過去篇 第十九節:強さ
第二波、到達―――
その知らせは、将来笠花と呼ばれる彼らにも、ハウンド部隊にも知らされた。
「礫のところにいくのは・・・ちょっと無理そうね・・・」
そう言う琉雨の前にぞろぞろと揃う影達。
援軍を待っている余裕もない。
ついでに言えばここを崩せばあとは傷ついた避難民たちへ一直線。
「嫌な役回りね・・・私達が負ければ、多くの人間が死ぬなんていうのは」
詩架もずっとこんな気持ちだったのだろうか。
琉雨は今更ながらにそんな事を考えてしまうが、今はそんな事を延々と考えているほど暇はない。
「いくわよ・・・戦闘・・・開始ッ」
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耳を劈くような警告音が未だ鳴っている。
「どうしたんだろう」
ふと出た疑問を口にするが、すぐにその答えを模索するのをやめる。
考えるのは、面倒だ。
そんな事を思っていると、テントの上部分がすっぱりと切り裂かれる。
その瞬間に全てを悟る。
あぁ、影が攻めて来たんだ。
ここは草原の端っこに位置する場所。見てみれば周りには大量の影。
ヒタヒタと目の前に迫る影に対して抵抗もせずに、きらりと煌く刃をじっとみつめる。
(私もあれに、刺されるのかな)
痛いのかな
なんて事を思いながら、影が振り上げる刃を見つめる。
そして静かに振り下ろされた刃は、誰にも止められずに、リリの腹部へと突き立てられた。
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「さすがに・・・きついわね・・・」
周りを見渡せば、いつのまにか仲間達は散り散りになっている。
ダラダラとあふれ出る汗が傷に染みて地味に痛いということは、初めて知る。
生まれてこの方、ほとんど怪我をしたことはない。
ましてや暴力を振るうなんてことは。
しかし今、私はそれをしている。
うれしい事だとは思えないけれど、それは誇らしいとは思う。
戦う事が誇らしい・・・という事ではなく、恐らく仲間のために戦えているからだろう。
今までは自分のためだけに勉強という武器を積み上げ、そして自分のためだけに試験という戦いをしてきた。
それはどこか、虚しいものだと今気付く。
人のため・・・というわけでは決してない。
これも同じく、自分のためだ。
人を助けて自己満足に浸る自分のため。
偽善者のようだということは分かりきっている。
けれども事実として助かっているひとはどこかしらにはいるのだ。
それはとっても・・・誇らしい。
今私は、親や親族、そして学校の名も知らぬ勉強のライバルからとは全て関係なく、自分の意思で。
自分の足で。
歩き始めるんだ。
(右足が・・・熱い)
しだいにその熱は右足だけでなく、全身にかけて走る。
「なんかしらないけど・・・勝てる気がしてきたなぁ」
白か黒か、勝てるか負けるかの確立だけを気にして、負けるような戦いは率先して逃げていた今まではこんな事を言う事は考えられなかっただろう。
「勝ち目・・・は恐らく無いだろうね。でもなんだか。負ける気がしないよ」
琉雨はそういうと一呼吸置いて、言葉を続ける。
「あんたたち・・・ちょっと調子に乗りすぎなのよ・・・殺せないにしても・・・痛い目にはあってもらうわよ・・・?」
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「縁の下の力持ち、ってことわざ・・・知っていても覚えてるわけないわよねぇ」
スッと右手に持つ小刀を、視界を埋め尽くすほどの影へと向ける。
「私はね、主役ではないの。脇役でいいわ。琉雨と、詩架と、礫と、鈴と、リリの物語のね。物語は彼らで成り立っている。」
そう。
それでいい。
私はその物語を支える。
それが私の、答えであり、生き方だ。
スッと目をとじてそう心の中で呟き、目を開きながら小刀を構えていう。
「残念だけどね、貴方達はやられるだけのただのかませ犬なの。だから―――ここで消えてね?」
ここは絶対に通さない。
弁慶、って知ってるかしら。
「絶対に、あなたたちにやられて座り込むなんていうことは、ないわよ?」
死んでも、立ちふさがってみせる。
「舞台を作り上げるのが、脇役の役目よ」
