過去篇 第二十節:転機
「おいどうなってんだ・・・おい・・・なんでお前逃げてないんだよ!」
詩架が駆け寄るが、既にリリは取り返しが付かない量の出血だ。再び元気に地を走り回る事は、もう無いだろう。
「あ・・・詩架・・・生きてたんだ・・・ね・・・」
ゲフ、と肺に溜まった血を吐き出しながら安堵する彼女の姿は痛々しく目に映る。
「影・・・だよな」
「うん・・・ごめんね・・・やられ・・・て・・・」
たどたどしく言う彼女の言葉にふつふつと怒りがわいてくる。
怒りというその感情の洪水をせき止めていた理性というものは、リリが瞳を閉じたのと時を同じくして、ぷつりと途絶えた。
「おまえら・・・」
始めはゆっくりと、詩架は動き出す。
くるりと背後を見て影をにらみつける詩架のその表情は、影すらも足をすくませるほどの憎悪に満ちていた。
「一度だけじゃなく二度までも殺しやがって・・・」
「このまま生きていられると・・・・思うなよ」
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この先に起きた事は、霧ヶ峰しか知らない。
荒れ狂う詩架の両目からは銀の光がほとばしり、最初に振るった一撃の拳は霧ヶ峰のいる高所の人間にまで届く。
霧ヶ峰は戦いで鍛え抜かれた感覚でかろうじて意識を手放さなかったが、隣にいた訓練も何も受けていなかった魅麗や梨魅は気絶している。
一瞬手当てをしようと思いもしたが、そんな事を忘れさせるような情景が眼下で進んでいた。
たった一人の少年が、何百とも知れない数の影を相手取り圧倒していた。
なだれのように畳み掛ける影の攻撃をものともせずにかわし、的確に首を裂く。
残像のように残る両目の銀の光で出来た道に残るのは影の死体のみ。
どういうことだ。
どんな兵器でも殺せないと諦めていたのに何故、剣一本で殺せる。
ぐるぐると回る疑問符の中でたった一つ導き出せたのは常識ハズレなこんな事だった。
「魔法・・・?」
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詩架の暴走はしばらく続いた。
二時間とも、三十分とも分からない。
時間の感覚を忘れるほどに詩架の戦闘に魅入られていたのだ。
綺麗過ぎるそのたち振る舞い。
とても怒りに身を任せて強引に戦っているとはおもえないその動きは歴戦の兵士が感嘆するに値するものだった。
やがてその場に居る影全員を殺し終えると、詩架はぱったりと動きを止めてその場に倒れこんだ。
無理やり体を動かしてたのか。と自分の中であたりをつけた次の瞬間には手当てを始めた。
(馬鹿か俺は。あんな戦いにみとれやがって)
心の中で自分に叱咤しながらまず魅麗と梨魅の手当てをする。
どうやら内耳がおかしくなっただけのようでそこまで大事というわけでもない。
そう診断した霧ヶ峰は次いで詩架のところへと走った。
あれは振動で内耳がおかしくなっていた。
近くにいた琉雨たちもまずい状況にあるとは思うが、今はまずこちらが先だ。
ザァッと砂を巻き上げながら出すぎた勢いを殺して詩架の元へと駆け寄るり触診をはじめる
「とりあえず俺の知っている範囲内での異変は・・・無い」
もともとあった傷が開いていたりしているのはまだ誤差の範囲内だ。
死ぬようなものでもない。
ふぅ、と溜め息をつくと、自分で意識を回復させた琉雨がいつの間にか霧ヶ峰の背後に立っていた琉雨が霧ヶ峰に聞いた。
「これ、詩架がやったの・・・?」
「・・・ああ」
声に反応して後ろを見てみれば、彼女の足は布越しでも分かるように一部が発光していた。
今は瞳を閉じていて分からないが、この光は詩架の目のソレと全く同じものだ。
「こいつは、強かったよ。とてもな」
色々な感情や憶測を押し殺してかろうじて出したその言葉は、どこに響くでもなく、ただ何処かに吸い込まれていった。
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そこから先は、書いていたら一冊本が書けそうなほどに色々なことがあった。瀕死の状リリが一瞬意識を取り戻した際に、こんな言葉を遺した。
「まえ・・・ほとんど使ってない脳じゃあたいしたことはできない・・・って言ってたよね。私はもう長くないし。お願い。役に立ちたいの。私の脳を使って・・・そして、絶対。絶対に、生きて。生き延びて」
