第6話 踊り蜂との道行き
SIDE∶限定AランククランBWlzリーダー クイン
「初めまして。ワタシはスフィアと申します。王都までご一緒に、どうかよろしくお願いいたしますわ」
そんな自己紹介を受ける。
背筋の通った一礼は、品が良いという感想が出るのに充分なものだ。それとわかる儀礼的なところを省いた挨拶なのでは。一礼の最中にもフードに乗せっぱなしの子猫は何だろうなと思ってしまうけど。
「丁寧なご挨拶、痛み入ります。こちらこそどうかよろしく」
「まあ。冒険の先輩にそのようにかしこまられては、身の置き場がありませんわ。誤解があったのならごめんなさい。ワタシは一介の冒険者にすぎませんの、どうか普通に接してくださいまし」
「そう言われましても……」
その小さな女の子、スフィアは年齢に似合わないほどに礼儀正しい。やはり然るべき教育を受けているのだろう。王国の英雄に倣って、在野で民を助けることを良しとする貴族も増えているそうだ。
何より、彼女の後ろをちらりと見る。
「さりげないふりで見送りに来ている彼は、フィン・マックールでしょう? 貴方は英雄の関係者なのでは」
資源ダンジョン前に設営されつつある大規模野営地は、予定ではやがて小さな町になる予定だという。
そんな土地の門に背を預けてどこか遠くに視線を投げかけている、存在感の強い、金髪の壮年男性がひとり。
「違います」
「えっ? ほら、彼、びっくりしてこっち見てますけど」
「あれは幼児性愛者で、ワタシを狙ってるんですわ」
「激しく首を振って否定アピールしてますけど」
「いけませんわ! 保菌者特有の行動が始まっています。速く離れないと感染しますわよ!」
「……ええぇ?」
有無を言わせず私の手を引くスフィア。慌てても追ってはこない金髪碧眼の壮年英雄。
まあ、いいのかな? 確かに時間も押しているし、このまま出発していいだろう。
◆◆◆◆◆
途中の村まで三日。そこで休息と諸々の確認に丸二日をかける予定だ。村から王都まで五日の、計十日ほどの日程。
復路での荷物は少なく、十五台ある馬車の積荷は軽い。この数の馬車で人員は多く、故障などのトラブルも見込んで、実際には追加でもう数日だろうか。
スフィアと名乗った彼女は商団と話をつけて雑用を手伝う約束をしつつ、馬車のひとつに乗せてもらっていた。子供が徒歩でついてこられるはずもなし、まっとうな判断だ。
「ねえリーダー?」
往路で見つくろっていた開けた場所。かなり遅めの昼食、後、このまま野営の準備を進める手はずになっている。
そんなところに仲間が声をかけてきた。
「いっしょに連れて行くあの子さー。なんてーか、やんごとなき? そんな感じのお方なんだって?」
「ははは。もしかしたらね。礼儀正しいし、取っ付きにくい子ではないでしょう? 美少女とか自分で言い出したのはびっくりしたけど」
「なんだろね、あの主張。てーか、あの子が連れてる猫」
「珍しいですよね赤毛の猫だなんて。でも、使い魔みたいだからそんなものですよ」
「そうなん?」
「ええ。私が見てきた中にも金色の狼とか、虹色の蛇とか、そんな使い魔を連れている魔術士がいましたから」
「あくびした猫の口の中、歯が三列くらいあったんだけど? それも普通?」
「……それは本当ですか」
「うん、ほんとだよ。あと、なんだか大きくなってた。大型犬くらい」
私は無言で立ち上がった。
◆◆◆◆◆
炊事の煙が上がる場所で、傍らに猫を置いた女の子が振り返る。
「まあ。とっても良いところに来てくださいましたのね。味見をお願いしますわ」
簡易炊事場では大きな丸胴鍋に火がかけられ良い香りをさせていた。手伝いをしていたのだろう、中身はシチューになる前の、味が濃く具の多いスープ。晩の食事時に合わせて乳を足していくメニューだ。
差し出された器に口をつけると、うん。美味しい。
初日にしては塩分が強いかもしれないが、トラブルを想定した復路だから今のうちの贅沢と思えば悪くない。
さて。急ぎ現実を見よう。
猫、デカいな。
近くで見るとなおさらだ。どこが大型犬ですか。馬サイズですけど。箱座りしていても巨大感がえげつないんですけど。
「便利なものですのね、使い魔って」
スフィアの指先に蜂がとまる。気づいていたか。
「ええ、はい。ドローンとも呼ばれる用途ですね。私はこれで限定Aランク保持者を務めていますので」
