第5話 禿頭の巨漢、事の顛末を綴る
「私は無実だ!」
諦め悪く、拘束されてもまだ抵抗する女騎士が絶叫する。訴える。自分の正しさを主張するまっすぐな瞳で。
「仮に私に罪があるとして、いったい何の咎で裁くつもりですか!? 私こそはマクネッサ侯爵家のリブルだ! 貴方たちごとき賤民では本来ならば拝謁も叶わないのだぞ!」
彼女への返事は黙殺だけ。荷物のように先発の荷馬車に押し込まれた。
「おのれフィンめ! 英雄め! 男どもめえぇぇっ!!」
◆◆◆◆◆
王国の英雄フィン・マックールがまたひとつの困難を打ち破り、生還した。
事は王国南部に発生した新しいダンジョンでの件である。
転移トラップを踏んだ冒険者たちを守るため、フィンはもろともに罠へと飛び込んだ。そして彼らを鼓舞し、臆することなくダンジョンの最奥層までを踏破、これを攻略してみせたのだ。
ああ。冒険騎士の英雄譚が、また一節。
フィン・マックールの栄光よ永遠なれ。
◆◆◆◆◆
SIDE∶Aランク冒険者? コナン・マウル
「お姉さまについてはワタシもいろいろ反省がありましたわ。それはそれとして」
ダンジョンの外。
俺はテントのひとつで、女装した子供、スフィアに睨みつけられていた。
いたたまれないというか、身の縮む思いがして、俺は剃り上げた禿頭をつるりと撫でる。
「お手柔らかに頼むぜ、嬢ちゃん」
「ダメです。短い話なのに盛ったり削ったりが激しすぎますわ。気合入った奥様の一夜漬けシェイプアップじゃねえんですわよ」
「そう言うなよ」
「というか冒険騎士の英雄譚ですけど、こんなノリって結構多いんじゃありませんの? フィンの手柄ってことにしてシンプルなストーリーに収めようみたいな」
「…………」
「おーじーさーまー? なんとか言ってくださいまし」
「……あいつは昔っから、対人戦とか謀略戦がまるでダメでなぁ。担ぐのに不足はねえんだがフォローが必要だ」
「立ち合いで相手を下した逸話がたくさんあるじゃありませんの」
「決闘と正面戦闘にはめっぽう強いんだよ。数を蹴散らすのも得意だった」
嬢ちゃんは頭痛を堪えるようにうつむいた。そうしていると、もう俺からはフードをかぶった頭しか見えなくなる。
おじさまだのハゲのおっさんだのと呼びやがるが、俺から見たこいつは、スフィアはあまりにも小さい。だって当たり前だろ? まだ十歳にもなっていないガキなんだぜ?
初めて見たスフィアは物心がついたくらいの歳で、半殺しにされていた。
ギルドの依頼中に出会ったなんて状況じゃない。WCCで槍を持ったババアにめった刺しにされている現場だった。戦闘訓練なんて言い訳になるもんか、普通に虐待以上だろうがよ。周りの女たちだって誰も止めやしねえ。あそこは狂ったクランだと俺は確信した。戦時中はそんな育成方をする部族が重用されていたらしいが、話が違うだろ。
娘に近い歳だ、誘拐呼ばわりされようが連れ去ればよかったと、どれだけ後悔したかわからない。
それが、なんだ。英雄フィン・マックールの落胤だぁ?
