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美魔女の旦那

作者: Takaki//cw
掲載日:2026/04/29


金曜日の夜、駅前の立ち飲み屋。サラリーマンたちがビールを片手に一週間の疲れを洗い流している。僕は同期との飲み会の二次会を断って、一人でハイボールを飲んでいた。

店員が「ご注文は?」と声をかけてきた時も、僕はスマホから目を離さなかった。「ハイボール」とだけ答えて、また画面に視線を落とす。別に失礼なつもりはない。ただ、必要以上のやりとりが面倒なだけだ。

「そういうのがダメなんだよ」

隣に座った五十代くらいのおじさんが、僕のスマホを指差して言った。

「最近の若い子って、ちょっとしたことですぐ『それって不謹慎じゃないですか』とか言うくせに、人が話しかけてもスマホばっかり見てるよね。でもさ、その批判の仕方の方がよっぽど殺傷能力高いと思わない?」

面倒くさそうな人に絡まれた、と思いながらも、いきなりすぎて逆に気になってしまう。

「君たちはもっとメンタル強くしないとダメだよ。俺たちの時代はさ、エロ本買うのにもメンタルが要ったんだ。コンビニのおばさんレジに、ニヤニヤされながら持っていくわけだよ」

「ネットで買えばよくないですか」

「ネットなんてなかったんだよ!」おじさんは即座に返した。「iモードが出てきた時はみんな騒いだけど、最初はニュースとか天気とかそんなもんだ。パソコンだってみんなが持ってたわけじゃないし、ちょっと変なとこ開いたらすぐフリーズして、訳の分からない請求が来たりな」

「それは災難ですね」

「そうだよ!だから俺たちは本屋とかコンビニで現物を買うしかなかった。デジタルで気軽に済ませられるお前らとは、スタート地点が違うんだよ。でもそれだけじゃない。買った後も大変でさ、親に見つからない場所に隠すんだけど、使いたい時すぐ取り出せないと意味がない。本気で考えたよ、そういうことを」

「…隠す場所まで」

思わず口から出た。

「そう!そこが大事なんだよ」おじさんは身を乗り出した。「隠すってのはリスク管理でもあるんだ。見つかった時のダメージを最小限にしながら、必要な時にすぐに取り出せる。これだって大事なスキルだろ」

「今はスマホで全部済むんでしょ。でもそのスマホ、誰かに触らせる?」

「触らせないですけど、それはプライバシーの問題じゃ」

「そうだろ。みんなそうだから、お互い踏み込まない暗黙の了解ができてる。便利になった分、人と人の間に壁ができてるんだよ。信頼関係ってのはさ、そういう踏み込むところから生まれるんだ」

プライバシーと壁は違う気がする。でも何となく反論できなかった。

「コンビニで買えないヤツはな、深夜に自販機まで行くことになる。割高な上に、ラインナップがマニアックでさ。表紙を吟味して選ぶんだけど、今と違ってエロ本のモデルってのは、綺麗じゃない子もいっぱいいたんだよ。自己責任で選んで、開けてみて頭を抱える。今風に言えばガチャだな」

おじさんは遠い目をした。やけにリアルだ。

「…おじさん、メンタル弱かったってことですか?」

「その日によって違うんだよ!」

思わず笑った。

「でもそれでも買いに行くわけだ。恥ずかしくても、外れを引いても、それでも行動する。メンタルってのはそういうところで鍛えられる。生きていく上で絶対必要なものなんだよ」

話の筋が合ってるのか、ただの酔っ払いの屁理屈なのか、正直よく分からない。でもなんとなく聞いてしまっている。鋭いところを突かれている気もするし、バカにされている気もする。おじさんは楽しそうだ。そして笑ってしまう自分がいた。

「その話、使わせてもらっていいですか。他の人にも聞かせたくなってきちゃって」

「おっ、分かるか!そうだろそうだろ」

おじさんは嬉しそうに身を乗り出した、その時だった。

店の入り口から上品な女性が入ってきた。四十代後半くらい、落ち着いた美しさのある、いわゆる美魔女という感じの人だった。

「もしかして、絡まれてました?ごめんなさいね、めんどくさい人だったでしょ」

女性は僕に向かって頭を下げてから、おじさんに視線を移した。

「あんまりみっともない酔い方しないで。私が恥ずかしいんだから」

おじさんはさっきまでの威勢はどこへやら、急に猫背になっておとなしく立ち上がった。

「じゃあ、お先に」

二人は店を出て行った。僕は呆然とその後ろ姿を見送った。

え、今の、あのエロ本おじさんの奥さん?あんな綺麗な人が、あの変なおじさんでいいの?何者だよ、あのおじさん…。

だけど変な話だったけど、悪くなかった。というか、久しぶりに誰かと話して笑った気がする。一人の時間が充実してると思ってたけど、それだけだと人生ちょっと損してるんじゃないか、そんな気がしてきた。

ハイボールを飲み干して、僕は店を出た。

※おじさんのモデルは私ではありません。

あなたのお父さんです。

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