「なるほど。すごいんですのね」
私が背負った小ぶりの背嚢に、使い魔である蜂たちが出入りする。
消耗は少なく、小回りは利くが、扱いは難しい。
そんな蜂たちだ。
犬など調教が比較的易しく、感覚器官に優れる動物を使い魔にして探索を任せるというのはありふれている。部隊規模での運用も珍しくない。私の使い魔である蜂たちはそれを限定的に、私の独力でも維持できるように弱く多く、コストを低く抑えたものだ。
「仲間には、蜂が左肩や帽子の左にとまったら私から連絡がある、右にとまったら緊急連絡があるといった具合に打ち合わせています」
「数があるのは頼もしいですわね。やはり視覚の共有をしているのですか?」
「そうですね、ほぼ視覚だけの感覚共有ではありますが。何せ数と機動力だけが自慢ですので」
「器用なのは羨ましいですわ。ワタシ、使い魔とは契約したばかりで、まだまだ不慣れで、できることを把握できてなくて」
「ははは。サイズ変化は器用、不器用の問題ではありませんけど」
「そうなんですの? 魔力を譲渡すればこの蜂も大きくなるんでしょう?」
「なりません」
「ご冗談はやめてくださいまし」
「冗談ではありませんよ、私の使い魔は普通の蜜蜂と契約しているだけですから。魔力を得て変質するのはモンスターの域です」
「……マジですの?」
それは私に向けての疑問ではないな、と気づくのに数秒。その数秒をかけてスフィアはモンスターサイズの赤猫と目を合わせて、何らかの意思のやりとりをしてから、いきなり猫の顔面をぶん殴った。
「痛いですわね……! ていうか頑丈ですわねワタシの魔力!」
サイズ差というかウェイト差で負けて当然そうなる。気のせいかふてぶてしい様子の巨大猫は、まったく堪えていない。
拳ではなく腰と背でダメージを受け止めているところを見ると、この子、きちんとした殴り方を知ってますね?
「スフィア、貴方の魔力で使い魔の体躯を編み上げているのなら、貴方の打撃は効くのだと強く思えば通用するはずですよ」
「なるほどこうでしょうかセイヤッ!」
またパンチですか。直突きとは渋い。拳を振るのではなく足腰を発射台として肩から射撃するように突き出すのは転移者由来の格闘術だったでしょうか。
二発目の拳は物理法則を無視して、巨猫の五体を粉々に砕いた。その欠片はゴア表現的に蒔き散らされることなく、空気に溶けて霧散する。
「言い忘れていましたけど、使い魔の体を契約者の魔力だけで構築するのも普通ではありませんよ」
「そういう後出し情報開示ってハメ技じゃありませんの!?」
抗議しながら消えかけの欠片に手を突っ込んで、中から子猫を回収するスフィア。
「確認ですけど、貴方は使い魔については初心者なのですよね?」
「はい。古巣で学んだだけですわ。魔力のプールを遊ばせずに普段使いする技術だと言われて、初めて試したときの対象は小さな虫でしたの」
「子供が言う古巣って? あ、いいえ、はい。虫のときと、その子猫とで、手応えの違いはありますか?」
「特にありませんわ」
「……スフィア。この道中で私から貴方へ、使い魔について教えようと思います」
「ほ、本当ですのっ? 願ってもいませんけれど、急にどうして? ワタシから返せるものはありませんわよ?」
「コナンさんからよろしくと言われていますので」
「うげえ」
この依頼を私たちに持ち込んだ禿頭の先輩冒険者の名前を出すと、渋い顔をされた。
そんなに嫌でしょうか。
彼、無闇に声が大きくて、デリカシーがなくて、セクハラしがちの言動で、そのくせ説教くさくて、いちいち威圧してくる中年だから嫌われているのでしょうか。
嫌われる要素ばかりですね彼。私たちはお世話になってますけど、事実ですからね。
「あと今、打撃が効くはずだと言った件ですけど」
「また後出しの話をするんですの?」
「効かなければ制御下に置けていない、危うい使い魔を従えているものとして、相応の処置をするつもりでした」
「そういうのって誘導尋問っていうんじゃありませんの」
「はい。申し訳ありません。勝手に試したことへの謝罪と補填として、私の技術を分け与えることができれば、と考えています」
「うーん……。結果とはいえワタシには得しかありませんわね。謝罪を受け取りますわ。むしろワタシのような子供に筋を通してくださることを、ありがたく思います」