「なんですの、じろじろ見て? 美少女を近くで見られて眼福でしょうけれど、これ以上は拝観料を取りますわよ?」
顔を上げた嬢ちゃんに睨まれる。
こういうのも虐待の結果じゃねえのかなぁ。
「そんなことより、これ受け取ってくれません?」
「勘弁してくれ。嬢ちゃんを王都まで連れて行くのは信頼できる商団と護送のプロだからよ。というかナインライブズを出すんじゃねえよ誰が見てるかわかんねえだろ!?」
「こんなのただの鉄球にしか見えないでしょうに」
などと言っているくせに、スフィアの手中のアーティファクトはナイフ、リング、短杖、短槍、拳銃、よくわからない工芸細工、果ては小さな魔獣の彫像へと目まぐるしく姿を変える。
フィンでもそんな芸当はしてなかったぞ。
「アーティファクト、ナインライブズはこれを最も使いこなす者が所有するべき、例えそれがクラン外の者であっても。だなんて、HAsの規訓が頭おかしいんですわよ。所有者に最適化した形状を取るとか、つまり野とも山とも知れないお子様に持たせればお試し期間でいろんな武器を体験させてくれるってだけですわよね? こんなふうに。今まで子供に持たせたことありましたの?」
「そう言われりゃ、そうなのか?」
「フィンは頑として返却を受け取ってくれないんですわよね」
「迷惑料のつもりとか、娘を心配してとかだろうな。嬢ちゃんを引き止めようとしてたし」
「いらねえですわぁ。だからフィンの本家、マックール家に直接叩き返してしまいたいんですわよ、ワタシとしては。でも、お貴族さまに補足されるのも冗談じゃありませんわ」
「本来は国宝だからな。持て余すよな。……睨むんじゃねえよ。伝説の武器ってクソだなって俺も思ってるよ」
「どいつもこいつもフィンに自由な裁量を与えすぎですわ! 甘やかしすぎですわ! あの老害がなんだっていうんですのよ!?」
「王国の英雄なんだよなぁ」
だから俺から一筆添えて、マックール家宛てのアーティファクト護送依頼を出す。もちろん受注者は嬢ちゃんだ。
こんなもの持っていると知れたら命がいくつあっても足りない代物だ。穏便に手放させる措置でもある。
俺が即この場で受け取るのは難しい。俺はもうしばらくこのダンジョン調査の任がある。その間、冒険者たちの出入りが激しいから万全の保管はできないし、そもそもフィンのクランHAsの連中が邪魔をする。あいつらはフィンの意向に極力沿おうとするだろう。
「もう黙って置いて行ってはいけませんの?」
「実はな、そのアーティファクトに触った時点で嬢ちゃんには位置補足魔術のマーカーが付いてるんだよ。アーティファクト自体も常に位置補足されているから捨てたりなんかしたら、わかるな? 責任問題が発生する」
「クソがよぉ!! ですわ! 国の許可の上での移譲とかお役所めいた面倒くせえ手続きを踏むべきじゃありませんの!? その間にワタシは逃げます!」
「依頼料は弾むから、な?」
「お駄賃みたいで気に入らねえですわ」
「必要な依頼だし、嬢ちゃんひとりへの依頼でもねえさ」
「……王都に着いたらワタシの位置補足マーカーを外しますので、確かなところにお願いできるようギルド宛ての紹介文もつけてくださいまし」
「おう。任せろ」
気分を変えるように虎縞の髪を掻き上げるスフィア。
いや、まだ気分が収まってねえな、こいつ。俺を見る目が険しい。
「気晴らしついでに確定情報ですわ。ワタシたちと一緒にダンジョンから生還した冒険者、ひとり減ってるでしょう」
「……どこで聞いた?」
「カマかけって本当に通じるんですのね。女騎士には協力者がいたんですわ。そいつですわよ。タイミングは、水と食料を摂ったとき」
「ああ、クソ、マジかよ」
「仕込まれてましたわね。応報の神の聖印の灰か、符水か。もっとストレートにお姉さまが生成した聖餅か、聖水か。そりゃ触媒を食べちゃってたら全員抵抗もできずに内側から倒れますわよ」
計画的犯行ってやつかよ。最悪だろオイ。
「嬢ちゃんは平気だったじゃねえか。つか、どうやってわかったんだ」
「そんなの秘密に決まってますでしょ。おじさまの心労を増やしたくて言ったんですもの、教えるわけありませんわ」
「あのなぁ。大丈夫なのかよ」
「そういうの聞き飽きてますわ。ご自分の心配をなさったらどうですの?」
「マジに言ってんだぞ。リブル・マクネッサは嬢ちゃんが正面きって勝てる相手じゃなかったろ。お前、またおかしな先払いなり後払いなりのリソースに頼ったんじゃ──」
んな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜おぅ
「うお。鳴き声、長っ」
いきなり猫が鳴いた。
嬢ちゃんが抱きかかえていた子猫だ。おとなしくしていたのに急に鳴き声を上げやがった。
変というか、猫ってこういうものなのか? やけにゴツい手足は大きく育つ種の特徴だろう。デカい猫ってなんだよ、というとピンと来ないが。赤毛の珍しい毛並みをしている。
いや、今、長い毛足の隙間から甲殻が覗いたような。
「アキュートちゃん、お腹が減ったんですかー? そろそろご飯にしましょうねー、ハゲのおっさんはご飯の邪魔ですわねー」
「なあ嬢ちゃん。ずっと気になってたんだが、その猫、どこで拾ってきたんだ? まさかダンジョンの中でか?」
「マンティコアの素材は頭から尻尾までぜんぶ納品されたんでしたわよね?」
「何だよその雑な話題の変更!? どんなタイミングだよ、怖えよ! 絶対に普通の猫じゃねえだろそいつ!?」
「あらやだ。くっくっくっ」
「その笑い方やめろ!」
これはあれだなチクショウ。証拠の残らないやらかしを嬢ちゃん自身が望んでやっているんだな。
「仕方ねえなぁ。知らねえぞ、俺は知らねえ。自分で始末つけろよな。お前がそうしようと思ったんだろ」
「そうやって一人前扱いしてくれるの、ワタシ好きですわよ」
ふなおぅっ!?
