第3回
***
翌日の昼。
僕は午前の語学の講義が終わるのと同時に、坂下公園へ向かっていた。
ちなみに、藤原さんに会いに行くことを、僕は高瀬には言っていない。
別に高瀬がイケメンだから、藤原さんの意識がアイツに向かうのを恐れて、ってわけではない。
確かにアイツはイケメンだし、僕と違って陽キャって感じだし、交友関係も僕なんかよりよっぽど広そうだけど、僕だってアイツに負けないくらいの魅力は(きっと)あるのだ。
だから、何も恐れる必要はない。そう、別になにも怖くなんかないぞ。
そんな言い訳を自分にしながら坂下公園に足を踏み入れると、そこにはもう藤原さんの姿があって、彼女は大小の鉄棒が並ぶ傍らのベンチに腰かけていた。
藤原さんは以前会った時と同じ服装で、その胸に可愛らしいリュックを抱えている。
彼女は僕に気が付くと、あの可愛らしい笑顔で僕に手を振ってきた。
「久しぶり、悠真くん」
僕は小走りに彼女のところまで駆け寄ると、
「ご、ごめん。待たせちゃったかな」
「大丈夫、そんなに待ってないよ」
どうぞ、と隣を空けてくれる藤原さんに、僕は素直に腰かけた。
柔らかな風がそよぎ、藤原さんからなんだか甘い匂いが流れて鼻孔をくすぐる。
にっこり微笑むその顔があまりにも可愛らしく、僕はとたんに気恥ずかしくなってしまう。
そんな気持ちを紛らわせるかのように僕は、
「そ、そうそう! 短パン、ありがとな!」
バックパックから短パンを包んだ袋を取り出し、藤原さんに差し出した。
藤原さんは「うん、どういたしまして」とそれを受け取り、胸に抱えたリュックに収める。
それからもう一度僕に顔を向けて、
「……どう? あれから」
神妙な面持ちとなった。
どう、とは、もちろん『マーダーゲーム・トライアル』の件だろう。
僕は肩を落としながら、
「――昨日、二回目のゲームに参加させられたよ。僕を巻き込んだ高瀬と一緒にね。藤原さんは? 大丈夫だった?」
すると藤原さんは、こくりと小さく頷いて、
「あたしは、あれからまだ。でも、そろそろだと思うんだ。十日以内には、必ずゲームに参加することになるみたいだから」
「え、そうなの?」
そんな話、まだ誰からも聞いていない。
藤原さんは僕の言葉に、けれど慌てたように両手を振って、
「――あっ、ごめん! あくまで、あたしの場合の話だよ!」
「そ、そうなんだ?」
「うん。あれから今日で一週間でしょ?」
……そうか、高瀬にあのアプリをダウンロードさせられたの、先週のことだったのか。
たった一週間のうちに、まさか二回もゲームに参加させられたうえに、どちらも生き抜くことができたのが我ながら信じられない。
藤原さんはうつむきながら、
「……正直、怖いんだ。次こそ死んじゃうんじゃないかって。誰かに殺されちゃうんじゃないかって。それに、もしかしたら――」
声を震わせて両手を握り締める藤原さんに、僕は思わず声をかける。
「――大丈夫」
「……えっ?」
今にも泣き出しそうな顔をこちらに向ける藤原さんの瞳を、僕はじっと見つめながら、
「できる限り、僕が藤原さんのことを守るから」
「――どういうこと?」
藤原さんは首を傾げた。
「高瀬と約束したんだ。あのゲームから抜け出すために協力するって。藤原さんも、僕や高瀬と同じだろ。本当ならやりたくもないゲームに参加させられて、ゲームに参加する限り常に命の危険にさらされ続けることになって」
「――うん」
「だから、僕の願いは――目標は――あのゲームから完全に抜け出すことにしたんだ、みんなと」
藤原さんは僕の言葉に、しばらくぽかんとしていたけれど、やおら眉間に皴を寄せると、
「――それ、どういうことかわかってるの?」
声を詰まらせるように、口にした。
「人を殺して、ポイントを貯めて、そうやってあのゲームから抜け出すってことでしょ?」
「そう、だけど……」
そんな藤原さんの表情に、僕は心が揺らいでしまう。
「――悠真くんは、人を殺すことができるの?」
