第一話 執着の正体(1)
窓の外では、西の空がすでに赤く染まりかけていた。木々は石畳に長い影を落とし、犬の散歩や立ち話をする人々で賑わっていた通りからは、めっきり人影が消えていた。
時折、思い出したように人が通りかかる。彼らもまた、心なしか歩を速めて通り過ぎ、建物の中へと駆け込んでいった。
エリカは、壁掛け時計に目を遣った。日没まで、あと数十分とない。
この街では、夜になると瘴気が満ちる。触れた者は理性を失い、怪物・クドラクとなる。
がちゃ、とドアノブが回る音が響き、エリカは寝椅子から半身を起こした。
「エリカさん。聖印の綻びは直しました。これでしばらくは安全なはずです」
生真面目な声とともに入ってきたのは、真っ白な外套をまとった少女だった。夕映えを思わせる赤銅色の髪に、冷ややかな紺碧の瞳。まだ若いが、その立ち姿にはすでに職務の緊張が染みついている。
彼女はこの部屋を初めて訪れた昼間、「退魔師のベネッタ」と名乗った。
「ただ、それも気休めにすぎません。あなたを狙う怪物を仕留めない限りは」
エリカは、包帯の巻かれた腕をそっと押さえた。肌に刻まれた六芒星の聖印は、いまだに焼けるような熱を帯びている。つい先刻まで、そこから黒い霧があふれ出していたという事実は、すでにこの家が怪物の侵食を受けたという証拠にほかならなかった。
エリカは肩を震わせ、窓の外を見つめた。日は落ちきり、通りに漂う黒い霧が、街路灯の光を鈍く滲ませていた。
「……きっと彼です。怪物になっても、まだ私のところへ来るの」
一年近く、影のように自分を追いまわしてきたあの男。外の瘴気に呑みこまれ、異形へと成り果ててなお、自分に執着し続けている。その確信が、エリカの背筋を冷たく撫でた。
その時、窓ガラスが突然がたがたと鳴った。二人は弾かれたように振り向く。
ガラス一枚隔てた向こうで、金色の瞳がじっとこちらを覗いていた。
「きゃっ」
エリカは思わず腕で顔を隠すように身を縮めた。視線を切ったはずの瞼の裏で、金の閃光がパシャリと弾け、いつまでも消えずに残っている。
「レイフ! 驚かせないで」
ベネッタが駆け寄り、素早く窓を開けた。夜気を連れてするりと部屋へ滑り込んだのは、黒髪の青年だった。