猫がさらにおかしな声で鳴いたが、俺たちは無視する。
「冒険騎士の英雄譚ですけど、ワタシの好きな登場人物って脇役なんですわよね。子供が生まれて、一線から退いて、HAsの仲間たちとも別れた、名もない脇役」
「はーん。趣味のよろしいこって」
「WCCに全部バレてるんだぞって言ってるんですわよ。元HAsの一員で、今は冒険者ギルドの内部監査特員のおじさま」
「しーっ! しーっ! お、お前それ言うんじゃねえよマジに! 誰が聞いてるかわかんねえだろ、マジでさぁ!」
「腹が立ちますわね、ここまでしないと慌ててもらえないだなんて」
「俺はさっきから慌てっぱなしなんだが!?」
「あとWCCではワタシの素の口が悪いのって、おじさまの仕業になってますわよ」
「それであいつら俺に当たりが強いのかぁ!?」
「あーあ! いっそ、おじさまがワタシのお父様ならよかったのに!」
「ぬかせ、このクソガキ!」
スフィアの頭を叩く。というより、フードの上から力任せに撫でくり揺すってやる。
赤猫が抗議のつもりか噛みつこうとして革グローブに牙が通らず、結果的にじゃれてきた格好になった。こいつの詮索も無しだ。
「フィンは立派な男だ。王国の英雄だからじゃねえ。俺が保証する」
「そういうとこなんですわよねぇ」
肩をすくめるスフィア。生意気すぎる仕草だが、これ以上フィンを弁護されても受け止められない、といった意図のつもりだろうか。
ガキの甘えくらいなら、いくらでも付き合ってやれるんだが。
「美少女の髪を乱すなんて、おじさま最低ですわ」
「へいへい悪かったよ。それで? 嬢ちゃん、王都でどうするつもりなんだ。下手な奴らに目をつけられる前にとんずらか?」
「そのつもりでしたけど、言われてしまうと逃げるのも癪になってきましたわね」
「ひねくれたガキがよ。じゃあどうすんだ、学校でも通ってみるか?」
「そんなお金はありません。無理してもギルドへの借りが大きくなりそうですし、学校で出る杭にもなりたくありませんわ」
「……どうやったって出る杭にはなるんじゃねえかな……」
「何か言いまして? まあワタシ、田舎者のお上りさんですので。まずはギルドの、駆け出し? ビギナー? のための講習を受けて常識のギャップを埋める予定ですわ」
「あいよ。そのへんも一筆つけてやる」
どうしたもんかな。どうしようもねえな。自分でどうにかするっていうんだ、助けは拒まれないだけでいい。
加減が難しいじゃねえか。
「今、面倒くせえとか思いまして? ちなみにワタシは自分を面倒くせえ奴って思ってますけれど」
「本当に面倒だな嬢ちゃん。……まあ、俺は明日は見送れねえから、体に気をつけてな」
「はいはい。おじさまこそ、歳を考えながらはしゃいでくださいまし」
はしゃぐなとか言われねえのが、すっげえありがてえー。これ以上飴をやるのは悪そうだから口には出さないけどよ。
娘の相手より楽だ、なんて思っちゃいけねえんだろうなぁ。
娘もこいつも無事に育ってほしいもんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
ここまでで序章終了となります。




