことは無い。
……アレはアレで痛かったけどね。
母さんは綺麗な金の掛かった栗色の髪をしている――どうやら、僕の髪の色は父さん譲りらしい。
それを頭の上でまとめているので少し判り難いが、実は母さんの髪はとんでもなく長い。
この前、母さんが髪を下ろして梳いているのを見た時は、母さんが立っていてもその先が地面に届いてしまう程だった。
「ネイ、おはよう」
それでこっちは僕の姉さん、名前はシールー・ルーワン。
髪の色は母さんと同じだけど、流石に母さん程長くない。頭の後ろで結んである髪の先は、やっと背中に届くくらいだ。
「おはようシーネェ」
この人も優しい姉さん……なんだけど、ハッキリ言ってシーネェは僕に甘い。とにかく僕の世話を焼きたがる。過保護といってもいいかも知れない。
そのせいなのかは判らないが、結構美人で良い歳なのに、今まで一度も付き合っている人の姿はおろか、噂だって聞いたことがない。
ひょっとしたら、僕らに隠れて付き合っているんだろうか?
なんて事も考えたけど、あのシーネェに限ってそれは無いだろう……たぶん。
二人とも僕の事をネイと呼んでる。
前に一度、誰かに「女の子みたいな名前」なんて言われたことが有ったけど、家庭での身内の呼び方なんか皆こんなモンじゃないのか?
僕だってシールー姉さんのことはシーネェって呼んでるし……。
「ネイ、風邪とか引いていない?」
手伝いに来たのは良いが、先に来た二人によって僕に手伝える程度の準備は既に終わっていた。なので、大人しく皆の分の食器を用意していると、作業をしながらのシーネェが僕にそう尋ねてきた。
「うん、別に平気だよ、ありがとうシーネェ。でも僕に毛布を掛けに作業部屋に来るくらいなら、僕のこと起こしてくれれば良いのに」
「ん~…でもネイってば随分気持ち良さそうに寝てたから起こすの可哀想だったし~、流石に油まみれの貴方をベットまで抱えて行く訳にもいかないでしょ? だから風邪さえ引かなければ良いかな~、って思ったの」
「まぁ、その心遣いは嬉しいけど」
なんてやり取りをしているが、実はコレ――いつもの事だったりする。
僕自身あの倉庫の中で夜を明かす気は無いんだけど、あの場所で寝落ちしてしまったのは今回が初めてという訳じゃない。
何というか……あの場所、なんか落ち着くんだよね。
機械油の匂いとか割りと好きだし。
酷い時には自分の部屋のベットより、寧ろ作業部屋の床で朝を迎える事の方が多い時期も有った。
まぁ流石にそれは二人に叱られて、今では三日や四日に一回のペースに落ち着いてるけど……そりゃ心配するよね。
今の時期はまだ良いけど、今より寒い時期に成ってもそんな事が続いてたら、シーネェが言う様に風邪程度じゃきっと済まない。
最悪、朝発見したと同時に凍死してました――なんて、そんなの冗談にもならないし……。
なので気を付ける様にはしてるんだけど……でもさ、寝落ちする時って無自覚な上に一瞬なんだよね。
母さんやシーネェが言うには、子供は体力が切れるとどんな時、どんな場所でも突然寝る生き物らしい。つまりは、僕もまだまだ子供だという事なのかな?
