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はじまりの事件

初投稿です。

 このお話を初めて活字にしたのは、今から15年も前でした。ワープロで感熱紙に打って、ホッチキスで留めた、一冊だけの本。本と呼べるような代物ではありませんでしたが。当時はそれで満足していました。しかし、月日が経つとワープロは壊れ、感熱紙の字は薄れ、ほとんど読めなくなりました。

このようなサイトを知り、再び書いてみたいと思いました。評価、感想よろしくお願いします。


「なぁーにが、バカンスを兼ねてのおいしい仕事よーっ!」


 自分の出した大声の反動でグラリと眩暈を感じながら、受話器を叩き付けた。

 ホテルのロビーに居た人々の視線を振り払うように外へ飛び出す。

 外は今まで体験したことのない暑さだ。


「編集長なんて本当に信じられないわ。狸よ、狸。今度こそ絶対に辞めてやるっ。ええ、お望み通り辞めてやるわよ!」


 眼が眩む様な陽射し、それを反射する足元の砂を、蹴りつけるように歩くと、数歩も行かないうちにまた汗が吹き出てきた。

「今に見てなさいよ。狸め。」


 汗で額に張り付いた前髪をかきあげて毒づく。

 長く伸ばしたややカールがかった栗色の髪を桃色のリボンでまとめ直しながら、同じく栗色の瞳で険しく前方をにらんでいる。


 彼女の名前はアリスン・レイノルズ。

 イギリスの某新聞社に記者として勤めはじめてもう三年経とうというのに、希望する部署には入れず、あっちこっちと、閑職をたらい回し。

 やっと記者らしい仕事をまわしてもらったと思えば、希望とは程遠い、クビ同然の扱いで、真夏にエジプトへ飛ばされて来たわけである。

 とにかく暑い。空港からクーラーの効かないバスにゆられて三時間、さらにバス停から一時間半。

 ジリジリと熱い道をひたすら歩き続けて辿り着いた宿は予約されていませんので部屋はございませんと言う。

 会社の指示があったのは確かなのだが。

 苛立ちと熱さで頭に血が上ったアリスンは、涼しい部屋でコーヒーを飲んでるであろう編集長に抗議と辞職の旨の電話をかけたのだが、その編集長が今日からバカンスで地中海へでかけたというのだ。

 アリスンは運良く首の皮一枚で記者を辞めそこねた。


「…どうするかな。カイロ市街までもどらないと宿はないわね。」

 となるとまた灼熱地獄の中を一時間歩き、観光客でぎゅうづめのバスに3時間。アリスンは体力に自信があるほうではあるが、この国の想像を超えた暑さにはまいってしまう。

 ため息をつきながら振り返ると、この国最大の観光資源が目の前だ。

 大ピラミッド。

 この大き過ぎる人類の遺産は市街地からでもよく見える。

 それでもピラミッドを目の前で見たい、寝食をともにしたい、という観光客のために、ピラミッドのすぐ隣に高級観光ホテルが建てられたのだろう。

 とはいえ、貧乏旅の新聞記者には縁遠い。

 手違いで宿泊客になりそこねたアリスンは送迎のバスには乗せてもらえなかった。

 ピラミッド観光客を乗せるクーラー完備のバスが整備された道を走っていく。

 にじむ汗を拭いて、リュックからカメラを取り出すとシャッターをきる。暑い日差しのなかで、太陽のように輝いてみえる壮大な建造物。

 時計を見ると正午を過ぎていた。

 今が一番暑い時間だ。

 観光客がバスで乗り付け賑わうのは東南側のピラミッドの入口の通り、スフィンクスのある所だ。

 アリスンの歩く北西側の道には人影は少ない。

 取材相手の人物と会う約束はニ時だった。ゆっくり写真を撮りながら歩いても遅れることはないだろう。

 つい大きなピラミッドにばかり目が行くが、その周りには小さくて形も様様なマスタバ群が並んでいる。

 王妃の為のピラミッド、労働者達の村跡。そのあちらこちらに小さなテントが張られ、熱風に煽られてはためいていた。

 アリスンは暑さに朦朧としながら無心にシャッターをきっていた。

 何かに狙いを定めるのは得意なはずだった。

 アリスンは学生時代、競技射撃の選手だったのだ。英国内での成績もよく、アメリカ留学までしていた。

 それが、今では完全に自分の方向性を見失ってしまっていた。

 定めるべき狙いが分からないまま、手をひかなければならないなんて…。

 真実を知りたくて休学し、父と同じ政治部の記者になりたくて、入った新聞社だったが、芸能や社会部を三年たらい回しにされ、今ではほとんどフリー扱いになっていた。


「何してんだろ。」

 ファインダーをのぞけばやっぱり〈父親〉をさがしてしまう。

 最初から上手くいくはずはない、若いのも本当、女なのも本当。多少風当たりがきつくても負けないように、我慢してきた。

 ただ、知りたかった。

 どうして父が消えたのか。

 父が消息を絶ったのは二年前の夏…、もう三年になるのか。

 何もわからない、手掛かりさえない。

 ただ焦りだけが、日が経つにつれ彼女を追い詰めている。


「…もう!」


 ネガティブになるのは苦手だった。カメラをおろして、努力して上を向いた。

 眩しい、熱い。後ろ向きな気持ちが音を立てて焼けていくような気がした。




「ぅわっ!」

 避けようとした時にはもう遅かった。

 スフィンクスに近くなり、観光客や彼ら目当ての行商人たちのざわめきを横目に、少し離れたピラミッドをファインダーに捕らえた時、砂を蹴る足音ともに男がぶつかってきたのだ。


 これが、アリスンのこれからの災難と不運の、そして冒険の幕開けにもなる、はじまりのささやかな事件だった。






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