過去篇 第十八節:反撃の狼煙
「君・・・詩架と、会ったのかい?」
驚きの事実とともに基地を訪れたのは、蒼い髪を携えた良く似た双子だった。
「そうか・・・あいつ・・・生きてるのか・・・」
ホッ・・・と、礫は心の底から安堵の溜め息をつく。
そうと分かれば次の手だ。詩架達が生きているという吉報を皆に入れるのが先手だろう。
そう思い、礫はその場から立ち去ろうとするが、ふと目の前に立つふたりの同世代の少女二人に視線を配る。
(生気の無い、目だな)
その目は、先ほど会ったリリの目と同じものがある。
何も、感じられなくなったのだろうか。
そんな事を思って、礫は二人に声をかけた。
「一緒に、来るか?」
何故そんな事を言ったのか自分でも分からない。しかし、その言葉は選択としては、案外良かったのか、二人はコクリと頷いて礫のあとへ着いてくる。
(どーも・・・な・・・)
妙な違和感が心のなかで疼く。
これは一体どういう感情なのか。
そんな事を思って空を仰げば、一旦止んだ雨が再び降り出しそうな、そんな空模様だった。
****
「んで、どうすんだ?」
詩架が、どこへ行くとも分からない足取りの九帖を見据えて質問をする。
「もともと、保護をしようかとも思っていた」
突然開いた九帖の口からは、そんな言葉が発せられた。
「でもな、正直なところ無駄だろうな。避難民を探すのは」
九帖の煙草を咥えた口のスキマから、そんな事実を突きつけられる。
突きつけられるといっても、詩架もうすうす勘付いていた事ではあるが。
「あれだけ正確に人の位置を把握できる連中だ。抵抗するほどの力も無い奴らはあっさりと、死んで行っただろうな」
死んで行ったか。それとも、侵食されたか。
二つに一つだろう。
「胸糞悪いな」
詩架が毒づく言葉に同調して、九帖も頷く。
「胸糞悪い、が。事実だ。」
淡々と語る口調は一見して冷たいような人間に感じられるが、その胸に秘めた憎しみは、恐らく感じ取れるほどのものでもないほどに上手く隠されているだけだろう。
「事実、か。嫌な事実だな。この世界の現実ってのは嫌な物を次々と押し付けてきやがる」
「まぁ、そうだけどな。でも真実は人の心の持ちようによって違うもの。だと聞いたぜ」
「真実・・・ね。あいつら二人も、幸せに死ねた・・・わけじゃあないだろうが、最悪の気分でもなさそうだしな。そういう意味では真実は事実よりも良い物なのかも知れねぇな」
詩架はそう言って、近くにたっている高いビルへと入っていく。
「どこへ行くんだ?」
「高いところから見渡せば何か分かるかもしれねぇなと思って」
詩架はそういうと、階段を軽快に上がっていく。
(とても致命傷に近い傷をいくつも抱えてる人間の動きじゃあねぇよな・・・)
そんな事を思って呆れながら詩架のあとを付いていく九帖は、詩架について色々と考えをめぐらせていた。
(普通の高校生・・・ではないよなぁ。明らかに。)
礫達と同じく、力も何も持たない高校生ならば、単純に済む話なのだがこれは違うだろう。
現に詩架は影すら圧倒する力をもち、曲がりなりにも金で雇われるほどの傭兵を一瞬で、しかも無傷で倒した。
とても平和ボケしたこの日本にいていいような高校生ではないだろう。
そんなところまで考えて、九条は自分が野暮ったい事をしている事に気付いてその考えを取り下げた。
(やめだやめ。出生が云々なんていうのは俺が詮索していい事でもないだろうに)
心の中で自分を諌めている内に、いつの間にか屋上へ付いたようだ。
さぁっと吹く台風の前の独特の気味の悪い風に頬を撫でられる。
嫌な、風だ。
そんな事を思いながら詩架を見ると、そこには恐怖が顔に張り付いているのが、露骨に見て取れる表情をした詩架が立っていた。
「おいどうしたん―――――」
疑問を口にしながら詩架の視線を追っていくと、そこには。
幾百もの、先ほど四人で対処した三倍はありそうなほどの数の影が、大通りを行軍していた。
目指すは何処だ。
九帖は自然に、影が向く方向へ視線を投げる。
するとそこには大きめの平原に建つ、テントや、何故か建設されかけている建物がかなりぼんやりとしてだが、視界に移る。
「おい・・・不味いぞ・・・」
九帖はそういいながら、ポケットの中の小さめの双眼鏡で草原を見る。
するとそこには楽しそうに作業をするハウンドの面々がいる。
しかしそれよりも更に九帖の危機感を煽ったのは、双眼鏡の隅に移る黒い影だった
「やばいぞ・・・おい・・・」
こちらにいるのは恐らく第二波。
第一波は。
既に到達している!
