第六幕 第四節:始
大変遅くなりました。
ラストスパートです。
「まぁこの世界が何だろうが知ったこっちゃねぇってのが正直なところだぁな」
グシグシと頭を掻いて、詩架は言う。
「俺としては俺の・・・いや、由佳や礫や、琉雨の世界を侵そうってぇのが頭にくる。ただそれだけだ。進軍だ・・・・さぁ行くぞ」
詩架がそういうと、ブツリと音を立てながらゲートが閉じた。
十分だ。
ここまでの言葉だけで彼らを動かすのは十分なはずだ。
あとは風の大陸へ乗り込んで、仲間たちの世界へ降りかかる火の粉をなぎ払えばいいだけだ。
心の中でそう決意して、ふぅとため息を吐くと、心配そうな表情でこちらを覗き込んでいるシャノアの顔が視界に入る。
「何だ?」
詩架が聞くと、シャノアはテコテコと近くに歩み寄ってきて言った。
「私は・・・知っての通り感情から生まれた存在よ。だから・・・」
その先を言いにくそうにどもるのを見て、その先に続くであろう言葉を予測して、詩架は言う。
「あぁ、人間が過去を思い出せるように、お前も過去に飛べる・・・って話だろ?」
詩架がそういうと、シャノアはうなずいて言う。
「だから・・・その、三年前にアンタが死んだっていうのも取り消しにできると、思う。けれどもそれにはアンタの手伝いが必要なの・・・アンタが、もう一度辛い過去を追体験しないと、いけないの。そうじゃないと私は過去に飛べない」
キッと視線を鋭く尖らせてそういうシャノアを見て、詩架は自身の胸の内にある決意を秘めたまま、シャノアに言った。
「ああ、もしかしたら・・・・頼むかもしれないな」
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カツン、カツン、と地面の大理石と足の裏がぶつかって、クリアな反響がこだまする。
「そろそろ、終わりにしようかしら?」
琉雨はそういうと、両手にもった剣を自身の両側にぶら下げるようにしてたれ下げる。
(また・・・あの構えか)
ギリ、と歯軋りをして琉雨の構えを見据える。
合気道を基本とした彼女の動きは自分が腕力的に劣っていることを十二分にカバーできる構えを編み出した。
体に力が入っていない分スピードも出る。
それに聖紋の力が加わったならば、それは誰にも破られない防御となる。
しかしそれはただの防御でしかないと、ギムニは予想した。
(攻撃しなければ・・・いいだけだ。時間を稼げば。何かが変わるはず)
この予想は、記憶の残っているなかで実戦の経験があまりにも浅かった、と言う他ないだろう。
現に次の瞬間にはすさまじいスピードで迫る琉雨に人たちで地に伏せさせられる。
「話に、ならないわね」
そういって見下ろした琉雨の視界には、悔しげに歯を食いしばるギムニの姿が映った。
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「さぁ、進軍じゃ!」
ハイナの大きな声で号令をかけられ、風の大陸に集結した兵士たちはゆっくりと行進を始める。
その数6千。
いったいどこにこれだけの数の人間が押し込まれていたのかと疑問に思いたくなるぐらいに集まったその兵士たちは、一人ひとりが歴戦の勇者といっても差し支えないほどの実力の持ち主だった。
その集団の中に混じって、笠花達が再会を喜びながら行進していた。
「いやぁ。全くあの氷見が一番強い敵を倒したって聞いたときはびっくりしたよ」
悠介がそういうと、肩を痛そうにかばって歩く氷見が苦笑いをする。
「ちょっとちょっと、私たちも二番目のやつ倒したんだからね?」
あんまり氷見にかまっていては可愛そうだと気を遣ってか、梨魅が口出しする。
「いや二番目ったってお前ほとんど二対一だったって自分で言ってたじゃねぇか」
「いやそれは相手が勝手にやったわけであって私たちがそう促したわけじゃないわよ!」
「結果として二対一になったんだ関係ないってば」
