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過去篇 第十六節:雨の別れ

眼前で起きた不可解な事実に視界が軋む。

(なんでだなんでだなんでだなんでだなんで・・・っ!)

頭の中が疑問符だけで埋め尽くされるが、その全てを水に流すと、喜樹の体が闇に沈む様をただ見つめている梨魅と魅麗を退避させる。

「逃げろっ!」

その詩架のつんざくような声にビクッと体を震わせて、さっさと走り去っていってしまう。

奇しくもその方向は駐屯地のあった方向だから、恐らく彼女達はたどり着けるだろう。

完全に希望的観測、だが。

「ねぇ、詩架君」

まだ喋れるのか。

そんな事を思ってしまう自分を叱咤して、必死に助ける術を探しながら喜樹の言葉に答える。

「なんだ?」

「なんだかとってもね。気持ちいいの。肩の荷が下りたような。そんな気がするの」

肩の荷が下りた。

それは・・・違う。

それは・・・

「でもね、なんだかとっても、あなたが憎いの。なんでだろう。なんでだろうね?あなたを今すぐに殺さなきゃ、いけないきがするの。」

彼女はそれだけ言うとすぐさま、腰にしまっていた槍を取りだして詩架へ切りかかる。

突然の攻撃行動に後手に回るが、喜樹の攻撃をかろうじて避ける。

(どぉすりゃいいんだ・・・どうすればこいつを救えるっ!)


****


「詩架は・・・生きているかな」

由佳のその質問に、礫の脳裏に倉庫での詩架の台詞と姿がフラッシュバックする。

『頼んだ、ぞ』

それは、琉雨を頼んだという意味であって、死ぬ、という意味を含んでいたわけではないと思いたいものだが、しかし事実は違う。

詩架は、消えた。

逃げたのかもしれないが、あの出血量ではそう遠くへ逃げる前に動きが鈍って―――

礫はそこまで考えて必死に頭を振ってその不吉な考えを振り払った。

違う。違う事を思い出すんだ。

あいつは言ったじゃないか。

『呼べばいつでも飛んで、目の前に現れてやるよ』と。

それだけだ。それだけの現実的に考えればありえないような事だが、今はそれを信じるだけだ。

心の中でそう考えるばかりで、由佳に何の返事をしていないままに、礫達を乗せた車は止まった。

「ここが次の駐屯地だ」

運転席にすわる霧ヶ峰にそういわれて外を見ると、そこには大きめの原っぱがあった。

一瞬、こんな広いところで良いのか、などと考えていたが、その答えはすぐに霧ヶ峰に出された。

「何がどうなっているのか。まぁ存在自体可笑しい奴らに言うことでもないが、とにかくあの人間には到底見つけられないであろう場所ですら、奴らは見つけてきたんだ。だったら少しでも環境がいい所・・・閉塞感が無いところがいいだろう?」

その霧ヶ峰の答えに若干の違和感を感じ得ないが、しかしそれで良いのだろう、と思考を停止させてしまう。

その様子に不機嫌そうに霧ヶ峰は口に煙草を口に咥えた。

「チッ」


****


「くっ」

シャン、と詩架の喉元に槍が突きつけられる。

だめだ。

勝てない。

完全に殺し合いとなればまだ分からないが、とても殺さないようにと手を抜けるような敵ではない。

しかし相手は、喜樹は完全にこちらを殺すような視線、動きでこちらを捕らえてきた。

そしてちらりと喜樹の顔を見上げると、その顔は憎しみに染まって醜く歪んでいた。

「オイオイオイよぉ」

突然二人の間にわって入ったその声は、九帖のものだ

「おいばっかお前なーに呑まれてんだ」

そして続いて聞えてくる声は、未樹のものだ。

彼らは、生きていた。

「僕に、やらせてください」

未樹は小さく、九帖にそう言うとスッと喜樹に歩み寄る。

「なんだよお前。いつかみたいなきったねぇつらしやがってよ」

「うるさいわね。殺すわよ?」

「おぉこえぇこえぇ。いいね、殺す殺されるなんて本当にいつかのときにもどっちまったみてぇだな」

勤めて軽い調子。

だが、右手の握りこぶしから血がたれているのは、堪えきれない怒りから、だろう。

「今までの俺達の喧嘩。なんだっけ130勝100敗だっけ?」

「違うわよ逆よ」

「いやちげーよそれでもねーよもっと僅差だったはずだ」

「そうだっけ?」

まるで悪意に取り込まれた人間とは思えないような、そんな受け答え。

「まぁいい。なんにしろこれで決着着けようぜ。俺達の・・・長い長い、喧嘩によ」

そう言って未樹は、腰から細めの剣を引き抜く。

喧嘩に決着。

「おい・・・」

思わず大丈夫なのか、と声をかけそうになった詩架を九帖は止める。

「やめておけ。お前も分かってるだろう?あいつを取り戻す事は、もう出来ないんだ」

そのあまりにも冷たい台詞に、愕然とする。

しかし分かっていたはずだ。奴らは人に取り付き、そして取り付かれたが最後、もう取り返しが付かないと。

遊びでもやっていたつもりか?

