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第9話 踊り蜂と渦中の村

「僕の兄ちゃんは一年前に村を出たんだ。きっと今頃、王都で立派な冒険者になってるよ。フィン・マックールにも負けないくらいのね」


 人の気配がしない夜の村を歩きながら、男装少女グレイは、とびきりの笑顔で兄を自慢した。


「スフィアも冒険者だっていうけど、まだ子供じゃん。兄ちゃんは君なんかよりもずっと強いんだから」


『おやおや。なんと。まあ。凡百の輩とお嬢様を比べようとは、こやつめ不遜の極致に位置しておりますぞ』


 お前もどんな位置から物を言ってるんだよ。


『不肖アキュートめはお嬢様の忠実な下僕にございますれば、主人を軽んじる言いようは看過できませぬ』


 下僕っていうなら試験雇用期間中なんだよなぁ。

 忠実すぎても重いし、そもそも魔獣に忠誠心ってあるのか?


「自慢のお兄様をお持ちですのね。羨ましいですわ」

「そうだろ、そうだろっ」


 俺がいつもの美少女言語で褒めそやすと、喜色満面になるグレイ。大丈夫かなこいつ。さっきまで妙に攻撃的だったろうがよ、ちょろすぎるぞ。お兄さんを褒めれば大人しくなるタイプかな?

 数歩先の痩せっぽちが、せせら笑った。


「おいおい、兄ちゃんってのは冒険者一年生なんだろ? 悪魔女(モリガン)の子と比べてやるなよ、かわいそうだろうが」

「にせ冒険者は黙ってろですわ」


 即座に切って捨てる。

 せっかく機嫌よくさせてるのに茶々を入れるんじゃねえよ。


「あぁ? てめえを褒めてやったんだぞ。えぇ、美少女ちゃんがよ。そうだ、お前、美少女でいいんだよなぁ? へっへへ」


『殺しますか? お嬢様』


 バカ!


 痩せぎすの男の視線が動いた。斜め上、家屋の屋根をちらりと見る。そこは俺の使い魔、アキュートが潜んでいる位置だ。姿を見せないよう命じて、男の不意の動きに備えさせていたんだが、敵意を辿られやがった。

 手札の伏せ合いに一敗だ。

 見張られているのは察していたんだろう。いきなり煽って、気配をあぶり出したんだ。


『も、申し訳ありません』


「敏感、いえ、臆病なんですのね。まるで子ウサギみたいですわ」

「愛嬌って言ってくれよ。俺も少しはかわいいだろ?」


 ムカつくにやけ面しやがって。

 でもわかったことがあるぞ。こいつは諜報者とか隠密とか、そういう技術構築(スキルビルド)だな。

 そういえばダンジョンで女騎士を下した後、こいつも倒れた冒険者たちの中にいた。ハゲのおっさんには得意げに語ったけれど、後になって考えるまでわからなかったんだ。

 死んだふりならぬ気絶したふり。見抜けなかった俺の不覚だクソったれ。


「お友達たちは騎士さまでしたわね。さぞ、かわいがられているんでしょうね。舐められるのも納得ですもの」


 いくら身内だって、暗部や密偵だなんて奴を受け入れて仲良くできる組織は存在しない。だって告げ口がお仕事だものな。

 にやけ顔の表情に嘲りが追加される。


「そう言うお前は女だけのクランで育ったんだろ? ハッ。お察しするぜ、ご愁傷さま」


 言い返された。というか言ってくれる。完全に事実だ。

 この野郎、ビンビンに泣かしてやろうか。


『お、お嬢様、お嬢様! わたくしめが、アキュートめが悪いのです! どうか罰するならこのアキュートめを! (たてがみ)を編んで鞭を作りますので!』


 鞭で何をしろと。あ、いい。要らない。説明しなくていい。

 少し長めのため息をつく。

 ふと見れば、グレイはおかしな空気に困惑していた。雰囲気に感化された膝が小さく震えている。その理由もわからなくて、ひたすら困惑しているんだ。

 頭を切り換えよう。


「……いいんですの? いえ、本当に。一方的に情報をもらっていますけれども」


 この短期間で俺のことを、俺がいたクランWCCウィッチクラフトカンパニーのことを探られている。特級クランだが王国圏での活動は少なく知名度的にはマイナーなはずなのに、調査できる組織力があるんだと主張している。