……僕ももう、今年で十歳なんだけど。
朝食の準備は直ぐに終わり、いつもの様に「今日も恵みをありがとうウンタラカンタラ」と神様にお祈りを済ませた後、さっそく朝食に取り掛かる。
メニューの内容はこれまたいつも通り。平たくて硬い主食のパンに、夕べ残った野菜のスープだ。
パンだけ食べていると顎が疲れて口の中が乾くので、僕はパンとスープを交互にかじっては飲みかじっては飲みを繰り返しているけど、母さんとシーネェはパンをスープに浸して柔らかくしてから食べている。
正直、僕みたいに食べた方が早いと思う。
「さてネイ。母さんたちは加工場に行ってくるけど、アンタはどうする?」
朝食が終わり片付けを済ませると、母さんがそう聞いてきた。
因みに、加工場とはこの村の中心にある大きくて広い建物の事だ。村の女の人たちは、そこで木工品を作っている。
この〈マハロ〉の村は林業が盛んで、山で切り倒した木が主な収入源だ。
木の幹などはそのまま売り物として丸ごと売ってしまうんだけど、切り倒した際に出る木屑や、運ぶ時に邪魔に成るために切り落とした枝なんかは、村の女の人たちが回収して、食器や装飾品などに加工してから近くの町や村に卸してる。
なので、中には親の仕事を手伝うために加工場に来る子供も居るけど、寧ろそれは少数だ。
僕も含め他の子供たちは、それぞれの親の進めも有って、昼間はもう一箇所の別の場所へと集まることの方が多い。
「えっとぉ…マッヂスさんの手伝いは昨日で一通り終わったから、今日は教会に行くよ」
「そうかい? じゃあ神父様に迷惑掛けるんじゃないよ」
「大丈夫だよ母さん、ちょっと本読んでくるだけなんだから」
「チョット…なら良いんだけどねぇ」
随分と含みの有る言い方をされてしまった。
そりゃ確かに、この間までに読んだ本の量はちょっと、なんて量じゃなかったかもしれないけど、今回は間違い無くちょっとだけだ。
何故なら、教会に有る本で読んでいない分が――あと“ちょっと”しか無いんだから。
「ホント変わった子だよ。他の子と遊ぶより本を読む方が好きなんて……まったく誰に似たんだか」
「良いじゃない母さん。ウチのネイは賢いんだから~」
すると、シーネェが後ろから抱き付いて来た。
同時に、僕の頭上に圧し掛かって来る丸くて大きな物体が二つ。
「きっと将来は立派な学者さんとかになって~、お金とか一杯貯めて~、お屋敷とか建てて~、私たちも住まわせてくれて~、それから~…」
「…シーネェ」
「ん? な~にネイ」
「無責任に人の将来に夢膨らませるのはかまわないけど……どさくさ紛れに人の頭を自分の乳乗せに使わないで貰えるかな?」
「エ~~…」
「いや、「エ~~」じゃなくて」
「だって丁度良い高さなんだも~ん」
「いや、「も~ん」でもなくて…」
「最近また重くなってきたし…」
「その分僕の首が疲れるんだけどね」
「けち」
「けちじゃないよ」
「ほらアンタたち。いい加減じゃれ合ってないで支度しないと、どっちも遅れるよ」
「「はーい」」
出かける準備を済ませて、皆でそろって家を出る。
家を出ると、シーネェがお弁当を手渡してくれた。
「ありがとシーネェ」
「教会まで付いて行ってあげようか?」
「今からじゃシーネェ遅れるでしょ、一人で大丈夫だって」
「じゃあ~ネイがお姉ちゃん送って行かない?」
「それだと僕が遅れるじゃないか! いいから早く行きなってば」
「けち~」
「けちじゃないよ。それと、帰りは別に迎えに来なくても良いからね」
「え~」
外に出てもなかなか僕から離れたがらないシーネェを、いつもの様に軽くいなしていると――
「よう! ネイセン!」
道の向こう側から、一人の男の子が僕たちの所に駆け寄ってきた。
「あ、ハイス!」
