過去篇 第四節:人を信じる事
「俺達・・・詩架を見捨てたんだよな・・・」
訳の分からない事が起きてから二時間。既に空は白み始めていた。
その誰も言おうとしなかった言葉を発した礫に誰も答えようとはしなかった。
重苦しい沈黙が舞い降りる。
「詩架・・・生きてるかな」
ポツリと由佳がこぼした声にも誰も答えない。
全員の顔が疲労によってげっそりと削れてしまっている。
「なぁ、とにかく詩架探しに行かないか?なんにしたって俺達はこのままじゃいけないだろう?」
礫が立ち上がってそう提案するが、琉雨の反論を受ける。
「今筑波山にもう一度入ったとして、またあの妙な化け物に襲われて命を落とすのがおちだ、今筑波山に入るのは得策じゃない」
「んじゃあどうすんだよ詩架を見捨てるのか?」
礫がイラついた様にそういうが、琉雨は静かに答える。
「落ち着け、何も見捨てるとは言ってないだろ。私は探し方を変えると言っているんだ。とにもかくもあの影がいるという事実は誰かしらに知らせてここから避難させた方がいい。今日筑波山に登ろうという人もいるはずだしな。それと詩架に関しては一つ賭けにも等しい事ができる」
「何?」
リリが聞き返すと、琉雨は人差し指を立てて言った。
「川だ」
「川?」
「あぁ、川。私たちの張ったテントの側には川があったろう。恐らく詩架は最後の手段としてあそこに飛び込んだことを選んだに違いない」
その琉雨の突拍子もないとも言える考察にすこし驚きつつも、リリが答える。
「どうして、川に飛び込んだと思うの?」
「・・・・まぁ、そこはあの状態でにっちもさっちもいかなくなった場合、そこから逃げるすべとして選ぶ手段は何かと考えたら川しかないかな、と。あそこは手っ取り早く逃げられるがけもないし、加えて言えばあの川は濁流となるところが無いおとなしい川だから、かな」
確かに、釣りをして川を見ていた限りでは流れが荒かったりするところは無かったはずだ。
「一瞬でそこまで考えられるものなの・・・?」
リリがそう聞くと、琉雨は悔しいような照れたような複雑な感情を表情に浮かべて答えた。
「あいつなら否定できないよ」
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スッと目を開けると、そこは見覚えの無い天井だった。
「あ・・・・?」
訳も分からずに上半身を起こすと、そこには同年代であろう少女とその父親であろう人間が寄り添って椅子に座っているのが分かる。
(あー?)
未だに状況が把握できない頭で必死に何があったのか思い出す。
体に強烈な痛みが走っていることを考えれば何かあった筈だ。
すると、すこし経てばぐるぐると過去の記憶が甦る。
キャンプでの釣り。
そして肝試し
影との遭遇。
鈴の・・・・死と死ねという言葉。
そしてかつての仲間達の冷たい目。
「はぁ・・・」
こみ上げてくる吐き気を必死に堪え、大きくため息を吐く。
(まぁあんな化け物引き連れてれば・・・なぁ。)
何故そこに焦点を当てたかといえば、鈴の言葉はあまりにも深く詩架を抉ったからだ。
今まで信じていた、一応ではあるが仲間だと思っていた人間に裏切られる、見捨てられるというのは、あの状況で最も効率的だったとはいえ、十分にきつい物がある。
「もう・・・いいか・・・」
詩架は脱力したようにそう言って瞳を閉じると、小さく涙が一筋流れた。
****
「遠いな・・・」
地図を見て琉雨は唸った。
その言葉に、携帯片手に何かに電話を掛けている礫は琉雨の方へと顔を向けた。
「はい、そうなんです、きっとUMAですよ本物ですよ」
「ええ、はい。分かりました。ではお願いします」
パチリ、と携帯を閉じると、礫はフゥ、と大きくため息を吐いた。
「おーけー。ったくテレビ局の物好きさ加減には呆れるな。何の証拠も無いのに筑波山に来るってよ」
「まぁ話題性があればいいのさ。とにかく礫、これ見てくれ」
そう言ってバサリと広げられた地図に視線を落とすと、そこには現在地と目的地である川の終点の湖が記されていた。
「距離約20km・・・ほとんど正反対じゃねーか」
礫の言葉に琉雨が頷いて口を開く。
「あいにくここには免許を持った人間がいない。歩きでいくとすると・・・・五時間弱。恐らくあの出血量で湖を漂っていると考えると・・・生きている可能性は限りなく低いな」
その言葉に礫が盛大にしたうちをする。
「あーちくしょう、なんだってんだ一体よ、鈴も消えるし何か知ってそうな詩架は死に掛けてるしよ!」
礫がそう叫ぶと、何事かと開店準備に追われていた男性が顔をひょっこり出した。
「どうしたんだい?」
その男性の言葉に礫は内心でやっちまった感を感じながら、視線で琉雨に助けを求める。
