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第8話 踊り蜂の潜んだ村

SIDE∶村の少年?


 夜が恐ろしい。

 闇には脅威が潜んでいる。

 そう思ってしまうのは、私たち人間の他の誰もが闇を味方につけているからだ。

 獣もエルフも、魔族でさえも闇を見通す目を持っているというのに、人間はどこまでも持たざる者なのだと夜が思い出させてくれる。


 フィン・マックールの冒険譚の一節だ。


 ずいぶんひがみっぽい英雄様じゃねえか。

 ……だなんて笑った父ちゃんと大喧嘩になったことがある。

 ()が口応えするとは思わなかったらしくて、親に逆らうとは何事だ、って怒られちゃってさ。国を守った英雄にひどい言いぐさをしたくせに親の権威を持ち出すなんて、やっぱり酒は嫌だよなぁ。酔っ払いは悪くないよ、酒が原因だよ、なくなってしまえばいいのに。

 兄ちゃんなら庇ってくれたかな。

 そんな日常を思い出す。僕が生まれ育った村の日常を。


 今の村は、日常からかけ離れてしまった。

 いくら夜だからって、こんなに怯えて物陰に隠れながら歩いたりしない。そりゃあ、おばけは怖いさ。

 でも、おばけよりも、武器を持った乱暴者のほうがずっと怖い。


 振り下ろされた剣が頭をかち割って、あっさり人が死んだ。働き者のエドスさん。力持ちだけれど、狩りで獣を殺すのは苦手で、それが申し訳ないって畑仕事に一生懸命だったエドスさん。

 どうやら人は簡単に死ぬものらしい。

 当たり前だよ。

 フィン・マックールの冒険譚だって、いちいち一般人の被害に細かくページを割いてなんかいなかった。

 エドスさんは乱暴者に抵抗して、僕の目の前で殺された。

 見せしめだ、もう何人か、適当に殺しておこう、なんて言われて。弓の狙いが一度、確かに僕に向いた。射られた矢は隣家のバートさんの目を貫いて、深く刺さって、それでふたり目が殺された。


 ああ。夜が怖いなぁ。

 何もかも夜のせいだよ、こんなの。

 だから僕がどうにかしないと。そのために押し込められた集会所から抜け出して、隠れんぼみたいな歩きかたをしているんだ。

 誰かに報せに行かないと。新蒼(ブルー)の法に反する奴らがここに居るんだって、知ってもらわないといけない。


「お前、グレイとかいうガキだな?」


 英雄的行為に酔っぱらっているつもりはなかった。

 唐突に蹴り飛ばされて初めて、やっぱり僕はバカだったなと思う。山賊とか、乱暴者は暴力が仕事みたいなものじゃないか、子供のやることなんてお見通しなんだ。

 もう一発蹴りつけられる。


「やっぱりな。お前は面倒なガキなんだよ、死んどけ」


 痛むのは腹、かな。吐いて、体がしびれて、いっそふわふわする。そのくせ乱暴者の声はよく聞こえて、黒塗りの刃を抜くのが見えて。傷なんてどうにでもできるのに。

 でも、これでおしまい。僕はモブ被害者のひとりとして、怖さから逃げられないまま死ぬんだ。


「ちょっとお待ちくださいな。ここはワタシに預からせてもらいますわ」



◆◆◆◆◆


SIDE∶スフィア


「ダンジョンでは携帯食料ごちそうになりましたわね、お兄さま」


 台詞はお嬢様言葉。男にまっすぐ指弾を構えて言う。もう片方の手で髪を掻き上げてみせれば、おお。()って格好良すぎだな?


