第四幕 第十節:憎悪の風
目の前がグラつく、一体なにが起きたんだ?
ぼやける視界とふらつく足を必死に定めようと全身に力を込めるが、それは成功しない。
「く・・・そっ・・・」
思わずうめき声をもらした次の瞬間、ガシ、と両手首を何かに掴まれたような違和感が生じる。
「んなっ!?」
慌てて振り返るとそこには先ほど居たローブの連中のうちの一人が詩架の手首をがっしりと掴んでいた。
(捕まった・・・!?)
グッ、と力を込めるが手錠ではなく人の手なので柔軟性があるために簡単には振りほどけない。
(くそが・・・っ)
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ゴウ、とホレイムの右手から炎が迸る。
前方に6mほど扇状に広がる炎は石畳を溶かして進む。
「外れじゃ。」
耳元で聞こえるヒナの声に慌ててその場から後ずさるが、ヒナの追撃は来ない。
「なんだ・・・?」
「否なに、もう無理やり異世界人の彼女を引き止める必要は無くなったからのう」
ゆっくりとヒナは言う。
「詩架達が捕まったようじゃ」
そのヒナの言葉にホレイムは思わず歯噛みする。
(フレイルア・・・っ!何のためにお前を付けたと思ってる!)
グッと右こぶしを握り締める。
「チェック、メイト、かな?」
そう笑うヒナは、これから起きる戦を待っているかのようだった。
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「流石に一番爆発に近かった詩架達は逃げられんかったか・・・」
木陰に隠れて捕らえられた詩架と由佳とシャイナを見守るハイナ達。
あの爆発のとき、大きなテーブルの爆発と一番遠い位置に居たハイナ達は一応足がぐらつく程度のダメージは負ったが、ほとんど目の前で爆発した詩架達ほど深刻なダメージは負っていない。
「しかしこの露天街であれほどの爆発を起こすとはね・・・」
フィルンが歯噛みしながら悔しそうに言うのを尻目に、ハイナはフレイルアに言った。
「一刻も早く助け出したいんじゃが、火の宝玉は持っておるか?」
ハイナのその問いに、フレイルアは小さな腰につけるポーチのようなものから火の宝玉を取り出してハイナに見せながら言った。
「ここに。確かに早く助け出さないとね。なにをされるか分からない」
フレイルアのその言葉にフィルンは頷くが、ハイナは首を振って答えた。
「わしが言っておるのは逆じゃ、詩架が何かを起こさなければいいと言う話じゃ」
ハイナのその言葉にフィルンは幾分か驚いて言った。
「でもどちらにせよ彼のあの魔法をもってしてもチェイサーズには敵わないよ?」
「馬鹿者、奴はお主やわしの前では本気を出したことはないぞ」
そのハイナの言葉に、フィルンは驚きを隠せないように目を見開いた。
「え・・・?」
「もしこの世界に当てはめて言うとして、詩架の髪と瞳の色は黒じゃ。なぜ風の魔法で本気を出したといえるんじゃろうの」
この際だから異世界人ということは省くがこの世界の常識で考えたとしても、この世界で一番強い色と言われている黒、そして白の片方の色を要する彼等が本気を出してこの程度の傷ですむはずが無い。
ハイナは既に直りかけている腕を見下ろして呟く。
「下手をすれば街を吹き飛ばしかねん。一刻も早くたすけるんじゃ」
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「貴方が何をしたいのか分からないのだけれど一ついえることは」
突然、にらみ合った両者の間に琉雨の声が割って入った。
「あんた程度の力じゃあ私の世界は潰せないぞ?」
琉雨はそう言ってホレイムの横へ立ち耳打ちする。
「一瞬でどの程度まで飛べる?」
琉雨のその問いにホレイムは15kmほどなら一瞬で行ける。と答える。
「それだけあれば・・・ギリギリか」
琉雨はそういうと、ポケットから小さなカプセル状のものを取り出した。
「これはね、私の友達が作ったものなのだけれど、これがまたすごいんだ」
琉雨はそういうと、今一度この街に人が居ないのを気配で確認する。
(そりゃさっきの二人の戦いで逃げるよなぁ・・・)
琉雨はホレイムの肩へ右手を乗せてよっかかるようにしてたつと、ピン、とそのカプセルを弾く。
「さぁ飛んでっ!」
琉雨は老執事を引き寄せてそう叫んだ。
そして視界は一転。
城下町の三分の二が灰となった。
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ズン、と大きな振動が伝わってくる。
「ん?」
執務室のテーブルに座っていたアクルアは何事かと窓の外を見ると、まさにカプセルが爆発した瞬間だった。
「え?」
ホレイムとヒナの間に落ちたカプセルはまばゆい光を放ったと思えば次の瞬間。
凄まじい風がカプセルに向かって吹き始める。
パリン!と窓ガラスが容易に砕け散り、自身の体も持っていかれそうになるのを必死にこらえる。
「なにが・・・っ!」
何が起きたんだ。
いや、この感覚は知っている気がする。
確かこれは・・・ホレイムが爆発を起こしたときの・・・
心の中でそう気付いたときには、背筋が凍った。
ホレイムが渾身の力で爆発を起こした時でもこれほどの風は起きなかった。これほどの長い風は起きなかった。
ということは。
ゾクッと背筋をなめられるような感覚が走る。
―――――逃げろ。
脳裏で本能がそう囁く。
その本能の言うとおりに自身の力を解放して全力で執務室から脱出する。
「逃げろッ!」
廊下に飛び出ざまに城全体に声がいきわたるように水素を操り声の波紋を広げる。
私が今爆発までに出来るのはこの程度か・・・っ!
