過去篇 第十二節:守り守られ彷徨う人情
パサリと、この短い期間に何度開けたかも分からない柔らかな布で織られた扉ともいえないテントの扉を開ける。
煌々と照りつける朝日を顔に浴びて一瞬目を細めてしまう。
こんな綺麗な、とてもすぐ側では誰かが死んで、あるいは誰かが死ぬ思いで逃げているとは思えない空の下で、琉雨の心は反対に曇っていた。
ふぅ、と大きく溜め息を吐きながら脚に纏ったスニーカーをごと地面を踏みしめるのとタイミングを同じくして、眼前から飛んできた声が耳に入る。
「行くのか?」
ハッと声に弾かれるようにして上を・・・いや、前を向くと、そこには珍しく・・・と言っては失礼だが、めったにしない真面目な表情をした礫が立っていた。
詩架ではなかっただけまし、なのだろうか。その顔を見てしまった瞬間に、ここにいるかつての仲間達と別れるんだという決心が揺らぐ。
「そうよ、仕方ないじゃない。お母さんがいうんだもん」
サッと目を伏せて表情を読み取られないようにして、駄々っ子のように言葉を返す。
「それで、いいのか?」
礫の静かに発せられるその言葉に肩がびくりと震える。
――やめて
「別にお前の生き方に俺が口出すようなことでもないとは言うやつがいるかもしれない。だが言わせてもらう。それでいいのか?」
―――やめて――
「親の言うとおりに生きて、親のしいたレールに従って、そこにお前は居るのか?」
――――やめてよ、自分勝手な事言わないで。
「お前は、何がしたいんだ。こんな状況だ。どうせなら隠しに隠した・・・隠し切れない本音を、言ってくれよ。力になれるとは言えないけどな、でも、俺の自分勝手かもしれないけど、聞きたいんだ。聞かせてくれよ」
――――やめて――――もうやめてよ・・・・私。
段々と、礫の言葉につられて来るように湧き上がるここを・・・いや、友達の側を離れたくないという気持ちは、既に無視出来ないところまで来ていた。
駄目なの、私がここにいたら、友達に迷惑かけるから。友達のためにも、ここは離れないといけないの。
必死に自分に言い訳をする。
するとその言い訳は無意識のうちに口から出ていたようで、礫の叱責が飛ぶ。
「かけろよ!」
今まで静かに語っていた礫の突然の怒号に琉雨の体は震える。
「友達だろ!かけろよ!迷惑ぐらいよぉ!もうこんな状況だ!安全云々なんてもう無いんだよ!いつあの影が責めてくるかも分からないこの状況だ!関係ねぇよ!もうやめてくれよ・・・お前は、お前なんだからさ。もうお前が必死に耐えてるところなんざ、見たくねぇんだ」
後半の礫の声色の震えに気付き、ふと顔を上げてみると、そこには顔を拭う礫が居た。
泣いている?
何故?
本当に意味が分からなくて心の中で首をひねっていると、背後からリリの優しい声が全身を包むように響く。
「礫はね、アンタが一番最初に私たちとあったときに一番アンタと私たちとの間を取り繕ったの。なんでか、わかる?」
私とリリ達との出会い。
それは確か―――
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二年前、中学三年の受験時の事だ。
「あんた達みたいな馬鹿共に付き合う気なんてないわよ」
侮蔑交じりに放たれた琉雨の言葉は、由佳の堪忍袋の緒をいとも簡単に引きちぎった。
眼前に居る漫然と生きるこの人間とも呼べない生き物達は、ただ息をして、ただ日々を消化して生きている。
この私のようなエリート校・・・進学校に行っている私とは違う。
私は違う。
私は・・・・違うんだ。
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うろ覚えだが、こんな感じだったように思う。
突然礫と名乗る男が現れ・・・いや、塾で同じクラスだったような気もしないでもないが。
そして一緒に遊ばないかといわれた時だ。
この後なんだかんだと色々と理由をつけて遊んでいるうちに、当時の私とは大分変わったと思う。
・・・・分からないが。
しかしこれが今の礫の台詞とどう関係があるのか?