この朝から元気に走ってきた男の子はハイス・オリオール。
年は僕より四つも年上のお兄さんだけど、ハイスと僕は幼馴染で、お互い相手の夢を実現させるための“同胞”であり“親友”だ。
なので、呼び捨てで呼んでも怒られない。
色の濃い茶色の髪を逆立てて、大きく開いた両目はいつも自信で満ちているような感じがする。
背は僕より頭二つくらい大きくて、大人の人とは比べられないけど、身体つきも同じ年代の子よりはがっちりしている方だ。
腰に備えている短剣は、確か去年の誕生日におじさんから貰ったプレゼント……だった筈。
「おはようハイス!」
「おう!…って、お前相変わらず油くさいな」
「え、そう?」
ハイスにそう言われて自分の身体の匂いを嗅いでみたけど、そんな匂いが出ている感じはしない。
まぁお風呂にも入ってないし、昨日は一晩中作業部屋にいたからね。多分鼻が利かなくなってるんだと思う。
「おばさんとお姉さんも、おはようございます!」
「ええ、おはようハイス」
「ハイスくん、おはよう」
「今日は教会に行くんだろ? 一緒に行こうぜ」
「うん! ほらシーネェ、僕もう行くよ。母さん、行ってくるね」
「ああ、夕飯までには戻って来るんだよ。神父様に宜しくね」
「いってらっしゃいネイ。ハイスくん、ネイのことお願いね。怪我とかしないよう見張っておいてね」
「あ、はい! 任せてください!」
「もう、だから大丈夫だってばぁ…行こうハイス」
そう言って、僕とハイスは村のはずれに在る教会に。母さんとシーネェは僕たちとは逆、川に架かる石橋を越えた先に在る、村の中心の加工場へと向かって行った。
教会へと向かう道すがら、僕は隣を歩くハイスに愚痴を零す。
「まったく。シーネェは僕のこと子供扱いしすぎだよ。本読むだけなのに何で怪我なんてするのさ…」
「何言ってんだよ、お前まだ子供じゃないか」
「え~、だって今年で僕も十歳だよ」
「でもまだ九歳だろ? なら子供さ」
「え~…」
「もっとも、あのお姉さんなら、お前が大人になっても子供扱いしそうだけどな」
「う…なんだか本当に有りそうで嫌だ…」
「アハハハ!」
そんな未来を思い浮かべて渋い顔をする僕を見ながら、隣に居るハイスは楽しそうに笑っている。
酷いなまったく……他人事だと思って。
「でも良いじゃないか、あんな美人のお姉さんに心配されるなんて。羨ましいぜ」
「だけど家の中でもいっつもあんな調子だよ? しかも何だかんだ理由を言っちゃ抱きついてくるし、頭に乳乗せてくるしさ」
「そんな事も含めてさ。楽しそうじゃないか」
「そりゃ詰まらなくはないけど、いい歳なんだからそろそろ結婚とか……アッ、そうだ!」
そこまで言って、僕の中で閃く物があった。それはもう、天啓にも似た物だったのかもしれない。
「ハイスとシーネェが結婚すれば良いじゃないか!」
「ブフッ!! な、お、お前な! イキナリなにを!?」
普通、僕たちが暮らしているような小さな村だと、女の人は村を出てお嫁に行ったり、男なら外からお嫁さんを貰ってきたりする。
なんでも、村の血が濃くなるのを防ぐ為らしいけど、それでも村の人どうしで結婚する事だってある。
僕も、流石にシーネェが結婚して村を出て行くのは寂しいと思っていたけど、シーネェとハイスが結婚すればわざわざ村から出て行く必要は無い。
シーネェの方がハイスよりも三つくらいお姉さんだけど、この村にはもっと歳の離れた夫婦も居るし、僕の母さんだって父さんより年上だ。きっと全然問題無い。
「ねね! どうかなハイス?」
「ど、どうも何もねーよ! だいたいその…俺じゃあの人には……釣り合わねーし」
「え~、そうかな~?」
「……お前、あの人がどんな人か、勿論わかってて言ってるんだろうな?」
「……」
