玉砕
「日本軍の夜襲だ! かなりの規模だぞ! 第一線も第二戦も突破されている! 起きろ!」
大隊長が怒鳴った。暗闇に溶け込んでいたテントが息を吹き返したようにランタンの火で明るくなった。軍服や武器を用意する男たちの騒がしい物音でやたらに早い朝が訪れた。
「ジャップは凄まじい勢いでこちらに向かって来る! コックでも運転手でも誰でもいいから銃をとって配置につけ! 奴らを師団司令部に近付けるな!」
リチャードはライフルを持って日本軍が向かって来るという方向に走った。靴を片足に引っかけたポールが慌てて後を追った。二人は土嚢を積み上げた防衛線の一角に腰を下ろした。霧で何も見えなかったが、うっすらと朝が忍び寄ってくるのは感じた。
「バンザーイ!」
雄叫びが霧の中から飛び込んできた。黒い塊が霧を割いた。味方の機銃掃射で塊は砕け散った。しかし次から次に塊は突入してきた。日本兵は銃剣をかざして、獣のような声を張り上げていた。
「ドク、もっと後ろに下がってくれ。あんた達に死なれちゃ困るんだよ!」
兵士の一人に肩をつかまれ、リチャードはポールと後ずさりした。霧で視界が悪いので同志討ちを避けなければならず、米軍はありったけの火力をぶち込むことができなかった。狙いを定めきれずにいる米軍兵士の腹を、日本兵は銃剣で突き抜いていった。
「助けてくれ! ドク! 助けてくれ!」
腹から内臓が飛び出したままそう叫ぶ兵士に近寄って行こうとしても、足が動かなかった。凍えるような寒さのはずが、額と首筋には汗がにじんでいる気がした。血の臭いが鼻の穴を一杯にした。
リチャードが身動きできないのを察してか、ポールは助けを呼んだ男の元に走り寄ったが、もうその男には息がなかったので、開いたままの目を閉じてやっていた。ポールはすぐ隣に仰向けに倒れる日本兵に気付き、肩を叩いた。日本兵はまだかろうじて生きているようだった。ポールはしきりに片言の日本語で話しかけていた。たまに撃ち上がる照明弾が、少年のような日本兵の顔を浮かび上がらせた。
「おい! こいつは助かるかもしれないぞ! 捕虜にできる!」
ポールがリチャードの方を振り返って笑った。白い歯が異様に暗がりに映えた。日本兵は自決する気力も失ったのか、ポールの腕の中でぐったりしていた。
「バンザーイ!」
突然、血まみれの日本兵が暗闇の中から向かってきた。ポールはライフルを地面に置いていたので構えるのが間に合わなかった。リチャードは走ってくる日本兵にライフルを向け、引き金に指をかけた。
「逃げろ! ディック! 逃げろ!」
ポールが叫び、両手を開いて立ち上がった。同時に、ヘルメットに手榴弾を打ちつけた日本兵が倒れ込むようにポールに体当たりした。リチャードは咄嗟に尻もちをついて後ろに倒れ込んだ。轟音と閃光とともに、日本兵の握っていた手榴弾が炸裂した。尻もちをついて姿勢を低くしたお陰で、リチャードは爆風や破片を受けずに済んだ。煙が薄くなると目の前にはもう人間はいなかった。照明弾やサーチライトで照らされるそこには、人であった薄い赤色をした肉の塊が三体あるだけだった。
「おい! ポール!」
やっと動くことができたリチャードの声に、応えるのは焦げた肉の匂いだけだった。