第7話 踊り蜂との疾駆け
『なんとも情けないのですが、実際わからないのです』
そりゃ情けないな。うん情けない。本当に情けないよお前。
『お嬢様、茶化さないでいただきたい。というか話を聞いてほしいのですが』
戦馬ほどの大きさになった使い魔の背の上で、俺は念話の言葉を聞いた。
戦馬サイズの使い魔という字面は格好いいんだけれどさ、いかんせん、ただのでっかい赤猫なんだよな。いまいち決まらない。
だがアーティファクトが鞍に手綱、轡、鐙の馬具ワンセットに化けてくれたのは助かる。もちろん巨猫の体格に合わせてだ。もうこれ何でもありじゃん。
さて。わからなければ訊けばいい。俺に答えられるとは限らないけれどな。知りたいのは何だよ、アキュート?
使い魔に名付けた名で呼びかける。
玉球と鋭角。紐付けとしては悪くないが安直だ、なんて感想を出されたのは許してねえからなぁ。どうしてくれようかな。
『不穏な回想はどうかご容赦を。わからぬのは、この世界のことそのものですな』
んー……。およそ二千年前の、最初の召喚者が歴史の転換期だ。
新しい秩序と法の化身として新蒼が信仰されるようになり、古い神はそこに衆合されていった。漏れた神々は中暁としておとぎ話の中だけの存在になった。完全に忘れられた信仰対象は古宵なんて呼ばれたりもするな。
どうして転換期なんて呼ばれているかというと、以後は事あるごとに異世界召喚を行うようになったからだ。人でも物でも何でも手当たり次第だったらしいぜ。近代まで、下手すりゃ今でもだよ。
召喚された勇者によって、その知識によって、あるいは召喚された物を解析した技術によって世界は発展してきた。どこかの吟遊詩人は召喚パンクだなんて皮肉って、聖法国で思考矯正を受けたんだとか。
『ふむ。続けてくださいまし』
え? そ、そうか? いきなり情報の洪水を浴びせるな、なんて言わせるつもりで並べ立てたんだけどな。
まあいいや。最近で話が変わったのは十五年前。聖法国の少年勇者が訴えたんだってさ。
いわく、僕らは望んで召喚されたんじゃない。召喚されて僕らはあるべき人生を奪われた。元の世界に帰る手段もない。
秩序と法によって統治された世界だというのなら、こんなことは繰り返されてはならない、だってさ。
『なんと、まあ、理想論ですな。同情はしますが、政治的に言わされているのが透けて見えるといいますか』
だよな。
和平の主導を買って出たっていうのが定説だ。
すでに魔王を討ち取って残党魔族たちを西に追い返した後なんだから、戦後処理のために各国で連携しましょうってな。どこの国が聞いても難色を示すようなお題目を掲げて、まずは注目を集めたんだろう、とか。
俺が生まれる前の話だから近代歴史書の受け売りや、ババアどもの認識バイアス越しの話だけどさ。
『ですが、うまくいかなかったのでしょう? 聖法国の訴えは』
ん? どうしてそう思うんだ?
『お嬢様のお母上は召喚された者なのでしょう? お嬢様のお歳は九つ。十五年前の訴えが通っていれば、お嬢様は生まれておりませなんだ』
俺は揺れる自分の髪を見る。黒金の縞模様、虎のような、金髪の英雄フィン・マックールと召喚者との混血である証の髪に。
……召喚された母さん……転移者がこの世界で安定を得てから俺を産んだとか、解釈はいろいろあるだろ。
『それならお嬢様が父を知らぬまま、不本意な環境で育つことはなかったでしょう。お父上は、フィンめは娘を手厚く扱おうという様子でしたので』
まあ、そうだな。知ってたら何か違ってたのかな。
『……申し訳ない。心のないことを言いました』
いや。どうなんだろうな。どうにもならないことだからな。とにかくババアどもから離れるのが一番の正解だよな。いいんだ、気にするな。
母さんはどこかの国で召喚されて、でも難癖つけて追い出されたそうだ。俺を産んだのはその直後。そこで貴族が嫌いになったとか、寒いのがダメになったとか、そんな話だけ聞いたことがある。
『寒さとな。北に国はあるのですか?』
常冬の帝国があるぞ。その推理なら俺もしたことあるけれど、安直すぎるし他にヒントがないしでなぁ。
『北の帝国ですか。西に魔族を追いやったと言っておられましたな。南と東はどうなっているのですかな?』
南にはさっき名前の出た聖法国。東には商業連合国。さらに東に行くと、海の向こうに刀剣鍛治と剣者の国があるんだと。
結局、聖法国が縛りをかけたって今もどこかで召喚は行われている。それが召喚される連中にとって幸か不幸かはわからない。
地理の話の延長だと、いちおう俺は商業連合の育ち、かな。連合国と聖法国の境あたりの平原で放牧民みたいな生活をしていたんだ。つまりそこがWCCの拠点だな。
お前がいたダンジョンは王国領の南東側だな。
『いやはやなんとも。ここまでの話が何ひとつわかりませぬな。いえ、理解はできますが新鮮すぎると申しますか。ここまで全て若者でも知っているような話なのですかな?』
おいおい。ジェネレーションギャップの極みにいるお婆ちゃんのリアクションじゃねえか。
『神々という部分には、なんとなく引っかかるものがあるのです。もしや、やはりアキュートめはダンジョンに封じられた女神だったのでは?』
ははっ。笑わせる気か。
景色が高速で流れる中で、本当に吹き出しそうになる。そのギャグをまだ引っぱるつもりだったなんて。
「ははは!」
ほら。後ろでクインさんも笑ってる。
◆◆◆◆◆
アキュートに鞍まで着けて跨っているのは伊達なんかじゃない。件の村に向かって速駆けしている最中だ。何者かに占拠されているという村へ。