そのリリの遺言を聞いた琉雨は即座に行動に移した。
避難民からは冷血なサイエンティストだなんだと揶揄されたが、それらを全て振り切って全力でリリを延命。そして機械につないだ。
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「リリ・・・」
ヒタ、とつめたいガラスに額をくっつけるとひんやりとしたガラスの温度が額を通じて頭を冷やしてくれるような気がしてくる。
やってしまった。
迷いはあった。
人の道を外れた事だという事は確実なこの所業。
「これで・・・良かったのかな」
詩架はこのリリで作った装置で始めて開発したメディカルルームで眠っている。
リリは何よりもまず詩架を助けたいだろうなと判断しての開発だ。
始めはかなり苦労すると思われたメディカルルームの開発も、琉雨の知恵と、エシュロンのようにネット上の情報をかき集める能力を兼ねた人間の脳をフルで使えるリリで作った装置のおかげで、一晩で完成した。
色々と課題はあるものの、恐らく先日思いついた空気圧縮式の爆弾も簡単に作れるだろう。
人の死体を弄繰り回した結果。兵器を作る道具にする。
極悪非道で、人道を外れた。
そんな罪悪感がひしひしと琉雨を責め立てる。
「私は・・・もう分からない」
こんな異常な世界で、何が正しいのか。何が悪いのかなんてことはもう分からない。
「よぉ、これがリリで作ったってェ装置か?」
バタ、と機関室に入ってきたのは詩架だった。
開いた体の節々にある傷に巻かれた包帯が痛々しく目に映る。
「うん・・・」
何を言うでもなく肯定する。
これが私の罪の塊よ、なんていう事は言えずに、なんともなしに詩架が装置を見るのを見る。
「無骨だな」
最初に出た言葉は責める言葉でも、懺悔の言葉でもなく。本当にただの感想だった。
「どうせならあいつの好きな綺麗な青とかで染めてやりゃいいのに」
そんな的外れな言葉に肩透かしを食らったような気分になって思わずその言葉にそのまま反応してしまう。
「え、リリって青が好きだったの?」
「知らなかったのか?あいつ青が大好物だぞ。ついでに言えば雲ひとつない快晴ってやつも大好きだったな」
「へぇ・・・知らなかった・・・そうなんだ・・・」
「あぁ」
会話は終わってしまう。
そして10分ほどだろうか。詩架が沈黙を破って口を開いた。
「ま、俺がやったわけでもないし。実際俺は影がリリに手を出すのに間に合わなかった訳で、こんな事をいえる様な人間でもないんだけどな?」
詩架はそう言って一呼吸置いて、琉雨の方へと向き直って言葉を続ける。
「お前が正しいか悪いか。そんなことは分からないさ。でもな?一ついえることは。今俺達に出来る最大限のリリに対する行動っていうのはきっと、あいつの言ったとおりに生き残る事なんだ。だから俺達はもう、いつまでも悔いて、下を向いてちゃあいけない。降ってくる雨に負けて下を向いちゃあいけないんだ。あいつの姓にもあったように、笠をさして。上を向けば。きっと空は晴れてくれるさ。俺達は戦って、生き延びて、そんでたまに死んでいった連中を思い出してやれば良いいのさ。」
そう言って詩架は腰に刺さっていた小刀を取りだして、ここに文字入れていいか?と琉雨に聞く。
その言葉に促されて詩架の指す場所を見てみれば、そこはただの装甲としての役割しかなかったので許可をした。
何を刻むのか、と気になってみてみれば、詩架は丁寧な文字で英字を連ねていた。
「出来た」
KASAHANA.project
「俺達は、祖国を守る笠になろう。そして生き残って”平和な”祖国に帰るんだ。それがリリの願いであり、俺の・・・いや、俺達の・・・答えさ」
カチャ、と左手に持った小刀を腰の鞘に戻すと、詩架は琉雨へ手を差し伸べた。
「行こう。俺達には、やる事が山積みだ」
「座っている暇はない、という事ね?」
フフッと自然に顔に浮んだ笑みをそのままに詩架に言うと、詩架も笑って答えた。
「ああ。生きて、帰るために」
リリさん呆気なく退場です。
やっと・・・五分の四が終わったぐらいですかね。
後もう少し過去篇にお付き合いください。
これが終われば、もう少しです