そうハイスに言われて、流石に僕も言葉に詰まった。
家の姉が未だに誰とも付き合わず、それでいて誰の嫁にもならない最大の理由に、早々に思い至ったからだ。
「…ごめん」
「いや…謝られてもな」
「で、でも! ハイスは騎士に成るのが夢なんでしょ? そうすればきっとシーネェだって」
「あ…ああ、じゃあもし俺が騎士になれたら、その時は玉砕覚悟でプロポーズでもしてみるか…な?」
「大丈夫だよ!」
歩くハイスの前に立って胸を張り、その胸をドンと叩いてから僕は言った。
「ハイスは絶対騎士に成れる! 僕がしてみせる!」
「ネイセン…」
「エヘヘ」
そこまで言って妙に照れ臭くなった僕は、誤魔化すように痒くも無い頭をかいてしまう。
「……ップ! アハハハハ!」
むぅ、笑われた。
「ハハハッ! そうだよな、約束したもんな」
「約束じゃないよ! 男と男の“誓い”だよ!」
「おっとそうだった。じゃあ俺も、改めてお前を一流の技師にする事を誓うぜ」
「アッ! じゃあ僕もハイスを一流の騎士にするよ!」
「お? じゃあ俺はお前を超一流の技師にしてやるよ」
「えー! じゃあじゃあ僕も! ハイスを超超一流の騎士にするよ!」
「ハハッ! おう! 宜しく頼むぜ同士!」
「オウ! 同士!!」
僕たちは互いに差し出した拳に拳を合わせ、笑いながら教会に続く朝の道を進んで行った。
やがて村のはずれにまで来ると、丘の上にひときわ高い鐘楼が建つ一軒の教会が見えてくる。
此処まで来ると、教会に続く道には僕たち以外の子供の数も多くなり、中には子供だけでなく、赤ちゃんを抱えた大人の姿も在る。
皆この時間はあの教会を目指しているんだ。小さな村だけど、教会までの一本道が混雑するのは仕方ない。
「ところでネイセン」
「ん? なに」
進む道に傾斜がつき始め、身体が少し前屈み成ってきたあたりでハイスが喋り掛けてきた。
「お前の倉庫のあの、えっと……マキアだっけ?」
「“機兵”だってば」
「そうそう、それそれ。調子はどうだ?」
「うん。昨日久しぶりにメンテしたけど――」
「…で、動きそうか?」
「だから、今のままじゃ無理だってば。“霊卵石”さえ有れば話は別だけど」
「そうかー…」
すると、腕組をしたままのハイスが難しい顔をして下を向いてしまう。それに釣られた訳じゃないけど、僕も自然と難しい顔になってしまった。
“機兵”とは――まぁ難しい説明なんかは省くけど、僕とハイスの夢の達成に必要不可欠な物で、同時に“霊卵石”とは、その機兵に不可欠な物だったりする。
そして、今の僕等の会話から解る通り、僕たちにはその霊卵石の持ち合わせが無い。
なので僕たちは、精力的に自分たちの夢の達成に動き出すことが出来ず。そして――実はそんな状態が、既に三年近く続いていたりするのだった。
「何処かに落ちてたりしてないか?」
「う~ん、可能性としては随分と低いだろうね。戦時中はこの辺りでも一斉に採取されたって言うし…」
霊卵石は誰かが作る物ではなく、自然の中に最初から存在する物だ。
見付かる場所は様々で、中には地面の上にそのまま落ちていることだってあるし、土の中だったり水の中だったり、山の頂上だったり海の底にだってあったりする。
話によると、大きな樹の幹の中や、割れた岩の間から出てきた――なんて事もあるらしい。
僕は見た事無いけど……。
昔は数も多く、この辺りでも比較的簡単に手に入る物だったらしいんだけど……今から五十年前に終結した大きな戦争の折り、この国の全土で霊卵石が大量に軍に採取されて、その多くが機兵と共に戦場に投入された。
結果、今では急激にその数を減らした霊卵石は、随分と希少価値の高い物へと変わってしまった。
