過去篇 第十四節:別れ
「おめぇら、生きて帰ることは出来るとは思ってるか?」
九帖の煙草をはさんだその口から発せられるその言葉に、三人は頷く。
「上出来だ。事実、結果はしらねぇ。俺達が作るのは事実でも結果でもねぇ」
「未来だ」
「未来は俺達が作る。その邪魔は、たとえ神であろうと、運命であろうと、させねぇ。」
「さぁ、ショウタイムだ!」
その九帖の掛け声にあわせるように、四つの希望と、数十もの絶望が、ぶつかる。
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「詩架が、残った?」
久しぶりに見た悠介と氷見の顔は、再び訃報によって歪んだ。
その事実を伝えなければいけなかった礫と琉雨も心を痛めたが、今はそんな事をしている事が許されるほどに事態に余裕は無い。
「悪いが感傷に浸るのは後でやってくれ。さっさと逃げるぞ」
礫が冷たくそれだけ言うと、てきぱきと指示を始める。
それをみて、琉雨は思いたくも無いことを思ってしまう。
まるで。
まるで詩架の代役を必死に果たそうとしているかのように。
本来礫は人の上に立つといった事自体苦手だったはず。
それだからこそ琉雨のときもぎりぎりまで人に任せて自分は動かなかったんだろう。
それなのに。
それは的外れと自分で思っている琉雨だったが奇しくもそれは、詩架が礫に言った言葉と同調していたのである。
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キン、と詩架が振り下ろした剣は、影の右手の刃に阻まれる。
「チッ」
先ほどの戦闘ならば、ここから更に攻撃に転じる余裕ぐらいはあったが、今回はこのままさらに追撃しようものなら、周囲から仲間もろとも引き裂かんと迫るほかの影の攻撃に切り刻まれてしまう。
つまり。
ダッと影の胴体の中心を蹴って後退すると、喜樹と背中合わせで立つような形になった。
影をみている詩架の視界の隅に移るのは、華麗な槍捌きで影の攻撃をものともしない喜樹の姿だった。
(やぁるねぇ・・・)
心の中で舌を巻いていると、気付けば眼前に影の刃が迫っている。
それを慌てて左手の剣で弾くと、右手に持つ小刀で影の首を引き裂く。
「っだぁ!いい加減多さに苛々するんだ!九帖そろそろターゲットはコッチに来たんじゃねぇか!?」
詩架がたまらずそう叫ぶと、何処かにいる九帖が響き渡る金属音のなかから答えた。
「あぁ!とりあえず逃げるぞ!後で適当に落ち合うぞ!」
九帖のその声を聴いた瞬間に、その場に居合わせた人間全員の脳内でスイッチが切り替わった。
「さぁそうと決まればとっとと退散だっ」
詩架はそういうと更に迫り来る影を喜樹と二人でいなしながらその場を脱するために横移動を開始する。
しかし防御行為というのは留まった状態よりも、移動した状態の方が難しいのである。
スッ、と詩架の右頬に傷が走る。
「っ!」
顔に走る灼熱の線に思わず顔を背けると、詩架とタイミングを同じくして影の攻撃を喰らってしまった喜樹が視界に入る。
「だぁうぜぇなぁ!」
ダン!と詩架はその場に右足を叩きつけて軸足として、左手に持つ剣をそのまま反時計周りにぐるりと回す。
段々と影をくっつけて重みを増す剣に耐えるために剣を持つ左手に右手を加え、そして更に剣を加速させる。
「ふきとべえええええええ!」
詩架は渾身の力を振り絞って、剣ごと影の塊を誰のものとも分からない家へ叩き付けた。
「とっとと逃げるこれ一択だ馬鹿野郎!」
誰に言うとも知れずに詩架はそういうと、右手で喜樹の首根っこをひっつかみ、左手で小刀を持ちながら裏路地へと入っていった。
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「よし一段落付いた!」
琉雨のその大き目の言葉に礫も反応して作業から顔をあげる。
流石の軍隊。といったところだろう。ものの10分程度でその場のにもつを畳み上げ、既に移動できる状態へとなっていた。
礫と琉雨の視線が合うと、二人は視線だけで意図を交換する。
交換、というよりも恐らく確認だろう。
その証拠に、二人は視線を合わせた瞬間には既に駆け出していた。
氷見や悠介、リリと由佳が背後についてくるのをそのままに先ほどの廃倉庫へと駆けて行く。
道中にアサルトライフルは抜き出してきた。
逃げるだけの時間稼ぎ程度なら、できるはず。
そんな心意気で倉庫へとたどり着いたのだが、現実は予想の斜め上を行っていた。
ダン!と倉庫の大きな扉を開けると、そこにはそこかしこに残る戦闘の跡である刀傷と、血溜まりが残っているだけだった。
「え・・・」
茫然と口をあけたまま立ちすくむ琉雨の脳裏に、ほんの10分前にかわした言葉を思い出す。
『期待せずに、待ってる』
待ってると言ったのに。
行ってしまった。
その事実に打ちひしがれながらも、詩架の痕跡が少しでも残っていないかとフラフラと歩き出す。
今一人になっては危ないと誰もが思っているものの、その琉雨の行動を咎めるほどに余裕のある者は居なかった。
鈴に続き、詩架が居なくなってしまった。
元気で周りも元気付けてくれるグループの中心人物だった鈴。
無口で冷静だが、確かに仲間を想って行動していた詩架。
どちらも自分達の仲間で、特に欠けてはいけなかった人間だったはずだ。
それなのに。
現実はそんな事実をものともせずに、二人を奪って行った。
脳裏を埋め尽くすのは、10分前の詩架の顔だけだった。
フラフラと歩きながら、ふと視界の隅に見慣れたようで見慣れない、妙なものが落ちているのに気付く。
「――――あれは」
琉雨がこぼす声に反応して琉雨に顔を向けて琉雨の視線を追うと、そこには詩架の着用していた軍用眼帯が落ちていた。
血黙りに沈むその眼帯をみて、恐らく琉雨達は悟ったのだろう。
「う・・・うぁ・・・・・」
最初にそんな嗚咽を漏らしたのは氷見だった。
グループの中で二番目に好きだった鈴を失った後に、一番なついていた詩架の喪失。
弱冠14歳の彼女に、耐えられるはずもなかった。
そしてその声につられるようにして、琉雨も嗚咽を漏らした。
そうして次第に、その場は少女と少年の鳴き声に埋もれていった。
「――――詩架ぁ・・・っ!」
かろうじて言葉と分かるそれを放った琉雨は、胸に軍用眼帯を抱きしめてうずくまった。




