過去篇 第十七節:立ち上がれ
「雨だ」
何をするでもなく、新しい拠点となった草原に座ってぼーっと座っている少年と少女達の中心にいる、琉雨は突然言った。
その言葉に反応して周りに座る子供たちも、雨を確認するためにそれぞれ上を向いたり、手をかざしたりしている。
「本当ね」
やがて手のひらに雨粒がぶつかった由佳が、同意の言葉を漏らす。
しかしそれで会話は終わり、雨だと言うのにテントの中に入ろうとする気配は無い。
「おい、中に入れ。この先の事を話すぞ」
その様子を見かねたのか、わざわざ招く必要も無いのに彼らを招いての、霧ヶ峰の開くブリーフィングが開始される。
このタイミングが、喜樹と未樹が自らの命を絶った瞬間だった。
****
「これからは、恐らく人数も増えるだろうし移動はしない」
真っ先に霧ヶ峰の口から放たれたその言葉は、移動拠点という体を取っていた今までのこの拠点を、一点に留まる方式へと変えた。語弊はあるかもしれないが、現地密着型、とでも言おうか。
「何故、人が増えると予測するのですか?」
ハウンドの隊員一人が質問すると、霧ヶ峰は本当に仲間を失ったあとの人間とは思えないようなタンパクな口調で答える。
「それは、俺達が今から起こす行動に起因する。今から俺達は現時点で生き残っている人間の捜索を始める」
霧ヶ峰の指令に、とうとう来たか、といった表情でその言葉を受け止めるハウンド達。
「分かりました。では拠点を守る部隊と、捜索部隊に分けます」
ハキハキと、聞き取りやすい口調でそれだけいうと、ブリーフィング室からその男性は立ち去り、その場にいるのは礫達と霧ヶ峰だけになった。
しばらくの沈黙の後に、霧ヶ峰は切り出した。
「お前達は、どうするんだ?」
霧ヶ峰のその質問に真っ先に反応・・・いや、反応できたのは、琉雨と礫だけだった。それでも、琉雨の顔にはおよそ生気と言うものが抜けてはいた。
「もう一度聞くぞ。お前達は、どうするんだ?」
その霧ヶ峰の問いに、礫は動かぬ口を懸命に動かして答える。
「どうするも、こうするも。何か指示をもらえないと何も」
礫がたどたどしい口調でそういうのを聞いて、霧ヶ峰は大きく溜め息をつく。
「なんだっていいけどよ、お前・・・礫って言ったか?」
「はい」
「頼まれた事・・・ましてや、今いないやつに頼まれた事は、出来るだけやってやれよ」
霧ヶ峰はそれだけ言うと、礫達に何を指示するでもなくその場から立ち去った。
「・・・どうしろってんだよ・・・・」
誰も動こうとしないブリーフィング室で小さく漏れたその一言は、礫自身の心に一番突き刺さった。
****
それから、三日の月日が流れた。
残ったハウンド達は残酷・・・ではないにしろ、礫達にかまけているほど暇のある人間など誰一人としておらず、彼等の心の傷は、自らが治癒するほか無かった。
「もう三日・・・か」
割り当てられたテントで、茫然と呟いて溜め息をつく。
また朝がやってきた。
憂鬱な朝が。
脱力してテントの壁に体重をかけると、ギシリ、と金具が軋んだ音をたてていい感じに寝やすい形を取ってくれる。
そのまま、何十分と過ごしてなんと無しに寝返りをうつと、視界に無造作に投げ置かれた携帯が飛び込んでくる。
(そういえば、あれからずっと携帯触ってないな)
あれから、というのは初めてまともに影と戦ったあの日だ。
そして再び、なんとなしに携帯を開くと、いきなり匿名掲示板の最後に開いていたページがヴン・・・という小さい機械音を伴いバックライトが発光して見える。
そのスレッドはもちろん限界まで・・・1000レスを超えたために閉じられていたのだが、そこにはいくつもの励ましの言葉が連なっていた。
恐らくは、ここで礫がこの言葉達に、部外者のくせに、と思うかそれとも、ありがたい、と思うかでこの先の世界はまるで違ったものになっただろう。
そしてこの時の礫は後者の感情を心に感じた。
そして何を思ったか、新たにスレッドを立てた。
一生懸命頑張ったんだが友達がもう二人も死んだ。俺はもうだめかもしれない。
タイトルにいいものが思いつかなかったので、過去に映画化すらされたスレッドのタイトルを流用してスレッドを立てる。
我ながらふざけが過ぎてるとも思う。
しかし真面目に語っても気持ち悪い。
そんな意気で臨んで立てたのだが、思ったより自分に限界が来ていたのか、ひたすらに愚痴を発することしか出来なかった。
それでも一向にすっきりしない。
そんな事を思い始めているときに、一つのレスポンスが視界に飛び込んでくる。
お前は一体何がしたいの?
またか。
心の中で若干の嫌悪感を伴ってその言葉に反撃をする。
何がしたいのなんて、知るかよ。いつの間にか状況が変わって、何も出来ずに友達がしんで、何がしたいかなんて分かるわけないだろうが。
それだけ打って送信すると、幾多の擁護や反論のレスポンスが一気に流れる。
しかしそれらの全てを無視して、最初にこちらへ質問してきたやつのレスポンスを探す。
あった。
じゃあ、ひとまずはその今はいなくなった友達に言われた事を遂行しろよ。お前は一方的にかもしれないけど頼まれたんだろ?だったらやってみればいいじゃないか。お前は何がしたいのか分かってないんじゃない。
何もしたくないだけだろ?何もしないで状況が好転するのを待ってるだけだろ?
