第五話 奴隷…?
私が男達に襲われた場所から20キロほど斜面を下った所に広がった平地。そこに男達の住む町はあった。
その東西南北に正方形に四角く広がった町の周りには、おおよそ対人用とは思えないような厚さの外壁が存在した。外に出る唯一の鉄門は固く閉じられ、鎧を着込んだ警備兵が見張りをしていた。
もう夜になったため町角にはぽつぽつと松明が設けられ、往来に必要な最低限の光量を保っている。
その石道を照らす光を遮ることを躊躇いもしない足取りで、男が一人、町の中心部に向けて歩いていた。
男は、飾り気はないがその手の専門家に見せれば、一発で高価だとわかる衣服を身にまとい、足早に歩をすすめる。男は町の中央にある一番大きな家にたどり着くと、家のドアをノックして、家のなかへと入った。
玄関付近に待機していたメイド服姿の女性は、彼の持つ荷物を預かろうと手を差し出した。それを男は片手で遮ると、身に付けていた短剣だけを彼女へ預け、屋敷の奥へと歩いていった。
男は屋敷の一番奥の部屋にたどり着くと、ノックをし、部屋の主を呼んだ。
「長。」
「入れ。」
男が扉越しに呼び掛けた相手は書きかけの書類に顔を向けたまま返事をする。
扉を開け、一礼をした男は部屋に入った。
部屋の両側にあるのさまざまな種類の書物が詰まった本棚に、挟まれるように置かれた書斎机。
ほのかにカビと絨毯のにおいがする薄暗い明かりの中、部屋の主は座ってペンを動かしていた。
先ほど長と呼ばれた齢40ばかりの初老の男性は男の用事について聞いた。
「どうした。」
「今朝方、北の森から現れた不審な者を捕らえた、との報告が。」
ピタリと羽ペンを動かす手を止め、長は面倒臭そうに顔を上げた。
「この時期の北の森から?…もしや魔物か魔人の類ではあるまいな。」
「いえ、奇妙な服装はしていたものの、人族の女です。
当初その見慣れぬ服装と容貌から、魔物と勘違いした若い衆が取り囲み、停止を呼びかけても立ち止まらなかったため、やむおえず棍棒で殴って気絶させたとのこと。」
ふぅむと鼻から息を吐き、ペンを立ててから長は椅子にもたれ掛った。
「その者は今どこに。」
「腕が骨折していた他、気絶させたときの傷に簡単な処置した後、北の牢獄に閉じ込めて若い衆に見張らせています。」
「そうか…、魔物の子供ではないなら村に危害は加えられないだろう。その者の処理についてはお前に一任する。」
「わかりました」
了解の意志を示した男は、軍隊に所属していた経験を感じさせる直立不動の姿勢を解き、足元に置いていた荷物を持ち上げた。
「これがその女の所有物です。」
「これは……ふむ、珍しい品だ。この袋は皮ではないようだな。」
長は書類を丸めて脇に置き、荷物を机に置かせた。
「麻袋でもありません。特徴的なのはこのつまみです。これを反対に引っ張ると口が左右に分かれる構造になっています。」
興味深そうにジッパーを弄り、
「見たことがない精密な細工が施されている。この中身は?」
空のカバンの中身の所在を聞いた。
「磨いた平らな石か金属のような物が一つ。村の測定器で魔力を計りましたがまったく反応がありませんでした。
また、これは、おそらく書物だと思われますが、材質が分かりません。羊皮紙より薄く、軽くてこの付近で使われていない言語が記されています。」
男は話しながら再び懐に手を入れ、油紙に包んだ私の教科書を取り出すと鞄の隣にそっと置いた。
長はその品物を一通り眺め、やがて興味を無くしたのか私の鞄に入れジッパーを閉じた。
「持ち物から見るに…やもすると北の奥地からさまよい込んだ商人の娘などかもしれんな。」
「…その可能性は低いと思われます。」
長の独り言に近い発言に、男は少し間を開けてから答えた。
今度は長が男の目をじっと見詰めて言った。
「理由は?」
「この北の森を抜けて奥地の村に行くには常人の足で一か月、北の商人街道に出るまで二週間はかかります。女をひとり、しかもろくに食料も持たせず旅立たせるものでしょうか。」
男の一理ある発言に長は面白そうに小さく頷きつつ、問いかけるように続けた。
「旅の途中に商隊からはぐれて遭難したのやもしれん。」
「それにしては服装が清潔すぎます。」
「と、すると近くの奴隷商人から逃げ出してきた¨南の大陸¨の奴隷なのかもしれんな。
森の浅い所にいたわけも、奇妙な服装や言葉が話せないのもうなずける。」
長はまた顎鬚を弄ると、一番無難な可能性を提示した。
「奴隷の逃亡は重罪です。
大方、売って逃亡生活の足しにするために主人の持ち物を盗んで逃げてきたといったところでしょう。」
男は不動の姿勢を保ちつつ長の意見に同調した。
長は男の発言に満足そうに顔を緩めると、少し考えてから男に命令を下した。
「そうだな…まず自警団に連絡し帝都からの手配書と照合しろ。もし記載されていなければ一度お前が行き、北の言語で会話できるか試せ。衛兵に突き出すはそれからでも遅くないだろう。」
「承知しました。それでは、失礼。」
男は恭しく主人に一礼をすると、部屋を後に屋敷を出た。
男はその不思議な品物を持って手配書のある詰め所へ向かい、町の薄闇へときえた。