自分で自分を叱咤する。

今は、彼の決意を見届ける。それが恐らく、今出来る俺の最善の策。

戦いの最初は、とても目で追えるものではなかった。

人智を超えた戦い。

これが、ハウンドの本気。

カン!と小高い音が右から響いたと思えば次の瞬間には左で金属と金属がぶつかる嫌な音がする。

歴戦の兵士同士の戦いは、熾烈を極める。


****


おれは、俺はな?最初はお前を一体何なんだ、と思ったよ。うるせぇヤツだともな

既に意識せずにでも喜樹の攻撃を凌げるまでのレベルの未樹は想う。

亡き者となりつつある相棒を。

だけどな。あの時独りだった俺、そしてお前。

最初は毛嫌いしてたよ。俺は。

でも段々と、俺はお前の事がすきになっていった。

それは多分、孤独なところで仲間ができて寂しくなくなった、っていうのもあるだろうが俺が考えるに、お前と食べた少ない飯。お前と見た朝日。お前と逃げたあの日。逃げ切って笑いあったあの日。そんな俺達の日常が重なり合って、だろうな。

これも多分だけど、他の人間だったら、好きにはならなかっただろうな。


だってお前は、いつだって、笑っていたから。


お前はいつも、とても笑っていられるような状況じゃなかったのに笑っていたから。

お前は自分の事を汚い人間だとか言うけど、それは違う。

汚い人間は、あんな笑いは出来ない。

のに。


それなのに。


「なんでだ」


「なんでそんな顔してんだよ!喜樹!」


涙の溜まった目でキッとにらみ上げた喜樹のその顔には、邪悪な表情が張り付いている。

俺は。

俺はお前の体を揺り動かすその影を憎む。

絶対に許さない。

お前にそんな顔をさせる影を、絶対に許さない。

決着だ。

お前は絶対に、そのままじゃ終わらせない。

俺はお前を、助けてやる。

「絶対にだッッッ!」

その未樹の突然の雄たけびにもにた叫びに、一瞬びくりと喜樹の体が弾ける。

まだ、喜樹の意識はある!

その事実に未樹は歓喜する。

闘志が再び燃え上がる。

まだ喜樹の意識があるのなら。

全快まで取り戻せないなら。

ここで・・・っ!

「来いよ・・・っ!喜樹!」

未樹のその言葉に誘われるようにして、喜樹の槍は未樹の胸へと納まる。

「・・・っ!」

近くで息を吸い込む声が聞える。

多分詩架だろうな。

そんな事を考えながら、自分に刺さる槍を更に深々と自分から突き刺して喜樹の方へと近寄り、抱き寄せる。

「つかまえた」

その未樹の言葉に、僅かながらに喜樹の意識がもどるのが、体を通して伝わる。

「おぉ、起きたかい?」

「え、わ、私・・・なにを・・・」

「いいんだよ全く。野暮な事言うな。どうも俺達二人とも永くないみたいでな?一つ、言っておきたいことがあるんだよ」

未樹の言葉に、喜樹はひとまず自分をおちつかせてその続きを待つ。

「今まで、お前は俺の事を家族だと思ってくれた。それはうれしい」

「うん」

「ただ、なんだ。この際だから言うけどな?」

「うん」

「好き・・・だったよ。そりゃあもう。お前の事を大好きだったよ。最初に会った時は時は嫌いだったけど、今となっちゃあ大好きすぎてたまらないってぐらいに好きさ」

「あり・・・がとう。私も、好きだったよ」

すき、だった。

過去形なのは、彼らは既に自分達の命がもう続かない事を知っての事、だろう。

「いや全く。こんな時に」

未樹はそれだけ言うと、左手に持つ剣を詩架に投げてよこし、そして自らの胸に刺さった槍も詩架に放り投げた。

「その二つ。悠介君と氷見ちゃんに渡しておいてくれよ。剣は悠介君。槍は氷見ちゃんだ。間違えるなよ?」

既にろれつが回らなくなってきた未樹と、自分を保つのも限界のような苦しげな顔をしている喜樹。

どちらも限界。

それは二人とも分かっていた。

だから。

だからこそ。

「九帖さん。詩架君。離れていて・・・出来ればもうもどってこないでくれ」

未樹はそういうと、懐から長方形のC4と呼ばれる爆弾をとりだして、言った。

「もう、喜樹にもあんな顔、させたくないんだ。心中みたいで嫌だけど仕方ないしね」

自決。

九帖はそう理解すると一言ぽつりとこぼすように言った。

「分かった。あの世でまた会おう」

九帖はそれだけいうと、クルリときびすを返してその場を後にする。

それに続くように、地面に転がる二つの武器を拾い上げると詩架も歩き出した。

「いいのか?」

詩架は、色々な意味を含んでその言葉を言うと、九帖は苦々しげに煙草を取り出して口に咥えながら言う。

「俺だってな。あいつらと一緒に戦った仲だ。できれば離れたくない。でも・・・でもな」


「あいつらは、家に帰るんだ。こんな殺伐とした世界とは分かれて、幸せな世界にいけるんだ。それだったら、いいじゃないか。」

九帖がそういうと、背後で大きく爆発音がした。

その音を苦悩の表情で聞いていた九帖は静かに空を見上げて言った。

「ったく。嫌な空だ。朝は気持ちよく晴れていたのに。今じゃ、曇り空だ。」

九帖の言葉に誘われるように空を見ると、空は灰色にどんよりと染まって、次第に雨がポツリ、ポツリと降り始めた。

「ったくよぉ・・・雨だ・・・雨だよ・・・」

震える声と、すすり上げる鼻水の音を聞けば、だれでも彼が泣いている事に気が付くだろう。

「あぁ・・・雨だな・・・」

ぽつりと、九帖と同じように空を見上げて言った詩架の言葉は、軋み始めた現実へと消えていった。

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