 今すぐに話が変わるものではないけれど、立派な情報漏洩じゃないのかな? 見せ札にしては大判振る舞いだぞ。

 痩せっぽち野郎の吊り上がっていた口端が落ちて、への字口になった。


「……そうだな、まあ、いいわ。俺だけダメージコントロールを頑張ってるのに、どうせ俺がいちばん責められるんだぜ? いいだろ、このくらい」


 た、他人事じゃねえー。

 俺のWCCウィッチクラフトカンパニーでの主な役割は後始末だった。身内に横槍を入れられて、そのフォローも後片付けも、責任も負債もぜんぶ俺のもの。

 思い出してちょっと泣けてきた。


「苦労してんだなお前も、ですわ」

「お、おう? いや、ご愁傷さまとか気軽に言っちまって俺が悪かった」


 俺と男は、ぴったりタイミングが重なるため息をついた。


『ぬぅ? アキュートめには理解不能なのですが。どうすれば今のやりとりで仲良くなれるのですかな? 大丈夫なのですか?』


 仲良くなったのかなぁ? 警戒レベルは上げているから心配するな。遠まわりな調略ってことも有り得る。


『今度はお嬢様のひねくれぶりが心配になるのですが』


 ほっとけ。自覚あるよ。


「え? 何? 仲良しなの? 乱暴者と仲良しなのはよくないよ、スフィア。……ていうか僕、今なんだか耳がキーンってしたんだけど、ふたりは平気なの?」

「まあ。ご心配ありがとうございます」

「でも俺たちは平気だぜ。心配すんな」


 笑顔を作ってやりすごす呼吸もぴったり一致。


『ぐぬぅっ。妬けますな。いいえ、嫉妬が憎しみの域にまで達しますな。おのれ、好機あらば素っ首噛み千切ってくれましょう』


「あ、あれ? やっぱり平気じゃねえかも。なんだか俺も耳がキーンってしてきたぞ。なんだこの寒気?」


 敵意感知のキャパシティを越えたか?

 肩を抱きながら、男は家屋のひとつを指した。


 他の家と違うのは、ひとまわり以上も大きく、明かりが灯っていること。そして、夜だというのにヒステリックな男の声が聞こえてくること。

 顔の前に指を立てて、静かに、というサインをグレイに送る。

 鬼が出るやら蛇が出るやら、なんて母さんなら言うところだろうか。息をひそめる俺の鼻先を、一匹の蜂がかすめて飛んでいった。



◆◆◆◆◆



「この不信心者どもが! 神の思し召しに従うだけのことが、どうしてできない!?」


 激情任せに振り下ろした拳がテーブルを叩き割り、乗っていた木杯や皿を散乱させた。瓶ピッチャーが割れて水が床を濡らす。


「騎士を名乗る者どもが、なんと不甲斐ないことか!」

「申し訳ない。しかし我々はこの村に疎く──」

「誰が釈明を許した!? 貴様らの汚名返上の機会は行動のみだ!」

「し、承知している。だから捜索させ──」

「グラニエを今すぐ縛りつけて連れて来い! それ以外は全て聞くに耐えぬ雑音なのだと言っている! わからんか? わからんよな、神の声も聞けぬ無能どもめが!」

「はい。……ぐぅっ!?」


 騎士と呼ばれ罵倒されているのは、相応の野卑な武装をした青年。しかし立ち振る舞いが折り目正しく、几帳面さが抜けない。

 そんな彼が散らかった床を掃除しようと伸ばした手を、苛立ちに任せて踏みつけた者がいる。

 新蒼ブルーに属する僧服の腹をでっぷりと膨らませた、田舎村に似つかわしくない立派な身なり。いや、田舎に似つかわしくない虚勢が身なりに現れてしまった男だ。


 踏みにじられる手、木床との間から血が流れる。割れた瓶で傷つけたのだろうが、それを見て僧服の男はますます機嫌が悪くなっていく。

 