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「あぁ・・・全く嫌だ嫌だ。どーしてこう僕は嫌な役回りなんだ?」
悠介は影から距離を取るために足を忙しく動かしながら溜め息をついた。
「んま、礫のおかげで色々と助かっている事は事実だし。ここで食い止めておいても、悪くはないかな」
悠介はそういうと背中から長方形の暗剣を取り出す。
「僕は結構、卑怯な性格なんだよ」
影の君たちに手に負えるような存在じゃあない事を、自分で願うよ
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「あなたたちの誰が、詩架さんや未樹さんをころしたのか、なんてことはわかりません」
槍を片手に立つ氷見は怒りを貼り付けたような歪んだ表情で影に向かって叫ぶ。
「だから、全員。やられてもらいます」
キッと影達をにらみつけて槍を構える。
「あなたたちが元は人間だという事は知っています。でもそんなのは関係ありませんよ。あなた達が殺したのも」
「人間です」
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あの人たちは、一体どこにあんな力があるのだろうか。
梨魅は、小高い場所に避難して、それぞれかげと戦うために退治する同世代の男女を見下ろして思う。
彼等もおそらくかなりつらい事を経験しているはずだ。
雰囲気で分かる。
仲間を失った後の喪失感はそう簡単に隠せるようなものではないし。
強い。のだろう。
けれどもそれだけではない気がする。
私には無い何かが、彼等にはある。
それを、見極めようと思う。
そんな事を思って思考の海に沈んでいると、ふと背後から声が掛かる。
「難しいこたぁねぇよ。連中にあってお前にないもの。じゃあねぇさ。お前とあいつらの違いは」
声に反応して背後をみれば、視界の隅でちょっと見たような、といった程度の覚えしかないような渋い顔をした男性が、巨大なライフルをもってそこに立っていた。
「連中にもあってお前にもあるものさ」
いつものように無言で通そうとも思ったが、しかし気になる。私にもあって彼らにもあるもの?それは・・・なんだろう
「何?」
張り付いてしまったのではないかと思うほどに動かない喉を必死に動かしてかろうじて疑問符を口にする。
「絆さ」
臭い、と言ってしまえばそれまでだろうが、しかしこのときの利魅は不思議とそんなふうにその台詞を貶めるような気にはならなかった。
「奴らはそれぞれ、確固たる絆を持って戦っている。誇りやプライドなんていう吹けば飛ぶようなもんじゃあねぇ。あいつらの仲間には死んだ奴もいる。だけどな」
絆は消えちゃあいなかった。
「死んだ奴のことをいつまで悲しむのも絆じゃあない。それはただ単に依存してるだけだ。絆ってぇのは、まぁ死んだ奴に対しちゃ、たまに思い出す程度でいいんだよ。それで落ち込むもいいけど、理想はそいつと過ごした楽しかった日々を思い出して、笑えばいい」
死んだ人間との絆。
そんなもの、私には無いじゃないか。
「ちげぇよ違う違う。死んだ人間との絆も大事だけどな。お前は隣に誰がいるんだ?」
男性にいわれて、ふと隣をみればそこには魅麗がうずくまっている姿があった。
「死んだ人間より。過去より。絶望より。生きている人間だ。未来だ。希望さ。大事にするべきはな。考えるような事じゃあねぇ。昔の奴にはもう会えないんだ。喧嘩してそのままならそのままだしな。それがもうこの先変わる事はない。けれども生きている人間は別だ。この先良い関係を築くのも、悪い関係を築くのも今のお前しだいだ」
男性はそう言って、つまり何が言いたいのかってぇとな、と加えて続ける。
「全部ひっくるめて奴らの強さはきっと、自分勝手さ、なんだろうなけれども迷惑をかけるような自分勝手さよりも、人を助けるための自分勝手さがある奴らさ。それはどこまでも矛盾してて、どこまでも強い」
無理を通せば道理が引っ込むとも言うように。
考えてみれば、私は足を引っ張る自分勝手しかしていなかったのではないかと気付かされる。
彼らは、他人を思った上での自分勝手。
言葉面は悪いかもしれないが確かにそこに違いがある。
ただ駄々をこねる自分勝手ではなく、自分で考えて何が出来るかを考えた上での自分勝手。
―――――――――強いわけだ。