その声音は、暗に僕を責めているようだった。
あれだけ人を殺したくない、そう言っていたのに、と。
藤原さんのそんな表情に、僕の心臓は今にも爆発してしまいそうだった。
彼女を失望させてしまった。
彼女の期待を裏切ってしまった。
きっと幻滅してしまったことだろう。
僕のことを、嫌いになってしまったことだろう。
ずんとお腹の奥が重くなって、身体が震えてしまいそうになるのを、僕は必死にこらえる。
こんなとき、高瀬ならどう答えるのだろうか。
どうしよう、どう言い訳しよう。
どういえば、藤原さんは――
だけど。
「――もし悠真くんがそのつもりなら、あたしも……」
思わぬその言葉に、僕は眼を見張ってしまう。
あたしも? 藤原さんも、まさか。
「……あたしだって、わかってる。このまま何もしないで逃げ続けたって、きっと待っているのは死ぬことだけだって。でも、あたしだって死にたくない。死にたくないなら、なんとかしてあのゲームから抜け出さないといけない。だから、もし悠真くんがそのつもりだったら、あたしも協力したい。みんなで一緒に、このゲームを終わらせたいの」
そう口にした藤原さんの瞳には、僕にはない覚悟が見え隠れしているのだった。
まさか、彼女の口からそんな言葉が出てくるだなんて思いもしていなかった。
「ほ、本当にいいの? 藤原さんは、それでも」
藤原さんは深く頷き、
「前に言ったでしょ? 殺されるくらいなら、あたしは、って」
僕は記憶を手繰り寄せる。
あの廃墟の街の中で、藤原さんと僕はどんな会話を交わしていただろうか。
僕はてっきり、彼女が「殺されるくらいなら、死んだほうがマシ」だと口にしていたような気がしたのだけれど、そう言えば、あの時彼女は、そこから先を濁していたような――
その瞬間、僕は恥ずかしくてたまらなかった。
勝手に藤原さんのことを勘違いしていた事実に、どう言えばいいのかわからなかった。
そうだ、そうなのだ。
藤原さんは、『死んだほうがマシ』だなんて、ひと言も口にしていないのだ。
あの言葉のあとには、実は藤原さんの決意が隠されていたのだ。
なんてことだ。とんだ思い違いじゃないか。
僕はなにを心配していたんだ。何を勘違いしていたんだ。
まるで全身から、力が抜けていくような思いだった。
そんな僕に、藤原さんは不思議そうに、
「え、なに? どうしたの、悠真くん。あたし、なんか変なこと言った?」
「――いや、大丈夫。なんでもないよ」
僕はそんな自分に自嘲しつつ、
「あぁ、そうだ。零士さんからこれを渡すように頼まれてたんだ」
気を取り直してバックパックを開け、周囲の様子を窺いながら、誰にも見られていないことを何度も確認してから、
「……これ、藤原さんにって」
Glock 19を藤原さんにそっと差し出す。
さすがに藤原さんもこれには驚愕の表情を浮かべて、
「こ、これ……! 零士さんが、あたしに?」
「僕と、高瀬にも一丁ずつ。あと、現実世界では絶対に使うなって釘を刺されてるから、藤原さんも気をつけてね」
「――う、うん……」
藤原さんは目をパチパチさせながら、ゆっくりとGlock 19に手を伸ばした。
その手は幽かに震えていて、恐る恐るといった感じだった。
口ではあんなことを言っていたけれど、やはり僕と同じなのだ。
これを手にすると、きっとあとには退けなくなる。
僕から見た藤原さんは、そう思っているような印象だった。
それでも藤原さんは意を決したようにそのグリップを握り締めると、そっと持ち上げようとしたところで――それは起こった。
甲高いファンファーレが辺りに響き渡ったかと思うや否や、僕らの周囲にあの四角い透明なキューブが強い光を放ちながら現れたのである。
「――えっ!」
目を大きく見開く藤原さん。
僕らは辺りを見回し、身構える。
僕も思わず毒づいて、
「くそっ! マジかよ……っ!」
その眩い輝きは、あっという間に僕らふたりを包み込んで――




