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過去篇 第六節:鏡と影と心の傷と

「おめぇ・・・今からあんなのと戦おうってのか・・・?」

「ええ。あいつらを倒して、そんでもってまた、会いましょう」

詩架はそういうと、透明な壁の向こうに立つ二人に別れを告げて再び空を埋め尽くさんばかりの量の影達を見据える。

「待ってろよ・・・今、殺しに行ってやる・・・」

ぐっと可能な限り力を込めて握った拳から一筋、小さく血が流れた。


****


ボンッと透明な壁にぶつかった車が次々と火を噴いていく。

「なんだよ・・・これ・・・」

筑波山の山頂付近から黒い煙のようなものが噴出しているのをみて琉雨達がおびえるのを見て、何かを感じ取った男性はとにかく逃げる、と言う選択肢を取ったのだが、その結果が眼に飛び込んだのは広がる火の海だった。

「壁・・・があるのか?」

男性のその言葉に、琉雨はとてもじゃないが信じられない、と言った風に目を剥く。

ギシ、というあまりに酷使しすぎた車が軋む音を立てながらゆっくりと高速を下りて一般道路へ降りてゆっくりと車を進める。

「高速はここら辺で車の集団が出来てる・・・」

男性はそう言うと静かにドアを開けて手を前にかざしながらふらふらと進み始める。

すると、6歩程度歩いたところで手がゴツンと透明な壁にぶつかる。

「んだこれ・・・」

確かめるように何度も触るが、そこに壁がある事実は変わらない。

傍に落ちている木の棒で思い切り叩いてみるが、木がむなしい音を立てて折れるだけで壁になにかしらの変化が起きるわけでもない。

「やっぱり無駄か・・・」

そう呟いた男性は何を思ったか空高く木の枝を放り投げた。

しかしやがて透明の壁にぶつかった木の枝はコツン、と透明の壁にぶつかり軌道を変えて戻ってきてしまう。

「上空もあんまり期待しない方がいいな・・・」

男性はそういうとすごすごと車へ戻ってラジオを付ける。

「どうでした・・・?」

琉雨がおずおずと聞くと、男性は静かに首を振りながらラジオ音量を引き上げる。

『今、大変なことが起こっています!茨城県境全域に透明の壁が発生し、さらに筑波山を中心に黒い何かが広がっています!』

全域

その言葉を聞いた瞬間に車の中に緊張が走った。

全域。

それはつまり。

「脱出不可」

礫の呟いた言葉に、その場に居合わせた男性以外の肩がびくりと一度震える。

「そうと分かれば仕方ねぇ。いつまでここにとどまることになるか分かったもんじゃねぇ。さっさと定点基地に適した場所、探すぞ」

礫は何かを振り切ったように言うとさっさとドアを開いた。

「連中は空を飛ぶ。それが永遠的な機関なのかどうかは分からないけどな。ともあれば空に逃げるのは無理。だったら出入り口が二つ以上・・・出来れば遠めにある場所が欲しいな」

礫はそういいながら車の上によじ登る。

「ここから見ても大して良くわからねぇな」

突然動き出した礫に男性も若干気後れしていたが、直ぐに気を取り直して言った。

「ああ、それなら一つ良い事がある」

男性が窓から首を出して礫にそういった。

「今港に軍が来てるんだ、軍、というか自衛隊とアメリカ軍の尖鋭兵士達、だな奴等は何しに来たのかしらねぇけどな」

男性はそういうと、そこに保護してもらおう、と言って礫をもう一度車の中に乗せて静かにエンジンを動かした。


****


「お迎えだな・・・おい」

面倒そうにそう言う礫の眼前に三体の影が立っていた。

しかしそれは筑波山で出会った陰とは違い、心なしか形が人型に安定しているように見える。

「んだ?」

そのよく分からない違和感を抱きながら、傍に落ちている港ならではの鉄パイプを拾い上げる。

「お前の攻撃でせいぜい尖らせてくれよ?」

復讐の、始まりだ。


****


「もしかしたらお前達の言う詩架って奴も港に行ったのかもしれねぇな」

車の中を支配していた沈黙を破ったのは、男性のその一言だった。

「え?」

よくわからずに琉雨が聞き返すと、男性は琉雨を一瞥して答える。

「あの影とやらと一番戦ったことがある奴なんだろ?その詩架ってのは。ってこたぁその影の危険性を一番分かってそうだから県外に逃げそうなもんだがな。さらにその港は茨城から一番簡単に出ることが出来る場所、距離だ。つまり。」

