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第4話 ボーイ・ミーツ・モンスター

「マジかよ。やべえ」


 薄く扉を開いた禿頭の巨漢が呻く。

 覗き込んだ広間にはモンスターが一匹。典型的なボスルームというやつだが、そのボスモンスターが問題だった。


 伏せていても大人の頭を越える、うず高い体高。おおまかなシルエットは四足の獣のそれ。

 にやにやと悪意まみれに笑う顔は老人によく似ている。もっとも、幾重にも連なった異形の乱杭歯と深すぎるしわのおかげで、爺とも老婆ともつかないが。

 極めつけは力なく垂らした翼と尾だ。翼は大きすぎる蝙蝠(こうもり)の翼膜。先端に毒液したたる剣のような棘を備えたさそりの尾。


「マンティコアだ」


 誰かが邪悪な魔獣の名を呼んだ。冒険者たちの空気が淀む。

 扉の隙間から覗き込みながら、どうすんだよ、知らねえよ、さすがにこれは、などの声が漏れていた。

 フィンだけが一歩も退いていない。

 俺? 前衛に立つなんて有り得ないんだ、俺は例外だろ。


「対策できる者はいるか」

「ワタシ、噂の毒なら解毒できますわよ」

「どのくらいだ」

「安静に処置ができれば問題なく。なので毒を受けて戦いながらの対処は無理。事前の無効化も無理ですわ」

「痛みへの対処は」

「無理ですわね。そこが肝の対人毒というお話ですもの」


 余計に冒険者たちがざわつく。

 セイルタが疑問を挙げてくる。


「なあスフィア。あれは痛みの苦しさで死に至る毒だって聞いたことがあるんだけど」

「ええ。苦しんで死ぬ、でしょう? 即死ではないそうなので処置が間に合うよう頑張ってくださいまし」


 およそあらゆる鎮痛が無効らしい。さすが人種特攻モンスター。

 大規模破壊や生態系侵略、災害を起こすタイプではないけれど攻略が困難なのがマンティコアだ。

 この魔獣は人間に対する上位の捕食者だ。人間というのにはエルフ、ドワーフ、獣人、魔族、転移者(ギフテッド)転生者(リビルド)だって含む。

 強靭な獅子の体躯。老獪な知恵。致死の毒針。翼による飛翔。人間を越える四つの要素によってこの魔獣は成立する。

 モンスターを退治するのはいつでも人間だが、マンティコアにはそれが難しい。


「だが奴は閉所に閉じこめられているも同然だ。邪悪な知恵、飛行能力、ふたつも役に立たなければ魔獣として格落ちだな」


 英雄フィン・マックールならそれを凌駕してくれる。こんなにも毅然と立っているのだから……なーんて冒険者たちは思ってるんだろうなぁ。

 相談はごく短い。というか、あらかじめ決めていた方針の通り。


「私が先頭に切り込む」


 フィンの宣言。

 あとは装甲の厚い順番なんだけれど、そうなると女騎士も最前線に立つわけで。

 まあ平気だろ、フィン・マックールだし。勇者不要の王国の英雄さまだしな。


『大変そうでありますな。何かわたくしめに手伝えることがあれば遠慮なくお申し付けください』


 それは正体もわからない奴が言うことかよ?



◆◆◆◆◆



 ハゲのおっさんと女騎士が、フィンに次ぐ前衛担当だ。大きな差があっても役をこなすのに不足はない。


「速攻で行く。みんな、フォローを任せた」


 先導するように正面突撃をしかけるフィン。いやいや、速すぎるよ。

 フォローを任せられたというより、どうにか追いついてフォローするのが精いっぱい。いやダメか。フィンの踏み込みが強くなった次の瞬間、もう目でも追えなくなった。


 マンティコアの眉間を断ち割ったのは槍の一閃だろう。

 尾の先端を斬り飛ばしたときには、アーティファクトは剣に姿を変えている。

 返す一撃を腹へ。さらにもう一撃、確実に臓腑まで届く、致命の斬撃が入った。

 ここまでに経った時間は呼吸ひとつぶんほど。まさに神速の決着だ。


「ガハッ」


 そして血反吐を撒き散らした。

 マンティコアがじゃない。女騎士の剣に貫かれた、フィンの吐血だ。


 凍りついた頭は、あのフィンの速さに追いついたのかよ、だなんてことを考える。鎧の隙間である横腹から、肋骨の下をくぐって斜め上へ、肺を経由して心臓までまっすぐ貫く刺突。