などとギャーギャー言い合う彼らをしみじみとした様子で見守るように一歩引いている詩架の存在に、全員が気づいていた。
そして、その表情にこめられた意味も、もしかしたらすでに全員が悟っていたのかもしれない。
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ガン!と大きな木製扉を蹴破ると、その先にはボロボロになったホレイムが片ひざをついてヒナをにらみつけている。
「くっそ・・・・実力を隠してたのか・・・狸め・・・・」
ゲホッと肺にたまった血を吐くと、ゆっくりと立ち上がる。
「記憶が戻ってアンタの実力も大体思い出したはずなんだけど・・・こんなに強かったかね・・・?アンタ」
顔を引きつらせたような笑みをホレイムが浮かべた次の瞬間に、ホレイムは再び風の刃を受けて吹き飛ばされる。
ドッと鈍い音をたてて琉雨の隣に吹き飛んだホレイムは、かろうじて開いている目で琉雨を確認して、小さく言った。
「に・・・げ・・・ろ・・・・」
それだけ言うとガクリと力を失って体の動きが止まる。
慌てて首に手を当てて脈を取ると、幸いまだ脈ははっきりと続いている。
「ふ・・・ぅ・・・」
思わずホッとしてため息を吐くと、次いでふつふつと次第に怒りが沸いてくる。
「逃げろ、なんていわれたけれど。短い付き合いでも知り合いになっちゃった人間がこんな目にあわされて逃げられるほどの賢い性格は・・・三年前に消えちゃったのよねぇ・・・・あいにく」
シャン、と腰から剣を引き抜くと先ほどのように剣をぶら下げる構えをする。
「最初から・・・本気で行くわよ!」
ダン!と地面を蹴って一気にヒナに肉薄すると、ヒナの眼前でもう一度思い切り地面を蹴り、反動で両の剣をしたから上に切り上げるようにして振り上げる。
それを横にかわしたヒナの動きを追って左手の剣を真横に薙ぐ。
「いい反応だ・・・!」
あと数センチでヒナに剣が触る、といところでヒナが展開した風の盾に弾かれ、ヒナがカウンターとして放った風の弾丸が腹部へめりこむ。
「ぐ・・・・ふぅ・・・っ」
肺の空気が一気に吐き出され、空中で空気を求めてあえぐ。
しかしその隙も与えずに、風の弾丸を自分の周囲に数十個も展開させ、その弾丸をすべて琉雨に叩き込む。
ドン!と壁に叩きつけられると、一気に視界がかすむ。
「だめだ・・・もう意識が・・・」
どこかで響く金属と金属がぶつかって鳴る甲高い音を耳に覚えながら、歩み寄るヒナをにらみつける。
「まだにらみつけるほどの力があるとはの・・・賞賛に値するが、わしを殺すまではいかんかったな・・・残念だったのう?」
ヒナはそういって、右手に濁った色をした風で作った剣を握り締め、琉雨へ振り下ろす。
そのまま琉雨の首が飛ぶ、その直前に、風の刃は透明な何かによって阻まれた。
「好き勝手やってくれちゃってよぉ」
怒りと笑みを含んだその声色のぬしは、カツン、カツンと大理石に靴を鳴らして暗闇の向こうから現れる。
「真打登場・・・ってな」
後ろに傷を負った仲間を連れて現れた詩架は、左手に持った剣を構えるでもなくヒナに歩み寄る。
「久しぶりだな、ドチビ」
ハン、と嘲笑の笑みを浮かべて真っ先に言った言葉は罵倒で、琉雨の胸倉をつかむと体を透明なベールで包んで後ろにいた氷見に託す。
「お前たちはハイナ達の手伝いをしてやってくれ。お前たちはもう強い敵と戦ったんだろ?だったらここは俺の出番だ」
そう言って詩架が地面を思い切り踏みつけると、弾かれるようにしてヒナは後退する。
ヒナが後退したことと、仲間たちがこの場からいなくなったことを確認すると、詩架は右目のカラーコンタクトを外して剣を構えた。
「こっから先は殺すか殺されるかの二者択一。いわゆるデスマッチだ」
「ふん、粋がるな、小僧が」
「ハッ、二度も血迷った老害が言ってくれるなァおい」
「貴様にはわしの崇高な理念はわかるまい」