「逃げた、と?」

その琉雨の問いに、男性は静かに頷く。が、それを安易に見逃せない人物が車の中に一人。

「詩架は、私たちを・・・いや、鈴ちゃんを見捨てて逃げるほど腰抜けじゃないわ」

由佳はそう静かに、しかし秘めた怒りと悔しさをにじませた声色で静かに反論ともいえない主張をする。

「あぁ、そうだったな」

詩架は確かに、そういうことはしないだろうな。

琉雨は一人思う。

詩架はやっぱり、心に傷を、負っているのだろうか。

口にはしないが、鈴という仲間を失い、更に私たちから冷たい目を向けられ、そして死に掛けて。

その傷を癒すことは恐らくは私には出来ないだろうけど、それでも、私は何かしらの答えを、詩架に突きつけることが、出来るのだろうか。

恐らくそれが出来たならば・・・とても、とても甘い考えだが、それが出来たならば、奴は笑ってくれると、そう思う。


****


視界が真っ赤に染まり、既に何十と繰り返された斬撃を再び影に打ち込む。

一瞬影が削れてその下にちらりと人間の衣服のようなものが見えるが、次の瞬間にはその部分の影が修復されて無傷の状態になる。

「厄介だな・・・っ!」

反撃の影の攻撃をすれすれでかわしながらバックステップを踏んで距離を取る。すでにこの方法で小一時間戦っている。

しかしそれがいつまでの通じるのは、敵が学習能力がない場合のみ。

ドッという鈍い音と共に全身に衝撃が走った。

「ガッ・・・」

肺から空気を全て吐き出しながら何かで殴打されて吹き飛ぶ。

ゴロゴロと地面を転がって何に攻撃されたのかを見るために顔を上げると、そこには詩架の持つ鉄パイプの何倍もの太さの鈍器を持った影が一体立っていた。

「野郎・・・学習しやがるのか・・・」

じりじりとにじり寄るようにして迫る三体の影を前に血を吐き出すと、横の通路から一台の車が寄ってくる。

「ちょっと詩架!あんた何やってんの!?」

その声に驚いて声の方向へ振り向くと、そこには窓から顔を出した琉雨がいた。

「よぉ・・・久しぶりだな・・・それはそうとさっさと逃げたほうがいいぜ・・・今ちっとばかし不味い事になってる・・・し」

そう言って再び影に視線を戻すとそこには未だに影が三体立っている。

さぁどこから戦いを始めるか、と言ったこの先の戦闘を脳裏でシュミレートしていると、突然首根っこを掴まれて車の中へ放り込まれる。

「んなっ!?」

「うるせぇ餓鬼がいきがってんじゃねぇ!ここは逃げるぞっ!」

運転席から飛ぶ怒声を背中に、ガラス越しに車の背後に視線を飛ばせばそこにはとても生物に出せるようなスピードを超えた速度で迫る影が三体。

「おいどーすんだ追いつかれるぞ!」

詩架が運転席に向かって怒鳴り声を上げると、運転席に座る男性は声色に自慢の色を滲ませて言った。

「その程度の連中振り切ってやるさ・・・っ!つかまれ!飛ばすぞ!」

その次の瞬間に違法改造とも言える限界を超えるパフォーマンスをみせる車に詩架は酔うことになる。


****


「ちっくしょぉ・・・・んだよあの車よ・・・」

ゼイゼイと肩で息をしながら悪態をつく詩架を背に、男性は軍の移動基地の司令部の幹部に掛け合っていた。

「よぉ、久しぶりだな」

男性のその軽薄な声の掛け方に一瞬琉雨たちの背筋が凍るような感じもあったが、どうやらその男性と軍の人間は知り合いらしく、二人とも友人と話すかのような乗りで喋っている。