昔のように道端に落ちていたりする事はまず無いし、たまにお店の軒先に並んでいたりする物も、僕たちのような子供には到底手の出せない値段だったりする。
こうなると、普段誰も行かないような場所に行って幸運で偶然発見するか、余程お買い得で良心的な値段で売られているお店を探し出すか、もしくは、元から持っている誰かに譲ってもらう以外には方法が無い。
因みに――この国では拾った霊卵石は発見者ではなく、基本的には発見した土地の所有者の持ち物となる。
なので、そのまま黙って持ち去るのは間違いなく犯罪にあたるんだけど……そこはホラ、拾った場所なんて本人にしか分らないし、あくまで自己申告って感じで黙認されている部分が大きい。
申告なんてする人、まず居ないしね……。
「まったく、時間が無いっていうのに…こりゃ今年の“大会”も見送りかな~」
“大会”――機兵が僕たちの夢を実現させる“手段”なら、大会はその“手段”を行使する“時間”と“場所”だ。
年に一度開催されるその大会の出場チャンスを、僕たちはもう二度も見送っている。このままだと今回の大会も、何も出来ずに終わってしまいそうだ。
悔しいけどしかたない。霊卵石さえ手に入れば、こんな思いをする必要も無いんだけど……。
「…ごめん」
別に僕が悪い訳じゃないんだけど、思わずハイスに謝ってしまった。
でも、ハイスだってそこの事情はちゃんと理解してる。なので「少し愚痴っただけだよ」と言って、励ますように僕の肩を叩くだけだった。
「それに、今年も出れなかったら出れなかったで、また一年間コイツの腕を磨くだけさ」
そう言いながら、腰の横に備えている短剣を皮鞘の上から叩くハイス。
「…そうだね。僕ももっと技術を学んで、整備の腕を上げるよ」
僕もハイスもこの三年間、大会に出場こそ出来なかったものの決して遊んでいた訳じゃない。
いつか霊卵石が手に入ることを信じて、ハイスは“剣術”を磨き、そして僕は“技術”を学んできた。
後退も停滞もしていない。僕たちは間違いなく、お互いの夢に向かって邁進しているんだ。
坂道を上り切ると、村の規模にしては少し大きめの教会が、丘の上で僕たちの到着を待ち構えていた。
開け放たれた大きな扉の向こう側、建物の中には木製の長椅子が幾つも列をつくっていて、既に多くの人がその長椅子に腰を下ろしている。
座っているのは子供ばかりで、大人たちは連れて来た子供や赤ちゃんを他のもっと大きな子供に預けると、直ぐに村へと戻って行った。
「よし、じゃあ俺はいつもの所に行くかな」
「また~?」
そのまま教会の中へ入ろうとする僕とは対照的に、ハイスは教会の横にある森の方へ向かおうとする。
どうせまた森の中で、騎士に成るための剣の稽古――又は昼寝――でもするつもりなんだろうけど……。
「ねぇハイス、幾ら騎士に成るためだからって、字の読み書きくらいは出来た方が良いと思うよ?」
そもそも、ハイスのおじさんもおばさんも、それが目的でハイスを教会に通わせている筈だ。
「ん、まあそう気にするなよ。最近、昼過ぎは親父が仕事を手伝えって煩いんだ。今じゃ剣の訓練をする時間なんか、此処に来てる間くらいしかないんだぜ?」
「それは、そうかもしれないけど…」
「それに、もし本当に字の読み書きが必要になったら、お前が教えてくれるから問題ないだろ?」
「……まったく。そういう所ばっかり僕に頼らないでよ」
とは言ったものの、正直僕はまんざらでもなかった。
いつも自分のやる事に自信を持っていて、自分よりも歳が上の、まるで本当の兄のようなこの友人に頼られることが、ただ純粋に嬉しかったんだ。
なので僕は、この時点でハイスと一緒に教会に入るのを断念し、一人森の中へ入って行くハイスの背中を、だた黙って見送った。
まぁ、こんなかんじでgdgd書いております(--;
続くとイイナ~…