 剣が力任せに捻られ、傷口を広げる。内臓の重要器官にあれをやられるのはまずい。素人技じゃないし、決して騎士の技でもない。


「なにを──」

「報いよあれ。咎人たちはここに」


 何故と問う暇もなかった。女騎士の他全員が、胸を押さえて倒れる。雷に打たれたように総身を跳ねさせ、泡を吹いて倒れ伏した。

 俺以外は。

 振り向いた女騎士の目が、俺を捕える。どうして今まで気づかなかったんだろう。ガラス球みたいに安っぽくて薄っぺらい瞳。


『おやおや。これはよからぬのでは』


 そうだな。いきなり絶体絶命だよ。


 フィンの装備のあちこちから破損の音が鳴る。加護や身代わりの護符が砕けたんだろう。かくいう俺も同様で、先払いした防護のリソースが根こそぎ持っていかれた。


「スフィア。私をお姉様と呼んだ貴方。無事なのですね。……良かった」


 良かったじゃねえよ。マジに怖いよ。


「それは人を巻き添えにして言う台詞じゃないですわよ。ワタシも皆さんと同じく倒れるところでしたわ、お姉さま」


 あれは代行神罰魔術だった。子供が喰らえば死んでいた。女騎士だなんてとんでもない。神官騎士、もしかすると聖騎士だ。

 俺は害を為すタイプの魔術に対策ができているだけの話で、普通に巻き込まれたぞ。死にかけたんだ、もう何度目だよ。WCCウィッチクラフトカンパニーの外の世界に偏見ができそう。


「宣言していた通り、貴方をマクネッサ家で保護する」

「ええと。時間稼ぎとして質問しますけれど、どうしてこんなことをしたのか訊いてもよろしいですか?」

「どうしてと問われれば、ほら、男が減れば減るほど、世界は平和になるでしょう」

「は?」


 意味不明なことを言い出した。

 女騎士の顔は至って真剣だ。


「争いは男が好むものだ。野蛮とは男のことだ。不幸と悲劇は全て男が起こすものだ。だから、世界から男が減れば平和に近づく。それが道理というものです」


 あ、はい。そうですわね。

 そんなわけあるか。頭おかしいんじゃねえの。

 ……迂闊にどちらの答えも選ばなかった俺を誰か褒めてほしい。


『やっとわたくしめの出番でありますな』


 ごめん前言撤回。引っ込んでろ。


「家出したワタシの家族がそんなこと言ってましたわね」

「そうか。王都の同志たちの中にいるかもしれませんよ。もう一度、貴方の同意を求めよう。私についてきなさい、スフィア」

「あー、ええと、んんー。重ねて時間稼ぎよろしいですか?」

「どうぞ。その間に私は後片づけをしていますので」

「やっぱりちょっと待ってくださいまし」


 剣を振り上げてする後片づけって何だよ。血反吐の中に倒れているフィンを見下ろしながらの後片づけなんて、ひとつしかないだろうがよ。


「殺すのはフィンだけですわよね? 他の皆さんは邪魔なだけですわよね?」


 悪いとは思わねえぞ、有名税ってやつだ。恨まれる覚えくらいあるんだろ。英雄なんだ、ここからだって巻き返してくれよ。

 だが女騎士は言う。当たり前のように。


「いいえ。全員を殺します。少し手間ですが、世のため人のため、やらなければいけないことなので」

「お待ちくださいまし。害のある男なんていませんわ。ここにいるのはお人好しの若造やら、子煩悩なファミリーパパやら──」

「子? 子供を!? 子を持つ父親がいるのですか!? なんという幸運だ、ぜひとも殺さなくては!!」


 女騎士が笑う。歯を見せた、善行の喜びに打ち震える笑い。


「その子を救うためにも殺さなくては! 子が男ならばそれも殺す! 全ての男はすでに暴力者であり、例え幼くとも生まれながらにして加害者だ! 生きる資格がない生きていてはいけない生かしてはおかない微塵でも慚愧の念があるなら即座に自死するべきだ死んでいないことが罪だ、いや私が殺します殺さなくてはならない! なぜなら!」