「別に本当の事を言ってしまって構わないだろう。どうせここにいたって殺されるかそれとも自ら命を絶つしか道はない」
その琉雨の物騒な言葉に男性は一瞬何事かと身を構えるが、琉雨はそれに構わずに続けた。
「貴方は超常現象、というものを信じますか?」
琉雨の言葉に一瞬驚いたような表情を見せるが、琉雨の後ろにいる疲弊しきった様子の子供達と、琉雨の真剣な表情にそれはただ事ではないと察したのかまじめに話を聞くために店の扉に休業という看板を掲げて琉雨達に言った。
「入りな」
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「で・・・いや、お前等その様子じゃ飯もまともに食ってねーようだな」
汚れきった子供達の様子を見て男性は言った。
「待ってろ」
男性は静かにそういうと、置くの厨房から大きなカレーの鍋を持ってきた。
そして再び奥に引っ込み、今度は食器と炊飯器を持って子供達の前に置いた。
「お前等の様子じゃあきついこともあったんだろうが何をするにもまず飯だ。睡眠も必要だがお前らのそのあせった表情じゃあとてもじゃないが眠れるようには思えねぇ。食いながらでも事情を話しな。事と次第によっちゃあ手ぇ貸してやる」
男性がそう言って人数分のカレーをよそって子供達の前に配ると、子供達は思い出したかのように一斉にスプーンを取って食べだした。
そしてしばらくの間黙々と食べていて、半分ほどカレーがなくなったところで琉雨が口を開いた。
「ありがとうございます」
「なんてことぁねぇ。気にするな」
「ありがとう、ございます。それで事態というのは・・・信じられるかどうかは分かりませんが・・・というよりも私たちにも俄かには信じられない事なのですが・・・ありのままに」
琉雨がそう切り出すのを、男性は神妙な面持ちで聞いた。
その心のうちでは何を思っていたのだろうか。
「まず、私たちは筑波山にキャンプをしに行っていたんです。夏休みだから遊ぼう、という事で。そして釣りをしてその魚を食べてそして一旦は寝ようとしたのですが、色恋沙汰があってやっぱり肝試しに行こうという話になりました」
琉雨が肝試し、といい始めたところで、由佳はきつく唇を結んだ。
その様子から男性は色々と推測をするが、とりあえずは話を全て聞いてからだと思い直してそのまま聞く。
「そして当人である二人・・・詩架という男の子と鈴という女の子を意図的に組にして送り出したんです・・・そして私たちも行って、既に帰ってきたんですけど一番最初に出発したはずの詩架達が戻ってこない。恋人同士で仲良くやってるんじゃないかなどと下品な会話もしていました」
どうでもいいことを詳しく言うのは、あのころの事を悔いて鮮明に思い出しているせいなのだろうか。
「私たちが知っているのはそこまでです。次に詩架と顔を合わせたときには鈴は行方不明で、全身傷だらけ、満身創痍にして右目から異様な光を放つ詩架が私たちのキャンプに戻ってきたんです。そしてさらに次の瞬間には詩架が必死に出てきた茂みから異様に肥大した、節々から夜でもわかる程に真っ黒なものを吐き出しているキツネ”だった”物が現れたんです」
琉雨はそう言うと、一度唇を噛み締める。
「あの時に何がどうなったのか分からなかった私たちは思わず右目から妙な光をだす詩架に向けて嫌な顔をして、そのまま逃げるようにして下山してきたのです。そして私たちはキャンプしていたところが川だったこともあって、満身創痍でとても勝てそうじゃなかった詩架はもしかしたら決死の思いで川に飛び込んだのではないか・・・とそう思って地図を確認したらその川の終着点である湖は遠くて・・・」
無力感からくるやるせなさを唇を噛み締めることで必死に消し去ろうとしたが、一向にそれは成功する様子はない。
それをみて、今までなかずに我慢していたんだな、と感じた男性は静かにテーブルから立って言った。
「しかたねぇ、もう休業の看板も出しちまったんだ、送ってやることぐらいはしてやるよ。準備してくらぁ・・・・20分程な」
カタン、と机を後にして静かに厨房へ入る。
背後から聞こえてくるすすり泣きに男性は思わず壁を殴りたくなる衝動に駆られる。
「くそっ・・・・!」
****
「・・・・だ・・・・の・・・・?」
「あ・・・・し・・・ま・・・・・・れよ」
「いい・・・・・け・・・・な・・・いい・・・」
「けが・・・・は・・・にくが・・・・いいんじゃねぇか?」
「肉・・・・ね」
うっすらと回復し始めた視界を一生懸命に定めながら目を開ける。
すると自分の枕元には、一人の男性が腰掛けていた。
「ん・・・?」
先程見たことがある顔だったが起き抜けのためになかなか頭が働かずに誰かが判別できない。