「んで、少しの間この子供達を保護して欲しいんだ。いいか?」

「あぁ、俺達も元よりそのつもりさ。というよりも九帖よぉ、さっさと軍に復帰しろよ、俺達は待ってるぜ?」

「うるせーなぁ、俺は軍の体育会系の乗りが嫌いだって言っただろ?しばらく戻る気はないね」

九帖くじょうと呼ばれた琉雨たちの乗っていた車を運転していた男性は元軍。しかも軍のなかでも最高峰と言われる元帥の中の一人だ。

「まじで!?」

ミリタリーを多少齧っている悠介に説明され、琉雨は柄にもない言葉使いで驚きの声を上げた。

そのせいで多少、場の空気が和んだ。ような気がした。

「あぁ、抵抗することは考えない方がいい。自殺行為だぜ」

詩架のその言葉に、軍を始めとした人間の動きが一斉に止まる。

「多分銃を撃ってもただ弾丸の無駄使いになるだけだろうな」

鋭い眼光を更に尖らせて軍の人間を品定めするように見据えながら詩架は続ける。

「連中はいくら攻撃を加えても二・三秒後には回復するぜ。出来ても足止め程度。現段階では逃げることだけを考えてそれで対抗策を練った方が効率的だと思う」

詩架はそれだけ言って、まぁ足止めは出来るんだがな、と言って側を歩く軍人の持つ銃をさりげなく手に取った。

「TAR。スチェッキン。デザートイーグル。なんかよくわからない武器選択してんな」

詩架はそう言って、あまりにも堂々と武器を奪ったために何をされたかいまいちわかっていない軍人の側から離れる。

「ちっとまぁ自殺行為してくる。拾わなきゃいけない屍が、あるんでな」

そう言って立ち去ろうとする詩架を引き止めたのは大人ではなく、悠介だった。

「屍・・・って、屍ってなんだよ!おい!」

そういう悠介に答えるために詩架は脚をとめて振り返り、言った。

「決まっているだろ、鈴の、屍さ」

何の感慨もなく告げるその詩架に一瞬悠介は言葉もなく押し黙る。しかしあふれ出す怒りと悔しさは口をついて出た。

「お・・・おまえっ!やっぱり見捨てたんだろ!お前は鈴を見捨てたんだろ!鈴が死ぬところを見て逃げたんだろう!そうなんだろ!なんであいつが・・・っ!こんなことなら!こんなことならお前が死ねばよかったんだ!」

瞳一杯に涙をためそう訴える悠介の頬を打ったのは詩架ではなく、礫だった。

「うるせぇよ」

いつも軽薄な調子の礫が珍しく、真剣な顔をして続ける。

「お前誰に向かって口聞いてんだ?あ?あいつが鈴見捨ててそのまま逃げるんだったらわざわざ俺達に警告しに来るか?それを考えてるのか?お前はよ、大体俺達が今ここで息をできてるのも詩架が俺達に警告したからだろ?それに、言っちまうがな、詩架じゃなくてお前が鈴と一緒にいたって鈴は死んでいたさ。んでもってお前も死んでたろうな。さっきのお前みたいな責め方が出来るのはな、同じことをやって出来る人間だけさ。お前はその場にいてもなにも、できない。それが現実だ。過ぎちまったことは仕方ないと言うしかねぇだろ。いつまでも引きずるな。さっさと次の段階を踏むんだ。それが、鈴にとっても良い事の、はずだ」