「きたねぇジジィの皮脂で固まった理念なんぞ知りたくもねぇし見たくもねぇよ。なんてこたねぇ。ただの掃除だ。殺し合いですらねぇよ」
詩架はそれだけ言うと、これで話は終わりだ、というように人差し指から雷を弾かせてヒナへ攻撃する。
パチン、という音がヒナに届く前に攻撃自体がヒナに行ったのだが、それはヒナの自動防御である風の盾に阻まれる。
「便利なモンもってんな老害!保身には長けてるってかぁ!」
ダン!と大理石をえぐる勢いで地面をけ上げヒナへと肉薄する。
下方から振り上げた刀はヒナの風で生成された剣に阻まれるが、これは同時にヒナのもっている右手の剣を封じたという意味でもある。
ハイナから教えてもらったダイヤモンドを精製する魔法を使って瞬時に右拳を固めると、風の盾へ思い切り叩きつける。
しかし案外ダイヤモンドはもろいもので、あっさりと割れてしまう。
「くそったれがっ」
剣越しに放たれたヒナの風の弾丸を同じ風の魔法をぶつけて相殺すると、左足を振り上げてヒナの胴体を狙う。
しかしそれはヒナに受け止められてしまう。
「遅いぞ若造!」
ヒナの掛け声とともに二人の周囲にいっせいに発生した風の弾丸は出現したと同時に詩架へと襲い掛かる。
それを視界に捕らえると心の中で舌打ちだけして、大理石を浮かばせてそのすべてを迎撃する。
「その程度じゃくらわねぇよ!」
ブン、とつかまれている左足を後ろに振り払うと、左足をつかんでいたヒナは呆気なく吹き飛んでただっぴろい部屋の壁へと衝突する。
それを追撃するようにして右手に作った風の刃をヒナの飛んでいった方向へと投げつける。
もうもうとその場に立ち込める土煙の中から、弾丸のようにヒナが詩架へと飛び掛る。
右手に風の剣を握ったヒナは真上に引き絞った腕を思い切り振り下ろす。
風を纏った事で攻撃範囲が莫大に広がったその人たちをありとあらゆる魔法を駆使して後退してかわすと、左手に持っていた剣をクルリと一回転させ、周囲に浮遊する空気中の水を集め、剣の周りに氷の刃を生成すると、ブン、と思い切り剣を振り払ってその氷の刃を放つ。
ドドドドド!とマシンガンが放たれたように続けざまに鳴り響く着弾音に耳がイかれそうになる。
再び土煙が立ち込めてヒナの様子が分からなくなるが、今回はその土煙からヒナが飛び出てくる気配はない。
何事か、と薄くなってきた土煙の中を凝視すると、そこには敗れた皮の間から黒い何かを漏らしているヒナが居た。
いや、何か、というのはおかしいか。
「お前・・・影の力に、手を出したのか」
舌打ちをして言うヤイナの言葉を聞いて、ヒナは笑う。
「そうじゃ、これは素晴らしいぞ?先だっての戦争であ奴が手を出した理由が身にしみて分かるわい。コレは戦えば戦うほどに、力を増す」
ヒナはそう言ってゆっくりと。ただ掲げるだけかと思わせるほどにゆっくりと右手を横に薙いだ。
何を―――
そう思う間もなく、城の上半分が空の彼方へと吹き飛んだ。
「――――は?」
あまりに規格外なその力を目にして一瞬詩架の動きの全てが止まる。
「ふっざけてくれるじゃあねぇか・・・お前・・・」
詩架がそう言った後に、しばらくの沈黙が流れる。
外で乱戦を繰り広げている兵士達全員が手を止めて、城の大広間に居る二人を眺めていた。
コレほどまでの力を見せ付けられて呆然としない人間が、いるだろうか。
普通なら、居ない。
しかし今回は居た。
「借り物の力で、調子に乗るんじゃねぇええええええええええええええええ!!!」
詩架は叫んだ。
ドン!と周囲全方向に透明な突風が吹き荒れる。
霞む視界が開けたその先にある光景は。
黒いモノを噴出す悪魔と。
白い風を噴出す天使。
いつぞやとは違い目、髪が銀色に輝く詩架は、まさに天使・・・いや、伝説に謳われる霊光の地の人間だと、断言できる。
ハイナはその光景をみて、思わず呟いた。
「敵、味方関係無い。全員目に焼き付けておけ・・・・」
神話の続きが今、紡がれる。