『お嬢様、暗くて見えぬのでは。指弾も袖の破損で満足に撃てぬのでしょう。あと、自己陶酔はよからぬとアキュートめは思うのですが』


 気分優先は俺の趣味だよ。指弾はハッタリで、つまりいつもの視線誘導な。

 脳内に直接聞こえてくる使い魔の声に応える。


 子供を脅していたのは痩せぎすの男だろう。ダンジョンにいた、おそらくは女騎士の仲間。だろうというのは視覚で判断したわけじゃないから。俺もさすがに夜目なんて利かない。


「……どうして美少女ちゃんがここに居るんだよ。パパさんとよろしくやってろよ」

「この歳で生まれて初めて会ったパパとよろしくできるわけないですわよ。そちらの尻もちついてるお兄さまも無事ですの?」

「誰でもお兄さま呼ばわりするのやめとけって。いつか刺されるぞ」

「よくわかりませんがわかりましたわ?」


 なんだか忠告されたんだが。


『お嬢様の隙だらけぶりに苦言したくなるのはアキュートめだけではないと知れて、心から安堵しておりますぞ』


 あれ? 味方いない感じかよ。

 少年、といっても俺より年長だが、とにかく少年を庇う位置に移動する。痩せぎすの男を警戒したままだ。


「会話できるってことは、交渉の余地ありってことでいいか?」

「村を、ひいては王国の財産を荒らしたテロリストが、交渉できる立場だと思っていますの?」

「俺たちはテロリストじゃねえ。騒動を起こして場を有耶無耶(うやむや)にするだけのつもりだったのさ。信じちゃもらえねえだろうがな」

「まあ、そうでしたの。どうでもいいですわ。とっとと村から出ていってもらいますわよ」

「いいぜ。望むところだ。俺らの仲間の中じゃ、俺だけがな」

「……つまり?」

「だから交渉だよ美少女ちゃん。本音を言うぜ。頼む、助けてくれ」


 黒塗りの短剣を捨てて、両手を晒してみせる痩せぎすの男。短剣は耐久性度外視の軽金属で作られているようで、薄っぺらい金属音が鳴った。

 響く音じゃない。つまり合図ではない。

 魔術的な合図を出している様子も無し。


『面倒くせえ、と言うところですかな?』


 言いたいけど戦えない人たちの命がかかってるんだよなぁ。

 ついでに白状するけど俺、善行を積まないと死ぬから。女騎士相手に受けた致命傷をチャラにした負債があるからな。


『は? お嬢様? それはどういう?』


 後払いリソースってやつだよ。いやぁ、俺以外の奴が慌ててくれると心が落ち着くな。

 ええと。クインさんと打ち合わせしていた優先順位は、と。


「村からの即時撤退を要求しますわ。その過程において、いかなる損害も認めません。以上が交渉における最低限の条件ですわ」

「オーケー。ま、そうなるわな」


 痩せぎすの男が顔を隠していた覆面を脱ぐと、びっくりするくらい特徴のない顔が現れた。口調は変わっていないのに、それだけで印象が違いすぎる。作った顔だと言ってくれ。

 認識阻害の魔術を使われたわけでもなし、ちょっと着ぶくれして体型をごまかされたら、もう誰だかわからない。

 どういう奴なんだ、こいつは。


「貴方、お姉さまの、マクネッサの令嬢騎士の何なんですの?」

「マクネッサ子飼いの暗部の一員だよ。前侯爵閣下がお隠れになっちまったもんで、今ではただの後始末屋さ」

「後始末、ですか」

「おっと。剣呑な意味じゃねえよ。リブルお嬢さんがやったみてえな無茶のフォロー役だな。今回の場合はこうだ、賊が暴れたどさくさで、移送されていたお嬢さんは行方不明。はて? 移送されていたのは本当にリブル・マクネッサだったのか? いいえ何かの間違いでは? 彼女はずっと王都に居ましたけど? はい証拠、もちろん偽造ですけど、ってな筋書きなのさ」