礫は一通り心に浮んだ文句を言い終えると、今度は詩架に向き直った。

「お前もお前だ。確かに俺達はお前を見捨てた。だからって何がしたいんだ自殺か?」

「自殺・・・さぁな正直俺も俺が何をしたいのかなんてわからねぇさ。それを示す指針なんてもんはもう、無いからな」

それは恐らく。

「他人という鏡を失った人間はただ、自分を確認できずに墜ちて行くだけさ」

詩架はそう言って更に続ける。

「でもなぁ、自分を確かめる方法は一つ、あるんだ。自分の影を見ることさ。それで自分が何をしているか分かる。けどそれは曖昧だ。それだけに、性質が悪い」

詩架はそこで言葉を終わらせたが、礫にはその先に続くであろう言葉が想像できたような気がした。

「じゃあ、俺達がお前の鏡になってやろうか」

おこがましい。

最初に詩架を見捨てた俺が。

自分で言っていて吐き気がするほどの台詞だが、詩架を引き止める言葉はこれ以外に浮ばなかったのだ。

「残念、お前という鏡はもう割れたよ」

詩架のその予想通りの言葉に、礫は心の中で深くため息を吐く。

どうすれば、詩架を引き止められるのだろうか。

その方法を模索していると、今度は琉雨が口を開いた。

「今からとっても、自分勝手なことを言うわよ」

近くの礫ですら少し目を凝らさなければ分からない量の涙を滲ませた琉雨は言った。

「あんた、死ぬかもしれないでしょ」

「多分な」

「じゃあ行っちゃあだめよ」

「何でだよ?」

「私が困るから」

「は?」

「あらやだわ、鈍感な男ね。こう言ってあげないと分からないのかしら」


「詩架を愛するわたくし琉雨は貴方を失ってしまってはこの先正常に生きていく自信がありません」


だから


―――生きて


突然の愛の告白にさすがの詩架も驚いて心が揺れ動いたところに更に、小さいけれども決定的な止めが刺さる。

「私は双子だから分かります。お姉ちゃんはいま詩架さんに死んでもらっても正直嬉しくないでしょうね。おおかた昼行灯の貴方の事だから何か勘違いしてるんでしょうけど言いますよ。」


「貴方に今しなれたら私が死んだ後にお姉ちゃんに合わせる顔がありません。あともう一つ自分勝手なことを言います。私も守ってください。貴方を見捨てた私ですけど、正直自分のみを自分で守ることは出来そうにありません」

「私も、一番年齢が低い私を放っておいて死ぬだなんて許しませんよ」

つまり彼女達は、詩架を見捨てたと認めたうえで、もう一度守れと。そう言ったのだ。

それはあまりにも身勝手な言動。

呆れて怒りも出てこない。

「俺がここでいやだ、といえばお前らはしんじまう訳だ」

その詩架の言葉に、女性諸君はおろか礫までも頷く。

「まぁ正直あの状況で見捨てられた、なんていってる俺も十分餓鬼だわな」

詩架はそう言ってきびすを返して背を向ける。

「割れた鏡は・・・直る、のかねぇ」

そう、言葉の上では整理を付けられるが。しかし内面ではかなり複雑な心境ではある。

そこへ、ピロピロとポケットから電子音が響いた。

パチ、と携帯を開くと、そこには一通のメールがあった。



件名:アンジェリカです


本文:必ず生きて、帰ってきて。


ったく。

どいつもこいつも身勝手なやろー共だ。

「仕方ねぇな。お前らの為じゃあないがよ、新しくできた友人のために死ぬわけにはいかなくなった。しばらくは俺が生き残る”ついで”に守ってやるさ」

はぁ、と大きく吐いたため息をついてその場にへたり込んだ詩架は一言加えた。

「面倒くせぇ」

その言葉を聞いた由佳達はそろって顔を見合わせて笑った。

いつまでこの仮初の関係が続くかなんて、分かりはしないけれど。

ひとまずは。

ひとまずは彼の命をつなぎとめ、そして傷を癒すことが出来るのかもしれない。

そう、彼等の中で意見が纏まった。

しかし一度傷ついた心の傷というものは簡単に癒えるものではないと、彼らは後に身をもって知ることとなる。

結局、綺麗に決着が付いて解決する問題なんてものは逆に少ないと思うようになったここ最近です。

なぁなぁで進むのは結構ありがちなことで、そのせいでなんか複雑な気分の悪さがあったり。

そんなことを考える日々なのでした

正直詩架の扱い酷くね?とか思ったりしますけど。はい。モテる男は爆発すればいいのです

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