そんな考えドブにでも捨てろよ。今はとにかく今生きている友達を考えてやれよ。
頼まれた、んだろ?
その言葉は酷く無責任で、酷く・・・無理がある理論だ。
しかし・・・いや、だからこそ、だろうか。
心に響くものがあった。
何故か、なんて聞かれても答えられないだろう。
恐らく今の礫の心境に答えなどと言うものは存在しない。
どれもこれも、示された案内板にしたがって動いているだけ。だから。
しかしこのときに、礫の中で何かが、動き始める。
****
匿名掲示板の、誰のものとも知れないその言葉に何かを刺激された礫は、仕方ない、という心意気ではあるが、仲間達を纏める役を買って出る事にした。
一番最初に相手にするのは・・・そうだな。
「琉雨」
テントの戸をあけてその名前を呼ぶと、琉雨はムクリとベットから顔を上げてこちらへ視線をよこす。
酷い顔だ。
泣きはらした目にぼさぼさの髪の毛。
「きたねぇ顔してるぞ、お前」
礫はそう言って鏡を琉雨に向けるが、琉雨はそれをちらりと一瞥するだけで何の反応も示さなかった。
完璧主義者の琉雨の事だからすぐ直すと思ったのだけれど。
心の中でそんな事を思いながら鏡をショルダーバックへ戻すと、琉雨につらつらと意味の無い、ついさっき起こった事実を突然、話し始めた。
他に、何をして良いか分からなかったからだ。
話をしているうちに彼女は、掲示板に住む人間の様々な一面に興味を持ち始めた。
一見口が悪い嫌なやつだと思えば、何かあれば優しくなるような奴。
そんな奴がいるかと思えば一貫して嫌な奴。
またその逆も。
「で、説得されたの?」
「まぁ、俺が口喧嘩弱いの知ってるだろ?」
「それで、詩架の頼み事である私達の面倒を始めたんだ」そこまでは言ってなかったのだが、まぁ言っていたも同然か。
「まぁ、そんなところさ」
「バッカねぇ。私がアンタなんかに面倒を見られるような人間だとおもう?」
「残念ながら俺の手には余るなぁ」
「そういう意味じゃないわよ」
「へぇへぇ。ま、お前も元気出たみたいだし、あとで会ったらなんかおごる約束な」
礫がそんな調子で話を終わらせると、琉雨も身だしなみを整える必要があるだろうと思い椅子から立ち上がってその場を後にしようとすると、琉雨に引き止められる。
「なんだよ」
「あ・・・ありがとね」
「どーいたしまして」
思ったより真面目な感謝の言葉に、思わず茶化しが入った言葉で返してしまったが、それはそれでいいのだろう。
その証拠に、琉雨は笑っている。
****
「お?」
琉雨のテントを出てしばらく、誰と話そうかと思って外を出歩いていると、そこには既に元気そうに笑いあう氷見と悠介の姿があった。
「礫さんじゃないですか。どうしたんです?」
どうしたんです?じゃねぇよ
「いや、お前等が一番落ち込んでそうなのに元気だなぁと思ってよ?」
思わず言うつもりもない本音が口から滑り出てしまった事に内心慌てながらも、その答えも気になるのでそのまま返事を待つ。
「あぁ、私達はもう、鈴さんのときに十分落ち込みましたし。それに教えてくれたんですよ。今はもういない・・・喜樹さんと未樹さんが。仲間が死んだって、存在が消えるわけじゃあ、ないんだって」
氷見の言葉に、改めてハウンドの彼ら二人の強さを感じる。
加えて氷見と悠介も強い。
とっても。
後は由佳とリリ・・・由佳はまだ詩架にそんなに依存してなかったからいいものの・・・リリは・・・姉を失った直後に詩架を失ってる。
そう簡単には、いかないかもしれない。
****
予想通り、というか改めて仲間達の強さを感じたのが、由佳との対面だった。
顔を合わせて鏡を見せた瞬間に手元においてあった枕を投げつけられ、しまいには椅子まで飛んできた。
どこにそんな怪力が。
そんな事を思いながらそそくさと由佳のテントを後にすると、目の前にはリリのテントがあった。
「ふぅ」
一つ深呼吸をすると、リリのテントの中に入っていく。
「ごめんください」
挨拶の言葉を言っている最中に、女のテントにアポ無しで忍び込む男って結構犯罪ちっくじゃね?とかいうのはまずいだろう。
変に意識してしまうし、せっかくのシリアス気分が台無しだ。
「よっ」
椅子に座って茫然自失となっているリリに、声をかける。
しかし礫の声に反応するでもなく、そのまま椅子に腰掛けている。
(手強いな)
心の中で渋顔を作っていると、リリはこちらへ顔だけ向けて言った。
「独りに、してください」
その言葉に対して、いくつかのパターンで陽気に返してそのまま居座るといったものは用意していた。
しかし、リリのこの言葉と、表情は、用意していた幾パターンのそれすら跳ね除ける。
存在自体を否定するかのようなその口調に、礫はただすごすごとテントを後にするしかなかった。
「はぁ・・・」
テントをでて大きく溜め息をつくと、目の前には仲間達が困ったような、それでいて呆れたような顔で立っている。
「なんだよ?」
「いや・・・流石のアンタでも無理だったか、と思ってね」
琉雨のその言葉に嘆息して答える。
「俺に説得されるってことはまだ余裕があるってことなんだろう。リリにはまだ、それがなかった。そういうこと、なんじゃあねぇのかな」
礫はそう言って歩みだした。
(諦めは、しないさ。俺がこいつらを守ると決めたんだ。もう誰にも、頼らない)
説明回というか、軽い日常回のようなものはそろそろ、終わりです