****
ヴィーーーーーーーッ
耳を劈くような嫌な音が草原一帯を埋め尽くす。
その音を聞いた全員が表情を固くして状況の確認を急ぐ。
近くに居たハウンドの隊員に、礫は何事かと尋ねると、ある意味では最悪の二つの事態を告げられる。
「負傷した避難民の団体を見つけた。それと影が確認された。」
「・・・どこで?」
嫌な予感を感じながらも、礫は問う。
「いま、ここでだ。」
ハウンドの隊員のその言葉に頭を抱えて座り込みたくなる衝動に駆られる。
(最悪だ。負傷した避難民がいるという事は、そう簡単に逃げられる分けでもないと、そういうことだろう)
「来たぞ・・・」
そういいながらゴクリと喉をならして銃を構えるハウンドの視線の先には、影がゆっくりと歩いている。
やるしか、ない
「ただでさえ戦闘要員が少ないんです。僕も戦いますよ」
礫がそういうと、一瞬何か言いかけたハウンド隊員だったが、恐らく自分の力だけでは対処しきれないと考えたのだろう。足元にあった武器の入った箱から、刃渡り1m程の刀を引き抜いて礫に渡す。
「死にそうになったら、逃げろよ」
「逃げる余裕が、あったらの話しですよね。それ」
礫はそう言って、近くに居る双子に逃げるように指示をする。
その言葉通りに逃げる双子を見送ると、再び影に対して、詩架の真似をして、構えとも呼べないような構えをする。
「せいぜい、生き残れるように、祈りましょう」
****
「氷見!」
琉雨が声高く氷見を呼ぶと、氷見は緊張したような表情で駆け寄ってくる。
「は、はい」
「今すぐ逃げなさい」
琉雨の言葉に、氷見は反抗する。
「嫌です」
即座に叩き返された警告に琉雨は一瞬たじろぐが、今までの事を考えれば、自分も退く気はない。
「そうね。そう言うと思っていたわ。じゃあ武器を取りに行きましょう」
私も、退くのはもう嫌だ。
****
「悠介、やっぱりあんたも・・・というか由佳も。」
ばったりと、偶然ではないにしろ武器庫で出会った面々は、リリと礫を除く仲間が揃う。
そこへ思い思いの武器を手に取り、いざ戦闘、というところで、一人のハウンド部隊の人間が部屋へ飛び込んでくる。
「あぁ、やっぱり来てた」
ホッと安堵するように言った彼の行動は、やはり自分達を避難させるためなのか、と琉雨は勘ぐって先手を打とうとするが、それをハウンドの人間に阻害される。
「別に避難させようとは思ってないよ。戦いたいなら、戦えばいい。その結果死のうが生きようが関係ない。まぁ僕にできることは、君たちの二人目のリーダーの居場所を教えるくらい、さ」
そう言ってハウンド部隊の人間は礫のいる場所だけ告げて、自分の武器を取って戦闘へ参加していった。
ハウンド部隊の人間は皆こういうフランクな人間なのかと一瞬めまいがしたが、しかしそれのおかげで今は助かった事は事実。
「行くわよ」
決意を新たにして、戦場へと駆けて行く。
****
「調子に、のるなっ」
グッと力を込めて影の刃を押し返す。
既に体力は七割がた無くなっている。
しかし相手にできているのは二人で影五体。しかも情報によれば後続の第二波・・・詩架達の戦った数の何倍もの数が第二波として襲ってくるのだとか。
(勝ち目がない)
心の中でそう悪態をつくと、視界の隅に影の刃が写る。
「しまっっ」
一瞬の気の緩みが命取りになる。
そんな当たり前のことすら守れなくて、死ぬのか。
目の前に迫る刃を見て、そんな事を思ってしまう。
的外れだな。
案外死ぬ間際というのは落ち着いているものだと、今初めて知る。
しかし死神の鎌にも見えるそれは、礫の首に届く事はなかった。
「危ない、ね」
耳元で聞えるその声は、ハウンド部隊の人間の声だった。
「え・・・?」
体にいくつもの刀傷をこさえた彼は、銃を貫通した影の刃によって体を貫かれていた。
「いやいや、君のおかげでここまで生き残れたけどね。どうやらここまでのよう・・・だよ」
ズ、と影がハウンドの男から刃を引き抜くと、彼はその場にドサリと崩れ落ちた。
「いや・・・ぁごめんね・・・最後まで・・・戦えなくて・・・さ・・・」
そう言って、呆気なく男性は息絶えた。
(なんでだなんでだなんでだよ)
失意のそこに落ちてしまった礫の意識は、なぜか世界をゆっくりにする。
周りが、とまって見える。
「死んだ。俺のせいで?」
自虐。
「やっぱり、俺に人を守るなんてことは・・・出来ないんだよ・・・俺には無理だったんだ・・・」
詩架は、生きている。
その言葉が心の中に湧き上がる。
あいつは呼べば来るといった。
頼ってしまおうか。
礫が心の中でそう呟くと、眼前に迫る影の顔が礫の視界に写る。
何もない、黒で塗りつぶされた顔のはずが、何故かその時は嘲笑の笑みを浮かべているように見えた。
人の死をもてあそぶ笑みというやつだろうか。
気持ち悪い。
その言葉は、影に対してだけではなく、自分に対しても発せられた言葉だった。
「きもちわりぃな・・・おれは仲間達を守れる守れないじゃなくて・・・守るって決めたのに・・・いつまでもうじうじと・・・」
グッ、と武器を握る右手に力を込める。
「調子に乗りやがって・・・」
もう、離さない。
引っ張り上げていくと決めたんだ。
「新しく来た世界でハシャいじゃってよぉ!調子にのってんじゃあああああねぇよッッ!」
スッ・・・と右手に、ト音記号のようなものが浮き出る。
これが何か、なんて物は分からないが、力があふれてくるような、そんな感覚にとらわれる。
「ぶち・・・ぬけっ!」
自然と口から漏れ出すその言葉と同時に、影の顔へ礫の右の拳がのめりこんだ。
パン、と乾いた音を響かせながら数メートル吹き飛んだ仲間の影をみて、礫を取り囲む影も同時に動きを止める。
「なんでこんなモンが俺に出たのかはしらねぇけどよ・・・反撃だ。クソ野郎ども」