「お、お姉さま、落ち着いて──」

「なぜなら、誰もお母様を助けてくれなかったんだから!!」

「────」


 つまらないことを思い出した。自分のことじゃない。

 マクネッサ侯爵家。

 枝絶えマクネッサ。

 二十年近くも前の戦乱収束期に当主と跡取りとなる嫡男を全て失った貴族につけられた、ひどいあだ名だ。女騎士の家名を聞いて、血筋が途絶えたわけじゃなかったのか、くらいの感想は持ったさ。実際のところは知らない。


「──ク」


 知らない。俺には関係ないじゃないか。

 何があったのか、憶測なんてできない。


「クッソくだらねえですわぁ! くだらないってことにしないとワタシ泣いちゃいそうなくらい、本当にクソですわ!!」


 関係ないことで感情を揺さぶってくるなよ。ふざけるな。そんなのは面倒くさいんだよ。

 八つ当たりの通り魔しかも巻き添え上等なんて、認めてたまるもんか。借りがある連中がいるんだ、それを返す機会を奪うなんて許さない。

 構えを変える女騎士。俺に向けて剣を振り下ろすつもりだ。


「男におもねり媚びる女は、男の倍罪深い。裁きを下します。弁明があれば言うがいい」

「何が裁きですの! さっきの聖句は応報の神へのもので、審判の神じゃありませんでしょ。畑違いのお仕事に神様もきっと困ってますわよ、この不信心の大迷惑者!」

「……殺す」

「まあ、なんて横暴なんでしょ! お母様、どこか遠いお空のお母様ぁ!? 貴方の娘さんはこんなに短絡に育ってますわ。まさに短慮の権化! ママンとっても悲しいですわぁ! きっと泣いちゃってますわね! えーん、えーん!」


『お嬢様、加減とか手心というものはご存知で?』


 何だそれ知らん。美味いのか? 挑発は全力で煽ってなんぼだぞ。


「殺す殺す殺す、殺すッ!!」


 激昂した女騎士の踏み込みは、力強かった。溢れるほどの殺意が乗っている。もう剣を振られるまでもなく衝突すれば交通事故で死ねるんじゃないのか俺。

 防ぐ避けるの選択肢はパスだ。俺が選ぶのはもっと別。


よこせ(・・・)!」


『はいはい了解了解こうですかな』


 伏せたまま血を流していたマンティコアが、欠けた尾で器用に剣を投げ渡す。投げる先は俺へ。落ちていた剣は。


「フィンのアーティファクト、ナインライブズ……! いや、それよりも魔獣を手懐けただと!」

「解釈はご自由にどうぞ!」


 怯むどころか加速する女騎士。そこで仕切り直してくれる可愛げがあればなぁ。しっかり奥歯を噛んで我慢の準備をする。

 女騎士の剣が、俺を斜めに両断した。

 振り下ろされた斬撃は鎖骨から入り、肋骨も脊椎もまとめて断ち切りながら抜けていった。腰骨にぶつかるか砕いて止まると思っていたけれど、本当にまっぷたつだ。

 当然、臓器も全損。痛みは極限。正真正銘の致命傷だが。


「なぜ、斬れていない!?」

「負傷を先送りにしましたわ!」


 即死でなければどうとでもなる。

 結果として無傷の俺の手が、アーティファクトを受け取る。

 とにかく決着だ。速攻だ。これ以上の後払いリソースなんて用意できない。なんでもいいから女騎士を無力化しろ。英雄様ご自慢のアーティファクトなんだろ!?


