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流れ星  作者: 景雪
9/11

生きて虜囚の辱めを受けず

 夜明けは近かった。霧は晴れていなかったが、視界は徐々に良くなってきた。陣地の周りは両軍の死体があちこちに転がっていた。日本兵の多くはまともな被服さえ着ていない。棒きれや、鎌や鍬を持った者までいた。何故そこまでして立ち向かって来るのかリチャードには理解できなかった。

 ポールの遺体に、脱ぎ捨てられた誰かの外套をかけた。リチャードは怪我人の手当てを急ピッチで進めた。兵士は恐怖心で手足を震わせている者が多かった。霧の中から突如襲って来る日本兵は幽霊にしか見えなかった。こんな状況下でまともに医療行為ができる自分は、気が違ったのかと思えてならなかった。

 日本軍が雀ヶ丘と呼ぶ高地に布陣する第五十工兵連隊が、師団司令部に迫った日本軍の勢いを止めた。アーノルド准将自らが銃をとり日本軍を迎え撃ち、集中砲火を浴びせた。三百人規模の日本兵たちは、倒れても倒れても立ち上がって向かってきた。手のない者、足のない者もいた。軍服と階級章から、先頭に立つのがヤスヨ・ヤマザキ部隊長と思われ、右手に日本刀、左手に日章旗を持っていた。

 「コウサンセイ! コウサンセイ!」

 日系二世の兵士が投降を呼びかけたが応じる兵士は一人としていなかった。威嚇のために放たれた銃弾の一発がカーネル・ヤマザキに当たった。彼は倒れたがむっくりとまた立ち上がり、突撃と言うよりは死への行進のような遅さで向かってきた。またヤマザキに銃弾が当たり、彼の左腕から日章旗がこぼれ落ちた。彼は右手で日本刀と日章旗を握り、何事もなかったかのように最期の突撃を続行した。日本兵はやせ細った身体で眼球だけが気味悪く飛び出ていた。とても同じ人間だとは思えなかった。

 「ジャップ!」

 たまりかねたのか、米軍兵士の一人がライフルを連射した。それが口火となって米軍兵士は次から次に引き金を引いていった。

 「やめろ! まだ撃つな!」

 将校が叫ぶ声は銃声でかき消された。小銃も機関銃も一方向に向けて撃たれ続けた。まだ実戦経験のなかった兵士の一人が、「当たった! これで三人殺したぞ!」と馬鹿のようにはしゃぐ声が響いた。

 薄明かりがすっかり明るくなり朝が来たことを教えてくれた。まだなお濃い霧が覆う先に、息のある日本兵はもういなかった。

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