「馬より速いんですけど、これ! スフィアはいつもこんな方法で移動しているんですか!?」
「いいえ。使い魔初心者ですので、ワタシも初乗りですわね」
「そうでした! 羨ましいですね。便利な携行手段は全ての冒険者の憧れですけど、スフィアは移動手段を携行しているんですものね!」
嬉しそうというか、はしゃいだ様子で声を上げるクランBWlzのリーダー、クインさん。
俺を後ろから抱きすくめる形で掴まっているんだけれど、ペンダントらしき装飾が後頭部にぶつかって痛いんだよなぁ。もしかして俺って今後、女性に抱きつかれる度にこんな思いをするんだろうか。
「今も村の様子は変わっていないんですの?」
「はい。武装集団が住民を一ヶ所に押し込めて見張り、村の出入りを制限しています」
「武装集団ですか。山賊とか強盗一味とか、そんなふうに断定できそうな特徴はありませんの?」
「ははは。あの村はすでに、新しい資源ダンジョンへの中継地として開発されることが決まっています。王国直轄の開発ですね。わざわざそんな村を襲うならず者集団なんているでしょうか?」
そりゃそうだ、リスクが高すぎる。そんな国を舐めたまねの代償は、肝入りの討伐隊や追手だろう。
相槌替わりに適当なことでも言ってみようか。
「単に情報の更新が遅い盗賊。もしくは情報を得た上で、こんなタイミングで襲撃があるとは思わないだろう、と裏をかいている可能性もありますわ」
「そうですね。でも、そういう連中は略奪が終わればすぐにいなくなるものです。奴らは村を占拠しているんです。居座っているんですよ、スフィア」
「それは……賊の手口ではありませんわね」
「しかもならず者たちのように見せかけていますが、統率が取れています」
うげえ、と声が出そうになるのを我慢した。美少女たる者、そう何度も醜い悲鳴を上げるわけにはいかないだろう?
『だろう? と申されましても』
悪くないツッコミだが今はスルーだ。
「きっと待ち構えられていますわよね?」
「ええ。そうなんですよね。待ち構えられているというか、立て籠もりというか。しかし、ますます目的がわかりませんね?」
「そこはもう棚上げにするしかありませんわ」
「同感です。なので、優先順位をつけましょうか」
おお。建設的。こういうのだよ、こういうのが一流の冒険者って感じだよな。
「最優先は村人さんたちの命ですわね。……あ。村人さんたちは無事なんですの?」
「残念ですが死者が出ています。確認できるところでは四名、いずれも体格のいい働き盛りの男性です」
「……見せしめでしょうか。それとも抵抗したのか」
「前者なら効果は上がっていますね。もう村人たちに抵抗する気力はなさそうですから」
それはそれで、村人の暴発はないので動きやすくてありがたい。ああ、冷酷ぶったクソ野郎の思考だな俺。
『などという自嘲によって冷静になろうと努める、そんなところをお慕いしておりますぞお嬢様』
お前の言うことも大概な冷や水だからな?
「狼藉者たちを捕えたいところですけど、村の財を大きく傷つけては問題になります。そのあたりはケースバイケースですね」
「そういえば村の規模はどのくらいなんですの?」
「人口およそ百人未満。農業狩猟バランスよく、平均並みですが安定はしています。狩猟班的な人々は拠点を森に点在させて暮らしていますね」
「狩猟に努めている村人さんたちがいるのに、襲撃を受けたんですの? 縄張りも同然の森を抜けられて、その上で村を占拠されたんですわよね?」
「そう言われると違和感がありますね。もっと蜂を増やして、探りを入れます」
やろうと思えばできるの理想形かよ。優秀な斥候すぎるだろ。
そういえばアキュート。お前、ハゲのおっさんのことは気に入らなさそうだったけど、クインさんは? 何か言いたいことはないのかよ。
『……なんとも欲が薄くて、苦手にございます』
意外な感想だな。お前の主観がよくわからないっていうか。
『少なくとも魔獣に好かれる人と為りではありませぬな』
それは褒めてるんじゃねえのかよ。それとも遠まわしに俺の悪口言ってるのか。いや、そういう形の照れ隠しか?
『はっはっ。速くなりますぞ?』
「クインさん、しっかり掴まってくださいまし!」
「おっと?」
後ろに引っぱられる、と錯覚するほどの加速。アキュートの体がさらにひとまわり大きくなったのは気のせいだろうか。魔力の消耗的に、そんな感じはしないんだがなぁ。
本当に体が大きくなったのなら、それだけ速度も上がっているはず。
ほとんど跳ねるような揺れに舌を噛まないよう気をつける。
「これなら夜半には村に着きます……! ちょっと頼もしすぎますね、スフィア、アキュートさん!」
「お褒めにあずかり光栄ですわ! でも今、なぜワタシだけ呼び捨てにしましたの!?」
俺が何かできたって気はしないんだけれど、アキュートが褒められるのは嬉しい。面倒だとも思っていたが、ようやくポジティブな下積みを始められそうじゃないか。
よーし、やるぞ!
『照れ隠しとして質問しますが、お嬢様。あまり気負っておりませぬな? 事に当たっては平常心を保つべし、という境地ならば感服する他ございませなんだが』
そんなわけあるか。事のあらましに見当がついてるだけだ。
『なんと、ご慧眼にて。見当とは?』
数日前に先発でダンジョンから王都に発った馬車があっただろ。ほら、犯罪者の令嬢騎士を乗せたやつ。
あいつ絡みなんじゃねえの?
『う、うげえ』
お前が悲鳴を上げるのかよ。