「痛いか? 一人前に痛がるのか、騎士のくせに!」

「い、いいえっ。痛くありませんっ。マクネッサの騎士がこれしきのことっ」

「……お労しいな、騎士殿」


 部屋の中にはもう一人。くたびれた獣革のベストを羽織った初老の男が、明かりの届かない場所で椅子に腰かけている。


「この司祭さまに話を通そうとしたのが運の尽きよ。まあ、なんだ、今となってはわからんだろう? どうしてこんな司祭を頼ったのか。かつての我々もそうだったように」

「そんなことはありませんっ。私は敬虔な新蒼(ブルー)の信徒であります。司祭様を軽んじろうなどと、とんでもない」

「……本当にお労しいことだ」


 肥満体を揺らして司祭が振り向く。次の怒りの矛先はその初老の男で。


「お前の方が村には詳しいだろうが! 狩りの民なのだろう? ご自慢の罠はどうした! 罠を使ってグラニエを捕まえてこい!」

「逃げた相手を後追いの罠にかけろとは訳がわからん命令だな。心配要らん、村の外に若い衆を放っている。明朝までには捕まるさ」

「口だけなら何とでも言える! 今すぐだ! 今すぐ連れて来れんで、貴様ら田舎者どもが信仰を示す機会がいつあるというのだ! 金輪際ないのだぞ! 貴様らは死ぬまで神から見放されたままなのだ! そんな哀れな貴様らを救ってやるのだから、私を崇めろ! 褒めそやせ! 崇拝しろ!!」

「は、ははーっ!」


 大仰に肯定し、額を自分が流した血溜まりに擦りつけて平伏する、騎士と呼ばれた青年。

 軽い会釈で最低限の肯定を示す、初老の男。

 目を蕩けさせ、自分の言葉に陶酔している司祭。


「そうだ! 私は貴様らの救い主なのだ!」

「見ちゃいられないので失礼しますわね!」


 そして、扉を蹴破って乱入するお嬢様口調の子供。というか俺。



◆◆◆◆◆



 扉は木っ端微塵に砕け散り、散弾みたいに飛散した。しかし音は小さいという異常が発生。

 後払いリソース的には厳しいが難しくはない。 


「どうもー、美少女デリバリーです! 速攻の決着をお届けに参りましたわ!」


 男どもは例外なく唖然とした顔で硬直……してないな。爺さんだけ壁際まで後退している。

 二人も釣れれば充分。

 まず山賊の格好なのに騎士と呼ばれていた奴が、あっさり昏倒した。裏口から侵入した痩せっぽちの青年が、無音のまま絞め落とした成果だ。


「よっしゃ! 次!」


 太っちょとお爺さん。どちらを先にぶん殴ろうか。

 いや、お爺さんは諸手を挙げて無抵抗の構えだ。じゃあ後回しにして恰幅のいいおじさんを殴ろう。ああいう体格の相手は初めてだから、どんな手応えがするのか楽しみだな!


『趣旨が変わっているのでは?』


 いいんだよ、手段の段階になったらもう気分をアゲるだけで。


「ま、待て! 私は悪くない!」

「問答無用ですわ!」


 能書きはお白洲でお奉行様に垂れろ!


「待って! 司祭様に乱暴しないで!」


 グレイの懇願に、思わず拳が止まる。

 構わず殴り飛せばよかったんだ。どうせ同じ結果になるんだから。

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