「そんなことは。あ、いいえ、その筋を通すという言いぶりは」
「おじさまがよく言ってましたわ」
あ、笑うとかわいい。子供相手だなんてれっきとした冒険者に使いたくありませんけど、女の子には笑っていてほしいですよね。
「使い魔でできることはどのくらい把握していますか?」
「感覚と魔力プールの共有、及びそのオンオフですわ」
「……いきなり私にはわからなくなりましたね。感覚共有はともかく、魔力プール? 使い魔を魔術の触媒や遠隔発動体にするとかではなく?」
「魔力プールの中に常駐させて、魔力で編んだ筐体で外に出していますの」
「噂に聞いた灯篭の魔神や紙符細工に憑依する悪魔とも違いそうですけど……。いえ、それこそ噂レベルの話だって真実だと仮定するなら……?」
「眉唾のキワモノ一歩手前みたいな扱いされてませんのワタシ」
いいですね、それ。いえ、馬鹿にしているわけではなく。よく似た別の術だと思ってしまったほうが良さそう、という意味で。
そう考えると解釈が変わってくる。
「試しに、できること、できないこと、できそうなことを列挙してみましょうか。ちなみに私の隠し札のひとつとして、蜂なら簡易契約で一時的な使い魔にできます。それと使い魔を魔術の遠隔発動体にするのを組み合わせて、数を倍々にするのが得意技です」
「斥候さん要らずですわね……! あれ? ダンジョンとか、蜂のいない場所だとどうですの?」
「それが私が限定Aランク止まりの理由ですね。能力が環境によって大きく左右されますし、わざと制限をして特化させていますので」
「ははあ。そういう」
感心して大きく頷くスフィア。
あくまで手札のひとつの話なので切り札は他にも用意していますが、さすがに部外秘です。
彼女は声をひそめて。
「ワタシの使い魔は……率直な話、モンスターなんですの」
「でしょうね」
「えっ? あれぇ?」
そんな、秘密を打ち明けたのにリアクションが薄くておかしいな、的な反応をされましても。
例え元々が普通のペットでも魔力賦活で巨大化なんてしたら、それはモンスターの域です。
「この短い時間で信用してもらえたのはとても嬉しいです。けど、人に言いふらしていいことではありませんよ?」
「あっ、はい。わかりましたわ」
「でもモンスターであることを特性として考えるのは、ちょっと面白いかもですね。古来よりモンスターの強化といえば、精気をむさぼる、地脈を侵蝕するなど、いくらでも列挙できますから」
な〜〜〜〜んぅ
彼女の頭に乗せられた猫が鳴いた。
「……ええと、列挙からのチョイスがネガティブではありませんの?」
「ごめんなさい。反応を確かめたくて、わざとそういう例を選びました」
スフィアが笑顔の維持に失敗して、ひきつった口を横に開いたおかしな表情になる。
ついと鼻先を逸らした赤猫に、私は顔の高さを合わせて。
「スフィア。貴方の使い魔の名前を尋ねてもいいですか?」
「は、はい。アキュートですわ」
「ではアキュートさん、どうかよろしく。私は小規模クランBWlzのリーダー、クインです。……とっくに嫌われたかもですけど、私はともかくスフィアをどうかお願いしますね」
前足をつまんで握手のまねをしたけど無反応で、目を合わせてもくれない。やはり、これは決まりでしょうか。想定していたのとは違うけど、むしろ良い側に違うみたいだし。注意するならスフィアよりもこちらだろう。
「念のため断っておきますが、アキュートはワタシの保護者ではありませんわよ」
「あれ。そうなんですか」
「そうなんですかって、どういう意味なんですの? ちょっと聞き逃せませんわよ?」
「さて次の列挙にいってみましょうか」
「ごまかそうとしてますわよねっ。クインさんっ」
──と。
視覚のひとつに、良くない景色が見えた。
間が悪いのか、早期発見に越したことはないとするべきか。見えたものの確認に数十秒。
その間のスフィアは黙ったままで、真剣な顔で私の言葉を待っていた。本当に良いな、この子。コナンさんに言われてなければ勧誘するところだ。
確認の結果が出る。それはやや遠く、使い魔の視覚から得た情報で。
「休憩に寄るつもりだった村が何者かに占拠されています。相手は中規模。一刻も早く駆けつけましょう」
「……でしたら、きっとワタシが力になれますわ」
対するスフィアの返事は即断と言っていいものだった。