自身の無力感に苛まれながら必死の形相で城を駆け下りる。
「ここは更地になるぞ・・・っ!逃げろッ!」
繰り返し、繰り返し叫んだかいあってか、城に居ると知っている人間の顔がぽつぽつと逃げる自分に合流してくる。
恐らく緊迫しきったアクルアの声色にこれはただ事ではないと感じ取ったのだろう、合流する仲間達も全員顔面を蒼白に染めている。
バガン!と気品など気にする暇も無く爆発中心地から一番遠い戸を蹴破る。
刹那。
まず光が消え、そして音が消え。
そして視界を埋め尽くしていた城下町が全て消え去った。
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「ハァ・・・ハァ・・・ッ」
息も絶え絶えに地面に横たわると、オエ、と軽く吐く。
「何が起きたんだ・・・?」
ホレイムが聞くと、涼しい顔で爆発を見守る琉雨は答えた。
「私の世界の兵器よ。と言っても特別に持ってるだけだけれども」
琉雨はそういうと、肩で息をするホレイムに向き直って一言加えた。
「そういえば詩架達も持っていたわよ?」
その言葉と、ヒナの先ほどの言葉を脳裏で自然とつなぎ合わせたホレイムは顔を引きつらせた。
「あー・・・チェイサーズが危ない・・・・・」
敵の心配をしたのは初めて・・・だと思う。
命を持っていかれかけたホレイム、そしてアクルアはこの時点で、三年前の記憶を呼び起こしかけていた。
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ヒュ・・・・と左目が見えないために感覚だけで風を操り右目のコンタクトを起用に外す。
幸いこのカラコンが光から目を守ってくれたようだ。
(世の中なにが幸いするか分かったもんじゃねーな)
詩架はそう心の中で呟くと、外したことがばれないように眼球の目の前で粒子じょうにまで分解する。
「何をしている?」
魔力の動きを感じ取ったのか、詩架の腕を掴む女性が尋ねる。
「目がかゆかったんだよ」
詩架はそういうと、微弱な風当たりで敵の位置を把握する。
(よし、目の前には敵は居ないと)
詩架はそれを確認すると右目をゆっくりと開ける。
するとそこには先ほどまでとはまるで違う、荒れ果てた光景が広がっていた。
「そうか」
ポツリと詩架は呟くと、手を掴む女性の体がピクリと反応する。
「これが」
ふつふつとこみ上げてくる怒りはまだ抑えられるものだったが、その理性は地面に横たわるシャノアと由佳をみて吹き飛んだ。
「これが」
「これがお前等のやり方かああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ドン!と空気が震えたと手を掴む女性が気付いたときには既に手遅れだった。
「はじけ飛べぇっ!」
ぐ、と詩架が女性の腹に手を当てると、詩架は皮膚が邪魔するのも関係無しにカプセルをねじ込む。
そして。
ドッと対鬼戦で会得した圧縮した空気を爆発させる方法で空高く飛ばす。
「お前等・・・楽な死に方できると思うなよ・・・・?」
そう言う詩架の纏う風はいつもの青白いきれいな風ではなく、濁った黒い風だった。
最後までよんでくださってありがとうございます。
少しとかなんだかんだいって長くなってしまった四幕もそろそろ終わりです。
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