「ペラペラ口がまわりますわね。暗部ってみんなお喋りなんですの?」

「いや、ここに来てる暗部は俺だけ」


 仮にこの会話を記録していても証拠にならないやつじゃねえかよ。痩せぎすの男なんて居ません、で話は終わり。

 だったら、今はこいつを交渉の窓口に使えばいいのか。


「暗部のお兄さまの言うことが本当だとして、村を占拠している連中はどこの所属なんですの?」

「マクネッサ子飼いの若き騎士団」

「……冗談ですわよね?」

「俺にとっては部署違いの同僚かな。リブルお嬢さんを護れなかったから舐められちまって、言うこと聞いてくれねえんだこれが」


 騎士団? 侯爵家の? 最低でも私兵団以上ってことだよな? 何やってんだよ。それが領内の村を荒らして、普通に王国への反逆行為じゃねえか。どうすればそうなるんだよ。


「だから、頼む助けてくれ、というわけですわね」


 肩をすくめる男。それは肯定か。ふざけんな。

 最悪、王国内での内乱の火種になる。巻き込まれる一般人にとっては戦争と同じだ。俺だって王都でギルドの支援を受けつつお勉強だなんて優雅な暮らしはできないだろう。


「わかりましたわ。お姉さまはもう逃げてますわよね? では、さっそく──」

「ま、待ってよ! 助けてとか、わかったとかって、なんだよ!」



◆◆◆◆◆



 抗議の声が上がる。


「勝手に話を進めてるよね!?」


 抗議があったのは村の住人らしき少年からだ。


『お嬢様。少年ではなく少女ですな。たいしたことではありませぬが、念のため』


 そうなのか? 短髪にありふれた貫頭衣と冬物のベスト。俺に向ける視線の強さは睨みつける域に入っている。見た目じゃ性別なんてわからないけれど、どうやって判別したんだ。


『それは匂いにて。いいえ、獣の臭覚と老獪な知恵と言うべきでしょう』


 そうなのか。単に見分けのつかない格好なだけか面倒くさい田舎の因習かわからないから、この話はパスな。

 ともあれ自己紹介だ。


「はじめまして。ご挨拶が遅れましたわね、ワタシは冒険者のスフィア。貴方のお名前を教えてくださいまし」

「冒険者だって!? 僕より小さい子供のくせに!」

「そういうものですわ。フィン・マックールの冒険譚にだって幼い魔術士がいたでしょう?」

「現実と絵本をいっしょにするな!」

「そういうものとして話を進めさせてくださいな」

「つまり嘘つきと話をしろっていうのかよ!?」


 め、面倒くせえー。

 外の子供はきっとWCCウィックラフトカンパニーよりマシだろう、なんて俺の幻想が脆くも崩れ去っていく!


『あれですかな。命の危機が去ったので、行き場をなくした興奮が攻撃性に向いている? とか? 痩せっぽち男の方は怖くて見れないようでありますし』


 いい迷惑だ。

 でも、村の子供っていうのは村の資産というか未来そのもので、俺の保護対象だ。

 仕方ない。袖の中から細い鎖つきのタグを取り出す。


「では、これをお預けしますわ」

「……これって、冒険者タグ?」

「はい。いろんな冒険譚に登場する、冒険者たちの名誉と命の証明ですわ。ワタシの固有魔力に反応して、然るべき設備下なら生死の判定までしてくれます」

「初めて見る……」

「もう一度言います。これをワタシへの担保に預かってくださいまし。ワタシの言動に嘘があれば、返さなくて結構ですわ」

「ふ、ふん! 偽物だったら許さないぞ!?」


 強気に返しながら、受け取ったタグから目を離せない子供。

 ちょろい。

 制度がとっくに更新されているので、よくお話に出てくるような唯一無二の証明品じゃないんだけれどな。再発行の手続きと費用が手間なだけ。


 ふと見れば、痩せぎすの男が微妙そうな顔をしていた。余計な手間暇ご苦労さん、ってところか。口出ししなかっただけ良しとしてやる。

 苦労というか、思っていたのと心労の方向性が違うよな?

 視界の隅を、夜だというのに一匹の蜂が横ぎる。


「僕の名前はグレイ。王都の冒険者の新鋭、セアルの弟、グレイだ」


『嘘をついておりますな』


 それはどの部分だよ。性別だけであってくれ。


『さあ? そこまではわかりかねますな』


 どうでもいい情報ばっかり追加されるじゃん。

 よくわからない自信満々顔のグレイから目を逸らしたらまた嘘つき呼ばわりされそうで、俺は必死に目線を固定した。

 夜の冒険の怖さって、こういうのじゃないだろ。

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