「礫はね、毎日友達も居なさそうに一人で机に向かって勉強をしている貴女がね、なんだかとってもさびしく見えたんだって。だから、誘ったの。そりゃ、言っちゃあなんだけど当時の琉雨ちゃんはすごかったよ?色々と。今もそういうところはあるけれど、ずいぶんと変わっていたよね。それは多分、勉強という無機質なもの以外に触れていなかったために育たなかった物が・・・傲慢と思うかもしれないけれど、私たちと、他の人たちと”密接”に接することによって育ってきたんだと思うの」
それは人によって言い方は違うが、それは恐らく気配りや、親切といった類のものなの・・・・だろう。
それをリリに言われて気付く。
今まで私は相手をしてやっているという感覚で付き合っていた部分は確かにある。
しかしどうしたことか。
傲慢なのは私だ。
守っていた、付き合ってやっていたのではなく。守られていた。付き合ってもらっていた。
それに、気付かないなんて。
なんて私は、馬鹿なんだ。
それに気付いた瞬間に、仲間達と離れたくないという思いはいっそう強まり、感情の全てを塗りつぶした。
「私・・・・・ここから・・・皆から・・・離れたく・・・ない・・・」
ぽつりと、琉雨は一言漏らした。
それで十分だ。
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十分なんだ。
「ハン」
詩架は何に対してか、鼻で笑う。
スッとテントから体を引き剥がすと先ほどから物騒な連中が居るところへ向かった。
「十分だ、それで十分」
―――自分で考えろ、思考を停止させるな。考えろ、考えるんだ。お前が今何をしたいのか。それをするために何をしたらいいのか。すべきことなんてのは必要ねぇ。何かをするために何かをやってりゃすべきことなんてもんは意識せずに通過、解消されてるもんだ。考えろ。考えて苦悩しろ。
――――それがお前を強くするんだ。世の中の流れに流されない。しっかりとした物に成れる。
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「私、今から落ち合い場所に行って話をつけてくるわ」
琉雨のその言葉に、一瞬礫はそのまま強引に連れ去られてしまうのでは、と危惧をするが、琉雨のその強い視線を前に、そんなことを言うのは野暮というものだろう。
こうなれば。
「俺がついていく。何かあればお前を逃がすまでの脚稼ぎにはなるはずだ」
その礫の言葉に、やはり若干の不安を抱えていた琉雨は素直に頷く。
「ありがとう」
琉雨の感謝の言葉に頷いて、二人は歩みだした。
決着をつけるために。
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「ったくよぉ、なんだあの餓鬼」
「わっかいもんは元気だよなぁ」
「青春て言うんですよ?知らないんですか?」
「青春を過ごさなかった私たちが言えることではないかもですけどあれは青春ですよ、間違いなく将来セピア色になりますよ」
「ちげぇねぇな」
「んま、支えてやるかい?俺としてはわがままだろうがなんだろうが自分の足で立とうとするのは好きだがね」
霧ヶ峰がそう言うと、全員一致で彼らを補助することになった。
「まず独り立ちさせる一歩は親離れ、子離れってな。なかまってぇのは一生必要なもんさ。仲間には好きに頼れ、親には頼るな。それが俺らの信条だ」
久しぶりにいうな、これ。と霧ヶ峰がそういうと、ハウンドの面々が苦笑する。
一人一人何かを抱えている彼らだからこそ、平和の大切さは知っている。自立という意味の重さを知っている。
そして
頼ることの大切さを知っている。
「殺すなよ?」
九帖が念のために釘をさすと、ハウンドの三人は笑って答えた。
「もちろんだ」
最後まで読んでくださってありがとうございます。
安心と安定の連投ですけどそこは突っ込まんといてください