「おぉ!起きたか兄ちゃん!」
枕元に座る男性がうれしそうにそう言うと、ゆっくりと詩架の上半身を起こす。
「あん・・・・?」
何故起こされるのか分からずに頭に疑問符を浮かべていると、突然目の前に綺麗な手に包まれるようにしてもたれたお粥の入った器が差し出される。
一体どういう意図で、と普通ならば気付くようなことなのだがそれにすら気付けないレベルで疲弊していた詩架は手の元にいるはずの人間を見るために視線を上げると、そこには整った顔をした女性が一人笑顔を湛えて立っていた。
「だれ・・・?」
まず聞くところはそこじゃないだろうという話ではあるが非日常に放り込まれて死に掛けた詩架にとっては頭に浮んだ疑問符をとりあえず解消することしか考えられていなかった。
しかしその女性は嫌な顔一つせずに快活に答えた。
「私はアンジェルさ。筑波山の麓に住むしがない外国人だよ」
外国人という割にはすらすらと出てくる日本語にすこし違和感を感じるが、確かにぼやける目を幾回かしばたかせればそこにはブロンドの髪を肩甲骨まで伸ばした碧眼金髪というこれでもかというほどのテンプレ金髪美女が立っていた。
とにもかくもそのお粥の入った器を受け取って一口口に含むと、梅の酸味が口を刺した。
「あ・・・美味い」
自然にこぼれ出た感想はアンジェルと名乗った少女を喜ばさせた。
「だから言ったでしょう?私も料理できるようになったのよ?」
「あーはいはい分かったよ。じゃあ俺は外に山菜取りに行って来るからな。んじゃ頼んだぞ」
そう言ってその場を去ろうとした男性を、詩架は無意識のうちに袖を掴んで止めていた。
「なんだい兄ちゃん?」
アンジェルと名乗った少女とは全く似ていない典型的な日本人男性の顔をしたその初老と中年の間のような陽気な顔をした男性は何事かと詩架を見て問う。
「いや・・・まだ思い出せないけど・・・出ちゃ、駄目だ」
詩架のそのことばに、何かを掴んだのか男性は出て行くことを止め、居間に備え付けられた椅子に座った。
二口、三口とお粥を食べるうちに、次第にこのままこの状況に身を任せてしまいたくなる。が。心の中でそれと比例するようにして一つの声が次第に大きくなっていく。
”忘れていいのか?”
・・・・何をだ。俺は今ここで”何故か”負った傷の手当をされながら飯を食っている。これの何が悪い。
”何が悪い?お前は俺の癖にそんなに馬鹿だとは思いたくなかったな。いい加減認めろよ、それは逃げだ。戦わずに、倒さずに逃げれば延々と付いて来る厄介な代物だぞ。”
”心の傷というもんは”
その心の中にいる自分にそういわれ、思わずスプーンを放り投げたくなる衝動に駆られる。
何事かとアンジェリカが詩架に心配そうに駆け寄りかけたが、それを男性が片手で制して静かに首を振った。
俺は、別に逃げてるわけじゃない。
連中が勝手にきて勝手に過ぎ去っていく。今までもよくあった、更にこれからもよくある話じゃねぇか。
”過ぎ去っただけなら良いだろうがな。お前は仲間の死を見届けた責任がある。そいつはお前がいつまでも現実逃避をすることを願っているとでも思うのか?”
さぁな。今まで仲が良かったのに去り際に死ねだとか言う人間の事なんざしるかよ。
”んだよ思い出してんじゃねーか。まぁおれが覚えててお前が覚えてないわけはない、か。まぁお前の知っている事実とお前の知っている事実は違うようだがな”
あん?嫌な言い方しやがるなお前。
”うるせぇな。とにもかくも俺が言いたいのは。お前はこのまま与えてくれる蜜を吸って生きていく社畜ともいえる人生を送るか否か。二つに一つだお前の答えはどっちだ?”
俺の答え。
心の中でそう呟くが、心の声はもう音沙汰も無くなっていた。
一人で考えろということか。
俺の答え。それは何に対する答えなのかということをまず知らなければ、考えなければいけないだろう。
鈴は俺を嫌っている事は分かった。
じゃあ俺は?
少なくとも嫌いではなかった。
それが答え?
否、そんなチンケなもんでもないような気がする。
もっと根本的な何か・・・
あぁ。
そういう、事か。
俺の答え。
それは俺がこれから何をしていくのか。それで決まるんだ。俺が今考えて出てきたことが答えというわけじゃ、無いのかもしれない。それは回答ではあるかもしれないけれど、答えでは、無いのかもしれない。
口ではなんとでも言える。
実際に行動するのはその何倍も難しい。
まぁいいさ。これから人をすぐ信頼するのは難しそうだけれど。
未来を見据えて、やってみるさ。
そう心の中で決心すると、静かに詩架は顔を上げた。
するとじっと詩架の目を男性は見つめ、朗らかに笑って言った。
「その右目、良いな。さっきより透き通った綺麗な光を出してやがる」




