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第一幕 第六節:出発の刻

ギュ、と靴紐を結び、これから始まる旅へと備える。


備えるといっても馬車もある快適な旅だからそこまで気がまえることはない。


実際フィルアシニ達もかなりの軽装だ。


いやまぁ、全身革で包んでその上からベルトを巻きつけてるのを軽装というのならの話だけれど。


靴紐を結び終え、剣を腰寄りの背中に横掛けにして吊るす。


少し腕が疲れたときは肘を鞘におくことができるという便利仕様だ。


そんなに腕だけが疲れるときはねーよとよく礫に言われたものだが俺としてはこのかけ方が一番気に入っている。


昔の事を思い出しながら準備を着々と整えていると、コトリが馬車への案内係として部屋へと入ってくる。


全く目も合わさずに準備をしていると、コトリは言いにくそうに言葉を放った。


「あ、あの、あの右目・・・なんですけど。やっぱり教えてもらってもいいですか?」


コトリの好奇心は保身に勝ったか・・・


と、そんな事を考えながら、必要最低限のものを詰めたバックを肩に掛けてコトリの目の前に立つ。


「俺も知らない。」


俺がそういうとコトリがとても肩透かしを食らったような顔になったが実際知らないものを教えろといわれても無理がある。


****


それぞれの準備が整い、”見かけ上は”和やかに出発式が執り行われた。


しかしギムニから漏れ出す敵意はこちらを辟易させるに足るものだった。


ちっとばかしやりすぎたか・・・


そんな事を思いつつも、ここで荒事になる事はないだろうと思い警戒を解く。


出発式の内容は特別どうというものでもなかった。


形式上の祝福を受け、万が一のことがないようにと言う風な儀式を行うぐらいだ。


あまりの口上の長さに欠伸が出そうになるのを噛み砕き、眠気眼をこする。


何時になっても、何を経験してもこの式ってやつのだるさは苦手だ。


延々と続く口上が終わり、いよいよ出発。


高らかに鳴り響くファンファーレを背中に受け、城の外に広がる草原へと足を踏み出す。


最初から馬車に乗ればいいといわれたのだが、今から戦う事を前提に旅をするのだし、俺としてはどのような感触があるのかが知りたい。


その考えから最初の100M程は歩きにしてもらったのだが。


どうも違和感がある。


地球のようなあのずっしりとした堅い地面というよりはどちらかといえば堅くなったマシュマロのような気分がする。


地球よりは地面が柔らかいのかもしれない。


空に浮いてるから空気を多く含んでいるとかそういうことか?


その地面の違和感に慣れずに首を捻っていると、サァッという涼しい風が頬を撫でる。


その風につられるようにして顔を上げると、いつの間にか一面には木がぽつぽつとあるだけの草原が広がっていた。


もう日本では滅多に見られないこの光景に自然と胸が躍る。


思わず駆け出したいという衝動に駆られるが、隊列を崩すわけにもいくまい。


そう思い振り返って後ろを歩く面子の顔を見ると、あのギムニの顔ですらこの草原に来た為に和やかになっている。


自然には誰も敵わないな。というのをこういうところで感じさせる。





いい旅になりそうだ。


****


「よぉ、あいつら出発したんだって?」


ハイミアが片手を上げながら目の前を歩いてくるアクルアへと話しかける。


そのハイミアの出現に気付いたアクルアは視線だけハイミアに向けて答える。


「そうみたいね。というか貴女何してたの?出発式を欠席してまで。」


アクルアがそう問うと、ハイミアはすこしばつが悪そうに頬をかいて答えた。


「あーいやなんだ。二日酔いでなぁ・・・頭いてぇんだよ・・・」


「嘘ね。」


苦し紛れのハイミアの言い訳をぴしゃりと否定されると、ハイミアはやっぱりかなわねぇなぁ・・・と言って突然神妙な面持ちになって小声で言った。


「三年前。私達の記憶が途絶えた。」


珍しく真面目に言うハイミアに、自然と釣られてアクルアも神妙な面持ちになる。


「私は前々からあれが何だったのかって疑問に思ってたんだ。思い出はないが知識はあるあの感覚は何時になっても慣れなくてな。でも原因をしれば幾分かすっきりするんじゃねーかと思って。」


彼女はそういうと肩を組んではたから見れば仲がいい女性と映るような格好をとり、アクルアに静かに囁いた。


「三年前のヒナの急な立場上昇。これは恐らく間違いだ。急な上昇ではなく、元々この評議会にいたんだよ。」


彼女のその突拍子のない台詞に、アクルアはため息をついて返した。


「確かに三年前以降の記憶はないけど、でもそれ以前はギムニさんがずっと評議会を一人で勤めていたという話じゃない。それに、ヒナさんが評議会へ上り詰めるためにとてつもない努力をしていたという噂は確証をもって広まっているわ。」


彼女が当然のようにスラスラとそういうと、ハイミアは少し得意げに言った。


「あのなぁ、三年前の刷り込みを何時まで信じてんだ?人は何もない状態。つまり情報の真偽を計ることが出来ない状態ではソレを信じるしかない。けれどもそれは信じ続けないと行けないわけではないだろ?考えてもみろ、私達はヒナが評議会の地位に上り詰める前の地位が何処だったか、知っているか?加えてヒナが評議会に上り詰める前、ギムニが一人で評議会を支えていたという証拠は?」


彼女がそういうと、アクルアは少し考え込むようにして言った。


「ですが、それだとすれば一つおかしな点があります。ヒナさんがもともと評議会にいたとして、何故ギムニさんを悪政のシンボルに?それとなぜ自身の大陸に住む仲間の部族を潰したのですか?」


アクルアのその言葉にハイミアは静かに答えた。


「ギムニを仕立て上げたのは恐らく他の奴等・・・つまり私達を”正義”と言う言葉に酔わせて一致団結させるためだろう。敵を倒す為に集まった人間たちはそれなりに信用できるからな。んでもってギムニにはお前は一人で国民を操っていた~とかなんとか言ってたんじゃねぇか?あいつちょっと自分に酔ってる部分があるからそこをくすぐればちょちょいのちょいだろ。」


彼女はそう言うと一旦口を閉じ、通り過ぎる守衛に一つ笑みを返して続けた。


「部族が潰れた。とはいうがそれは私達が評議会に就く前の話だ。潰れた後も燃え尽きたとか言われて残っちゃいねぇし。それの真偽はどうやって確かめるんだ?」


「それならばコトリがいるじゃありませんか。」


「さっき言わなかったか?”全員”刷り込みされている可能性がある。ってよ。その刷り込みが必ずしも良い記憶とは、限らないだろ?」


ハイミアのその言葉にアクルアは息を呑んだ。


その様子をみてハイミアはあまりに真面目にやりすぎたか。と少し反省をしてフォローをするために先程までの真面目な調子とは一転して、明るいふざけた調子で言った。


「ま、私のこの話もある種の刷り込みと同じと言えるからな。お前はお前なりに調べてみるといい。その結果が、良いか悪いかは知らないけどな?」


彼女はそういうと肩を離し、背を向けてひらひらと手を振ってアクルアを残してどこかへと消えていった。


ここで彼女は気付いたのだ。


今まで常識だと思って疑わなかった全ての事は。


一切証拠のないあやふやな事だと。


そして自分は。


それに気付きもせず、それを疑いもせずにのうのうと生きてきたのだと。

最後まで読んでくださってありがとうございます。


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