 手の中のアーティファクトが、俺が願った通りに姿を変える。

 それは小さな(スフィア)だ。

 地味な鉄球にしか見えないアーティファクトは、小さく振動した。

 陶器を指先で弾いた音? だなんて思った次の瞬間には持っていられないほど暴れて、金管楽器を何百も一斉に叩き砕いたような爆音と震動を発する。

 女騎士に向けて、衝撃をぶちまけながら。


「うわ、耳が、鼓膜が。……いや、無事、か?」


 無事でないのは女騎士だ。白目を剥いてよろめき、あっけなく倒れた。

 気を失っている。


「そういえば女騎士、女騎士なんて言ってたけど名前なんだっけかな。家名しか覚えてないや」


 まあいいか。こういうのは気にしすぎると妙な縁が結ばれちまうんだ。

 斬りつけられボロ布になったローブを掻き集めて、体を覆う。素材から仕立てまで前払いリソースの塊だったのになぁ。

 命に別条はないことを確認して、急ぎ女騎士を拘束。目を覚ました後、もし拘束が解かれても大丈夫な程度に軽く呪っておこう。天国のお母様ごめんなさい、娘さんの暴走のせいなんです。つまり自業自得です。

 瀕死のフィン? 生命賦活の魔術が働いている気配がする。死にやしないだろ、もう少し放っておけ。

 冒険者たちの容態を診るよりも前に。


『おや。ひと段落つきましたかな』



◆◆◆◆◆



 マンティコアの様子はひどいものだった。眉間を割られ、腹の傷からは(はらわた)をこぼして伏せた姿。というか、こいつは一歩も動いていない。俺に向かって尻尾で剣を投げ渡しただけ。

 あの声が聞こえる。老婆の声色で。


『無抵抗の理由ですかな? お父上には敵わぬとわかっておりましたので。必死の抵抗など老獪な魔獣には似合わぬでしょう?』


 ダンジョンに封印された女神様じゃなかったのかよ。


『なんと。脳内に語りかけてくる怪しげな声の言うことを信じるほど、お嬢様が純朴であったとは。これはこれは、わたくしめにも見抜けませなんだ』


 ふん。嘘つきめ。

 死にかけのマンティコアを見下ろす。最初から俺には、にやにやした人外の笑いがもっと別の何かに見えて仕方がなかったんだ。


『巨人や竜ほどではありませぬが、わたくしめも自然が天災の代わりに吐き出した魔物。このダンジョンという裂け目から湧いた膿として、今後も幾度となく再生するのでしょう』


 それはもう今のお前じゃない。


『それでもきっと残るものはあるのですよ。ここまで楽しゅうございました。おさらばであります、見目だけかわいらしく、勇敢なお嬢様』


 ダンジョンで再出現(リポップ)するボスモンスターは定番だ。

 けれどそれが知性のあるモンスターだったとき、その個性が連続する例はごく稀だ。聖地や異界域のボスがそうらしいが、資源級ダンジョンごときでは望めない。


 望めない、だって? ……ははあ、なるほど。

 すぐに気づいた。自分のことだからな。さすが美少女である俺、自己分析も完璧だぜ。


『もしもし? お嬢様?』


 マンティコアの前に立つ。頭だけで俺の身長くらい大きい。

 自分の気持ちはわかっている。今わかった。


『……おやめなさい。全ては邪悪な魔獣の策略です。あなた様の憐れみを誘おうとしているのだと、魔物の手の内なのだとなぜ考えられぬのです』


 あとは手段だ。まあ強制的な使い魔化でいいか。すげえ。魔獣を使い魔にするとか、俺ってフィンの冒険譚に出てきた暗黒魔術士みたいじゃん。


『お嬢様!』


 うるせえな。死にかけのモンスターが逆らうんじゃねえよ。


「お前が嫌だって言っても、やってやる」


 もはや古巣のババアどもでもない、熟練冒険者であるハゲのおっさんでもない、国家の英雄さまでありどうやら父らしき男でもない、色目がちで軟弱だけど優しい青年でもない、独善に心を曇らせた令嬢騎士でもない。

 お前だ。いきなり人の頭に話しかけてきた、さびしがり屋の魔獣。

 俺は、これからお前といっしょに行きたいって思ったんだ。そう決めたんだ。自分で選んだぞ。


 マンティコアが初めて表情を動かした。目を見開いて、すぐに、諦めたように瞳を閉じる。

 脱力と弛緩の、微笑んでいるように見えなくもない顔。


 その眉間めがけて俺は短剣を突き立てた。

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