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流れ星  作者: 景雪
7/11

星夜

 「ディック、ちょっと来てみろ」

 テントに潜り、頭から毛布にくるまるリチャードはポールの声を無視した。ポールはトイレに起きたようだった。負傷兵は増えるばかりで日中は休む暇がなかったから、夜くらいは誰にも邪魔されずに休みたかった。

 「ディック」

 「……便所くらい一人で済ませろよ。日本兵が怖いのか?」

 「いいから、来てみろよ」

 強引に腕を引っ張られて、リチャードは不快感を露わにしながら舌打ちをした。テントの出入口に頭をぶつけながら何とか外に出て、人差し指の背で目やにをこすり落とし、空を見ると凍ったように棒立ちになった。ポールも同じ体勢だった。二人とも、口を開けたまま空を仰いだ。

 星が夜空を覆っていた。上陸前を含めて、この島に来てから半月以上、霧と雲が晴れる夜はなかった。余りの星の多さとまばゆさに溜息さえ出なかった。毛布を引っかけただけなのに寒さは感じなかった。遠くで奇声のような声が聞こえた。数発の銃声がして声は止んだ。殺し合う人間以外ろくな生き物のいない極寒のこの島に、不釣り合いな生命体が空から降ってくる気がした。

 「明日、終わるかもな。敵の最期の拠点は近いそうだ」

 リチャードはポールの言葉を耳の端に入れながら、流れ星が落ちるのを目で追った。けれど、リチャードが見ている目の前で星は流れてくれなかった。

 テントに戻って、二人は身体が冷え切っていることにやっと気付いた。毛布にくるまり身体を丸め、手足を耐えずこすって体温を上げた。眠れないのでリチャードはバーボンを一口飲んだ。それでも眠れなかった。彼はカズオ・タニグチのことを思い出していた。不思議と、今日の星空をカズも見ている気がしてならなかった。彼なら流れ星に何を願うか考え、きっとユリコの幸せだろうと思った。カズと最後に飲んだ夜、リチャードは酔っ払って星を見ることができなかった。カズと一緒に星空をもう一度見たい。そう思った。

 そうだ、俺は流れ星に何も願っていない。気付いてしまうと気になって気になって余計に眠れなくなった。どうせ眠れないなら流れ星を見てからにしよう。リチャードはポールや他の同僚を起こさないようにゆっくりとテントの外に出た。

 リチャードが瞼の裏に描いていた星空はなかった。いつの間に発生したのか濃霧が辺りをすっかり包んでしまっていた。通信兵が何やら無線機を耳に当てて騒いでいる。当直の歩哨が落ち着きなく歩き回っている。普段なら顔を真っ赤にして眠っているはずの大隊長がしきりに部下に指示を出していた。ただ事ではない事態が起こりつつあると理解できた。

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